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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百四十七話 黒ノ凶ニ染メタ業

 

 人目のつかない地下の一室。と言っても、扉が隔たるだけの、変わらない景色のままだが、そこで、俺たち一同は、ホゼの話を聞くことになった。

 事の始まり、つまり、ホゼが自身に成り代わる者の存在に気付いたのは、遡ること、七年前になるという。

 それは、俺とウィンが屋敷に入って来て間もない頃の出来事。知らぬ間に忍び寄って来ていた、潜む大きな欲の知恵が作用していた。



 ..◁..◁..


 ─七年前。

 屋敷が、本来の機能を働かせていた頃。基本剣術のクラスを任されていたホゼ=ジートは、新たな屋敷生を受け持つことになった。その二人は、友人を追って来たという、ザイヴという少年と、ウィンという少女。ホゼ自身、その二人を歓迎した。

 それからしばらくは、ホゼ自身、何も変わらない日々を送っていた。例の青郡での方舟事件も、もちろん少年たちを送り出し、屋敷に乗り込んできた少年の母親に憑いた方舟を鎮圧した張本人だ。


 その、少し後。ホゼは自身が屋敷生から聞く()()()言動に、理解が追い付かなくなることになった。

 自身の行動と、屋敷生や他の教育師からの目撃情報が一致せず、戸惑うばかりの日が続いた。





(……何だっていうんだ……まるで私が二人いるかのような行動のとり方だ)


 そんな日が、何度続いただろうか。悪戯にしては長期過ぎる上に、嘘の情報を周囲の者が発しているとも思えなくなっていたころ。偶然、“屋敷長”という名称に変わる前にいた“屋敷管理官”の死について触れる機会があった。

 管理官と呼ばれていた時の長は、かなりの凄腕にも関わらず、傲慢で勝手で、とにかくついて行くことを諦めてしまう教育師が多かったという。当時を詳しく知らない私は、その話に興味を惹かれ、詳しい話を聞いた。

 管理官ヴィルス=ザガルは、死亡の後に焼失という方法で跡形なく葬られたと、その時は確かに聞いた。

 しかし、噂で耳に入ったことではあるが、その名が偽名であることはもちろん、その死亡の形から、真迷いが起こって彷徨っているのかもしれないということも、知り得ることができていた。


(まさか、その彷徨っているのが私を(かた)っているのか……? いや、管理官との接点なんて、そもそもほとんどないはずだ)


 私が教育師になったのは、屋敷長の名に変わる少し前。屋敷生の頃こそ、管理官の管理する屋敷にいたものだが、あくまでも屋敷生の身でのことだ。教育師になってからの関わりは、ないに等しい状態だった。

 しかし、確かめてみるほかないと、私は一人、耳に届く情報を頼りに、屋敷内を調べ回った。


 そこで私が行きついたのが、人ではないものが、私の姿でうろついているということ。そんな話を信じる者がいるとは到底思えず、一人で戦うことにした私は、密かにその者をつけまわしたり、真迷いを調べるなどし、その素性を探っていった。




 それでも、正体不明のそれを調べるのにはかなりの労力を要し、気付けば、三年が過ぎていた。


「……真迷い、そうか、そのせいで」


 そんな長期戦ではあったが、その分得られたものも大きく、「真迷いで人が化け物になって戻って来ることがある」こと、「アーバンアングランドには裏で支えている世がある」ことを知った。

 その結果、管理官はその特性をもってして、今私の姿を作り、掻き乱してくれているのだと、ようやく掴めたのだった。




 ..▷..▷..


「ただ、そんなイレギュラーかつ不明瞭な事態に、いくら屋敷といっても融通はつけられないだろう。かといって私がどうにかできるとも思えなかった。だから、悪質でない限りそいつは私が監視し、その時には私が斬れば良いだろうと考えていたが、それが甘かった。奴は、私の操る黒靄(ヘイズ)をも操り始め、本当に私のようになっていってしまった」


 ホゼが雪洋という怪異にたどり着くのに要した期間は、雪洋にとっての、行動の確立の期間ともなってしまったというわけだ。

 当の本人からしてみれば、不覚としか言いようがないだろう。


「それからは、屋敷内で目撃することもなくなって、あの姿のままどっか行っちまったんだろうとばかり思っていたが、もしかしたら、〈暗黒〉の方で色々やってたのかもしれねえ。とにかく、あいつが私の姿でお前たちに襲い掛かったせいで、私の自由まで奪われてしまっていたというわけだ。もちろん、崚泉、青郡、屋敷……あらゆる場面で出てきたのは、間違いなくあいつだ」


「……ちなみに、それを証明できるものはあるんですか?」


 言葉とは、いくらでも繕えるもので、いくら化身を目で見たからと言っても、出てくる言葉をすべて易々と受け止めるわけにはいかない。ガネさんはもちろん、俺と同じ思考にいるわけで、直接そう尋ねた。


「あるぜ。例えば、あの黒靄(ヘイズ)。確かに私も黒靄使いだが、決定的な違いは、それに移動能力があるかないか。私のものは、一瞬で消えることなどできない。それは……多分本部長が知っていると思うんだが?」


「え? 俺? ……まあお前の靄がどうこうというより、人にその移動能力は扱えないから、そのことか?」


 ルノさんが当然の知識だと言うように、硬い表情のまま答える。それに対し、ホゼはその通りだと、自分の言葉の信憑性を上げていく。


「それから、さっき見た雪洋のどでかいやつ。あれ、ゲランも知ってんだろ? お前は直接あれを目の前から受けようとしたが、違和感なかったのか?」


「いや、テメーのもそんな頻繁に見てたわけじゃねぇし。仮に違和感あったとしても、言いようによっちゃあ誤魔化せるもんだろ」


 以前、屋敷にホゼが乗り込んできた時に、ゲランさんが壁になって止めようとした大技。その細かい違いについては、俺にはどうこう言えるものではない。

 黙って聞くことしかできなかったが、次の問いかけが、決定打となった。


「じゃあ、そこにいる怪異。穏慈とかいったか? お前は、やたらと臭いを気にしていただろ?」


『……なるほど、疑う余地はないということだ。確かに今、こうしてお前を目の前にしていても、あの時の臭いはせん。薫ほど嗅覚が良いわけではないが、それくらいは断言してやろう』


 そう、ホゼを初めて見た時から、穏慈が言っていた臭い。俺には分からないが、穏慈がホゼの存在を嗅覚で当てていたのは確か。

 あの時のホゼは特徴のあるそれを持っていた、という事実だ。


「じゃあ、ホゼの言っていることは……ほんとってこと……」


「ま、すぐに全部信用できるとは思っていない。私ではなかったにしても、私の姿の怪異がいろいろやらかしてくれたことだからな」


 ホゼの言う通り、全てを受け止めるには器が足りない。その裏をかいてこようとしているのでは、とか、いらないと思われる心配にも手が伸びる。

 全員が黙り込むと、ソムさんが「ねえ」とホゼの視線を向けさせていた。


「私からもう一つ聞かせて。豊泉の方に向かっていたっていうのは、どうして?」


「ああ、雪洋の行動を一から追ってたんだ。屋敷から追放され、堂々とこの辺をうろつけなくなっちまったからな。何であの塔にいたのか……推測だが、単純に潜伏するにはちょうど良かったんだろうな。怪異とか殺し屋とか、物騒な奴と一緒にいたみたいだし? 教育師になろうとしてるオミ=ルーブは無理やり自分の下にいさせていたわけだし? そりゃあ人の住まなさそうな場所を選ぶだろうな」


 反論することのできない、真っ当な口ぶりに、それが初めから分かっていれば混乱することもなかったのに、と思わず表情も険しくなった。


「そんな怖い顔するな、教え子」


「あんたもっと早く出て来いよ! 俺にこんな頭使わせやがって!」


 俺が〈暗黒〉に行くようになってからの期間で、多くのことが起き、多くを犠牲にしてきた。その発端が怪異であると分かっていれば、もっと切り捨てなくても良いものがあったはずで。

 そう考えると、裏で動く真っ黒な業に(はらわた)が煮えくり返る。


「それで信用したか? お前たちが真相に近づかねーと、さすがに私も出てこられないだろう。というより、途中で疑い出したガネが、矛盾にまで気付いたくせに言わなかったから余計遅くなったんだろ。ガネのせいだ」


「ちょっと、だから何でそういうところまで知っているんですか。気持ち悪いどころじゃないですよ、ストーカーですか」


 俺たち一同、どこまでこちらの動き、思考を把握しているのか、という点については一致して気になるところではある。接近しにくい状況の中で、というのがその思考を加速させている。


「何でって、そりゃあ両サイド全部把握しないと私も行動できないからな。ちょっとばかし細工を」


「この状況でふざけないでください。どうせゲランが使えるような小魔でも使ってたんでしょ!」


「何だ、分かってんじゃん。さすがガネだ。まあともあれ、まんまと怪異にはめられてすれ違ってただけだ。打倒雪洋、協力はする。あいつのせいでここを追い出され、見込んでいたザイヴはガネに取られ、いろいろ変わって許せないから絶対に殺す」


 物騒な口の教育師だと思いながら、ホゼから視線を逸らしたところ、近くから新たな殺気を感じた。目をやると、この世のものとは思いたくないほど辛辣な表情でホゼを睨み付ける、ガネさんだった。


「そもそも乗っ取られたせいでしょう……。許せない。殺す」


「凄く片言になってるよ、ガネ。本当に殺しちゃいそう」


「物騒な教育師ばっかか」


 ぼそりと呟くラオの発言も、もちろんガネさんの耳には届いていただろう。しかし、それを構う程の心の許容はないようで、変わらず自身から出せるだけの殺気を前面に出していた。


 それを穏やかに落ち着けていく役目は、言うまでもなくその師で、舌打ちをしながらも文句は言わず、しぶしぶ冷静さを取り戻していった。


「で、お前たちに起きたことも詳しく聞きたいんだけど。はい、ザイヴ。言え」


「言わなくても大分把握してるじゃん。言う必要ある?」


「そう思うのも無理はない。でもお前とラオガの二人に関しては、得られる行動も少ないからな。お前たちに絡んだ話を私も聞きたいだけだ」


 本当に必要ないのではないだろうかと思うところだが、ホゼのどうしても、という要望で、俺とラオは二人で顔を見合わせて、話をすることにした。


 ついでと言ってはなんだが、雪洋が見せていたホゼにつけられた肩の傷が残っていることが、ふと思い出される。何となく、自身が教えを受けていた師からつけられたものではないと分かっただけ、ほんの少し、気持ちが救われたような気がした。


 その話をしている間、ウィンや、周囲の大人たちは、何も言わず、ただ俺たちの話を聞いていた。

 俺たちが見ている、〈暗黒〉の話を。



 思った以上に長くなった話だったが、ホゼはその話を聞き終えると満足し、頭を下げて礼を言った。それに付け加え、改めて、自身のせいでないとはいえ、騒動を大きくさせてしまったことに、再度、違う意味で頭を下げた。


 ホゼの力が加わることになり、これからは、怪異雪洋の行動を止めるべく、俺たちは心を決めなければならない。

 そして、表裏を繋ぐ、俺たちが断ち切るべきもの。俺たちが向かわなければならない結末。そのすべてに、手を伸ばすために。

 ─友人を、失わずに済むように。


 俺たちは、また、足掻くことになる。




闇封編 了

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