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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百五十話 黒ノ還ル懐古ニ

 

 少し重たくも感じた話だったが、ラオの優しさで気持ちを立て直していった時、穏慈が吟の姿を捉えた。

 その場には、顔擬や秀蛾、深火といった、見知った怪異たちも共におり、こちらに気付いた吟が、俺たちを招いた。


『来タカ……』


『でっど! だいじょうぶ?』


 以前、俺たちの異変に気付いてくれた秀蛾は、その後のことをかなり心配していたという。

 小さな体で飛び乗ってくると、俺とラオの頭上を猛スピードでまわり始めた。


「え、ちょっ……何その動き。テンション高いね」


『ぎんにきいて、もどってくるのをまってた。うれしい、うれしい。しななくてよかった』


「ありがと、もう解決はしたんだ。でも、次の問題が出てきた。怪異、雪洋。そいつが企てていることを、止めないといけない。それから、聞きたいことがある。俺と、ラオ。二人の〈暗黒者-デッド-〉のことだ」


 秀蛾から、視線を吟に移す。〈暗黒〉をよく把握する守り神である目の前の怪異なら、知っていても何もおかしいことはない。まだ、俺たちに話していないことがあるのかもしれないと、話を切り出した。



 ......


 ─時は少し遡り、少年たちが〈暗黒〉へと降りてすぐのこと。


 ルノを先頭に、医療室を離れて屋敷長室に向かう、僕を含む四人の教育師。僅かに感じる緊迫する空気を身に染み込ませ、会話も広がらずにいた。

 何と言っても、これまで敵として見ていたホゼが、現在行動を共にしている。他よりも早い段階で異変を感じた僕も、この顔ぶれには慣れない。


「……息が詰まりそうだ」


 そう呟いたのは、三人からの視線が届くルノだった。僅かに目線を背後に向け、僕たちに賛同を求めてくる。

 もちろん否定するつもりもないが、実際、この面々で何の話をすれば良いのか。僕にも時間が必要だ。


「悪いとは思ってるぜ、こんだけ混乱させてんだ」


「けどよ、ガネは途中で気付いたんだろ? 何で言わねーんだよ」


 僕に話を振って来ないでほしいものだ。ホゼの話を拾い上げたゲランに、思わず睨みを利かせる。それに対して、ゲランは普段と変わらず、「こえーこえー」とからかう素振りを見せた。


「……変な情報を迂闊に流すわけにはいかないでしょう。今回のようなことは初めてでしたし、さすがに慎重になります」


「まあそうだよな……。で、ヴィルスが管理官だった時から屋敷にいるのは私とルノタードと? ゲランはいつからいるんだ」


「俺も管理官の時に屋敷生だったぜ。本人を見た事ねーのはガネだけだ」


 だったらなぜ僕がこの場に入っているのだろうかと、素朴に疑問を持つ。確かに、ちょうど僕が屋敷に来た時に、屋敷長の名称と共に今の長が就いているのだから、僕以外は知っているはずだ。


「……ヴィルスを知らない僕に、過去を掘り下げることができるんですか?」


「ああ……んー……まあ、情報を纏めるのはうまいだろ? お前がこんな状況で講技なんかできないことくらい、分かってるし」


「何だ、そういう理由ですか。そういうことなら付き合います」


「お前ガネに甘いんだよ。もっと真っ当な理由でついてこさせろよ」


 悩むような言葉の後についた、取ってつけたような理由。ゲランの指摘に、言葉を濁して前に向き直るルノを見るのがおかしくて、僕はひっそりと笑った。こういうのは癪だが、ゲランの言うことは確かに、その通りだったから。






 そのうち、屋敷長室の前に辿り着いた僕たちは、ルノのノックと室内からの応答で、扉の内側に踏み入った。ホゼの姿を見た屋敷長は、報告を受けた通りなのかと、まじまじと観察している。

 ホゼも、仕方ないと言うように、黙って屋敷長が納得するのを待つばかりで、しばらく話はお預けをくらっていた。


「……ふむ、どうやら話は事実らしい。今こうしてホゼ教育師がいること、しかと認めよう。本部長、剥奪の方は?」


「それはまだ。剥奪の撤回は本部に直接伝えなければならないが……まあこの場は俺の権限で、屋敷にいることを認めるという形をとらせてほしい」


「ああ、そういうことなら良かろう。……それで? 何用かな」


 屋敷長は、自らに用意されている立派な椅子に腰かけ、改めて机に肘を置き、こちらの話に耳を傾けた。これほどまで話の分かる屋敷長で、本当に助かる。


「私から言わせてもらう。屋敷長、私の不注意でもあったが、報告があった通りだ。事実大きな怪異がこちらをうろつき、世を闇で包もうとすることに尽力している。異例の事態に、どこまで手を尽くせるか分からないが、これを企てたのが、貴方もよく知る管理官、ヴィルス=ザガルと分かった今、何か知っていることがあるのではないかと、話を聞きたいためにここに来た。どうか話していただきたい」


 先日報告に走ったオミは、的確に状況を伝えていたようで、屋敷長はすぐに理解し、そう言うことであればと、僕たちを空いているソファに座らせた。


「その前に、ガネ教育師。以前、私が独自で調べると言ったことを覚えているか」


「ああ……ゼス=ミュシーの一件があった時ですよね」


「本部から戻った私は、思うような情報はなかったと皆に知らせた。しかし、君たちには話しても良いのじゃろうな。世の崩壊の関連については……なあ」


 その話を僕に振るのは、僕に調査の確認を取っていたからだろうが、どう考えても僕あてでなく、僕たちに向けた言葉だった。

 アーバンアングランドの危機。それは、僕とオミが書庫で見つけた一文で知り得たことだが、何の根拠もないそれに、信憑性はなかった。


「屋敷長は、それを見つけた、ということですか」


「そういうことじゃ。まあ、分けて話す必要もなかろう。管理官の過去は書面でも管理されているが、それ以上に私が知っていること。それに加えて、今の話も、君たちには聞かせよう」


 その信憑性は、屋敷長がもって帰って来ていたという、事の繋がりによって、増そうとしていた。







 ─屋敷管理官、ヴィルス=ザガル。彼は、君たちも知っての通り、その名を偽名で通している。いくつもの名を騙ってきたという彼は、真迷いとして、のちに死亡することになる。

 私が屋敷長という名称で長になったのは、今から十一年前。ヴィルスは十二年前まで、管理官として数年間、屋敷を取り締まっていた。

 当時まで、私はベテラン教育師として励み、いずれ長の名を授かるだろうと言われていた。

 一方、管理官は気性の荒い人物で、若い教育師を多く外出させたり、自身も外出した際に良い人材を目にしては勧誘し引き入れたりと、少々強引なところもあった。しかし、実力は本物で、教育師でも互角に戦う者が現れるのも稀だった。


「私はこんな生温い指導をした覚えはない! 私の足元にも及ばん屑が……出直せ!」


 そう言って、教育師を罵倒していたのは、事実だ。



 どれほど前のことだったか。記録によれば、管理官に怪しい動きがあると、本部に通達が行っていた。

 その行動は、書庫でやたら読み漁り、「真迷い」を調べていたということだ。その現象は、皆も知っての通り、自己を忘れ、捨て、自身の正体を隠して存在し続けること。それが果てに行きついた時、どのような現象を起こすかは、話すまでもない。割愛させてもらうことにしよう。


 とにかく、偽名であるという管理官が、真迷いを調べているという点では、屋敷内で様々な憶測が飛び交った。

 自分を取り戻したいのでは、という肯定的なものから、悪だくみをしているという否定的なものまで、ありとあらゆる可能性だった。

 ─今となってみれば、その後者の方に値するものだったのだろう。


 そして、その調べが確認されてから約一年。管理官はそれ以上の知識を持ち、一人で様々な実験を行っていたという。これも、本部で確認された過去の通達だ。

 その通達で、管理官は除職になる寸前にまで追い詰められながらも、しがみついていた。それからそう間もない時だ。


「これだ……これで、世は……すべてが生ける場に……!」


 偶然ではあるが、何かに行きついたその言葉を、私もはっきりと聞いたのだ。

 それが何に値するのかは、当時は知る由もない。恐らく、自身が計画してきたことが実現するという、歓喜の情から昂って出た言葉だったのだろう。


 そのすぐ後だ。管理官は、自ら除職を受け止め、除職になるのならいっそ殺してくれと、懇願していたらしい。

 それを受け入れられたのだろう。

 管理官は、本部に連行されたのち、警師に渡され、そこで殺された。



 管理官が死亡した報告は、すぐに屋敷に届き、継承は私が行うことが決定した。

 管理官が記し、残してきたと思われる雑な書物だけが、室内の棚に置かれており、それは重要書類として、書庫の重宝部に保管されることになった。



 ───これが、私の知る、若しくは知り得た、管理官の過去とすべての記録。



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