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暗黒と少年  作者: みんとす。
第二章 〈暗黒〉ノ章
33/172

第三十二話 黒ノ影纏ウ重イ黒


 ─ソレヲ『ノロイ』トイウカ『タタリ』トイウカ

ソレトモホカノ、『ナニカ』トイウカ

 オマエハオボエテイルカ、アノトキナヲカエタオマエハ、ワタシヲオボエテイルカ─




 吟が意識不明で、手掛かりも何もない中、俺たちは必死で捜査をしていた。怪異たちにも覚えのない突然の事態で、何に侵されているのか想像もできない。

 俺たちが考えつくことといえば、特定の怪異が、何かしらの事情で故意に事を起こした、あるいは、単に怪奇が起きている。そのいずれかだ。

 とにかく、原因を突き止めなければ話が始まらないのだが。


「……雲をつかむような話じゃねぇか」


「情報も何もないし、ここ真っ暗で俺ら何も分かんないもんな」


 すれ違う怪異に尋ねることもしてみるが無回答、または知らないという答えばかりだ。

 それに、穏慈たちは臭い等でこの空間を移動できるが、ラオが言うように同じような場所を歩いているだけにしか見えていないために、頭を悩ませることになっている。


『……チッ、やはり駄目か。小僧ども、何か案はないのか』


 吟の存在は、頼りにしているからこそこの状況でも出てきてしまう。彼の意識は、戻っているだろうか。

 今にしてみれば、そもそもなぜ吟は意識を失ったのか、それが不思議に思えた。


「一応、吟のところに行ってみるか。俺もラオも、今は役に立たないよ」


『そうだな。吟はここには必要な怪異だ……万が一にも死なれては困る。薫、吟の様子を確認する』


『……良いだろう』







 ─ニクイゾ、ニクイゾ……ワタシニハムカウノハユルサヌゾ……ワタシノイチブニナリ……ワタシノチカラニナレ……アア、ハヤク……


 不気味に響く、濁る声。不気味に存する、とある異物。

 異物の放つ異様は更に増し、あの毒気ある現象は次第に強さを増していく。

 その異物の体を纏うそれは、不気味にその空間で輝いていた。






 躰を覆う毛が揺らめく、不思議な吟の姿を確認し、穏慈と薫は吟を前にして座った。吟の様子は聞いていた通りで、苦しそうに見える。無理に反応をもらおうとは思っていないが、力が借りられるならと思い、話しかけてみる。


「吟……起きてる?」


 少しの期待をしていたものの、やはり吟の言葉は返ってこなかった。反射的に微かには動いたようだが、唸るだけに留まっている。


「……やっぱり、意識ないみたいだね」


『……吟、無事か』


 穏慈たちが凄く信頼している吟でさえ、この調子だ。事態の深刻さが窺える。怪異たちは困ったと、顔を見合わせた。


「やっぱり駄目か……どうしよう……」


『! チッ、この感じ……また多くの犠牲が出ている』


 俺たちがそうしてもたついている間に、事は酷くなっていっている様だ。急がなくては。そう思うと、今の状態の吟を前にしても、起きてくれたら、とつい呟いてしまう。

 しかし、それが幸いしたのか、吟はその重い体を動かした。


「吟!」


『……声ガ……スル……アナタノ願イ、ナラ……キイテヤロ、ウ……デッド……』


 俺の声に反応したようだが、その目はまだ閉じられたままだ。無理をしているのは間違いない。

 早めに話を切り上げようと、すぐに本題に入った。


「吟、ここで何が起きてるのか、分かる?」


『アァ……今、ハ……危険、スギル……。コノ、世ガ……クウカンガ……酷ク悲鳴ヲ、アゲテ……ッグ……』


「無理しないで……って、俺が話しかけちゃったんだけど。辛いなら、もう……」


『ソレ、ハ……オソロ、シイ……穏慈ハ……正体ヲシッテ……ルハズ……』


 その姿に申し訳なさを感じて眠るよう促そうとしたが、吟のその言葉で自然と俺の動きは止まってしまった。

 ─穏慈は正体を知っているはず

 いや、穏慈は知っているというその話を、俺は知っているかもしれない。この現象。その言葉によって感じた悪寒。もしかしたら、あの時の。


『……ひとつだけ、覚えがある……。ザイヴには話したが……クリスタルの異物だ……』


「!」


 穏慈も同じ考えだったようだ。

 以前、穏慈が陰に『旺』と呼ばれているのを不思議に思って聞いた時。過去の話に出てきた、穏慈を取り込もうとした異物のことだ。

 あの悪寒は、今でも思い出すだけで気分が悪くなる。あの時聞いた現象と、今起きていることは、酷似している。

 話だけで悪寒がしていた俺が、実際に今その場に居合わせている。絶望の淵に立たされた気分だ。


『まさか、貴様が名を変えた時のか』


『あぁ、お前も知ってるだろう。あの時の怪異の不可解な死……』


 ラオはこの話を知らないため、眉を寄せて、不気味がるような顔でこちらを見ていた。

 穏慈の元の名前は旺であり、それの原因を作ったとも言える、クリスタルの異物の騒動ことを、ラオに掻い摘んで説明した。


「何で穏慈に執着してたのかは今も分からないらしい。もしかしたら、また……」


 存在しているかもしれない。今の話の流れは、そういうことだ。


『そのクリスタルの異物は姿を変えられる。だから今もクリスタルだと言ったら嘘になるが……奴は厄介だ。一歩間違えればお前たちも死ぬぞ』


 ぞっとする言葉。背筋に氷が伝うような、その存在。

 〈暗黒〉に影響しているこの怪奇が、俺たちにも起こるかも知れないと言う。

 俺たちだけではない。穏慈たち怪異だって、俺はもう関わりをもっている。他人事にはできない。


「……でも、俺たちは〈暗黒者-デッド-〉なんだろ。だったら、そんな勝手許しちゃだめだよな。止めないと」


 ラオの腕を掴み、真剣に顔を見る。俺の行動にラオは少なからず驚いていたが、その俺と目を逸らさず、次の言葉を待っていた。


「止めるよ、絶対!」


「……うん、絶対止めよう。ザイ」


 落ち着いて、真っ直ぐに俺を見て。ラオはニッと笑って、言った。


『決まったな』


『……気ヲ、ツケロ……コンカイバカリハ……ワタシハテヲ……ダセン』


「ごめん、無理に意識戻させちゃって……。吟のためにも、〈暗黒〉のためにも、俺たちが解決するよ。だから待ってて」


『……デッド……』


 変わらずぐたりとしている吟の方に歩み寄り、先程飲み込んだ言葉を今度こそ伝えた。

 相当無理をしていたのだろう。俺の言葉で、安心したように眠っていった。今度は気絶、とは違うようだ。

 そんな吟を見て、さっきの俺の言葉にさらに重みがかかったような気もする。


「……よし、覚悟はできた」


『ふん、怯えていた癖に偉そうだ』


「うるせえよ」


 穏慈は言葉だけ生意気に、顔は緩んでいた。俺はそれにニッと笑いながらそう返した。

 しかし怪奇は〈暗黒〉全体に広がっている。どうすればその異物と遭遇できるのかは定かではない。


「ザイ、何か策あんの?」


「んー……その異物は……って、〈暗黒〉にとっての異物の俺が言うのも変だな……まぁいいか。そいつはまだ穏慈を狙ってる可能性があるから、穏慈を使えば出てきてくれたり」


『おい』


『ほぅ、穏慈が餌か……面白そうだ……』


 薫はその作戦に乗り気になった。そんな薫に対して冷たい視線を送る穏慈がいることは、言うまでもない。


「穏慈、他に方法は思いつかない。お前が死ぬことは想像できないし、もしもの時は薫も一緒に」


『ああ!? 私を巻き込むとは良い度胸だ小僧!』


「都合悪くなると牙むくのやめろ! 説得するための口実だから!」


 薫は気に入らなかったらしく、怒声をあげ始めた。ラオのほんの冗談だということが俺には分かっているが、あえてフォローには入らずに、穏慈でおびき寄せることができる方法を考えていた。


「穏慈を単独にしたって、絶対来るとは限らないよな……」


 どうすればその異物が姿を現すのか、それが問題だ。悩んでいると、穏慈自らが策を閃いたようで、俺を呼んだ。


『我が弱っているフリをすれば、自ずと出てくると思うぞ。今は知らんが、一応我を追っていたんだからな』


「……うん、面倒だからそれでいいや」


『お前は我が考えたものを……』


 話はまとまり、その作戦でいくことで決定した。

 穏慈が演技をしている間は、俺たちは〈暗黒〉の中では一応異物で、勘づかれて作戦の意味が無くなるのはいけないということで、薫の体に覆われる状態で影から見ておくことになった。


 早速穏慈を残して、俺たちは離れる。どれだけ待てば良いかは検討もつかないが、気長に待つしかない。




......


「もう恒の五時、ですか……」


 広間で講技をしている応用生は、ゾンビのように足元が覚束なくなっていた。よほど堪えたのか、誰も口を開かず、僕と目を合わせようとはしなかった。


「今日はここまでにします。明日は、朝は座学室には行かなくていいので、ここに集まってください」


 ホゼの件で僕も力が入ってしまったのかもしれない。彼らにとって、今日は過酷だっただろうと自覚はある。

 しかし、時にはこれくらい厳しい日がなくては、訓練にもならないことは僕の中では分かりきったことだ。これはこれで、彼らの力になれば良い。


「は、はい……」


「オレ……明日生きてるかな……」


 広間を去る僕の耳に、ユラ君の声が最後に届いた。






 一方。


「今日はみんな調子良かったね。今日はこれで終わり! 明日は恒の一時に座学室に集まってね。じゃ、解散していいよ。あ、ウィンちゃんは私のところに来て」


「はい」


 今日は一日、自主練時間が設けられていた。自主練と言っておきながらも、少しでも休んでいる者を見つけると、最低限の休憩で練習をするように促していたのだが。


(ガネ教育師も厳しいらしいけど……ソム教育師もなかなかだよね)


 そんな様子を見逃さなかった私は、休むことなく体を動かしていたため、この自主練の時間はソム教育師からは何の注意も受けずに終えていた。


 解散の一声でぞろぞろと広間を後にする基本生の間を縫って、私はソム教育師の前に歩を進めて止まった。


「今日はいつもとは感じが違ったね。気持ちが切り替わったかな」


「え?」


 先日までは、確かにザイたちのことが気にかかっていた分、集中力に欠けていたところもあった。ザイたちのことを知って、私だけこのままではだめだと思ったことは、事実だ。あの場では言わなかったけれど、力になれるなら、なりたい。


「ザイたちのこと、すっきりしたのかもしれません。だから私も、彼らを支えたいって……」


「そう。だったら頑張らないとね。ウィンちゃんは明日、得意分野を伸ばしてみよっか!」


「! はい!」


 明日は、良い日になりそうです。




......


 ─ヤット、ヤット、ヤット。ワタシノモノハ、ソコニアラワレタ。


 コンドコソニガサヌ。

 ニガサヌゾ、オウ……。



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