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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百五十四話 黒ノ交ワラヌ先デ

 

 ラオが合流し、地下を張り込み始めて数時間。

 ここに着いた時にはガネさんの姿も見えなかったが、屋敷長のところに行っていたらしく、遅れての合流となっていた。おそらく、色々報告があったのだろう。

 緊迫状態は一向に破られず、冷えた汗が背を伝っている。

 私語をするような雰囲気でもないが、気の滅入りそうな時間に耐え兼ね、横にいたウィンに小声で話しかけた。


「ごめんな、巻き込んで」


「え? だって、前から言ってるでしょ? いくらでも巻き込まれてやるって。むしろ、力になれるから嬉しい」


「気持ちは嬉しいんだけど、……その、無理は」


「分かってるよ。ザイの心配は痛いほど伝わってくる。ラオだって、同じだと思うし。本部長から離れないようにするから」


 俺が気にしているところを把握して、ウィンは自身で考えていた。それは、俺にとっても安心できたことで、その支えとなってくれようとしていることを感謝する他なかった。


「……遠回しに、俺の責任が重くなったな」


「自信満々だったじゃない。俺だぞって。ルノに託すんだから、私は心配してないよ」


 ルノさんとソムさんが、俺たちの会話を拾って場を僅かに緩ませた。思う以上に続く時間が、それぞれの心に負荷を与えるには十分だ。この状況下で心が折れたところで、責める者はいないだろう。この場にいる者の中に、そんな冷めきった者はいないが。


『……! チッ』


 薫が臭いに反応したようで、ピクリと鼻を動かし、怪異の姿を露わにする。それは、俺たちにも分かる合図だ。

 穏慈も異様な空気を感じたか、同様に大きな体に戻った。


『我々が先陣を切る。ザイヴ、ラオガ。下りて来い』


「わ、分かった……!」


 二体の姿が、下方へと消えていった後。俺たちは顔を見合わせる。

 とうとう、この時が来た。全てを終わらせる、大きな苦難を討つ時──


「必要以上に興奮する必要はない。怪異には怪異を、最大限力になれる奴がいることを忘れるな。それから、最低限の規則を設ける」


 一気に高まった意識。ルノさんの低く、耳に届く声。最後の一言で、俺たちは動き出す。


 ───己の鼓動を、絶やすな。






 ─俺、頼みがあるんだ。

 二人が地下に下りてから、僕の頭にはその言葉が巡っていた。彼らの後ろを追って下りるべきなのに。僕の足は、なかなか動かなかった。


「……どうした、ガネ。固まっているぞ」


「何、お前らしくねーな」


 ルノとホゼが、僕を茶化してくる。それどころではない僕は、そんな言葉を相手にする余裕などないに等しい。

 あの言葉を聞いた以上、僕にできることがあるのだろうかと。一人で葛藤するしかなかった。

 あの時聞いた、ラオ君の言葉。覚悟。すべてが、僕に乗って来た。

 もしかしたら、彼も、同様かもしれない。


「……ガネ? 大丈夫?」


 階段から目を逸らせずにいた僕を、覗き込むようにソムが首を傾げている。

 我に返った僕は、一度舌打ちをしてから、針を数本手に取った。


「すみません、何でもないです。ソム、行くぞ」


「え、いいの?」


「僕たちに課せられているのは、二人を守ること。遅れを取るわけにはいかない」


「……うん!」


 明らかに変に見えてしまっただろうか。しかし、考えていても仕方がない。

 ソムを後方に、僕たちも彼らを追って地下に入った。



 ─ガネさんに、頼みたい。俺が、ずっと守って来た信念を。







 穏慈と薫が下りた地下は、すでに良くない気配が充満していた。おぞましく、身が震える。

 二体の怪異が一つの方向に対し威嚇をし、臨戦態勢を取っている。それに合わせ、俺たちも武具を解化し、手に力を込めた。


『こそこそと潜めている場合か……とうに我々に気付いておるだろう。こちらから仕掛けさせてもらおうか───(アバ)け、〈宵枷〉!』


 大きな地の揺れが生じる。それに耐えるため、俺たちは倒れないように足を踏ん張らせた。

 紫掛かった黒い光が、一角に集中し、一気に爆発する。

 煙が立ち、視界が晴れるまでの数秒。黒い影になり、大きな体が現れた。


『……くく、どこまでも愚かな者たちだ。尚も私に歯向かうなど。その命、惜しくはないのか?』


 歪んだ口角は、場の空気にぴったりのそれで、一瞬、俺たちはその気に圧されそうになっていた。

 気に負けてしまえば終わりだと張り詰めた表情で、穏慈は雪洋の余裕を一掃した。

 彼の能力は、反射神経。それは、俊敏さともいえるもので、一気に距離を詰め、体当たりをしたのだ。


『ちっ! 怪異が相手となるとこの上なく面倒だ……!』


『私もいるのだぞ、穏慈にばかり気を取られていては早々にケリが付きそうだな!』


 薫も雪洋に接近し、前線で戦うことになっている俺たちが雪洋を前にする。

 武具を後方に引き、姿勢を低くする。こちらも戦闘態勢が取れたことで、それぞれで行動を起こす準備が整った。


「ラオ、行くよ!」


「俺は足を狙う、ザイは別のとこを頼んだ!」


「分かった!」


 ラオのリードあって、俺は完全に無防備な腹部、そこからの延長で頭部を狙うことに。

 ラオが順調に足元を狂わせてくれるのを待ちながら、【鎌裂き(クリーブ)】を腹部目がけて放つ。

 さすがにこれが効いてくれるとは思っていないが、直接受けたところで大したダメージを負っていないところを見ると、図体だけでも、崩すのに計り知れない労力を使いそうだ。


「動きが遅くなればやりやすいですよね、援護します!」


 後方から聞こえて来た、ガネさんの声。共に、風を切るようにまっすぐに飛んでくる無数の針術は、雪洋の足、頭部に刺さる。


「どこまで蝕害針イロウドが効くか分かりませんが……何とかしてください」


「何とかするのは私がする」


 そう言って、ソムさんは杖を回して炎華(エンガ)を、それを滞らせる氷を続けて放つ。その行動を把握したのか、ガネさんはその能力に向けて針を投げた。


「傷が入れば、少しくらい効き目も高まるでしょ……間違っても、みんなは当たらないでよね! 属性融和、雷氷(らいびょう)!」


 さらに、雷を発したソムさんの能力は、杖の動きに合わせて動き出す。それは、正面から雪洋にぶつかった。


『……ガアッ!!!!』


 ぼたぼたと、大粒と血液が落ちる。元々人だったことか、真迷いか、どちらかが影響しているのだろう。

 零れ、溜まるそれは、真っ赤な血だまりを作った。


『人間が……!』


 次の瞬間、穏慈と薫に向いていた意識が、突如大きな口を開けてソムさんに向かう。ガネさんはもちろん、俺もラオも、それを許すつもりはない。

 向かう先に回り込み、視界が口元で遮られる雪洋の口内に鎌先が向くように構え、双方向にぶつかり合った。切れた口元から、更に零れた赤色は、俺の身にも降りかかった。

 顔を上げた雪洋の隙を見逃さず、ラオは俺に次ぐように足元に飛び込んだ。


「オラァア!!」


 肉を断つ音が響く。ラオの鋼槍は、雪洋の足を一つ、地に落とした。


『ぢぃ……! 〈暗黒者-デッド-〉だからと……調子に乗るなよ……!!!』


 怒りの矛先がラオに向かったのは言うまでもない。それを留める方法は、気を逸らすか、今以上の打撃を与えるか。俺が出した行動は。


潰傷鎌(ディストラクション)!」


 内部から破壊する、〈暗黒者-デッド-〉の能力。体ごとラオに突進する雪洋に、横から直撃する。

 次の瞬間、破裂という言葉がぴったりの出血の仕方を見せた。同時に、胴体が血で染まり、一見追い詰められたように見える荒れた息をしている。


「ザイ助かった!」


「どういたしまして!」


「ザイヴ君ごめん、血被っちゃったね」


「大丈夫! それより、この調子で続けて頼……」


『……図に乗るな』


 ビリッと、身に渡る。それは、確かな殺意。

 ─まずい。

 そう叫ぶ穏慈の声が、微かに響いた。


「どこまでの性能か、見極めるのにちょうど良い。ガネ、針境(アンビット)をかけろ!」


 更に後衛の、ルノさんとウィンが、タイミングを見て駆けつけてきた。その指示で、僅かな時間で正面に術をかけ、ガネさんは最前に出る。

 それが意味するものくらい、理解できる。


 俺たちが雪洋の背後に回ったところで、その怪異は、大量の炎を生じさせた。


「ソムさんの能力を……!」


『特殊なはずだがな……おい、今の隙を狙え!』


 雪洋の注意が、ガネさんたちに向いているうちにと、穏慈は牙を剥く。薫は、以前も見せた灼蝕(しゃくしょく)を発し、その胴体を覆った。


『何……!』


 それに抵抗するように、炎を俺たちに投げつけてきた。ガネさんの針境に阻まれて俺たちには届かなかったものの、見えぬ壁を伝って横を流れていった炎は、確かにソムさんのものとそっくりだった。


「やはり、模倣する能力は高いな。ソムの炎華が取られている、気をつけろ。ガネ、助かった」


「礼には及びませんよ。それより、ソムが見せた能力は全て取られているかもしれません。対応した反撃が必要ですね」


「仕事増やしてごめんね」


「いや、明確な打ち手ができたと考えるべきです。ウィンさん、彼らへの援護をお願いします」


「はい!」


 針境を隔てた向こうで、ウィンが自然魔を発動する。それは、俺たちの武具と共鳴し、膨大な力を得た。

 その武具の姿に、雪洋は驚いたようだ。薫の能力で縛られた体が動かせない中、その(まなこ)は俺たちを捉えていた。

 穏慈の牙が雪洋の首元に食い込むと、唸り声を上げてもがく。動く頭部のみを振り回し、穏慈を払いのける。その反動で、穏慈は俺たちの横に戻って来た。


「どう、うまくいきそう?」


『何とも言えん。傷こそ多かれど、追い込めているとは思えん。……最悪の事態も考えるべきだ』


本能残存リーブか。ウィンの自然魔がかかってる今なら、今まで以上の打撃はできるかもしれない」


『ぎ、ざま、ら……どうやら退かぬようだなァ……! こんなもので……私は封じられんぞ……!!!』


 バチンと弾けるような音。縛っていたものが、四方八方に飛び散っていく。その直後、大きな体は一直線に襲い掛かってくる。


『ザイヴ、動くなよ!』


 それに瞬時に対応できる穏慈は、俺を銜え上げて上方に避ける。その素早さには目が回りそうだ。


「うえっ、ちょっと気持ち悪い」


『酔っている場合か! 今のうちに背に乗れ!』


 穏慈が空中で停滞している間に、その体をよじ登る。恐らく、雪洋の反撃がくることを予測したのだろう。

 確かに、その鋭い目は俺を狙っているようで、下にいるラオと薫には構わずに暴れ始めた。


『こうもデタラメでは……っ、落ちるなよザイヴ!』


「ぐっ……!」


 回転しながら避けていく穏慈に、必死にしがみつく俺だが、空中で宙吊り状態は少し無茶というもので。

 武具を片手に持っている俺の、穏慈を掴む手がその反発に耐えられないことなど、容易く想像できるだろう。


「うえっ」


『ちっ!』


 宙に投げ出されはしたが、何とか体勢が整いつつあり、鎌を振り切ろうと両手で持ち直したまでは良かった。

 下方では、雪洋が裂けた口を開いて待っている。次いで、雪洋のそこからは、電気が走り始めた。


「!!!」


 ソムさんの能力だろう。正面から浴びて、無事で済むとは思えない。


(やばい……さすがにこれは……!)


「ザイ!!!」


「ザイヴ君!」


 俺の危機を、全員が把握した。

 背後からは穏慈が来ていることが分かるが、ぎりぎり間に合うかどうか。それほど切羽詰まった状況だった。


「穏慈、来たらお前もやられる!」


『阿保か! そんな心配をしておる場合……っ』


 目の前に閃光が見え、衝撃を覚悟した。


 ─瞬間、思いもよらない能力が、目の前を通った。その色は、黒。それでいて、熱い。


『がああああああああああああ!!!! なん、何だ……!!!! あ゛あ゛ア゛ア゛!!!』


「……え?」


 俺の体は、雪洋の顔の前で腕を引かれて宙に浮く。目の前に穏慈はいるが、その口元に俺はいない。

 俺の腕を支える何かを見るために、顔を真上に向ける。

 そこにいたのは想定外の人物だった。


「……よぉ、危機一髪じゃ。礼くらい言え」


「!!? なん、何で……!? 何でいんの!?」


 俺も、ラオも、ガネさんたちはもちろん、後衛として下りてきている面々も、全員が驚いた。


「何でもくそもあるまい……吾は吾の、怒りというものを返しにきただけじゃ。そこの、化け物にのぉ」


人型魔界妖物(マノイド)……!』


「ルデ……なのか……?」


 下方のラオでもはっきりと捉えるその姿。

 片目を失った、黒い炎の使い手。魔物を率いる特殊な融合体は、俺の腕をしっかりと掴み、穏慈の上から俺を見下ろしていた。



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