表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
160/172

第百五十九話 黒ノ摘マヌ志ト、ソノ尊

 

「がふっ、はあ、っう……」


 苦しそうな、いや、間違いなく苦しいはずのラオの表情。ラオの目は、俺を捉えることはなかった。

 足掻こうにも、こうなってしまっては、自分ではどうしようもなくなってしまっている。


「あの怪異……っ、まさかこれを狙ったんじゃねーだろうな……!」


 ゲランさんが、俺とガネさんを押し退ける。

 ウィンの自然魔を浴びるラオの状態をまじまじと、迫る制限に反発するように診た。脈の乱れ、呼吸の乱れ、意識の朦朧としている様。

 そこまで確認したゲランさんは、言葉を飲み込んで、静かに身を引いた。


「ゲランさん……」


 その、俺たちに申し訳なさを感じさせる歪んだ眉は、希望を見せてはくれなかった。


「……横に、いてやりな。お前を守ってくれたんだ。礼くらい、言わねーとな」


 察するな、ということの方が難しい。思考が安定しきれないまま、抉られた傷口に目を向ける。ぞわりと身の毛が逆立ちながらも、目は逸らすことができない。

 もう、尽きてもおかしくはないのではないか。そう思わずにはいられないほどの、滞らない血液の流動も、同時に目に入る。


「おい。友を残して、逝くつもりか。貴様は、強かろうに」


「ラオ起きろよ、頼むから……」


 ルデの言葉も、俺の呼ぶ声も、届いているのか分からない。ただ、風が通るような音が、僅かにラオから聞こえてくる。

 見た限りでは、ウィンの自然魔ですら、ほとんど効いていないようにも見える。


「ラオ、何で……」


 俺の頭には、過去のある出来事が蘇っていた。まるで、()()()と同じような。

 あの、ラオが俺たちの前からいなくなってしまった、数年前のこと。会えないという状況で、俺たちが与えられた虚しさ、寂しさ、状況的には似ても似つかないのに。


「何で、そうやって……」


 涙が溢れて、視界が塞がれていく。俺の背を、優しくさすっている大きな手を感じながら。それでも、その本人が誰であるかなど、どうでも良い。

 大きく零れていく熱は、ラオや、俺の顔を伝い、床に落ちていく。そこに溜まる、血液に交じって。





 ────────


 ──まだ、十歳にも満たなかった俺とウィンに、家を離れると告げた日。

 悲しそうで、苦しそうな顔で、笑っていた。


「どっかいっちゃうの?」


「ごめんね、でも、俺……もう光郡にはいられないから」


 たくさん貼られている、外部薬と布。それなりの怪我をしている何よりの証は、日に日に増えていた。

 この時は、虐待を受けていたなんて、考えもしなかったけれど。

 ただ、あの表情だけは、忘れない。


「ザイもウィンも、元気でね」


「……やだ、いなくなるの」


「……じゃあ、()()()にしよう。これなら、いい? いつか、また会える気がするお別れの言葉だよ」


 遠くに行ってしまう。

 一生会えなくなるわけではなくても、物理的に見えてしまった距離が、俺たちには辛かった。


「……絶対?」


「……うん。ね、だから」


 ───“またね”




 ────────


 思い出してしまった。

 苦しい。酷く、身が震える。あれほどの沈む思いから、逃げ出したくて追ってきたのに。

 目の前のラオは、まともに俺の声を聞くこともできない。


「何で、また……!」


 あの時とは違う。けれど、あの時と同じ。


「置いていくんだよ……!」


 止まらない涙は、止まらない血液の中に直接落ちた。どれだけ零れたか、分からない。

 ラオの名を、何度も呼んで、何度も、顔を叩いた。


「ごふっ」


「! ラオ!」


「……そ、だね」


 僅かな吐息に交じって、辛うじて発される細い声が、俺の脈音にかき消されそうだ。聞き逃すことがないように、必死で耳を傾ける。

 瞼の隙間から覗く、途絶えかけの光は、まっすぐに、俺とウィンを見た。

 俺の声が、聞こえていた。そう思うと、希望を抱けるのではないかと期待する。


「でも、ごめ……も、……一緒、に……いら、……な……」


 絶え絶えの息で、荒くなりながらも紡いでいく言葉は、なおもラオらしく、優しく、穏やかに見えた。

 それは、細く形どられた口元のせいなのか。それとも。


「……ザイ、は、へーき……? 守、れた……?」


「!!」


 俺を庇ったせいで、こうなってしまったのに。彼はどこか、満たされているようで。

 弱い声の癖に、人の心配をするラオを、どうにかして助けたい。

 けれど、俺の持つ力量では、─叶わない。


「こんな時まで……俺の、俺たちの心配すんなよ!」


 ウィンの手は、震えている。震えながらも、玉を手離すことはない。

 光を纏い続け、正しい循環として術を発している。かに、思えていたが。


「……追いつかない、どうしよ……ど、したら……いいの……?」


 ぼろぼろと落ちるものは、俺のそれよりも大粒で。止めどない苦しさを感じさせる。歯がこすれるほど食いしばった俺の口からは、俺の感情しか出てこない。


「バカ! こんな時まで、優しくなくていいんだよ!! 俺のせいで、こんな……! 待って、まだ、まだだめだろ!」


「……うん」


 その一言。ただ、眠るような顔で、安らかにそう言ったラオに、全ての覚悟が見えてしまう。

 それでも、それに抗おうと、ラオの覚悟を引き留める。懸命に、汚れた顔を、更に醜くしながら。


「ラオ、だめ……!」


「ごめ、ね……」


 けれど、願う言葉は返ってこない。悟っているのだ。この、友人は。


「ダメだって言ってんだろ! 今度こそ、お前に追いつけなくなるんだぞ!!」


 受け止めきれない大きな想いを、俺はどこに向ければ良いのだろう。溢れて、支えきれない重みを、どう踏ん張って上げれば良いだろう。

 分からない。─分かることなど、易くはない。


「……ず、と。俺……お前たちに、救われ、て……た。だ、から……懸け……ら、た」


 はっとする俺たちは、その瞼の内から出る、細く、忍ぶような滴を目に留めた。それは、俺たちの情を、余計に加速させた。


「やだ! そんなこと言わないで、ザイも私も、ラオがいなかったら……!」


「頼むから、離れていくなよ! こうなる必要なかっただろ! 待って、鎌の力なら、何とか……!」


 鎌を持ち直した手が、小刻みに震えている。

 ─ああ、俺も、分かってはいるんだ。きっと。これ以上、何をしたところで叶うことはないと。諦められない気持ちが、申し訳ない気持ちが。そして、いなくなる事実を、かき消したい気持ちが。それを無にしている。


「ううん……。……ね、ザイ、ウィン……今度、は……もう、……っ」


「……今度……? 今度って何……!」


「覚……て、る……げほっ、ゔぇっ……っは、ま、またねは、……ね、お見送り……今度は、泣か、……で」


「!!!」


 言葉は、音は、一瞬、止まった。涙を無理やり、奥の奥へと押し込んで。その一瞬で、ラオの涙も拭い去った。

 そして、最期を互いに目に留めたが最後。

 空気も、鼓動も、全て。

 音もなく、その姿さえも。

 塵のように、結晶のように、崩れて、流れていく。


 ─さよならだ。


 後ろで立っている大人たちの情は、俺の背に伝わってくる。

 消えていく肉体と、生命。目の前で消え去っていく友人を、守りたくて。

 友人と、笑っていたくて、ただそれだけだったのに。

 その願いは、儚くも、綺麗に白くかえっていった。



「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」



 これが、全て虚無で起きた出来事で。我に返れば、またその姿で笑ってはいないだろうか。

 そう、痛む現実は、重すぎて。

 壊れかかる俺たちに、大きな温もりが、被さった。


「……っ」


 言葉に表すことのできない絶望感。

 この時は、ガネさんと、ソムさんが、そして穏慈が、俺たちを必死で守ってくれていた。

 けれど、()()()

 膨大になる、己の秘は、俺に友を慈しむ暇など与えてはくれない。





 ─大きく跳ねる、鼓動。

 ─大きく巡り出す、能。

 ─僅かに残された、その欠片。




「ぎ、う……ゔヴ……!」


『! 離れろ、出てくる!!』


「!!」



「あ゛あ゛……っ、ガアアアアアアアアアアアアアア!!」



 ─消えていく。見えてくる。

 止められていた、その先が。


 ─〈暗黒者-デッド-〉。

 その、大きな一つの存在は、俺の望まない形で、現れた。



タイトルの読み

()マヌ(ココロ)ト、ソノ(ミコト)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ