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暗黒と少年  作者: みんとす。
第一章 出逢イノ章
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第二十二話 黒ノ導ク暗ジト靄

 目が覚めて、ガネさんの部屋を借りて眠っていたことを思い出す。体を起こし、ラオが起き上がったのを確認したのも束の間、疲労からか体が重く感じた。


「きっついな……」


「俺も……」


『傷を見せろ。治療する』


 ついて来ていた穏慈が気を利かせる。確かに治療が必要そうな傷が、体の至るところについている。俺は素直に応じて上衣を脱いだ。


「あ、おはようございます。戻ってたんですね」


 穏慈が俺たちの手当をしているところを見るやいなや、「僕も見ます」と、ラオの方の手当にあたった。

 ガネさんによると、あれから二夜が過ぎた朝を迎えているという。体感的には一日も経っていないものの、世界の違いからか、その差は生まれるらしい。


「前のザイ君程ではないですね。痛みますか?」


「あいっだっ!」


 そう叫んだ後。ラオは声を殺して蹲っていた。


「ラオそんなに怪我してた?」


「ガネさ……わざとでしょ……殴んないで……」


「あぁ、わざとです。大して怪我してなかったので」


 ガネさんの遊び心だったようだ。一方で、穏慈は真剣に怪我を見てくれている。内心で、良かったと思わずにはいられなかった。


『……傷は大したことないぞ』


「ありがとう」


 穏慈が手当を終え、先程まで着ていた服を渡してくれた。俺はその服の袖に腕を通しながら、ふと気になった。


「……ん? 傷は? って何か引っかかるな」


『……ふん』


 否定をしない返しに、異常があることを悟った。痛みも何もないが、穏慈の反応を見逃すわけもない。


『傷自体はただのかすり傷だが、それに問題がある。これは、目には見えぬが毒だな』


「毒……?!」


 その言葉には、流石にガネさんやラオも手を止め、振り向く。毒と聞いて平然とできる人は、滅多といないだろう。


「どういうことですか」


「毒を受けてるの!?」


 特に、ラオは慌てていた。俺の背中を見るも、どれがその傷かは判別できないようで、困った声で唸った。


『陰の体の一部には毒があったらしい。いつ触れたかは知らんが吹っ飛ばされていたからな。相当な遅行性ではあるが、一般的な治療法は聞いておらん』


 それが入り込むことを穏慈も予測していなかったらしく、難しい顔をする。俺の前方に回り込み、顔色を見るラオも不安を隠せていない。


「遅効性って言っても毒は毒だよね……? 取れないの?」


「何とかならないんですか?」


『一般的な対応ができんだけだ。毒に対応できる怪異はいる』


「じゃあその怪異に……!」


『いや、しかし相当難しいぞ。(タイ)と言う怪異だが……普段実体を現さん。見ようにもほとんど見えぬ怪異でな。稀に実体を露わにしておるが……稀だ』


 稀、という言葉を押され撃沈するが、見ようにも見えないのでは仕方がない。遅効性というのであれば、時間だけはあるだろう。


「ラオ君には問題ありませんか?」


『……あぁ。大丈夫だろう』


 俺だけに入ったものであることが分かり、ラオに何もなかったことに安心する。衣服を整え、一先ず一つずつ片づけていこうと、ガネさんに目を向けた。


「……ガネさん、向こうであんたのこと、吟に聞いたよ」


「そろそろじゃないかと思ってましたが……こうも勘が当たるとは。でも君も君で、僕がそう思ってたこと、分かってたような顔ですね? 察しが良い」


「あんたも十分察してるだろ」


「……僕のこと、というと、僕が向こうに自分を存在させたこと……ですね?」


 どういう線から把握していたのか、隙を見せない表情が、俺に色々な意味での安堵感を与え、同時に不気味さを与えている。

 この人は、色々な情報を読み取ることに長けているらしい。


「俺は吟に話を聞いて判断したつもりだけど……ガネさん、何か握ってんだろ? 独学っていうのが嘘か本当かなんて追求しないけど、その方法で存在するには、筋が必要だよな? どこで知ったんだ」


 ガネさんは、怪異が人間に口外してはならない情報をどこからか集めて、集めきって、実行した。それは覆らない事実であることに変わりはない。


『それなりに頭はキレるようだ、嘗めた真似は得策とは言えんな』


「……俺ザイがここまで考えられるって最近知ったよ」


「ラオ何で時々失礼なの?」


「こう可愛くない人は久しぶりです。まず、僕がわざわざ行動をとったのにはちゃんと理由があります。あんなこと、何となくでは試しません。質問への回答は、書庫でしましょう。君たちの事情を知る第三者がここまで屋敷生思いで良かったですね」


 目こそ笑っていないが、薄っぺらい笑顔を絶やさない。どんな考えがあるのかは知れないが、取り敢えず最初から俺たちに応えるための行動をとっていると考えて良いようだ。


「では、行きましょうか。気になって明日の講技が身に入らないなんて聞きたくありませんし」


「それが本心だな?」


 俺は、答えを聞いて何を思えるだろうか。ガネさんがとった行動を吉と見るなら、俺たちが実体で存在することはやはり不思議なこと。

 唯一〈暗黒〉に存在できる人間だという特殊な言い訳で存在できているに過ぎない。


 俺は、その限られた人にしかできない方法を独学で導き出した教育師の後に続いて、書庫へ向かう。

 その途中にすれ違ったウィンとは、顔も合わなかった。その表情に見える寂しさが、ウィンの心にある戸惑いを窺わせる。

 俺に突き刺さって、見逃すことは許されなかった。






 寄り道もせずにまっすぐに書庫に向かう道中で聞いた話では、ガネさんはとある書を見つけ、それを読んで知ったという。


「この辺りの席に座って待っていてください。書をいくつか持ってきます」


「分かった……」


 俺たちは一つの長机に、横に並んで座った。幾多にものぼる棚の方を見ると、思わずぞっとする量の本があることが確認できる。


『ここには大量の情報があるようだな』


「俺はほぼ初めて書庫に入った」


「えっ、それほんと!?」


「うん」


 特に分厚い書物は苦手だ。この書庫には、その苦手がたくさん詰まっているはずで、今まで足を踏み入れること自体臆していた。


「厚い本を読まないのは知ってたけど、ここに入らないほどとは思ってなかった」


 そもそも座学に苦手意識がある俺は、説明としてみても頭には入らない。体を動かして覚える実戦派、といえば良いだろうか。書いてある通りに動くことは型にはまらない限り不可能な上、まずもって人それぞれ形態がある。そんな立派な意見を持って逃げている、と言える。


「じゃあ、配布される剣術基礎とかの本は?」


「あぁ、あと三センチ薄かったら読んだかな」


「えぇっ!? じゃあ今までの座学どうやって……」


 剣術は体で覚えても、座学で扱う一般教養は知識として必要ではある。免れられないなりに、やり方を考えて話を聞いている。それがうまくいっている自信はない。


「お待たせしました」


 そんな俺に構わず、厚いをいくつか持って来たガネさんは、そのまま重ねて机に置く。重そうな音が嫌悪感を誘った。


「調べる中で終始手放さなかった四冊です」


「うわ……こんなの四冊も読んでたのかよ」


「はい」


 笑みを浮かべて返事をするガネさんは、明らかに俺を見下すような顔をしていた。それを俺は、真顔で見上げた。


「何か?」


「……別に」


 それをガネさんは流し、本題へと切り替えた。


「……君が言うように、独学は事実です。ただ、成功する自信はもてなかったので、試すのは一度きり、安全かつ正確な情報を入手したかったんです。ザイ君と知り合えたのは運が良かったです」


「俺を使う理由はいいよ。ガネさんは、何でそこまでして自分の眼を調べたいの」


「知っての通り、僕の眼は怪異に類似しています。何故、そんな眼を持って生まれたのか……もしかして」


 人間ではない何か、なのか。考えにくいことではあるが、ガネさんの中途半端な言葉には、そう続いただろう。


「僕は、怪異との関わりなんてありません。何がどうなってこんな眼をもったのか……不気味でたまらないでしょう」


 そこまで言ったところで、二冊の本を慣れた手つきで開き、該当のページを俺たちの前に差し出した。


「余談はそれくらいにして。僕が、限られた人にしかできない方法を試そうと思った理由です。これを見てください」


 二冊を並べると、指でそれぞれの文を示す。ガネさんが示した部分は、二冊ともに、ほぼ同じ文が綴られた行だった。


「これ……」


「僕も驚きましたよ。この二冊は、恐らく何の共通点もない書物です。まあ、ただ普通と違うことといえば、異様に紙が脆く、異様に文字が荒いことでしょうか」


 確かに、ガネさんの言う通り、触ると崩れそうな紙で、目が痛くなるくらいに荒々しいものだった。


「えっと……【特類の眼を持つ者は、〈暗黒〉に実体なき異物として存在できる……それには怪異の眼とその血を使い、〈暗黒〉を想すること】……か」


 再度目を通しながら声に現していくと、ラオがもう一冊の文面を追い、一つ頷いた。


「書き方は違うけど、確かにこっちも同じこと書いてある。でも、こんなもの書けるのって、向こうのことを知り尽くしている奴じゃないと無理だよね?」


「……怪しいと思うでしょう?」


『やはり口外しようとしたものがいた、ということになるな』


「そのようですね。それから、今度はこの書物。……ここと、ここのページです」


『……!』


 その文章に、穏慈が反応した。その文は、素直に読んでも通じないように、文字と数字が並んでいた。所謂、暗号というものだ。


「穏慈くんは見覚えがありますか?」


『……聞いた覚えはある。それを解いたのか』


「穏慈、全然分かんねぇんだけど……」


「あぁ、すみません。この暗号……確かに端から見たら分かりませんよね。きっと、人間の知識を不十分に得た何者かが記したものだと思いますよ」


 ガネさんが読みやすいようにと別紙に書き直し、改めて暗号を頭から見るが、馴染みもないような言葉の多さにたじろいだ。


 ─【団々たるもの、EをOとし囲いにして喰らう。二十六の二〇九示す。八 のもの。透明な相手が通す。エキの痕跡】


 一文字で表されているものと、暗喩のもの、そして数字。解くべきものの情報が一気に目につき、処理できない。


「まず、ザイ君」


「え!? え、何……」


「一部ずつ見れば分かる部分もあるでしょう。暗号の中でも簡単な作りですし」


 ガネさんの言葉通りに、ゆっくりと見返し単語を拾い上げる。【透明な相手】が鏡の暗喩表現ではないかということに気付いたものの、正直、それが限界だ。

 そのままガネさんに伝えると、否定されることはなく、僅かにその口角が上がったのを見た。


「ではラオ君。それ以外は?」


「んー……【団々たるもの】は円のことだよな? エキの痕跡ってのがもうちょいでピンときそうなんだよ……二〇九ってそれのヒント?」


 ラオの問いに、ガネさんは頷いた。「八 」というものもそれに関係していると言う。


「もう一つ、分かりやすいところを言うと、Eは、EYE(アイ)、眼のことです」


「ああ、なるほど」


「次のOですが……ラオ君は知ってるはずですよ」


「え!? マジか!」


「数式を扱った時に僕が確かに教えました。時間がもったいないので言いますが、これは円の中心を表す記号です」


「あぁそれだ……」


 ガネさんの真顔に、ラオの表情筋は引き締まっていた。ガネさんの話を覚えていないとこうなる、俺は一つ、今後の糧を手に入れた。

 その俺はそれを教えてもらったかどうかも覚えてないが、円の中心は記号でOと表すということで、このOの意味は『中心』。ラオが言った、「団々たるもの」の言い換えも合っているようだ。


「じゃあここまでは【眼を中心にして円で囲いにする】ってことか……。喰らうって?」


『喰らうは取り入れると言い換えようと思えばできる。形のヒントだな』


 ガネさんと穏慈のフォローがありながら、少しずつ解いていく。さすが教育師であるだけあり、ガネさんの知識量の多さを思い知らされる。


「次は……二〇九と八 ? この八の後って、消えてんの?」


「ええ。これは僕も少し悩みましたが、これも実は表現を変えるだけです。ただ、二〇九は切るところが重要ですね。その前の二十六がヒントですよ」


「切る……んー?」


 真剣に悩み、解き明かそうと、場の全員が暗号に集中していた。

 そんな中突然、ガネさんが険しい顔を上げ、凄い剣幕で「伏せろ」と言った。いつもの敬語が抜けていて、急を要したことだけは分かった。


 ─ ミツケタ。


「うわっ!」


 ラオが俺を自身の方に引っ張りながら伏せ、『それ』を回避する。風が通り過ぎたのを感じ、ラオに助けられる形になった。

 俺のすぐ近くには、何者かがすでに存在していたのだ。


「……な、に……?」


「絶対俺から離れんなよ」


 立ち上がって視界に入ったのは、黒い(もや)で包まれる“何か”。不気味に蠢く靄が、時折一際目立つ人の目のようなギラつきを透かして見せている。


「ラオ君、そのまま下がりなさい」


『……ちっ。我の嫌いな、あの臭いだ』


 その言葉は、察するには十分なものだ。少し前に、穏慈は“あいつ”に同じ言葉を向けていた。

 穏慈が嫌いな臭い……そんな対象は、一人しか浮かばない。



「久し振りだな、貴様ら」


「ホゼ……っ!」


 現在指名手配を受けている、元基本クラスの教育師。屋敷を裏切った張本人が、突然姿を現した。

〈暗黒〉編 了

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