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暗黒と少年  作者: みんとす。
第一章 出逢イノ章
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第二十話 黒ノ妖飢ガ現ル


 吟と別れ、目的へと向かう中で、俺はといえば考えがまとまらず、思考が進まなかった。この手で均衡の形を断つことで、両世界を壊してしまう可能性は皆無ではない。

 重役をもっている、その事実が脳にブレーキをかけていた。


『おい、ザイヴ。何かいるぞ』


「……え?」


 そんな俺を余所に、何かに気づいた穏慈が声をかけてくる。その声で引き戻された俺は、まとまらない考えを隅に、顔を上げた。


『鎌を出せ』


「う、ん……。【解化】」


 重々しい鎌が、首元から露わになる。言葉通りの鎌を、上半身の筋力全てと言える力で支えた。それをラオがまじまじと見た後、感心するように口を開いた。


「大きさといい妖気といい、凄いよな」


『あぁ。使い手が決まっている代物だからな。それよりもまだ使えんのか』


「うるさい。……でも、陰に捕まった時は鎌を振れたんだ。その時は光ってて、軽かったんだけど……何で急にそんなことになったのか」


『……穏慈、どういうことだ』


 まだ鎌を上手く扱えないことを不思議に思ったか、薫は問う。同様に、穏慈も理由は定まらないようで、首を傾げていた。


「じゃあ、ザイに反応するんじゃない? ガネさんと手合わせした時も決めに入るところで勝手に出てきてたし」


 確かに陰に食われかけた時、気力が少なくなって鎌は勝手に封化した。そして、ラオが言ったその時もまた然りだ。


『ふむ、考えられるな。……ザイヴ、話はそこまでだ。来るぞ』


 穏慈が察したそれが、そこまで来ているらしい。改めて構えるようにと忠告を受ける。重い鎌を持ち上げ、その視線の先に注目する。


「何が来てんの?」


『我にはあまり馴染みのない臭いだ。陰ではない』


 そう聞いて、俺は自然と胸を撫で下ろした。今陰に出くわしたところで、ラオも武具を持っていないし、俺自身何もできない。


『薫、今のうちに武具を取りに行くと良い。危険な怪異ではなさそうだ』


「え?! 俺も……うわ!」


『そうさせてもらおう』


 ラオの言葉は遮られ、薫は降りようとするラオを無理やり止めて、早々に遠方に消えていった。どすん、と地が響く音が徐々に近づいて来ている。


「な、何か凄い音だけど大丈夫? ていうかでかい怪異しか見たことないけど……」


『大抵は大物だが、小型もおらんことはない』


 地響きと共に現れた怪異。俺も暗闇には慣れてきたらしく、少し先にあるものが見えるようになっていた。

 その俺は、巨大で不気味で、形の定まっていない怪異を目視できた。


『グゥゥゥウウ……』


『……む、お前(バイ)か』


 名を紡ぐと同時に、穏慈の構えは、何故かより深くなった。俺は穏慈から降り、先程の穏慈たちの言葉を手がかりに、自分の中に緊張感を巡らせる。

 次の瞬間には、鎌は痛む程の光を放っていた。その光は鎌を包むように徐々に薄く、ある程度に鎮まる。先程までの重さが、嘘のように軽くなった。


「そういうことか」


 鎌を持ち上げて、穏慈に並んで構える。その光をみた灰は、怯んだのか硬直していた。


『グゥ……』


「何の用? 悪いけど、忙しいから手短に頼むよ」


『……何だ、変な所で頭の回転が早いな。扱い方を掴んだか』


 何の迷いもなく光を宿した鎌を見ると、穏慈は鼻を鳴らしてそう言った。鎌を扱えない点、莫迦にしていたのではとも思うが、今はそこに構う場合ではない。


『グゥゥ……』


『……どうした、誤算でも生じたか』


 灰は身をよじらせ、穏慈の言葉が図星と言わんばかりの焦燥を、大きな叫声、唸りで露わにする。少し後方に身を引いていくところを見ると、俺を狙っていたらしい。


『灰は我らと違って喋れんからな。予想の範囲ではあるが』


「ザイ、戻ったよ!」


 聞き慣れた声が背後から聞こえ、反射的に振り返る。薫とラオがいること、ラオがその手にしっかりと鋼槍(ごうそう)と呼ばれる〈暗黒〉の武具を握っているのを確認する。


「いや、早いな」


「結構近かったよ。すぐ取って、契約済ませて来た」


『グゥ……?!』


 その怪異は驚いていた。


 ─イブツガフタツ、ソコニアル。イブツガフタツ、ナゼナゼナゼナゼナゼナゼ───────


『……灰、貴様なんぞに構ってられん。陰の居場所を知らぬか。我らはそれを探している』


 様子を見る限り、混乱している。その混乱の原因は俺たちの存在自体だとは思うが、俺たちにはどうにもできない部分ではある。


『灰、知っているなら教えてくれ』


『ヴゥ……』


 もう一度尋ねると、灰は諦めがついたようにフイと向きを変えた。そして、ちらりとこちらを見ると、また前方に向き直った。


「穏慈、行こう。【封化】」


 鎌が収まり、俺は穏慈の背に乗る。ラオを乗せた薫も、穏慈に続いて歩き始めた。







『グゥ、グゥ』


 話せない代わりに、灰は鳴き声で招いてくれる。この方向を信用できるかは定まらないが、穏慈たちは何も言わずについて行っている。穏慈たちが捕らえる臭いの中で、陰の臭いは確実にあるのだろう。

 加え、背には変な悪寒が走っている。あの時と同じような、それだ。


『グゥ』


『……この先か』


 灰はある場所でぴたりと止まり、頭部で前方を示す。先には行きたくないのか、体を縮めて小さくなった。


『ふん、確かに嫌な臭いだ』


「陰の?」


『あぁ。正直灰がいたのは助かった。気配で辿ることができるからな』


 俺たちを脅かすつもりが逆に驚かされた灰の立場からすれば、それはそれは嫌なことだろう。少しだけ、気の毒に思う。


「……助かったよ」


『ヴゥゥ……』


 気遣う言葉を向けられ、自らの横を通り過ぎるのを見ていた灰は、複雑な心境を抱えていたようにも見えた。







「うう、異常な寒気が……」


『……ラオガ、お前も気をつけろ。絶対に薫から離れるな』


「お、おぅ」


 俺の手も力み、穏慈の体をつかむ。あんな思いをするのは、素直に嫌だし、避けたいところだ。


『臆病か』


「自然な反応だろ」


 足に大怪我を負った事情は、ラオの耳にも入っている。そのためか、その頬には冷や汗とみられる水滴が伝い、深刻そうな目が、俺の足に向けられていた。

 俺は、それに触れることはできなかった。


『……強くなってきたな』


『あぁ。しかしこの臭いはきつい』


 そうは言うものの、二体は休まずに歩く。言葉だけで、俺たちにはさらなる緊張感が走る。神経が敏感になった俺は、ぞわりとした悪寒を感じた。


「……! この気配……!」


 ほぼ同時に、穏慈が反射的に『伏せろ』と叫ぶ。二体が伏せた瞬間、後ろからは真っ黒い影が通り過ぎていった。そして、顔を上げて見た先には。


『ククククク……キタキタキタキタ……クケケケケ……』


「陰……っ!」


 今、最も恐れている存在の怪異、陰が再び姿を見せていた。

 危険であるがゆえに放っておけないからと陰を探していたが、実際目の前にすると恐怖が蘇る。


『主に手を出したことを悔やませてやる』


『キェケケ……コロシソコネタ……コンドコソ……!』


『……ふん、むしろこちらのセリフだ』


 その威圧感に、また大怪我負ってガネさんの文句を聞く羽目になるかもしれない。何て、思いたくもないことが頭をよぎる。俺とラオは大きな怪異から身を降ろし、改めて陰を見る。


「……これが、陰……」


 俺の横で呟くラオが、異様な雰囲気を漂わせていた。いつものラオとは違った、不穏な空気だ。


「ラオ、大丈夫?」


「……こいつが」


 ぴりぴりとした空気に耐えられず、咄嗟に肩を掴んだ。その顔は、あまりにも険しい。


「おい、ラオ?!」


「! ご、ごめん……」


「良いんだけど……平気?」


「いや……こいつが、ザイにあんな怪我させたと思ったら……」


 怪我を伝えた時も気にしていたくらいだ。そのものを目の前にして、怒りが込み上げてきたのだろう。

 それにしても、〈暗黒〉の怪異は様々な理由で〈暗黒者-デッド-〉を求めていると聞いたが、同時に、その存在を消そうとしている怪異もいる。そのよい例が、この陰というわけだ。


『良いかデッドども。陰を消す。さもなくば死ぬぞ』


『我は主を守るがな』


 〈暗黒者-デッド-〉の持つ鎌と鋼槍が、同時に光を帯びた。銀色の光が妖しく揺らめき、武具は、軽く浮き上がりそうだった。


『本来の一つの存在だったなら、どれほどの力か……。薫、援護だ』


『あぁ』


「ラオ、行ける?」


「いつでも!」


 ラオの言葉を聞いたところで、何の前触れもなく、陰の気配が消えた。その代わりに、背後に殺気を感じた。

 勢いよく振り返ったその瞬間に、何かが俺を吹っ飛ばした。


「ぐっ……!」


『ザイヴ!』


 ─ククク……


 不気味な笑い声は、全方位から薄気味悪く俺に届く。姿も見えず、位置を定められなくなってしまった。


「ザイ! 立てる?」


「くっそやりやがったな……」


 ラオに腕を引かれて起き上がり、鎌を持ち直す。体を強く打ち付けてしまった所為か、体が痺れる様に痛いが、そんなことを言っている場合ではない。


─キヒヒヒ


 いち早く声を拾ったラオが鋼槍で対応するも、再度強い力で地に叩きつけられる。厄介な能力を存分に活用して、俺たちを翻弄させているのか。とても目だけでは追いつかない。


『埒が明かん、ザイヴ乗れ!』


「は……っ、うん」


『ラオガ、貴様もだ』


 ふらつきながらも立ち上がり、穏慈の背に乗ると、一気に急上昇する。距離をある程度保ったところで、動きは止めないままに穏慈の口が開いた。


『見た限り、眼が追いつかんのだろう。治癒力が飛び抜けているのはもちろんだが、そもそも我よりも嗅覚優れている。その分の代償だろうな』


 確かに捕まった時も、まず穏慈と引き離された。瞬発力のある穏慈は相手にしたくはないのかもしれない。


「じゃあ、陰の上で動き回れば何とかなるかもしれないか」


『決まりだ。私も行くぞ』


 速さを増して、陰の上空へと進行する。俺も目が回りそうな程の速さだ。陰が俺たちの動きに戸惑っている内に、上空に身構える。


「穏慈、よろしく!」


 そこから、俺は鎌を振り被りながら陰に向かって自ら落ちて行った。


『よろしくではない! おい!』


「でぇぇああああ!」


 風を切る切れの良い音が届いたその直後、陰が叫び散らした。

 直撃したことを確認し、俺は体勢を整えながら着地する。次いで、ラオが鋼槍を陰を目掛けて投げ飛ばす。さすが遠距離攻撃が得意なだけあり、命中した。


『ギィィイイイイ!』


「ザイ!」


 暴れ回っているために目の前を見れていないのか、陰は地団駄を踏みながら所構わず踏み潰す。それが、俺の方に迫っていた。


『ちっ』


「うわっ!」


 丁度、陰の足が俺の上に来たとき、穏慈が俺を銜え上げた。「さすが」とだけ言い、もう一度鎌を振るチャンスを探す。


『ラオガ、槍を抜け』


 そんな中、薫とラオが陰に接近し、タイミングを見計らって突き刺さっていた鋼槍を思い切り抜くと、血であろう液体が飛び散った。


『オノレオノレオノレオノレ! デッドォォオオオッ!』


『掴まっていろ』


「うん」


 俺を背に乗せなおすと、陰が目で追えないように蛇行しながら四方に動き回る。振り落とされるわけにもいかず、俺は必死でしがみつく。


『薫! 合わせろ!』


『ああ。ラオガ、あのガキと同時に陰を斬れ』


「分かった!」


 二体は別の方向から、それぞれ陰に突進する。向かい風の抵抗を受けながらも、俺たちは武具を構えてタイミングを見る。


『ガァアァァアア!』


「ぐぅっ……!」


 陰が瞬時に姿を眩ませ、ラオに衝突した。落下していくラオに思わず手が伸び、そのまま降りようとするが、穏慈に止められる。


「ちょ、ラオが!」


『時間稼ぎを頼むぞ』


 俺の心配をよそに、薫が猛スピードでラオをめがけて行く。

それを確認した穏慈が俺に呼びかけ、そのまま言葉を続けた。


『良いか。振るだけがその鎌の使いようではない。遠距離も出来る。【鎌裂き(クリーブ)】、今ならそれが使えるだろう』


 言うだけ言うと、穏慈は動きを止めた。やってみろと、そう付け加えた。


「……分かった」


 鎌を両手で持ち、前に翳す。一度だけ深呼吸をして、暴れている陰を目で捉える。ラオを助け上げた薫が気を引いているようだ。


鎌裂き(クリーブ)】!


 握った手の力は強まりながら、鎌を陰に目がけて振り切る。すると、鋭く妖しい光が、一つの刃の様に化して陰に飛んでいく。鎌本体が大きいため、その一振りも比例している。それは、陰を直接切り刻んだ。


『ナニィ……?!』


「相手はこっちにもいるの忘れんなよ! 【槍の針(スラスト)】!」


 ラオは鋼槍を既に自分のものにしたらしい。この短時間で、すでに技を使いこなしていた。俺よりも上級者なだけあり、振りもよく、素早く、綺麗だ。自分に隙を生じさせていない。


『ァァァアアアアッ!! コロスコロスコロスコロス!! ドウナロウトカマウモノカ、クウゾクウゾクウゾォオ!』


「腹減ってるとこ悪いけど、その傷に回復は効かないんだって。怪異には毒なんじゃない?」


『グッ……?!』


 その言葉通り、治癒ができないようで、陰は策を探し始める。しかし、一度体内に入ったそれは、じわじわと身を蝕むはずだ。


「すげぇ……」


『何を感心しておる。〈暗黒者-デッド-〉の力が強いのはお前のはず……とどめだ、斬れ!』


「え、……あぁ!」


 素速く穏慈から離れ、鎌を後ろに下げてギリギリを見極める。一歩遅れれば陰に喰われるだろう。だからと言って一歩早ければ、深手は負わせられない。かなりの集中力が問われる。


『ギャァアアアアッ!!』


「ぉぉおおあああああぁあっ!!!」


 陰の強引な欲には負けられない。陰には悪いが、手加減は一切できない。


─幕引きだ。



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