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暗黒と少年  作者: みんとす。
第五章 闇黒ノ章
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第百三十二話 黒ノ覚悟ト隠蔽

 

 ─娘が生きていた。

 あの日、突然姿を消した娘。まさか教育師になっているとは思わなかった。

 そして、あの男の教育師。あいつは娘から話を聞いている。

 どこまで話した?

 他にも話した奴がいるのか?


 早く、マーラに知らせなければ。




▽ ▲ ▽ ▲


「良かった、何とか回復はしてるみたいだね」


 水溜槽プールを前に、思ったよりも俺の体は強張ることなく、スムーズに水に入ることができていた。

 予定通り、ラオに息の吐き方や力の抜き方を教わりながら、脱蹴伸びに勤しんでいた。


「っは、でも、本気でやると……めちゃくちゃ疲れる……」


「でも今回はさすがだね、コツを掴むのも早い。元々運動神経は良いのに、何で泳ぐの苦手なの?」


 それは俺が知りたいほどだ。剣術に至っては、ここに来てからすぐに基本を押さえ、基本クラスの上位にいた程の運動神経は持っている。これが〈暗黒者-デッド-〉の力が備わっているからだと言われれば、それまでではあるが。

 ただ、水中での動きは自由が利かず、やはり好きにはなれない。気付けばもう恒の五時を過ぎ、ウィンも自然魔の特訓を終えたようで、タオルを持って俺たちの様子を見に来ていた。


「まだここにいてくれて良かった。タオル持ってきてたから」


「うん、ザイが結構やる気でさ。少しなら潜ってられるようになったよ」


 そう、今日の成果はそこだ。水中に入ると焦って、ボディバランスも保てずにいたところが、お陰様で数十秒水中で動けるようにまでなったのだ。ここまで進歩があれば、ガネさんにも堂々と報告ができそうだ。


「これでガネさんにバカにされないで済む」


「あ、そのガネ教育師なんだけどね。ソム教育師と踏査に行ったんだって。数日間はいないみたい」


 俺の部屋を訪ねた後で、話に聞いていたことに進捗があったのかもしれない。

 あの時のガネさんは、確かに申し訳なさそうで、本当に、やらなければならないことができたと、真剣な表情を見せていたから。


「でも急だね。ザイ、何か知ってる?」


「……詳しいことは知らない。でも、あの時のガネさんは、俺を関わらせたくない感じだったな」


 踏査という名目で、ガネさんとソムさんが野外へ出た。これほど急であれば、それは、どこか名ばかりのものに思える。ガネさんの言う事情が関係するのであれば、“何か”あったのはソムさんで、それをどうにかするために、ガネさんが動いているという印象を受ける。

 ソムさんに、何事もなければいいけれど。


「そっか……じゃあ、その間にいろいろできそうだね」


「そうだね。ラオ、よろしく」


「あ、試合(ゲーム)するときは私も呼んで。自然魔、結構自由に扱えるようになったの」


「まじで! 分かった!」


 ウィンが持ってきたタオルで、体に纏わりつく水気を拭き取った後、持ってきていた着替えの衣服に着替える。

 そして、一度荷物を部屋に置きに行き、夕食をとるために、三人で食堂へと向かった。




▽ ▲ ▽ ▲


 屋敷長の許可が下りてすぐ、僕とソムは簡単に荷物をまとめて屋敷を離れていた。ある程度の大きさの鞄に入った僕たちの私物は、僕の肩に掛けられて揺れている。

 銘郡から昂泉の手前の豊泉まで移動する頃には、すっかり日が落ちていた。ソムのペースに合わせて歩くと、一日かかったことも、思えば懐かしいことだ。



「空いてた?」


 現地で留まるよりも、少し距離をおいて宿泊した方が良いだろうという僕の提案で、豊泉の中で宿を探している。時間的にも空いている部屋が少なかったものの、教育師という立場の融通はかなり利くらしく、すぐに部屋を手配してもらうことができた。


「まあ、一応。扉の仕切りがある部屋を取れた」


「ありがと。……ねえ、ご飯いらないから、部屋についたら寝てもいい?」


 ソムからすれば、豊泉とはいえ気が気でないだろう。以前崚泉に行った時は、よくついてきてくれたものだ。


「どうぞ」


 部屋に入り、一つの鞄に纏めて入れていたそれぞれの荷物を、部屋にあった小さめの籠に分ける。ソムは自分の荷物だけをもって、奥の方にある扉の奥に入っていった。


「ごめんね、おやすみ」


 本当にすぐに眠りに行ってしまった。僕は、部屋のシャワーで体を洗ってから布団に入り、今後のことを少しばかり考える。


 ─もしも、僕の考え通り、ソムに危険が及ぶことになったら。その時はどんな状況であれ、ソム一人だけでもその場から離すひつようがある。普段は僕の援護を任せているところだが、今回は少し調査をしてからではないと、その判断はつけられない。相手の情報、目的を、いち早く見つけて対処しなければならない。

 ソムの両親がどういう目的でソムを道具扱いしていたのか、今はどうしているのか。それは、表面化しなかっただけで、罪に問われる事態にある可能性もある。

 慎重に、とにかく落ち着いて調べを進めることにしよう。






 翌朝、ソムは僕よりも早く起きていた。あまり眠れなかったのか、疲れ目になっているように見える。僕が寝ている間にシャワーを使用したようで、髪は少し湿っていた。


「……おはよ」


「おはよう。大丈夫か?」


「うん。……私のことだから、私も、行かないと」


「……無理はしなくていい。少しでも危ないと思ったら、素直に僕に守られてくれ」


 その一点だけ約束を取り付け、僕たちは初の一時という早い時間から宿を出た。

 最低限の荷物と、衣服の下に隠すように武器を身につける。もしものことがあった時のために、部屋の鍵は無理を言って二つ用意してもらい、歩いてすぐの昂泉に足を踏み入れた。


「急に家に近づくより、話に出てきた友人を訪ねた方がいいかもな」


 ソムは納得し、当時頼っていたという友人の商い屋に案内してくれた。そこには、ソムと同じくらいの年齢の女性が立っていて、こちらを見るなり、ハッとして目を見開いた。その目は、揺れ動いているように見える。


「……そ、ソムちゃん、だよね? そうだよね!?」


「カロン、久しぶり」


 その女性の顔を見るなり、ソムは駆け寄って手を握る。遠くから見ても、力が入っていることが分かるくらい、強く。その女性も安心したのか、ソムに抱き着いた。

 僕も静かに二人に近づき、こうした友情を、少し羨ましく思う。しかしその温かさは、彼女の発する言葉で、一瞬で消え去ることになった。


「良かった、やっぱり、やっぱり違ったんだね。生きてるんだよね!?」


 それを聞いて、すぐに察した。

 昂泉では、“ソムが死んだことになっている”ということを。

 さすがに、その展開は予想していなかった。


「何、それ……」


「あなたのお父さんとお母さんが言ってたんだよ! 急だったから当時はびっくりして……でも荷物はないし、おかしいとは思ってたけど」


 つまり、裏を返せば「死んだ人が生きている」ということになる。ならば、その情報を流した本人たちがする行動は、容易に想定できる。

 ソムを、本当に消そうとしているかもしれない。


「すみません、その二人が今どうしているか、知っているなら教えてくれませんか?」


「あなたは……? あっ、ソムちゃんいなくなってる間に!? 大切な人ってやつ!?」


「仕事仲間だよ! それより、お願い。教えて」


 カロンという名の女性は、最近のアマブレサペーレのことを教えてくれた。

 ソムが死んだことになってから十年以上経ち、商いは低迷。今はトップから相当落ちているというが、母親はほとんど店から出ず、主な活動をしているビグラスが、自ら商いに赴き、商い屋の名を広めていっているのだという。


「気をつけておいて。あの人たちは、武器を……持っているから」


「なるほど、ありがとうございます。それから……カロンさん、極秘で調べているので、くれぐれも内密にお願いします」


 そう頼むと、カロンさんは快諾した。すぐにその場を離れ、人通りが少ないところで話をすることにし、移動する。

 改めて、ソムの今の立場が危ないことが分かった。警戒を強めて、何が起きてもいいように、気を張っておく必要がありそうだ。






 ガネさんとソムさんが屋敷を離れて、一夜が過ぎた。俺は気付いていなかったが、昨日の恒の時間に商い人が来ていたらしく、屋敷内はその話で持ちきりだった。


「まだいるのかな」


「いや、明朝に帰られたそうだ」


 そんな会話をしている奴らを横目に、朝食をとるために食堂に足を進める。

 その商い人は話をしに来ただけなんだと踏むが、俺にはタイミングが合いすぎている気がしてならない。明朝に帰らなくてもいいのに、何でそんな時間にわざわざ帰る必要があったのか。


「一人か、少年。珍しいな」


 考えている間に食堂につき、偶然そこにいたオミとルノさんと目が合った。


「ちょうど良いところに。昨日来ていた商い人のこと知ってる?」


「昨日の? ……そういえばいたな。本部長は知らないのか?」


「俺も詳しくは知らない。商い屋アマブレサペーレ、商い主ビグラス=ネロ、昂泉を中心に売り回っている男だってことくらいしか」


「十分知ってんな」


 詳しくは知らないと言っておきながら、話を振られた途端に、待ってましたと言わんばかりに話し出す。どこまでが本気なのか、全く分からない。


「まあ、ガネから聞いているからな。ザイヴ君のために教えてやろう。その商い屋の娘は、十二歳になった日に姿を消し、()()()()見つからなかった。特殊な自然魔使いのその本人……分かるな?」


「やっぱり、ソムさんに何かあったから……」


 ルノさんは、ガネさんから聞いた話を、大まかに教えてくれた。ガネさんとソムさんが、何を調べに行ったのか、ということも。


「ソムの要望もあって、細かいことは言えない。気になるだろうが、大人のやり取りだ。首を突っ込むなよ」


 ルノさんに念を押され、何も追求できなくなった俺は、仕方なくオミに練習相手を頼み、軽い朝食を取る。オミは俺の食事が終わるのを待っていて、急いで食べ物を喉に通した。



▽ ▲ ▽ ▲


 一通り聞きこみをし、休憩をするために少しだけ開けたところに出る。すると、以前行った崚泉の塔が下方に見えた。崚泉の低い土地を考えれば、それ以上に高い昂泉からだと、見えることも納得できる。

 一方で、ソムは疲労を募らせているようで、俯いた顔に陰りが見えていた。


「聞くことは聞いたし、帰るか?」


「……もう一回、カロンのところに行ってもいい? 私の方を持ってた人だし、何もされなかったか、心配で」


「気になるなら。違うことも分かるかもしれないしな」


 ソムが言ったことに乗り、再度カロンさんのいる商い屋に向かうことにした。そうして、少し歩いている時。


「─!」


 急に背後から凄く嫌な気配を感じた。咄嗟に振り向くが、怪しい人は見当たらない。ソムは何事もないように、僕のことを不思議そうに見ている。無意味に不安を煽ってもいけないと、「何でもない」とだけ返す。

 再び歩き出してから、そっと後ろを気にしてみると、僕の視界にしっかりとその姿が見えた。


「……ソム、走るぞ」


「えっ、わっ!」


 このまま気持ちが悪いのも、僕が気に入らない。ソムの腕を引き、遠回りして目的地の近くまで行く。商い屋が多く、死角が生まれやすい場所なのが幸いし、適当に曲がっていけば、簡単に撒くことができた。


「はあ、はっ……、何?」


「おそらく、尾行だな。さっさと用件を済ませて帰ろう」


 それを聞いたソムは、足早に友人の元へ行く。その間、僕は周囲を見て回っていると、陰からこちらを気にしている男を見つけた。もちろん、ビグラスではない。

 思い切って声をかけると、素っ気なく、「別に」とだけ返された。


「感心しませんね。女性を見張るような行為。警師に突き出しましょうか?」


 最後には舌打ちを残して、その場から去っていった。

 その姿と、どうにも腑に落ちない彼の行動に不信感を煽られる。何も起こらなければいいが、早く手を打ってこの場を去るべきだ。


「ソム、早めに切り上げてくれ」


「あ、うん。……カロン、本当に何もされてないのよね?」


「大丈夫。それより今は、自分を守っていて。絶対、無事でいて」


 そう言って別れ、なるべく早く豊泉に戻ろうと来た道を急いで戻っていた。

 しかし、その時だ。


「見つけた……ソム、生きていたのね……!」


 銃を持った女性が、こちらを狙いながら現れた。どこかソムと似た雰囲気を持ち、出会い頭に銃口を向けてくる人物。そして、ソムに対する口調。


「……母さん」


 その女性は、ソムの実の母親だった。



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