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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百二十七話 黒ノ応ヲ見セル能

 

 喉が潤いをもち、温もりとガネさんの気遣いのお陰で、俺は平静にそこに座っていることができていた。その師も、俺が落ち着いて対応できていることを知ってか、マグに口をつける。揺れる茶の波は、机上に置かれてしばらくし、穏やかになった。


「さて、最初はリラックスしないと始まりません。気持ちが落ち着いているというわけでもないのであれば、他愛のない話でも……そうですね。ザイ君には兄弟はいないんですか?」


「あっ……え? ケアってそんな感じなの?」


「関係した話をしても体が強張るでしょう。焦らないことも大切ですよ」


 予想できていなかった質問に動揺するが、そういう意図であるならと、俺もその話に乗って流されてみることにした。


「俺にはいないよ。……ガネさんには?」


「義兄弟ならいるみたいですよ。僕の過去の話はしたでしょう? あの数年後、屋敷を通して知ったんです。両親は別れ、別の場所に移り住んで新たに子を授かった、と。僕には関係のないことですから、どうとも思いませんけど」


 ガネさんから振って来たとはいえ、同様の話を返すと割と重いもので、すぐに話題を変えた。もっと違うことを、面白そうな話をしてみたい。どういうことがガネさんにとって面白いのか、ということはイマイチ掴めないが、何か、当たり障りのない話がいい。

 そう考えたところ、ガネさんは人付き合いを自分からするイメージはあまりないものの、ルノさんはともかくゲランさんやソムさんとは凄く関わりをもっていることが気になった。


「話変えるけど、ゲランさんとかソムさんとは何であんなに仲良いの? ゲランさんに至っては喧嘩はしてるけど、仲悪いわけじゃなさそうだし」


「ソムはともかくゲランと? どうしてそう見えるんですか」


 どうしてと聞かれると困ったものだ。ガネさんにしてみれば、仲が良いとは言われたくないかもしれない。しかし、数日前にしたゲランさんとの話から、ただ嫌いで喧嘩になるわけではない、ということは、何となく察している。


「……そういえば、ゲランから聞いていますよ。寝付けなかった夜の話。ゲランはからかってるだけかもしれませんが、僕は気に入ったことはありません」


「……はいはい。じゃあ、ソムさんと。付き合いも長いって言ってたし」


「教育師になる前から、ソムには剣術を教えていたんです。しつこくせがまれたので、よく覚えていますよ。みなさん色々理由があって屋敷に来ますが、彼女がここに来た理由は聞いたことがありませんね。言いたくないこともありますし、僕も聞かないでいるんです」


 ソムさんがここに来た理由。気にしたこともなかったけれど、そう言われれば気になる。ただ、それを聞く必要はないし、詮索は不躾だろう。


「そんなことはさておき、ソムのことは信頼していますよ。努力家ですしね」


「ああ、それは分かる。ソムさんのことを信頼できる理由は、何となく」


「でも凄いと思いませんか? 荒れていた僕にぐいぐい来るんですよ? あの時は何だこいつって思ってました」


「あんたもその性格のくせに、丸くなってんだな……」


 荒れているわけではないが、今の性格でも、冗談で言っていることにぞっとするような時がある。当時を知っているわけではないが、今と比べて扱いづらかっただろうガネさんに、よく強引に近づいていけたものだと、ソムさんには感心させられた。


「僕はもともと性格も口も悪い方ですよ? 試しに全開で話しましょうか?」


「いや、怖いから遠慮する。ていうか昨日も思ったけど、その自覚はあるのか」


「だから丁寧に話すじゃないですか。それこそ、ラクラスとは似ても似つかないところですよ。ああ、そういえば昨日の講技の前、ラクラスに捕まっていて遅れたんですよ。僕を脅してきたので、屋敷長にそれに対する処分を頼んでいます。しばらくは会わなくて済むかもしれませんね」


 にこにことしながらその言葉を出すガネさんも、さすがにそんなことがあっては怒らないわけがない。ラクラス教育師の今後が気になりながらも、話題を変えるべきだとまた違うそれを探した。


「じゃあ、次は僕から聞きたいことに応えてもらっていいですか?」


 俺が話を振る前に、ガネさんはまた一口、茶を喉に通してから俺にそう言った。ガネさんから俺に聞きたいことなんてそうないだろうと思っていたのだが、話題を振れる程度にはもっているらしい。純粋にその話が気になって、頷いて待った。


「前にラオ君が言っていたでしょう? 水嫌いになった理由、もしかしたら幼い頃に何かあったのかもしれない、それは覚えているんですか?」


「ああ、それ? 俺もはっきりとは覚えてないけど、溺れたことはないはずなんだよ。それ以外で、苦手だと思う対象があったとしても、何かは分かんない。生まれもって嫌いなんだよ、多分」


 そう、俺にその記憶はない。鼻に水が入ってしまって、痛かったことがあったのは覚えているが、それが泳げないことに繋がるとは思えない。どう考えてもその才能がないとしか考えられなかった。


「……平気でそこに答えられるなら、回復も早そうですね」


「え? 何?」


「いえ、水の話題を出して怖がるようなら、もっと慎重にしようかと思って試したんですけど。思ったより自分で立ち直っているみたいなので、ちょっと安心しました」


「……そういうこと。うん、何とも思わなかった。話すだけなら大丈夫そう」


 俺の様子を見たガネさんは、言葉通り安心したようで、気の抜けた笑顔を見せた。なかなか見られない表情だと思うと、新鮮さを感じ、つられて俺も顔の筋肉が緩んだ。

 その後も、ガネさんと俺で言葉を交わし続け、俺の気持ちは完全に安定していった。屋敷が味方なのは十分分かっているし、頼りにもしている。しかしその一方で、俺が抱えるものを知らない屋敷と、その屋敷内で起きたいくつかの騒動せいで、俺はずっと気持ちがぶれていたのかもしれない。その点の自覚はしていなかった。俺がしっかりしなければいけない、俺のことに巻き込みたくないと、一人で抱え込もうとしていた。頼ることのできる教育師がいるのであれば、時には大船に乗った気でいてもいいのだろう。


「でも、ガネさんは何でそこまでして、俺たちの味方でいてくれるの。最初こそ、あんたの眼のことを知りたいからって近づいてきたけど、今じゃ俺やラオの代わりに命を削ってるようなもんだろ」


「それは……関わってしまったんです。その重荷や、圧を知ってしまったんです。師として、技を授けるだけに留まるわけにはいきません。見て見ぬふりは、性分上できないので」


 その温かい言葉は、俺の体内に流れ込む水分よりも、俺に浸み込んできた。これまでいろいろな敵を相手にしてきたが、そうしたガネさんの力添えがあって乗り越えたところも、いくつかある。

 この人は、実力にその気持ちがついてきている。だから、気に入らないところ、怖いと思うところがあっても、この人がいれば勝てる。そう思えた。


「……ありがとう。巻き込んで、ごめん」


「あ、やっぱり素直に礼を言われると異常を疑ってしまいますね。あと、謝るところではないですよ。一番戦ってきているのは、ザイ君とラオ君なんですから」


「何か、俺に失礼だな」


「日頃の行いですね。……さて、この時間でも結構変わりがあったはずですが、念のため明日も同じように話でもしましょう。それ以降のことは、また明日。とにかく、水に慣れることからしていきましょう」


 そう言うと、ガネさんはそうだ、と立ち上がってその小部屋から出て行った。何をしに行ったのだろうかと思えば、すぐに束になった書物を持って戻って来た。


「何それ」


「僕のクラスの屋敷生の記録書ですよ。ザイ君の分もありますよ、ほら」


 俺の記録書を出し、「予備欄」と書かれたページに、今日のことと、明日の予定を書き込んでいた。俺専用の書を目の前で見るのは、なんだか変な感じがした。






 教育師室の小部屋から出ると、今度はルノさんに呼ばれた。忘れがちだが、屋敷内が落ち着いている今、調査も含め、ルノさんはこの部屋で仕事を進めているのだという。


「調子はどうだ?」


「思ったよりも時間はかからなさそうですよ。ザイ君自身、前向きではありますし」


 実際、水溜槽(プール)そのものを目の前にした時にどうなるかは分からないものの、昨日までは想像するだけで恐れを感じていた俺自身、今日はその想像すらすることなく、何とかなりそうだと思えていた。


「そうか、それなら良い。お前が言っていたラクラス教育師のことだが、三日間の謹慎を要求した。……お前、あの部屋に【針境(アンビット)】をかけただろ。あいつ動揺していたぞ。“私の部屋が移動した”って」


「へーそれは面白い。そうか、時間が経って中から解けるようになったから、慌てて報告に来たのか」


「それってあの教育師に対しての仕返し? ていうか、アンビットって何」


「以前、人型魔界妖物(マノイド)に協力した時にあの森にかけていたんですが、空間途絶の術です。結構便利なんですよ」


 それは、ガネさんの針術であり、空間の行き来を阻む効果を生むものだという。時間が経てば効果が切れるらしいが、術が有効な時間は完全に閉じ込められるということなのだろう。術者本人に限っては、その自由や解除が利くらしいが、使いようによっては厄介な術になることは確かだ。


「ガネさんの針術って、ほんと独特だよな」


「まあな、俺が教えた戦法だ。ただ、【無の針(ディセイブル)】は教えた覚えがないんだが。お陰でお前は自己犠牲を厭わずに強い術を使うようになったわけだ」


「自分で知り得た術なので。とにかく、ラクラスのことはありがとうございました。ルノの方は何か進展ありました?」


「いや何も。だからザイヴ君に相談をと思ったんだが、よく考えたら今は講技に集中していた方がいい。また近いうちに行動を起こさないと、ホゼがどう動いてくるか分からないだろう? ザイヴ君だって、向こうで何が起きるか分からないはずだ」


 ルノさんの言うことは全くもってその通りで、今こうして日常に身を委ねていながらも、先のことは全く予測が立たない。ルノさんとガネさんが出した仮説も、そこで止まったままだ。


「ホゼの動きが完全に読めなくなった今、警戒を強めてもいいと思う。最後にゲランの小魔から得た情報、豊泉(ほうせん)の方向に向かっているってのを元に、本部から数名派遣しようと思っているんだ」


「なるほど、その判断はルノに任せます。ホゼのことは、屋敷としての問題なので」


「だったらそうさせてもらおう。その件に関しては、また追って知らせる」


「助かるよ、ルノさん」


 穏やかな表情を向けられ、俺は内心ほっとする。気にしていないわけではなかったが、その後の行動についてルノさんが動いてくれるとなると、俺も安心して今目の前にあることに向かえるというものだ。

 ルノさんの言う通り、ホゼの動きは現在不明で、豊泉方面に向かっているという目的も定まらない。それならば、屋敷から動くよりも、本部から動いた方がホゼの動きも制限できるかもしれない。と、俺は思う。


「困った時はお互い様だ。それが師だろうと屋敷生だろうと関係ない。必要以上に長く泳がせる理由もない、畳みかけるつもりで動く。良いな」


「もちろん」





 何事もなく過ぎていく時間に、不安と、罪悪感を覚えながら、ガネさんと一緒に教育師室を出る。

 その場の静かさに落ち着かなさを感じながら、ガネさんの後ろを追うように歩く。


「あ、そうそう。今日の演習、正直あの動きは危なかったですよ」


「何? 褒めてんの? その危ないのを止めたくせに」


「認めているんですよ。人の力を活用することは、戦闘の場面に限らず、いろんな面で自身の助けになります。同様に、教育師のことも利用していいんですから、変な遠慮はしないでくださいね」


「……それなら、遠慮なく」


 そう答えた俺に満足したのか、その後は機嫌が良さそうに歩いていた。


 それから、明日も同様に講技後に時間をとるとだけ言われ、俺もガネさんも自室に戻るため、途中で別れた。

 部屋に戻った俺は、ガネさんからの助言の通り、少し体を休めるためにベッドに横になった。



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