表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
134/172

第百三十三話 黒ノ酷ナ偽リト思惑

 

 目の前の女性の手元を確認し、咄嗟にソムの前に出て剣を抜いた。

 確実にソムを狙うなら、“読める”。

 そう剣を構えた時、銃声が鳴った。ほぼ同時に、運良く構えた剣に弾丸がぶつかり、耳に触る音が聞こえ、一瞬のうちに事は間を作った。


「……随分と大掛かりな挨拶ですね」


「あの人から連絡が来たわ……。ソム、どうして、急にいなくなったの……私、私は……!」


 この人は、娘がいなくなってしまったこと自体には病んでいたのかもしれない。そう思えたのは、銃口が下がり、歪んだ表情を見せていたから。

 しかし、その仕草の解釈はいくらでも存在する。


「誰のせいで、ここからいなくなりたいと思ったと思ってるの……? 私のことなんか、道具としか思ってなかったくせに!」


 口だけは動かしているが、体が強張っている。

 身動きをとらないソムの前から離れないように、ソムの様子を窺い続けた。拳に力が入って、今にも血流が止まってしまいそうなほどの、それだった。


「それはあの人だけよ……でも、あなたは死んだことになってるの。生きていることが知れ渡る前に……死んでもらうわ」


「……母さんのことも、父さんのことも、私は、あの時から血縁だなんて思ってない。どう思おうと、関係ない!」


 そこまで聞いたソムの母親は、銃を構え直した。それが、再度ソムに向けられていることを確認し、一瞬迷ったが、麻痺を伴う針術を使って、彼女の動きを止めた。

 術が効いて地に伏せる女性を前に、足早に去るようソムに言い、とにかくその場を離れた。ソムはしっかり僕の後ろについてきて、豊泉に入ったところで足を止めた。


「……大丈夫か? 悪い、針術を使わせてもらった」


「いいの。……もう、あんな大人と話していたくない。でも、少し、悲しいかもしれない……分からない、普通じゃない感情があるの」


「今日は休もう。明日また出直して、本職の警師に引き継げるように動く」


 僕たちだけでは限界がある上に、危険が伴う。ソムの両親は、きちんと警師に裁かれるべきだ。きっとそれが最善の方法だろう。

 ちなみに、僕たちの役職は、警師の補助として裁かれる者を確保することは許されている。しかし、できてもそこまでだ。今回は無理に解決しようとしないことが、ソムの命を守るために必要かもしれない。

 “死んだことになっているから死んでくれ”なんて、ソムも実の親から言われたくなかっただろうに。これまでにないほどに落ち込んでいて、顔が上がらなかった。


「……そう、だね」


 もう、いつビグラスが昂泉に帰ってきてもおかしくはない。見つかってしまえばそれまでだが、できるだけソムは、直接顔を合わせない方が良いだろう。

 宿に向かい、念を押して施錠も済ませると、ソムは部屋に閉じこもるように、静かに扉の向こうに消えていったきり、扉が開かれることはなかった。







 早いうちに一眠りし、ベッドの上で横になっている体を起こす。外を見ると日が落ちた暗さで、時間帯は予想できた。

 ソムの様子が気になり、隣の部屋に繋がる扉を軽くノックしてみるが、応答はない。ノブを回しても、開かなかった。


(……今回ばかりは、僕の力じゃ何にもできないか)


 ソムの身内にも、愚かしいほどの汚さを持つ人間がいたとは、正直信じがたい。

 ソムはあれだけ強くて、明るくて、前向きなのに。その親から、命を奪われようとしている。

 こういう類の人間に出くわしたのは、久しぶりだ。僕の運の悪さなのか、何なのか。

 今はソムの調子も上がらないが、気持ちが落ち着くまでの間に、僕ができることはあるはず。

 まだ商い屋は営まれている。聞きまわれば、少しは手がかりになることを知ることができるかもしれない。

 ─ここからは、僕の仕事だ。

 適当な商い屋に話を聞いて、アマブレサペーレの情報を集める。ビグラスには僕の顔が知られているため、服装だけは変えておいてもいいだろう。しかし、屋敷で僕の眼をまじまじと見てきたほどだ。きっと、眼だけで僕だと分かるだろうが、その時は、その時だ。

 ソムが寝ている間に帰ってくることができるように、すぐに行動を開始した。





▽ ▲ ▽ ▲


 ─時は少し遡り、恒の三時。


 広間でオミに付き合ってもらい、試合(ゲーム)に近い鍛錬を行っていた俺たちは、区切りをつけて少しだけ座って話をすることになった。

 休憩もなしに竹剣を振っていたため、その疲れは顔に出ていることだろう。座ったことで軽く息を吐いて、存分に力を抜いた。


「なあ、オミ」


「何だ?」


 落ち着いた時、頭に過ぎるもの。それは、こうした何でもない時間にも、〈暗黒〉で何かが起きようとしているかもしれないこと。ホゼが再び、行動を始めようとしているかもしれないこと。考えれば、それだけきりがなく多くのことが浮かび上がってくる。

 俺の水中講技に向けての特訓や、ガネさんとソムさんの現況も、そのうちの一つだ。


「言いたいことが思い切り顔に出ているな。……あの二人のことが心配か?」


「……ガネさんが一緒だし、心配はしてないよ」


 ソムさんのために動いたとすれば、ガネさんがそう簡単に折れるとは思えないし、そもそも人としてはかなり頼れる人だ。どういう事態であれ、ガネさんがいれば何とでもなるだろうと、自信をもって言える。


「でも、その商い屋って、ここの商いに来ることになってんだろ? ソムさんが行動を起こすほどなんだから、それをどうにか破棄したいかな。俺の言葉じゃあ、絶対に無理だろうけど」


「……ああ。屋敷長がどう考えているかは知らんが、裏がある商い人に来てほしくはない」


 オミも同意見だったようで、どうすればうまく事が運ぶだろうかと頭を悩ませていた。

 一人の教育師のために、商い屋を退けるというのも変な話ではあるが、その商い屋が来ることで何かが起きる可能性というものも、俺は懸念点だと思っている。


「……そうか、あいつに動いてもらえば……」


「ん? 何か思いついた?」


「私とゲランで、屋敷長に頼み込んでやる」


「えっ、ゲランさん? うわぁ……抗議してきたら怖そうだな……」


「正直私も対抗されたくないからな。ただ、期待はできる」


 ゲランさんのあの口調と、横暴な態度で迫られたら、俺だったら即その話を聞き入れるかもしれない。屋敷長がどこまでこちらの話を汲み取るかは別問題だが、この件は、ルノさんに言われた通り、俺たちの出る幕ではない。それならば、提案してきたオミに、このことは任せていいだろう。


「そういうことなら……あ、でも退いてもいいからな。一応、屋敷として商い屋が来てくれた方が助かるってのはその通りだし」


「ああ、分かっているさ」


「それなら、悪いけどお願いしとくよ」


 話がまとまると、オミは早速ゲランさんに話をつけに行き、俺は一人残された。

 広間に残る必要もなく、竹剣をもとの場所に片付けてから、自室に戻るため、その大きな扉を越えて通路に出た。


「あ! ザーイちゃん!」


「げっ、お前……、呼んでないから」


「つれないなー。そういえば、ここ数日休まないな!」


「え? ああ……まあ……」


 講技に出られなかった理由は、ユラには言えない。

 痛いところを突かれて咄嗟に誤魔化す。多少怪しまれたかもしれないが、相手がユラだったことが救いで、へらへらと俺の話を聞いているだけに留まった。


「あ、……」


「何々?」


「ああ悪い、お前じゃない。こっちの話。ラオのとこいくからついてくんなよ」


「えー! ザイちゃんが冷たい!」


「それ結構前からだと思うから。じゃあな」


 癪ではあるが、おかげで一つ、行動をとってみようと考えた。

 講技にほとんど出られなくなった原因の一つでもある、〈暗黒〉。しばらく穏慈からの突撃もなく、何事もない時間が過ぎていっているが、これまで頻繁に起こっていた異変が、数日間とはいえ表立たないというのは、逆に気になるところだ。


 ラオの部屋を訪ねると、そこにはベッドの上で寛ぎながら、本を読んでいる部屋主がいた。その旨を話すと、ラオは真剣に聞いてくれていた。


「なるほどね、確かに今平和すぎるし、気になるな……。呼んでみようか」


「うん」


 本当に何事もないのであればそれでいい。深読みするだけ損ではあるが、危機管理に長けることは悪いことではない。二体の怪異の名を口にし、同時に現れるそれらを前に、俺は少しばかしの懐かしさを感じていた。


『何だ、薫まで呼び出したということは急ぎか?』


『手短に済ませろよ』


「別に大したことはないんだけど。あのさ……」


 ラオに話したことと同じように、俺が気になっていることを話す。こちらで何か問題が起きているわけでもないし、ホゼが動いているという事実も今のところはない。こうしたしばらくの平穏が続くことは、俺たちにとっては願ったり叶ったりだが、それがどうにも落ち着かないのだ。


『そんなことか。向こうは至って平常だ。お前たちから見れば、その平常も異常かもしれんがな』


「お前分かってきたな……その通りかもしれない」


『だが貴様らは、その武具でやるべき仕事がある。あまりボケるなよ』


「それは……でも、そんなでっかい役目を、二つ返事で簡単にはできないな。失敗したらこっちも崩れるんだ、し……」


 聞いて、話して、推測ができる。

 俺が、落ち着かない理由。もしかしたら、平穏すぎて、課せられている役割を果たすための準備を整えようと、〈暗黒〉がそれを保っているようにも思えるのだろうか。その自覚こそないものの、考えれば、その結論に至っても不思議ではない。


『まあそもそも、本来の力でなければならんのだ。共鳴できるとはいえ、確実に元の力を発揮できるようになってからの方が良い。その時が来れば、お前たち自身が〈暗黒者-デッド-〉から感じ取るやもしれんぞ』


 穏慈たちを呼ぼうというきっかけを作ったのは俺だが、この話をしていると、呼んだことを少し後悔する。それ以上も以下もない、ただ果たされるべき目的の話が、延々と回っていくのだから。


「それなら、いいんだけど。わざわざごめんな、また呼ぶよ」


『ああ、そうしてくれ。秀蛾や顔擬も、会いたがっているぞ』


 去り際のその言葉に、僅かな温もりを感じる。関わった怪異が、俺たちを待っている。それは、相手がどんな存在であれ、俺たちの力になっていくのだろう。


 消えていった怪異の気配は、ラオの部屋から完全に消える。俺たちが動かなければならないことが起きているわけではないことが分かっただけ良かったと、ラオは俺を励ました。

 この日は、それ以上の活動をすることなく、静かに夜を迎え、静かに眠りについた。




▽ ▲ ▽ ▲


「夜分にすみません。少し、尋ねたいことが……ネロ家の商い屋のことなんですが」


「アマブレサペーレ? オレは好きじゃないね。知ってるか? 何年も前に娘が行方不明になった後、死体も見つからねーのに"死んだ"って言って回ってんだぜ。そっから色んな意味で店の名前は広まったな」


 昂泉の商い屋を回るべく、商い屋の明るさだけが頼りの心許ない暗さの中、僕は二軒目の商い屋に顔を出していた。

 一軒目でかなり多くの情報を引き出せたこともあり、必要以上に回る必要はないと、数軒回って帰るつもりでいる。


「さっき伺ったところでも聞きましたね。それで、何か裏話のようなものはご存知ありませんか?」


「裏……まあ、娘さんに知られたくねー話ならあるぜ。で、こっちも聞かせてくれ、あんたが何者かを」


「ああ、すみません。極秘の調査なので、詳しくは言えませんが、……その、ソムの仕事仲間です。ちょっとしたきっかけがあって、調べに来たんです」


 僕の言葉を聞いた瞬間、その店主は驚愕の表情を見せた。かと思えば、それはすぐに安堵のそれへと変化した。


「!! ソムちゃん、生きてんのか! 良かった、本当に、良かった……。そういうことなら話してやる。これを暴いて、できるなら、あいつらをここから追い出してくれ。ソムちゃんのためにも」


 こちら側の事情を汲んで話を進めてくれるその店主の口からは、僕の想像を超える話が出てきた。

 ソムはこのまま知らないほうが良い。ソムを思えば、知らせたくはない。しかし、身を守るには、知らないといけない。

 あまりにも酷だと、そう感じた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ