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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百三十九話 黒ノ歪ム血ノ在

闇封(あんほう)

 

 ソムの両親の営む商い屋、アマブレサペーレ。その商主が企てていたことが、ソムからの伝えをきっかけに暴かれた。深く巻き込まれていたソムも、過去の清算を済ませ、事は終結を迎えた。 

 二人の師が昂泉から帰還し、その帰りを平然と迎え入れる屋敷の者たち。屋敷内に、話は広まっていないらしい。

 申し訳ないことに、商い屋との締結だけは解かれるわけだが、事情もあるわけで、彼らはまっすぐに長のもとへ向かっていた。





「すみません、無理を言って外出させてもらって」


 事の全てを話すと、屋敷長は頷いて、ソムを慰めていた。過去が消えたわけではないが、どこか、ソムの表情は柔らかくなった気がした。


「実は、昨日(さくじつ)ゲラン教育師とオミ教育師が来てな……」


 屋敷長は、僕たちに話した。




 ..◁..◁..


 ─前日のこと。


 少年から頼まれた、商い屋との契約の取り消しの懇願をするべく、ゲランに協力を仰ぐ。ただで動くわけではないだろうということは予測済みだが、もちろん、ゲランの反応は。


「めんどくせえ」


 その一声で、すべてを投げうつような威勢を見せていた。

 そう言ったゲランの気持ちを変えるのは少々手の込む話だが、私には打つ手があった。それは、ゲランが好む、あるものの提示だった。


「これでどうだ」


「あ?」


 私の手に握られるものは、私たちの故郷である晏寥(あんりょう)の地でのみ作られる稀な酒、リョーシュ。ゲランがこれを好んでいるというのは、昔に聞いたことがある。未成年ながらに飲んでいたのだろうが、結局どの酒よりも、懐かしい味というのはそれなりの力があると踏んでいる。


「乗った」


「……できればつられずに乗ってほしいが」


 目論見通り、ゲランは私を置いていく速さで部屋を出て行き、ずかずかと屋敷長室に足を運ぶ。幼い頃からの関わりのある私の声よりも、酒の方がゲランには効くようだ。

 さすがに屋敷長室の前ともなると、一度足を止め、軽く扉を数回叩く。そこの礼儀は弁えているようだったが、中からその本人の応答があると、今度は先程の横暴な雰囲気を纏って入っていった。


「屋敷長、時間いいか」


「構わんよ、何かね」


「あの商い屋、黒だぜ。取りやめてくれ」


「また急じゃな……いらん話がない分スマートではあるが、もう少しオブラートにはできんのか」


 回りくどいことは好まない、そう言うゲランはふんぞり返るように屋敷長を見ている。この態度でも何も言われないのが不思議なくらいだ。


「おいゲラン、もう少し詳細を……」


「いや、ガネ教育師やルノタード教育師からも話は聞いている。それなりの要望ではあろうとは思うていたが……」


 なるほど、少年が手を打つよりも前に、教育師がすでに対応しようとしていたらしい。それならば話は早い。

 ゲランは構わずに続けた。


「だったら、取りやめねー理由もないわけだ。頼む、俺だってソムの苦しむ顔なんか見たくねえ。この屋敷で、好き勝手されんのもごめんだ」


「……私からも、頼む」



 ..▷..▷..


「……頼むと言っておきながら、目だけは脅迫のそれじゃったがなぁ。はっはっは」


「へえ、きっとザイ君が頼んでくれたんでしょうね。彼、察しは良いでしょうし」


「そうなのかもしれんな。……いやしかし、医療担当にしておくにはもったいない迫力じゃった」


 もともと戦闘力に長けている教育師ではある。その点に関しては、僕も医療担当である必要性を疑わずにはいられない。

 とはいえ、ゲランのことだ。他人に物事を教えるような性格ではないことが理由なのかもしれない。


「あの、私のせいで、本当にすみませんでした」


「いや、君の事情を知らずに話してしまった私にも落ち度がある。商い屋の件はなしになっておるから、安心して良い。もっとも、警師のもとに連れていかれたのでは、契約は自然消滅とも言えるのう」


「そうですね。とにかく、急な申し出だったのに、向かわせてもらえて助かりました」


 僕が一度頭を下げる一方で、ソムは深々と、長い間頭を下げていた。そこまで低くならなくても、と思いながら、ソムの肩に手を添え、頭を上げさせた。

 屋敷長も、笑って僕たちを見送ってくれていて、安心したのか、ソムも笑っていた。





 報告を終え、ひとまず心配をかけたであろう彼らを訪ねようと、その部屋に向かっていると、前方からルノが歩いてくるのを見かけた。その顔は、どこか余裕がなさそうにも見える。


「ガネにソム、戻ってたか」


「すみません、急に出かけて。……それより、どうしたんですか? 何かありました?」


 もっと詳しく言えば、その表情からは焦りや不安といった、負の情が読み取れる。何もないわけではなさそうだ。


「お前らに言っても分かんねえだろうが、あいつらが見当たらないんだ」


「あいつら?」


「……ザイヴ君と、ラオガ君だ」


 見当たらない、とは一体どういうことだろうか。たとえ〈暗黒〉に行っていたとしても、その体はいつも残っている。外出したとすれば、管理の者が見ているはずだ。

 それに、勝手にいなくなるなんていうこと、特にラオ君がするとは思えなかった。


「医療室や水溜槽プールは?」


「手分けして全部見たし、これはウィンからの情報だ。銘郡内にある商い屋に出かけて帰って来てから、二人が〈暗黒〉に行くと言ってたのを聞いているらしい。戻って来てないのだとすれば、そこにいることにはなるんだが……ウィンも探してくれている。オミやゲランにも声はかけた。それでも、見つからないんだ」


「どうして……そうだ、ノームは? ノームは自然魔の力で、人の気を探せるはずだよ」


「もちろんノームにも言った。だが……気配すら、ない」


 これまでにはなかった現象。二人そのものが、ここから消えたというのか─?


「どう、なっているんだ……?」


 そこまで手を打って見つからないともあれば、何かトラブルがあったに違いない。僕とソムも協力し、屋敷内を探してから、一時間後、医療室に集まることを約束した。



 ......


『大丈夫か、まだ生きているか』


「何、と、か……」


 俺たちが感じる重み、そして、苦しさ。これまでに〈暗黒〉で味わったことのないそれは、俺たちの身を徐々に浸食していくかのように、じわじわと自由を奪っていっていた。


『……小僧もだめだな……私には何が起きているのか全く分からんぞ』


『だからこそ、吟の前に戻っているんだろう。急ぐぞ』


 ほとんど身動きの取れない俺たちは、揃って倒れ込む形で怪異の背に運ばれていた。怪異が話している間にも、不快感は募る一方で、謎の動悸と戦い始めていた。

 ただ、幸いほとんど離れていなかったようで、それほど時間もかからずに吟を見つけた薫は、穏慈を誘導し、吟を呼び止めた。


『……ナニゴト、ダ』


 俺たちの状態を、詳細には分からないままに説明をする穏慈。説明に困っていると、吟が直接俺とラオに触れ、様子を窺っていた。


『コレ、ハ……』


 辛うじて働く聴力のみで、俺は吟の言葉を得る努力をする。


 ─まず、先程俺たちの歪み、と言った理由について。

 〈暗黒者-デッド-〉としての存在が、言葉通り、徐々に歪みを伴い出しているのだという。俺の身にもたびたび起きていた覚醒症状は、本来の存在に戻るための力の解放を行うために起きた事らしい。俺たちの情に感化されたわけではなく、そうなるように解放されたものだったというのだ。

 こんな苦しい中でも、以前穏慈が言っていた、“どちらかが死ねば一つに戻る”という言葉が脳裏をよぎる。望まない結末なのに、それが見えそうになってしまうことが屈辱的だ。


『それは分かった。しかし、今ザイヴたちがこうなっているのは、それだけが理由なのか?』


『イヤ、別物、ダ。酷カモシレンガ……今、二人ハ、“ココニイル状態”ニナッテイル。ツマリ……〈暗黒〉ソノモノガ、他ト接触デキナクナッテイル……!』


 その言葉に、思わず頭を上げてしまうが、重さに反発したその抵抗は、すぐに元に戻された。

 言っていることは、理解できた。人間としての俺たちが、〈暗黒者-デッド-〉の存在をもって直接ここにいる。単純に言えば、俺たちそのものが、ここに来てしまっているというわけだ。


「……んで、そんな、こと……」


「ラオ……ど、しよ……」


 困ったことに、俺たちには今の状況を打開する策はない。とにかく身動きが取れない状態であるうちは、行動しようとすれば比例して圧がかかってくる。吟にも、落ち着くまでは安静にしておいた方が良いと言われ、何もできなくなってしまった。

 何とか話すことができていたものの、その気力すら奪われていく。穏慈の背で、視界を閉ざしながら必死に戦っていた。

 ラオの様子も気になるが、それどころではない。しかし、きっと同様に苦しいはずだ。

 ただ、ラオの話し声は僅かに聞こえてくる。俺よりも少し余裕はあるようだ。俺への影響が強い、ということだろうか。


『……大丈夫か』


 穏慈は酷く心配し、俺に返答を求めてくる。それに応じようと力を振り絞るが、それでも時間がかかってしまった。


「…………ちょっと、……む、り……」


『……人が存在できんわけだ。この場所の圧力に、裏としての存在に、負荷がかかりすぎる』


 納得のいく理由に、俺は返す言葉を探すこともしなかった。

 ただ、気がかりなのは、屋敷のこと。きっと、急に姿を消した俺たちを、向こうでは必死になって探すはずだ。そうする人物が、ここに来る前の俺たちと一緒にいたのだから。

 焦りとは裏腹に、縛られたように動かない体は、俺に悔しさだけを残す。

 早く、戻らなければ。このままでいるわけにはいかない。

 それでも、そんな俺の思い、願いは、そう簡単には聞き入れてもらえそうになかった。

 一体、何がきっかけで、俺たちはこうも苦しむことになってしまったのだろうか。

 一体どうすれば、この重圧から逃れられるのだろうか。

 考えても、良い案など出るわけもなく、吟も原因を調べるからと、場を去って行ってしまう。

 残された俺たちはどうすることもできず、ただただ、息を整えようともがくしかなかった。



 ─どうすれば、解決への糸口が見えるのだろうか。

 その結論は、もうしばらく(のち)に、隠れた力によって出ることになる。



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