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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百五十八話 黒ノ摘ム青ノ芽

終焉編

 

 ─俺、頼みがあるんだ。


 僕が、人知れずラオ君と向き合った時。

 あまりにも真剣で、深刻な彼の表情に、思わず息をのんだ。そこで発された言葉は、彼自身の大きな覚悟。


 ─俺が、ずっと守ってきた信念を。ガネさんに託したい。


 それが何を意味しているのか。答えに辿り着くのに、少し時間を使った。その、まっすぐすぎる堅い瞳と、一定の呼吸。荒むことのない、落ち着いた口調。恐怖すら感じさせる、冷静さ。言葉通り、ぞっとした。

 彼にとっての大きな決断と、全てを懸けた僕への委託に繋がった僕は、絶句した。






「あいつらが俺を必要としたように。俺にしてみれば、あいつらが生きることが、俺の救いになる」


「……だからと言って、ラオ君がそこまでの重荷を背負うことはないでしょう。彼らは、間違いなく苦しむことになります」


 一人の若き生命(青年)が辿り着く決心にしては、あまりにも酷で。そう至らしめた強力な能力を、恨むことしかできない。

 〈暗黒〉で最も有力な存在だとしても、こちらでは、僕たちと何ら変わらない人間。

 その運命としては、納得のいくものではない。


「でも、だからこそ世が崩れず、全てを終わらせられる手だから。言った通り、〈暗黒者-デッド-〉は本体と制御に分かれて、俺たちの奥底にいる。俺だってどうなるか分からない。もし、俺が本当に消えるなら……」


「だから、ラオ君の信念を継いでもらいたい、と?」


 頑なに考えを揺るがせない。

 いつから、どんな気持ちで覚悟し、友人と接していたのか。

 見当が全くつかないわけではないにしても、僕の中で、その選択は許されない。


「……気持ちとしては十分ですが、そう弱気でどうするんですか」


「他に手がないと思ってるから。穏慈も薫も、違う手を探そうなんて言ってるけど、〈暗黒(向こう)〉で色々聞いて、雰囲気で察するよ。失敗の危険性(リスク)が大きい共鳴なんて無理やりやって世界ごと崩れたら……。俺は、俺の覚悟で救えるならそれで良い。だからガネさんに頼みたい。あの二人を、守ってほしい」


「そう簡単には聞き入れられません。もしそうなれば、君は彼らを裏切ることになりますよ。それを見てきた第三者の僕も、納得できません」


 何を言っても、どう揺すっても、ラオ君は変わらない瞳で僕を見る。これほど僕が反対しても、捻じ曲げることのできない思いは、少し羨ましくも、疎ましくも思う。

 どうあっても、この命一つを素直に投げ出させるには、至らせられない。それは、僕の答えとして、揺るがすことのできないものだった。


「だったら、俺の想いだけでいい。俺だって、死ななくて済むなら、それ以上に満たされることはない。でも、本当にもしものことを考えて……その時は、受け取ってほしい」


「……大前提は、覆せません。犠牲になる必要はないんですから。でも、ラオ君の想いは、分かりました」


 僅かに顔を歪ませ、唇を少し噛んで力む表情。ここにきて、やっと崩れた強張りに、僅かに心の隙ができた気がした。


「……うん。でも、俺の大切なものは、はっきり言ってザイとウィン。これだけは譲れない。二人に何かあるようなら、俺は迷えない。そういう性格なんだよ」


「嫌という程分かりますよ。今まで散々感じてきました」


「だから、ガネさんが動こうと何だろうと、俺も足を止めない。俺の手がある限り、俺が手を伸ばす。失いたくない。その先に俺がいてもいなくても、こんなこと……ガネさんにしか頼めないから。お願いします」


 その気持ちが、痛く分かってしまったこと。それが、ラオ君の息を守る条件で、僕が折れるきっかけになった。

 言われなくても、守りたい命だ。どういう未来があっても、そんな残酷な使命と覚悟をもって戦に参加することは、あってはならない。


「ありがとう」


「その言葉は、戦いが終わってから聞きたいですね。取っておいてください」


「……そうだね、分かった」



 この子の深い想いは、清々しくも、毒々しい。しかし、それが伸ばす黒ずんだ未来は、僕一人にとどまらず、その友人の心をも壊しかねない。

 どれほど強い心情でも、それほど、彼が彼らを守りたくても、守らないといけない──





△ ▼ △ ▼


「ザイ、よく聞け」


 耳元で、はっきりと聞こえたラオの声。その言葉は、俺の鼓動を速めた。

 耳に付く音が、体内を流れる血液の感覚が、俺を支配する。


 ─俺が囮になる。


「何で……!? 何でそういうこと……!!」


 ラオの一言と、俺に対してかかる力。俺には簡単に、はっきりと分かった。

 俺にしてくれたように、俺を助けてくれた彼を助けようとするのに、その瞬間は残酷にも、すぐに訪れた。

 手を伸ばすのに届かなかった手は、雪洋の自爆で起きた刃の風でずたずたになった。そしてその荒れ狂う風に攫われ、さらに距離を作ってしまっていた。


「ちっ、さすがに吾も、入っていけぬか……! 自害など、一人でやってもらいたいものじゃな……ぐ」


 その、ルデの悔しさの余る声色に、心が痛む。俺たちのために来てくれたルデが、そうして弱っていたのだから。

 それがばねになったのか、気持ちが少し戻った。

 何とか体勢を持ち直して、抵抗し、ラオを探して前進する。しかし、それは一人の教育師に止められた。


「ザイヴ君だめ!」


「ぐっ……!」


「ザイヴ君まで……!」


 そんな言葉を聞いていられるほど、冷静にはなれない。背後からは、ウィンがラオを呼ぶ声が聞こえてくる。


 いや、まだ、間に合うはずだ。


「離してソムさん!」


「でも!」


 強引に振り解いた手は、さらに強く、大きな手で掴まれた。


「……あんたも止めるのかよ。離せよ!」


 叫んでも、ガネさんは俺を見て、目を離さない。悲しそうで、重そうな瞼で、見たくもない現実を直視させられているようだ。


「ラオ君に言われたんです。……守ってくれと」


「だからってこの状況で!!!」


「だから、()()()()行かせません。僕が先に行きます!」


 俺の手は解放され、ガネさんは腹部から血を流しながら、【聖の針(リファイン)】を前方に放つ。それを追うように走るガネさんを、俺も続けて追った。


「もう一度自爆されたら、お前ら吹っ飛ぶぞ!」


「ガネ、行ったらだめだよ!」


 ルノさんと、ソムさんの声が、枯れそうなほどの声量で届く。しかし、それでは止まれない。巻き込まれた友人を助けに行かないなんて、非道ことはできない。


「そんな安っぽい制止聞けるか! ザイ君、間違っても死ぬな、まだ助けられるはずだ!」


 ガネさんの助けがあって、俺はまっすぐに伸びる軌道を確実に追えた。その甲斐あって、ラオの姿を目に留めることができた。


「ラオ!!」


 けれど、ぐたりと血の気なく横たわるラオの姿で、察してしまう。雪洋の血や、肉塊に交じり、ラオから流れ出す僅かに色素の違う赤い血液が、ガネさんの物とは比にならないほど溢れている。

 これまでとはまるで違う。後ろからいくつもの足音が聞こえ、少しでも自爆の中心から離れようと、ガネさんと共に、必死でラオを引き摺った。

 ある程度離れたところで、力が入る体を解放し、何度もラオに呼びかける。その表情は、髪に隠れてほとんど確認ができない。更に近くで呼ぼうと、距離を縮めたその時だ。


『……ワタ、シ、ノ、セカイ……スベ、テ、……キエ、ル』


 怪異の声が、細く聞こえて来た。自爆というものの割に、本能残存(リーブ)の力のためか、尽きてはいなかったようだ。

 ただ一つ、その声の先に、違和感を覚える。


「……え」


「ザイ君離れて!」


 一瞬目に入った姿は、にたりと不気味に上がる、彼の口角。その眼だけは、ラオのそれではなかった。

 瞬間、罠だということに気付く。

 ガネさんが俺を庇って、俺を押し退ける。同時に、彼の腕が鋭い刃に変わる。


(あの一瞬で、ラオに化けた……!? じゃあまさか、自爆じゃなくて、目くらまし……!)


『どけ貴様ら!!』


 ガネさんが剣でそれを弾き、後方から穏慈と薫が大きな体で迫る。俺たちを守ろうとする怪異も、捨て身だった。自爆の体勢を解除したこの一瞬に、しっかりとフォローに来てくれた。


「支援するぞ!!」


 ルノさんもその動きを見逃さず、後方からの攻撃を再開させてくれた。

 ラオの姿を解いた雪洋はといえば、穏慈と薫に細い腕で対抗しながら、俺の首元目がけて同様の刃を向けてくる。


「チッ!」


「てめえもこれで終わりにしてやる!」


 ガネさんが剣を振り始めたのと、ほとんど変わらない時。

 遠方から鋼槍を構えたラオが、まっすぐに怪異に向かって突っ込んできた。

 その姿に、生きている安心感が生まれるも、先程の()で全身が切り裂かれ、ぼろぼろになっていた。


「ラオ!」


 ラオの鋼槍が、勢いよく怪異に刺さり、返り血がべたりと衣服に付く。それに何も感じない俺は、確かに感覚に麻痺を覚えているらしい。

 鋼槍が怪異を貫いたことを確認し、荒い呼吸をしながら鋼槍を抜くラオに目線を向ける。

 すぐに距離を取るべく、その姿勢を取った時だった。


「がっ、あ゛……!」


「!!! ラオ!!」


 その、ラオの、心臓にほど近い胸部。背後から突き上げるように、あの刃が刺さっていた。


 ラオの、至る所から出る、生々しい鮮血。俺のとは違い、汚れていない、赤だ。

 みるみるうちに、ラオの上半身は胸部からの出血で染まっていく。


 ラオに貫かれたことが効いたのか、怪異は身の刃のみを残し、極小の、肉塊の姿になっていた。

 そして砂のように、刃も、肉塊も、時をかけずに、消滅していった。


「あ……っ、ラオ、おい」


 力なく、ずさりと倒れ込む。今度こそ、正真正銘のラオが、目の前に倒れている。

 説明しなくても、容態は歴然としている。止まらない液体。止まりかけの呼吸。止まらない俺の動悸と、止まりかける、思考。

 ラオ一人が倒れているこの状態で、教育師たちはラオの救命のために駆け寄った。


「おい、ラオガ!」


「ラオ、ラオやだ、何で……っ」


「……ウィン頼む、自然魔で、ラオを……」


「! う、うん!」


 俺の言葉で慌てて前に出てきたウィンは、迷わずに宝玉を手で覆い、自然魔を生じさせる。

 ふらつく二体の怪異も、絶え絶えになりながらたどりつく。

 穏慈の腕は、やはり目を塞ぎたくなるほどの痛々しさで、直視できない。

 薫も、数度に渡りも吹き飛ばされたせいか、顔面は潰れ、その背からは骨が見えていた。

 この状態で突っ込んできたことを思うと、足元から体温が奪われる感覚になる。

 いくら怪異でも、全力での力添えなど難しかっただろう。

 薫は、しばらく耐えていたものの、ラオ同様に、倒れ込んだ。


「く、薫……?」


『語らずとも……ああ、分かろう。主を失う怪異は、もう、……あとは、任せる、穏ジ』


『……主を守れぬ怪異に、立場はない……。ザイヴ、何とか、ラオガを……』


 ─このままでは、薫も消える。

 そう言っているらしい。その言葉通り、薫の体からは蒸気のようなものが漏れ始め、こちらに出てくる際に現れる黒煙のようなものが、薫を纏った。


「……!」


「薫さん……!」


『すまん、何も、してやレん……私は、先に、還ろウ……』


 消えていく薫は、ラオをそのまま見ているようで。縛られるように苦しくなった。

 辛うじて確認できる呼吸は、少しずつ、確実に、弱まっていった。



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