第二十九話 黒ノ知ル靄ノ目的ト守ル道
「……正直、少年は今後狙われないと言い切れん。むしろこの状況は続くだろう」
オミが切り出したそれに対して、ホゼの計画、俺の必要性など様々な疑問点があり、俺たちは一気に質問した。オミは少し困っていたが、それでも一呼吸置き、再度話し始めてくれた。
「まあ待て。ガネの質問から答えるから、また言え。……アレの計画は」
「お前意外と切り替え早いな」
つい最近まで仲間でいたのが、今やアレ呼ばわりだ。あの時、俺に話してくれた話に、さらに信憑性が増してくる。
「話を切るな。計画の始まりは、銘郡の屋敷を乗っ取ることから。つまりまだ始動していない。それが起こったら合図だ」
「屋敷を……ですか。誰に言ってるんです? 僕が渡しませんよ」
「ガネ、実は三番目だもんね。凄いよねー」
その情報は初耳だ。確かに俺が鎌を探している時には武器庫の鍵を自然に持っていたり、俺のクラスを変更する時も馴染みある人だからとはいえ、簡単に編成し直したりしていたが、そういう背景があったようだ。
「あんた何者だ」
「人間です」
「その次は、少年の生まれ都市である青郡。どうやら、青郡に何かあるようだ」
さすがにその地区が狙われているともなれば、誰でも焦るだろう。一応、青郡には友人だっている。明らかな動揺が表れた。
「その後は聞かされていないが……最終的にはこの地域全体をどうにかするつもりかもしれないな」
「……青郡、最初に潰すのかよ……」
「……ザイ、とりあえず青郡に警戒を促しといた方がいいんじゃない? いつそうなるのか分からないわけだし」
ラオ起っての提案だ。そうすれば、俺たちが知らない間に青郡が堕ちる、ということを防げるかもしれない。これにはオミも賛成してくれた。
「そういえば、何で俺の生まれ都市知ってんだ」
聞かれることを予想していたかのような反応をするオミの口からは、至って普通な解答が漏れた。「調べた」と、一言。
「それよりも、何故ホゼは潰そうとしたり乗っ取ろうとしたりしているんですか。そこまでして成したいことがあるんですか?」
「まぁ、最初に屋敷を乗っ取ろうとしたってのは理にかなってるよな。屋敷生とか使おうとしたんだろうし」
確かに、剣術屋敷を操作できれば、戦力になる俺たちを使うことも可能というわけだ。想像でしかないわけだが、考え方が屑そのものだ。
「ホゼが何をしようとしているかは、これから先嫌でも分かるだろう。屋敷を追い出されたからといって、計画に支障が出るわけではないらしいからな。それに、指名手配されているのに行動が大胆だ。姿を眩ませる為に黒靄を使っているようだが派手すぎる」
『あぁ。隠密にいくなら、それなりの行動をとるはずだしな』
「……やっぱみんな頭良いよな。何も考えてねーみたいなふりしてどこでそんなに頭が回ってんだ?」
「君は大人をナメすぎです」
「いてっ」
ガネさんの、あのでこ打ちが俺に飛んできた。以前のそれよりも痛く、しばらくじんじんと熱をもっていた。
「まあでも、子どもらしくバカでいてください」
「相変わらず酷いね!」
ドッとソムさんの拳が、ガネの背中に当たる。見る限り痛そうに見えないそれでも、ガネさんはその部位をさすった。
「痛いです」
「そんなわけないでしょ!」
「空気読んだだけじゃないですか」
仲が良いんだなあ、なんて思いながら、静かにその様子を見ていたが、ソムさんのその行動に目を引くものがある。ガネさんと直接あんなやり取りができていること。堅いイメージだったガネさんだって、そのソムさんの行動を許しているようで、馴染み深い様子は手に取るように分かった。
「間違っても、ザイ君がこんなことしようものなら」
「試さねーよ真っ黒教育師!」
ガネさんからそんな言葉が聞こえてきたところで、瞬時にそれに返した。
「聞き捨てなりませんね。そんなこと言って以前僕に殴りかかったこと忘れてないですよ? 今からこっちで戦闘訓練してあげます、来なさい」
「被害者になるためにわざわざ近付かねぇよ! 今から戦闘訓練とか死ぬから!」
「少年、私も参加しよう」
あの時拾わなかったから過ぎたことだと思っていたが、ガネさんはしっかり覚えていたようだ。やばい、と思ってガネさんから距離を取っていると、思ってもいなかった人物からそんなセリフが出てきていた。
「お前!」
「冗談だ」
『そうは聞こえんかったぞ』
穏慈は穏慈で、乗ってきたオミに対して少し不満げな様子で言った。呆れているのか、機嫌が悪いのかはあえて聞かないが、これ以上この話題を続ける必要もない。
「で、どうするの? 乗った舟だし、協力するよ」
話題を変えようとしたところに、ちょうどソムさんが手を叩いてそう切り出した。皆一斉に黙りこみ、俺に視線を送った。
「……あっ、え、俺? そりゃまずは青郡に行くしかないだろ。あと、オミも屋敷に来たらいいと思うけど、どう?」
「……良いのか?」
自分がその輪に入っていると思っていなかったのだろうか。俺が「勿論」と言おうとすると、ガネさんがオミに向き直り、一言。
「僕にも好敵手が居た方が燃えます」
それを聞いたオミは、ふと力が抜けたような笑みを浮かべて、一度頷いた。
「じゃあ、屋敷で教育師研修やってもらったら? まだ自由に動けた方がいいと思うし」
「そうですね。折角ですし、本職目指していいんじゃないですか?」
「……嬉しい限りだ」
オミが俺を庇ってくれたところから始まり、俺はオミに対する信頼感をそれなりにもっていた。殺し合いを覚悟してまで、俺の手を引いて走ってくれたこと。そして、気遣ってくれたこと。ここでは、その存在のお陰で折れずにいられたのかもしれないと、今になって思う。
これから俺に何が起こるのかは予想もできないけれど、今できることには向き合う必要がある。そんな時に、腹部に違和感を覚えた。
「……腹減った」
周りが拍子抜けするのも分かるが、生憎俺は飯を口にしていない身で。安心したためか、食欲が出てきていた。
「そ、そうか……、少年はあの一口を飲んだだけだったな。待っていろ、ついでに人数分持ってこよう。ホゼもここから消えたことだ。あいつらは勝手に出ていくだろうし、一応自由だからゆっくりしていろ」
「オミほんと好き……ありがとう……!」
その優しさに更に増した安堵感で、思わず身に沁みたことを口走っていた。
「少年、そんな性格だったか?」
「いや、気が抜けて!」
まあいいか、とオミはその場を後にした。オミがいなくなった瞬間、ラオは俺の腕を掴んでじっと俺を見た。
「うわっびっくりした。何?」
「ザイ何で飯食わなかったの?! 痩せた!?」
『ずっとそれを気にしていた癖に言わぬと思っていたが、耐えていたのか』
「もちろん……」
ラオが心配するのも分かるが、一日二日食べないだけでは痩せないし、筋肉だってそこまで落ちない。精神的に参っていたせいでそうなったかもしれないが、それは俺のせいではない。
「だって、ホゼ側の人間が用意したの食べたくないじゃん」
確かにそうだけど……と言いながら、ラオは俺の頭をなで始める。その顔は全く笑っていない。
「言葉と合ってない行動だね。俺の髪まだ濡れてるよ」
そんなやり取りをしていると、早いもので準備ができたらしく、オミが食べ物を持って戻ってきた。その部屋にある机の上に、持って来たスープ入りの鍋、非常食もろもろを置いた。
「非常食で悪い。こっちは今日少年に食わせるはずだったものだ」
食べるつもりもなかったのに、それでも用意されていたようだ。事前に用意されていたものとなると、何か仕込まれているのではと警戒する。
オミが食っても大丈夫と言わんばかりの目をして見ているから、食べないわけにはとか云々考えていると。
「安心しろ、これは私が作ったものだ。数日間何を警戒していたかは知らんが、毒などはないぞ。……いや、正直初日のものはホゼが用意していて、痺れ薬が入っていたらしい」
「うわ、食べなくて良かった」
「お前たちも食べてくれ。腹は減ってるだろう」
「ありがたいです。あと、手当てできるものがあれば貰えますか?」
「あぁ、そこの棚にある。後で全員の怪我を見よう」
やはり、オミは良い人だ。辺りを見渡すと、先程までの戦闘の痕跡が見られない部屋にいるようで、その事実が嘘のようにも思えてくる。
俺たちは、この塔で一つの争いをし、確かに鎌を、剣を振ったし、命が懸かっていた。それでも、今は落ち着いている。
「……あ、もう日が落ちかけてる。意外と長くかかっちゃったね」
気付けば、窓の外は薄暗くなっていた。まるで、今回の戦いに終わりを告げるかのような穏やかな静けさ。そして、その空気。
それを見て感じた俺は、どこかすっきりとした気分になっていた。
『ザイヴ』
「ん?」
『……無事で、何よりだ。……すまなかった』
改めて穏慈にそう言われると、自然と目頭が熱くなった。
俺は、そんなに涙腺が弱い訳ではない。しかし、とにかく今、誰一人欠けずにいるのを見ると、申し訳なさと、ありがたさがこみ上げてきた。
「本当は、……何されるんだろうって、怖かったし不安だった……」
ここに連れてこられてから、ずっと負の情が俺の心の大半を占めていたのだ。見慣れた顔が揃っているのは、本当に安心できた。
「来てくれて、ありがとう」
「……帰ったら、謎解きの続きですよ。途中でしたからね」
「うん」
─これを機に強くなれ。主に迫る決断は、主にしか下せぬ決断だ。心を強く持て、〈暗黒者-デッド-〉として。
俺は、まだ弱い。だから、これから強くなる。
俺がしなくてはならない〈暗黒〉のことも、繋のことも、まだ知らない世界のことも。知って強くなろうと思った。
絶対に、負けられない。
─主、強くあれ。
黒靄編 了