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暗黒と少年  作者: みんとす。
第一章 出逢イノ章
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第二十一話 黒ノ力ト妖飢ト異物


『マダダ、マダ!』


 その言葉を残して、再び、陰の気配が消えてしまった。急いで俺の元に駆けつけようとする穏慈の姿があったが、俺は、絶対の確信をもってそれを止める。


「来るな穏慈、分かる(・・・)!」


『!?』


 そう言った俺は、後ろから突進してくる、気配のない陰を躱した。俺がもった確信は、実際に行動で証明される。

 俺自身、何故強気になれたのか不思議でたまらないが、そんな余韻に浸っている場合ではない。すぐに鎌を振る体勢をとり、足を踏み込む。


─オノレデッド……キニクワヌ、キニクワヌゥウウウッ!!!!!


「【鎌裂き(クリーブ)】!」


 一度それを躱してしまえば、何となく感覚で把握できる気がした。直感で掴んだ方向へ、鎌を思い切り振る。


「嘗めんなよ!」


『ギャァアアアッ!』


 それは俺の狙い通りに命中し、陰は姿を現した。その体は一部がない状態で、もう後がない動きを見せている。


『ぼけっとするなラオガ! 加勢に行くぞ!』


「穏慈!」


『あぁ』


 穏慈が俺を乗せて宙に浮く。そして、薫と並んだ。俺とラオで目を合わせ、いつでも行けるように武具を構え直す。その俺と目配せをした穏慈は、陰の動きに集中した。


『突進してくる瞬間を狙え、それで終わりだ』


『貴様も同時に、やれ!』


「分かった!」


 俺とラオの声が合わさる。陰は自身の治癒力で、傷ついた部分を何とか治そうとしているようだったが、やはりラオの【槍の針(スラスト)】の毒で、うまくいかないのが目に見えている。

 それを歯がゆく思ったのか、大きな声を上げながらこちらに向かってきた。


『ガァアッ!!!』


 好機のこの一瞬、二人で同時に落下する。二体の怪異は陰をうまく引き付けられるように、そして、俺たちが攻撃に徹しやすいように、フォローに回る動きに切り替えた。


「はぁぁああああ!」


「ぁぁぁああああ!」


 各々の武具は、ほぼ同時に振り切られた。そうすることで『本来の』力に近くなるのか、先程よりも威力が増しているようにも思える。途轍もない殺気が混じっているのを、俺なりに感じた。


『グウッ……ヴァァアアアアア!!』


 流石に耐えられなかったのか、陰は吐き捨てられる汚物のように潰れる音と共に、地に堕ちた。俺が捉えた限りでは、陰の体はさらに細かく砕けていた。


「はぁ……はぁ……」


『グゥゥウ……ッ』


 俺とラオは振り切った体をそのまま安定させ、着地をする。その直後に、穏慈と薫も、俺たちの傍に戻ってきた。


『よくやった』


『グルルルル……』


 唸る陰を見て、少しだけ心が痛んだ。自分の命を狙っていたとはいえ、生きていたものをこれほどまでに傷つけた。当然、相応に生命の要である液体も流れている。俺の服にも、その飛沫がついているのだろうが、考えたくはない。


「……陰」


『ザイヴ、行くな。万が一がある』


『グゥゥウウ』


 その怪異の末路を見届けるために、俺はじっと視線を外さない。鋭く光っていた眼から、次第に光が───生気が、失われていっている。


『ウゥヴ……』


 しぶとかった陰が、ラオの【槍の針(スラスト)】で回復力を失い、結果的に地に伏せて消えようとしている。

 今は片割れではあるが、〈暗黒者-デッド-〉の力を改めて思い知った気がした。


『……今まで好き勝手やってくれたツケが来たな。逝け』


『ゥヴ……』


 そして、輝く眼の光が完全に失せた時。陰は溶けていくように、どこか儚げさを纏って、世を去った。


「……終わった……」


 ラオはそう呟くと、鋼槍を落とし、自分も膝から落ちた。俺も力が抜けて、両腕がただ力なく揺れる。


「何か、気ぃ抜けたな……」


「うん……()っ」


『傷が痛むようだな。用も済んだことだ、帰るか』


 突進させた時に受けた衝撃が、今になって痛んでいる。それだけ気が張っていたということだろう。こんな時くらい穏慈の言葉を素直に飲み込みたいところだが、まだ()()()()

 俺たちの立場や役目。それを知っただけでは帰れない。あと一つ、知らなければいけないことがある。


「……気になってることがある。吟の所に行きたい」


『お前、段々ここに慣れてきおったな』


「……そりゃあ……もうおどおどできないだろ」


『よい度胸だ。おい薫、来るか』


『……行こう。貴様もだ』


 薫は俺のことを察したらしく、ラオも引っ張ってきた。ラオは不思議そうな顔を見せてくるが、続いた俺の言葉に、納得の表情を見せた。


「ついでだし、()()()()()()、知ってた方がいいだろ」




......


「あの、ガネ教育師」


 教育師室にいたところ、ザイ君と同い年の女性、ウィンさんがその扉の前で僕を呼び、立っていた。僕はいつもと変わらない対応を向ける。


「今……いいですか」


 その表情、空気感で、そこにいるウィンさんが何を聞こうとしているのか、その見当は大体ついている。

 奥の小部屋に案内したものの、腰を落ち着けてもウィンさんは俯いて、無言を続けている。彼女が言葉を発するのを、ただじっと待った。

 僕はあの時──ザイ君たちが〈暗黒〉に行った時。扉の向こうに何か、いや。人の気配があることに気づいていた。


「ザイたちは、何をしているんですか?」


 予想通りの質問ではあるものの、ザイ君はウィンさんに知られたくないらしい。いずれは分かってしまうことでも、ザイ君が自分でけじめをつけて、自分で伝えなければいけないこと。


「集中力を養うための訓練です。ザイ君はよく怪我をしますからね」


「……私に、言えないことなんですか?」


 彼女なりに反発を見せたその言葉に、表情が僅かに力んでしまったのは、言うまでもない。彼女は、あの時ドアを挟んでしっかり聞いていたと言わんばかりの口調だ。

 しかし一方で、僕が人と接することをあまり好まないことを知っている。素っ気ない素振りを見せれば帰ってくれるだろうと、変な点で自信をもった。


「すみません、この後僕も用がありますので。あまり時間を割けられないんです」


 僕の方から立ち去ろうとすると、やはり彼女はそこに立ち呆け、やがて僕に謝り、去っていった。


 酷いと思うなら、思ってくれても構わない。今は、彼らの意思を尊重して、その肩をもつと僕が決めている。理由は必要ない。僕がそう思った、それだけのことだ。


 ─ザイ君はウィンさんに問われたら。打ち明けるのか、逃げるのか。

 二人の〈暗黒者-デッド-〉でも、そう認められた状況から見るに、ラオ君よりもザイ君の方が力が強いはず。そのザイ君次第で、僕も左右されてみようと思う。


「……これからどうなるか、だな」


 彼らが向こうに行って、一夜が過ぎた今日。僕はいつも通りに講技を済ませ、夕方は空き時間となっている。彼らの様子を見るべく、僕も教育師室を後にする。


(……時に鋭い彼なら、そろそろ調べて来てもおかしくないか)


 彼に余裕があれば、僕のもう一つの予想も当たるかもしれない。



......


『聞きたいこととは何だ。ここのことは大体話したぞ』


「あぁ……〈暗黒〉っていうか……ガネさんのこと。どうやって吟と接触したんだろうって」


 前に、眼を利用して吟から情報を聞き出したと言っていたこと。それが、僅かにでも俺の中で引っかかっていた。


「ああ、それか」


『……ほう』


 一体何故、吟と会話することができたのだろう。〈暗黒〉に存在していたのなら、大前提として〈暗黒者-デッド-〉ではない人間のガネさんが、どんな方法で存在させたのか。


「吟」


 吟を見付けて呼ぶと、ゆっくりとこちらを見て、首を縦に振った。


『キコエテイタ……、キキニクルト、思ッテイタ……』


 ──〈暗黒〉の悲鳴が、そうナいたから。ひとつの鍵を開けよう。


『マズハ、話ソウ。ドレクライ前ノコトダッタカ、アル異物ノ話ダ』



......


「こんにちは」


 そこにあったのは、“実体のない”異物。初めは、どこから聞こえてくる声なのか、全く分からなかった。それでも、次第に異物が『人間である』と確信していった。


「驚かせてすみません。僕はここの怪異の眼に類似する眼を持つ者です。なので実体は見せられません」


『ナンノ……ヨウダ』


「どうしても知りたいことがあります。ここのことを話してくれませんか? 人間が存在できない場所なんですよね?」


 声色は、別に怪しさはなかったが、怪しさの代わりに、例えられない不気味さを感じさせていた。


『……ヌシハ……ドコデソンナ方法ヲ……?』


「……独学、とでも思ってください」


 加えて、何を考えているか分からない口調。それなのに、まるで殺気は感じない。


 ─ドウスルベキカ……ワタシハ悩ンダ。



......


『オドロイタ……ドコデソンナ方法ヲ、耳ニシタノカ……』


 実体のない異物として、ガネさんは〈暗黒〉に現れた。怪異にとっては、脅威にもなり得たことだろう。


「つ、つまり、その詳しいところはともかく、ガネさんは何らかの方法を利用できたってことだよな。吟の前に現れたのは、全くの偶然?」


『ふん、滅茶苦茶だな』


『アァ……、チョクセツ存在ガ不可能ナラ、ヒトツダケ、意識ダケソンザイサセル方法ガアル……ガ』


 そこまで言われ、俺は彼の特徴を思い浮かべる。ガネさんは怪異に類似する眼を持っている、特殊な人。

 この先の吟の言葉は、自ずと導き出せた。


「特異な眼をもつ者に限られた方法……」


『やはり変なところで頭が回るな、お前は』


 その点で穏慈に突っ込まれるのは目に見えている。ただもう一人、その隣で数回首を上下させる友人が目に入った。


「ちょっと、ラオまで! 穏慈は絶対言ってくる奴だけどお前!」


「ごめん便乗した」


「無言で頷かれてると見逃すから……言って……」


「待って、そこなの? 拾えないかもしれないから言えって?」


 広がらない話へと脱線しかかると、吟はのそりと体勢を変え、視線を誘導した。その通りに目を引かれると、再び話しだした。


『……ソノ方法ハ、ワタシタチハ、ニンゲンニ口外スルコトヲ……禁ジテイル。……独学トイエド、知リエヌモノノハズダ』


「……えっと、ていうかそもそも〈暗黒〉は調べて分かるような場所じゃない。知ったとしたら、どこからの情報なんだよ」


「んー、ここじゃこれ以上分からなそうだね」


 何をどうして、そのやり方を導き出せたのか。成功する確信はあったのか。ここから先は、本人に直接聞く他ないだろう。


「吟、ありがとう。俺、帰るよ」


『吟、何でも教えすぎるでないぞ』


『ワカッテイル……判断クライハ、シテイル』


 ガネさんは以前、〈暗黒〉を知りたいと言っていた。その割に、俺よりも〈暗黒〉のことを知っていた。それなのに何故、今更俺を使うのか。

 俺は実際に行き来でき、確実だという結論には至るだろうが、あの性格からしても、自分でできることは自分でする、それがガネさんだと思う。わざわざ人の手を借りる必要があった、ということなのか。

 何を考えているか分からないのと同時に


「面倒な人だよなぁ……」


 そう感じた。


 





「ザイ……」


 ガネ教育師は、ザイたちのことを話してくれない。それどころか、数日前は一緒に出掛けていたにも関わらず、私とあまり話をしてくれない。


 あの時撮ったフォトを見つめながら思う。あれは、ただ単に何か私の知らない理由があって、()()()()()居た。それだけのことだったのか。

 境界線ができた気がして、落ち着かない。


─私は、何か間違っているのかな。私は、踏み込めないのかな。彼らの領域に……立ってはいけないのかな。



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