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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百七十話 黒ノ世ノ表裏ニ

 

 少年は、未だに眠っている。もう、どれほど時が過ぎてしまったか。

 再の三時、という表記が目に入る少女は、次第に落ち着きを失くしていく。

 また、いなくなってしまうのではないか。と。それでも、「待ってて」と言われた少女は、信じ続けている。


「貴様は、ザイヴやラオガが怖くはなかったのか」


「……それ、ビルデさんが言いますか?」


 困ったような表情を浮かべる人型魔界妖物(マノイド)は、同様に、困った表情で静かに笑う少女に戸惑う。

 ほとんど接点のない二人が、腰を並べて座っている。ある程度の距離はありながらも、そうして一人の少年を、ただひたすら待っている。

 仕事を進める医療担当の師は、そんな二人に見向きもせずに書をまとめ続ける。


「初めは、怖かったです。でも、聞いたことは全部事実で……受け止めたら、次は私も何かできないかって考えるようになって。……結局、支えることくらいしかできなかったけど。今では、ザイたちが凄く頼もしくて、私も頑張らなきゃって思ってます。本当は、こうして終わる頃には、並んで戦いたかったんですけど……」


 力が及ばなかった、という後悔が、少女の胸を締め付ける。俯いた目は、胸で作られた拳を悔しそうに見た。


「……女のくせに、そうして格好つけるんじゃのう……。まあ、貴様の言い分は悪くない。それに、そうした心は、必ずザイヴを導けるはずじゃ。……ふ、吾らしくもない、こんなにも人に言をくれてやるとは」


「ビルデさんは、ザイたちのこと怖かったんですか?」


「まさか、質問を返されるとは思わんかったな……。怖いとは思わぬ。しかし、奇妙じゃった。人のくせに、魔に味方し、関わり、助けるなど。肝が据わっておる分、本当に気味が悪かった。……ただ一つ。奴らが持っていた寛大さには、惹かれるものがあったのう」


 頬杖をついた男は、呆れるような表情で笑んで見せた。

 そして、少女は顔を上げる。潤む目を必死に隠しながら。


「……助けに来てくれて、ありがとうございました」


 それを聞いた医療担当の師は、思わず手を止め、一人微笑んだ。




 ......


 闇に倒れる体を認識できる。意識の中で、〈暗黒者-デッド-〉が俺に語りかけてくる。

 横にいるのは、穏慈ではない。〈暗黒〉にいれば、いつも穏慈が支えとなってくれていたのに。あの大きな、化け狼のような体は、どこにもない。


 虚無感に苛まれ、体を動かすことができなかった。


「……俺、は……」


 ─ザイヴ=ラスター。君を選んで良かったと思う。俺はこれからも、君の中に眠り続ける。けれど、違えないでほしい。俺は、〈暗黒〉に存する〈暗黒者-デッド-〉。君に憑きながら、〈暗黒〉で静かに息をする。君の邪魔はしない。


 まるで人としている俺の、これまでのような、二世界に同時に存在する者。そうして、〈暗黒者-デッド-〉は存在していくことになるという。

 この存在だけは、()()()()()()と言っていただけあって、どちらか一方に偏ることはないようだ。


「そう、か……うん……。穏慈は、ちゃんと、帰ったんだよな……こんなところでじっとしてたら、心配する、よな」


 その本人はいないけれど。〈暗黒者-デッド-〉の力がかかっているとはいえ、このままここにいるわけにもいかない。こうして虚無に潰されている様なんか、見たくないはずだ。


「……お前には、助けられもしたし、腹も立ったし、大変だった。俺をこんなに追い詰めた。でも、お前がいたから、他にはない時間になった。そう思うことにする。……帰るよ」


 ─そうか。……()よ。本来関わることのないモノに、よく最後まで逃げずにいてくれた。君を待つ仲間の元へ……俺が届けよう。


 声が遠くなる。気配が消えていく。

 これで本当に、〈暗黒〉とはお別れだ。


「さよなら」


 俺が役目を終えた世界は、真っ暗なのに、温かい気がした。




 ──〈暗黒〉の世に、人の存在は許されない。その理に従って、能力を手放した少年は、闇から姿を消した。



 ......


 ふわりとした明るさが、瞼越しに俺に降ってくる。通う血液が、うっすらと見える。ここは、きっと。


 細く目を開けると、見慣れた景色が視界に入った。白く、綺麗な天井と、電光と、そして、匂いも。

 腕で光を遮りながら、瞼をゆっくりと、上げていく。その様子を見たのだろう。ルデとウィンが、同時に俺に歩み寄ってきた。


 体を起こし、その顔を見る。ウィンは笑って言った。


「おかえり」


 ずっと待っていてくれたのだろう。ルデも俺を見て、一度別れをした時と同じような、笑みを浮かべた。


「……ただいま。……お、れ……全部……終わらせた……」


「ああ、貴様ごときが、よく世を背負っておった。よう励んだ」


「ザイ泣かないでよ……つられちゃうでしょ」


 当然だ。

 異常に変わってからの俺たちの日常にあったものの多くが、姿を消した。それは何度でも思うように、虚無でしかない。こんなにも寂しくなるなんて、思わなかったから。


「ごめ、でも……」


 そこに、ゲランさんが歩いてくる。いつも通りの、悪そうで、それでいて人をよく見る目が、俺を捉える。


「ガキはガキらしくしとけ。大人ぶる年でもねーだろ」


 その言葉は、俺の中に溶けるように入り込んできた。

 思わず、解放感と静寂感に耐えきれないものは、零れてきた。






 すでに夜も更けてきた頃、ガネさんとソムさん、加えてオミが医療室に入ってきた。

 俺が起きているのを見るなり、迎える言葉を、優しく紡いだ。首元の紐にも目が行ったようで、「終わったんですね」と、どこか寂しそうに言った。


「穏慈くんは?」


「……何か、かっこつけてたよ。もともと人とは関わらないものだから、別れの時も黙って消えるって」


「そっか……残念。私は別れくらいしたかったのに。たくさん助けてもらったんだから」


「そうですね……でも、怪異らしいといえば、らしいですね」


 各々が、全ての終息に安堵し、呼吸を落ち着ける。俺も、そろそろ立ち上がるべきだ。呆然と過ごしているだけでは、何も進まない。


「こっちで、何か変わったことあった?」


「いいや、何もねーぞ。本当にその繋ってやつを切ったのか聞きたいくらいだ」


「……繋は、俺と怪異にしか見えなかったみたいだから、俺以外には、分からないのかもね」


「あ……ザイ君、眼見せてください。それ……」


「え?」


 俺の眼を見ようと、ガネさんは俺の間近にまで寄ってくる。じっと見るその眼は、やはり誰もが認める他人との差がある。

 細い目が、両目を見比べるような眼の動きに、違和感を覚える。また、俺の目に変化があったのだろうが、黙ったまま、話さない。


「ガネさん、何が……」


「……良かったですね。目の形、戻っていますよ。ただ、右眼の色……若干薄くなっている程度ですけど、少し変わりましたね。まあ、大きな差はありませんし、見え方も問題はなさそうですね」


 咄嗟に言葉が出ない。視界は普段と変わらないのに、目だけ異様に変化したらしい。確認しようと、ゲランさんに鏡を出してもらい、見ると、確かに僅かに色が違っていた。

 それでも、形が戻ったことだけが、俺の気を軽くした。


「……そっか。でも、これで……()は違っても、()()()だ」


 前の日常に戻れるわけではない。異能が覚めた時点で、それは決まっていただろう。通ってきた日々は、間違いなく俺を変えたし、周りの人をも変えた。

 それでも、叶うなら。


 ─もう一度、あの色の日常を。


「……少年、お前の器は、やはり変わらない。あの時から、ずっと」


「そうですね。……ザイ君、よくやり遂げました。君の師として、誇りに思います」


 始まりがあれば終わりがある。表があれば裏がある。光があれば影がある。どんなものにも、必ず。

 だから、それをモノとして見た俺は、それ以上を望めない。


「うん……ありがとう」




 それから、自室に戻るときに、ルノさんとホゼに会った。

 機能復元のために、動きを調整したという報告をしに行くところだったという。俺の目を見た二人も、ガネさんたちと同様に、俺を労わってくれた。

 遅い時間ということもあってか、すぐに体を休めるようにと促したルノさんだったが、一つだけ、と付け足して、言った。


「すまないが、俺から話がある。また明日、医療室で」


「……分かった」






 翌、快晴の空の下。


 陽の差す、ある都市。復興は進み、人は十分に活気にあふれ始めていた。

 空に例えられた魔石は、輝きを放ち続ける。そこに、彼らが施した守りは働いてはいなかった。青い光を纏っていたそれは、白を基調にしたような青に変わっていた。


(……強すぎる。痛いくれーの眩しさ……こんなこと、今まで……)


 少年は、ハッとして笑う。

 ─ケリがついたのか。そう察したように。魔石に背を向け、少年は人の中に紛れ込む。

 光は次第に、息を潜めるように彩度が落ち僅かな青が揺らめいていた。



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