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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百四十話 黒ノ乱ス血ノ流

 

「……いませんね」


 屋敷中を探し、約束の時間を迎えた僕たちは、指示通り医療室に足を運んだ。これだけの人数で探しているにもかかわらず、ザイ君とラオ君を見つけることは叶わなかった。

 確認のため、外に出ていないかどうかを知るために外出管理の者にも尋ねたが、僕の望む答えは返ってこなかった。


「……何で、何でいないの……っ、ザイ、ラオ……何で……」


 ウィンさんは崩れ落ちるようにしゃがみこみ、堪え切れない涙を流している。

 無理もない。突然、自身の友人がぱたりと消えてしまっているのだから。

 その心境を考えると、僕の心も乱される。悔しそうな表情を浮かべるオミも、視界に入った。


「ウィンちゃん、泣かないで。絶対、絶対見つかる。……ううん、絶対、見つけるから」


 酷く心配するウィンさんの背中をさすりながら、ソムは励まそうと声をかけ続ける。

 自身にも辛いことが起きた後だというのに、こうして切り替えて屋敷生に寄り添えるソムを、尊敬した。


「……せめて、ここか向こう、どっちにいるかが分かればな」


 ウィンさんの話で聞く限りでは、〈暗黒〉に行ったことは間違いない。その姿をはっきりと見たものがいないにしても、時間的に〈暗黒〉にいてもおかしくはない。

 どちらにいるのか、それを確認する方法があれば、すぐにでも実行するのに。


「……!」


「ガネ? 何か分かったの?」


 確認するだけなら、僕は一つの可能性をもっている。以前ザイ君にも教えたことのある、ある方法。それは、試す価値があるのではないだろうか。

 僕のみが可能とするその特殊な策は、もちろん、この場にいる者は知らない。そもそも、人間が知ってはならないものだ。

 事が事で、僕しか動けないのなら、やるしかない。


「……二人の捜索、僕に、任せてもらえませんか」


 この一言は、僕への視線を集める。ウィンさんでさえ、希望が見えたかのような眼差しで、僕を見る。


「まさか、お前まで行けるなんて言うんじゃないだろうな」


「……危険が伴います。ルノ、手伝ってください。すみませんが、少し外れます。そのまま捜索を続けていてください」


 全員がいる中で、その方法を言葉に変える必要はない。僕ができるとしても、不完全体での方法に過ぎない。それに──見つけられるという保証はない。


「おい、どういうことだ。説明しろ」


「……説明は僕の部屋で。この眼を使って、できることがあるんです。向こうの口外は禁じられているので、ここではちょっと。部屋に急いでください」


「……分かった」


 僕の特殊な、怪異に類似した眼。これが向こうに繋がったことがあるのは、確かな過去の事実。

 この眼で救えるのなら、救わなければと。そんな使命感で、満たされた。






 部屋に入った僕は、すぐに内側から施錠する。誰かに見られでもしたら、一気に話は広まってしまうことも考えられるためだ。


「ルノ、さっきも言いましたが、口外は禁止です。これだけは必ず守ってください」


「それはもちろんだが、何をするつもりなんだ? 口ぶりからして、確実な策があるんだろ?」


 疑問だらけのルノに頷いて応え、鏡の前に立った。以前の方法を思い出しながら、腕を軽く切り、流れ出る生命を指ですくうように取る。書物にあった通りの円を鏡に描き、鏡を決められたように汚していく。

 ルノはその様子を静かに見ていて、僕がその顔を見た時、“まさか”という顔をしていた。


「僕の眼は、〈暗黒〉に関わることのできる特殊な眼です。僕は、この眼を映すことで、実態のない状態で向こうに行くことができます。ただ、過去に一度しか試したことのない方法です。何が起こるか分からないので、見守ってください」


「……そういうことか。分かった」


 ルノが状況を理解したところで、鏡に描いた血の痕跡の中に、眼を映す。じわじわと心の中を探られるような、不快感が湧き出てくる。以前実行した時に感じた気持ち悪さに懐かしさを覚えながら、同時に意識が暗闇に溶かされていく。

 それにしても、この方法を使って彼らを探すことになるなんて、考えてもいなかった。いや、今は自身がもつこの特殊に、感謝をするべきかもしれない。

 事は順調にいっているように思えていた、しかしここで、思いもよらない事態(アクシデント)が起きた。


「!?」


 何かに弾かれるような衝撃が走り、強制的に闇を晴らされる。その反動でか、僕の体は後方に押された。タイミングよくルノが体を支えてくれ、床との衝撃は免れたが、釈然としない。

 これは、予定外だ。


「大丈夫か!?」


「……おかしい」


「え?」


 ルノの腕にかかる体重を自身で支え、鏡を一度視界に入れてからルノを見た。事情を説明するが、ルノが分かるわけがないことは承知の上だ。しかし、この予定外の出来事は、僕の思考を簡単に止めた。


「もし、〈暗黒者-デッド-〉が完全に現れ、そのせいで僕のような中途半端な者が入れないように壁が張られたとしたら、納得はできますよね?」


「まあ……なくはない話だろうな」


「でも、僕にしか分からない感覚ですが、もう少しで完全に向こうに行けそうだったんです」


 やり方を間違ったわけではない。これだけは確実だ。

 そもそも、そうした壁なら、最初から拒否されてもいいはず。別の力、何かに、邪魔をされたとしか思えない。

 しかし、突拍子もない事態を不可解に思うと同時に、明確になったことはある。


「本当に、〈暗黒〉との繋が遮断されている、っていうのか……? でもどうして……」


 繋を辿れなくなっているのだとしたら。

 彼らが完全に向こうに存在する者として、体ごといるのだとしたら。

 こちらにいないこと、戻れないかもしれないことの説明はつく。彼らの行き来が不可能であるのならば、穏慈くんや薫だって、こちらに来ることができない可能性もある。

 そうであるのならば、僕たちにできることは、何もない。


「ルノ、もう一回やります。支えていてください」


「ああ、分かった」


 ルノの快諾を得て、何度も眼を鏡に映す。それでも、やはり溶け込みかけたところで必ず跳ね返された。この現象は、何かの力が働いているとしか思えなくなり、最後の一回だと思って、最も高い集中力をもった状態で入り込む。

 すると、見たこともない、黒の中でもはっきりと分かるほどの黒煙が視界に入った。


(何だ、あれは……あれのせい……?)


 黒煙のようなそれを消せば行けるのだろうかと、更に深く入っていこうと力を入れる。これで成功してくれと、心底願った。

 しかし、それは無惨に散らされた。


 ──……ジャマヲ、スルナ……ガネ=イッド


「───!!!」


 黒煙のそれからは、際立った色の目が刳り出た。そうかと思えば、確かに僕に向けて、気味の悪い言を発した。





 ......


 穏慈の背にもたれて、どれくらい経っただろうか。ラオは薫の背を離れ、瞼すら上がらない俺を気遣って横にいる。荒い呼吸音が、ラオにかかる圧を俺に知らせてきていた。


「……ザイ、きつそう」


『そうらしい。喋ることもままならん。お前はザイヴよりも動けるようだな』


「でも、何でザイだけこんななってんの……? 俺たちは、どっちも〈暗黒者-デッド-〉だろ……?」


 ラオなりに、俺とは違った点から苦しんでいるようだ。呼吸だけで精一杯になっている俺の頭に、僅かに震える優しい手が乗ってくる。それに応じようという気持ちはあるのに、それに反して体は全くいうことを聞かなかった。


『すまん、分からん。吟……あいつは嘘は言わん。だとすれば、間違いないのは〈暗黒〉と向こうは今行き来ができなくなっているということだ。何者かの力が介入しているのだろう』


『そいつさえ特定できれば、ここから出ることは可能だろうな。しかし小僧どもがこうでは、身動きも取りづらい。どうするか……』


 耳に入ってくる情報も、体が金縛りのように動かないことも、ただ焦りを募らせるばかりだ。誰が、何の目的で、俺たちを閉じ込めたのか。

 “分からない”ということが、居たたまれなさと歯がゆさを促進させる。静かな〈暗黒〉内で、ひたすら呼吸をする俺の脈だけが、懸命に生を刻んでいる。

 鼓動が、いつもよりもうるさい。脳に直接響いてくるようだ。


『……ザイヴ、気を持っていかれるなよ。出てきているぞ』


 穏慈の言葉でも、俺の耳には届かない。

 ただ、不思議と分かるのは、“俺が俺ではなくなる”という感覚。覚えがあるそれは、いつだったか、ホゼの前でそうなったのと同じだった。


「! ザイ、ザイ俺の声聞いて。引っ張られてる……」


『〈暗黒者-デッド-〉……こんな時に……! いや、もしかしたら』


『止めんのか』


 頭が、体が、心が、どういうわけか楽になっていく。脈音も、徐々に気にならなくなっていくほどの余裕が、俺に生まれ始める。


(……そうか、俺の中にあるあいつは……()()()()()()


 そのことに気付いた俺は、出てくる裏の存在に身を委ねる。確実に安定する音と、解かれる圧。〈暗黒〉でもっとも有力である〈暗黒者-デッド-〉は、ここでの存在を否定されない。そのために出てきてくれているのであれば、今回は甘えた方が良いかもしれない。

 落ち着いたところで、ゆっくりと体を起こすと、ラオがふらつきながら俺を支えた。


「ザイ! 大丈夫なの!?」


「……()は、大丈夫。それより、お前も分かるだろ。お陰で、大分楽になってる」


「……〈暗黒者-デッド-〉か。意識がありながら覚醒してるって、こんな感じなんだな。分かるよ、俺も、かなり居心地がいい」


 据わる目は、半分ほど瞼に覆われて俺を見下ろす。不気味なそれを前にするも、本来の存在に戻るべくして出てきているその力に、大きな救いを感じた。


『〈暗黒者-デッド-〉の能力(スガタ)か。薫、このままいくぞ。どうやら今回は染まった方が動けるようだ。自己の意識も十分にある』


 これまでとの最もな違いは、その意識の有無。そして、思い通りに動く体と、話せる口。

 俺の意思とは関係なく出てきたものではあるが、今回はこの能力を利用させてもらおう。


『ああ、そのようだな。だがいいか、完全に吞まれるようであれば、危険だ。貴様らであれ、全力で抑え込ませてもらうぞ』


「頼むよ、薫」


 ─〈暗黒者-デッド-〉。俺たちの中に潜む、もう一つの存在と、現れる意識を共有して。




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