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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百二十二話 黒ノ和ノ常ニ出デル毒

 

 その日は、ラオに付き合ってもらって広間を使い、鈍っている体をほぐすために試合(ゲーム)をすることになった。しかし、いつも通りでは何か物足りない。そのせいもあり、今日はいつもより本気でしようと提案し、ラオはそれに乗ってくれた。

 竹剣(バンレード)を手に、向き合うように立つ。すうと息を吸い、ゆっくりと吐き出す。迷いなく、加減も必要なく、試合(ゲーム)をするために。


「ザイ、俺はいつでもいいよ」


「じゃあ遠慮なく!」


 幸いなことに、応用剣術広間を使っている屋敷生は他におらず、全体を使って自由に動くことができる。ラオも俺に背後を取られないように大きく動き、隙あらば俺に向かって竹剣を振る。それを受け止めたり躱したり、俺が持つ運動神経を使って対応する、もちろん、俺も隙を見て振るが、同様に全てに対応されていた。

 右から左へ、下方から上方へ、低姿勢や上空からの振り切りなど、さまざまな動きで互いに譲らない状態が長く続く。

 俺たちが試合(ゲーム)をすると決まってこうなるのだが、以前と確実に違うのは、その能力だ。鎌や鋼槍といった、普段使わないものを使うようになって、基本的な武器である剣を扱うと、その軽さ、繊細さを操作(コントロール)でき、素早い動きを取ることができていた。


「はあ! もう! そろそろ! 当たりに来いよ!」


「当たりに!? 行くわけないでしょ! ザイが当たりに来いよ!」


「行くわけないだろ! 何言ってんだバカ!」


「お前が言い出したんだよ!」


 しかし、互角中の互角、といったところで、全く決着が着かないどころか、掠りもしないこの状態。ただ体力ばかりを使っていて、伴って息が上がってくる。

 動けなくさせるのが最も有効な手段だと踏み、足元を執拗に狙う。それを見破られたのか、ラオも俺の足元をすくおうと努めているようだった。思わず、願望が口からこぼれ出る。


「っこの! 一瞬でいいから止まれ!」


「勝手か! やだね、取った!」


「取ってない!」


 ラオの竹剣の先が、俺の膝下目がけて向かってきている。俺は、その左足を上げて竹剣を踏みつけてやろうとする。しかし、さすがはラオといったところで、俺の足が上がった瞬間、もう一方の足に狙いを変えてきた。慌てて竹剣を床につけ、ぎりぎりで防ぐ。浮いたままの左足で腕を蹴り、その反動を使って距離をおく。一時的に間ができたわけだが、ここまで本気で人を相手にすることもないため、ラオの様子を窺うばかりで間という間は感じられなかった。

 そのままじっとしているわけにもいかず、再度竹剣を構えてラオに接近する。ラオは屈んで俺の竹剣を避け、背後に回り込んできた。もちろんそのままにしておくわけもない、振り向きざまに竹剣をラオに向かって投げ、避けた瞬間を見て竹剣を持つ手首を掴む。投げたそれが床に落ち、カランと音を立てて静止したのを確認する。


「えっ! 直接来た!」


「だって俺の、投げちゃってないし」


「投げんなよ!」


 俺の手を振り払い、竹剣が俺から離れた隙に走って、落ちたそれを取って上方に振り上げながら向き直る。すると、俺を追ってきていたラオはそのままそれを振り下ろしてきた。もちろん、竹剣同士がぶつかる音が聞こえてくる。


「……何か、何かさ」


「何?」


 そのまま力での押し合いになっていると、ラオが少し顔を伏せて、小さくそう言った。思うところがあるのかと、ラオの様子を窺うと、ばっと顔が上がって来て、思わず驚いて背中が伸びる。慌てて力を入れ直すと、聞こえてきた発言にまた驚く。


「このままだとザイの方が上手な感じで嫌だから、とりあえず負けて!」


「何だそれ! お前も大概勝手言ってるぞ!」


「へー、凄いな」


 突如聞こえてきた、第三者の声。同時に声のした方へ振り向くと、先程ガネさんと話をしながら食堂から出て行った男性がそこに立っていた。ラクラス、といっただろうか。


「ガネ教育師の教え子だろう? 物音がしたからずっと見ていたけど、二人とも実力は確かだね」


 口調は優しく、ガネさんより少し高めの男声で、その人はそう言った。見られているとは思わず、合わせていた竹剣を下ろして目を合わせた。


「……あ、ごめんね。急に話しかけて。私はラクラス=モック、よろしく。ラスター君とビス君、だね」


 そっちの名前で呼ばれるとは思わず、自分のこととは思えなかった俺たちは、その呼び方に反応すらできずに呆然としていた。何というか、ガネさんとは正反対で穏やかそうな人だ。


「あれ? 急に口利けなくなった? 縫う?」


「怖!!」


「あ、やっと喋ってくれた」


 外見とは裏腹に、その口調からは想像できないような言葉がさらりと出てきた。ガネさんと似たところがあることは、間違いなさそうだ。


「えっと……何か、用でも?」


 恐る恐るラオが問えば、偶然通りがかった時に音が聞こえたために覗いていただけだ、という答えが返って来た。そういうことならば、早めに立ち去ってほしいものではあるが、先程の発言からも、余計なことを言えなくなってしまっていた。


「ガネ教育師とは、気の置けない仲なんだろ? 私に対しては通用しないから、そのつもりでよろしく。話を右から左に流すようなら、遠慮なく鼓膜破るからね」


「だからいちいち怖いなあんた! 本当に教育師か!」


 思わず発言に突っ込んでしまうが、それに対してその教育師は、穏やかな表情を浮かべながら、俺の顔を挟むように頬を掴んできた。


「口が悪い。縫う?」


 結びつかない表情と発言に、ガネさんやゲランさん以上に恐れを感じ、思い切り払いのけてラオの背後に回る。こんな教育師が潜んでいたなんて、知らなかった。


「縫わねーよ! 何なんだよ初対面で! あんたの方こそ口縫うからな!」


「何だ、騒がしいと思えば、君たちでしたか。どうしたんです?」


 そんな時だ。ガネさんが広間を覗き、俺たちがいることを見てか中に入って来た。こんな場合で、ガネさんが来てくれたことを救いだと思ってしまう。


「この人! この人が!」


「……何をそこまで警戒しているんですか」


 状況が掴めていないガネさんは、俺がラオを壁にしていることに違和感を覚えているらしい。しかし、関わりがあるガネさんは、この教育師の素性を知っているはずだ。


「あんた仲良いなら知ってんじゃないの!?」


「別に仕事仲間であるだけで、仲良いとは思っていませんけど。ラクラス、何かしたんですか?」


「いつも通りだけど。ていうか、本人目の前にして仲良いと思ってないって、さすがガネ教育師。酷いね」


 それは俺も思ったところだ。しかし、比ではないその怖さに、壁になっているラオですら顔を強張らせてピクリとも動かない。ラオの内心がとんでもなく混乱していそうだ。


「ともあれ、本人の目の前では話しにくいこともありますし、別室に行きましょうか。ザイ君ラオ君、行きますよ」


「ガネ教育師は本人の目の前でも、話しにくくはないんだね」


 それは前から思っていたところだ。






 別室、とはいえ、あの教育師が隠れて聞いていたらと思うとひやひやとし、ガネさんの自室で話をさせてもらうことになった。事の経緯を話すと、ガネさんは納得の表情を浮かべた。もちろん、その性格は重々分かっていたというし、自分以上に怖いところもあるだろう、というところも把握していた。


「まあ、そういう人なんですよ。ギャップが凄いですよね、僕も時々怖いと思いますし」


「それなら事前に教えといてよ……本気で足震えた」


「ラクラス教育師のクラスの人たち、凄い耐性だな……ザイは俺を壁にしてたけど、俺の方が絶対恐怖感じてた」


 あんな感じで毎日講技や座学をされたら、それどころではないのだが。俺とは間違いなく、相性が悪いだろう。あの教育師を前にした時、目の前のガネさんが救世主だと感じるほどには。


「でも、あれを教育師の中でも隠していないの、逆に尊敬しません? 僕でも抑えているのに」


「待って、それはない」


「ふざけない限りは意地悪しないでしょう。あくまで教示する身なので」


「意地悪する自覚はあるんだ。やっぱりガネさんはガネさんだ。ラクラス教育師と普通に接せる理由が分かった気がする」


「ラオ君、どういう意味か説明しなさい」


 普段であれば俺が言っているようなことを、今回はラオが言ったことで、珍しいこともあるものだと思う。ガネさんもその珍しさに興味を示したのか、食い気味にラオを追い詰めていた。ただ、それだけラオが、あの教育師に苦手意識をもったのかもしれない。


「単刀直入に言って、あの教育師は良い人?」


「え? ……そう言われると……でも腕は良いんですよ。その点では頼りにしていますし、合同講技の際も安心して任せています。良い人かどうかは気にしたことがないくらい興味ないです」


 容赦のない言いように、苦笑いしか出ない。ラクラス=モックという教育師の前では、大人しくしておいた方が得策かもしれないが、それ以前に、関わる時間が作られないことを願った。


「あ、あと、話は変わるんですが……」


 その教育師のことはさておき、と、ガネさんは招集がかけられた後にソムさんと話したという内容を、俺たちに聞かせてくれた。その話に同意しながらも、突然の変わりようはそれこそあからさまであるため、一時的にでも適度な距離をとる、ということは難しく思えた。

 しかし、屋敷長がガネさんに、わざわざ「知っていることを教えてくれ」と言ったあたり、屋敷長はどういう線からか、何かを察し始めているのかもしれない。


「そういうことなので、不要にゲランのところに行くことも、少しの間控えてくださいね。そういう場合はこちらから呼びますので」


「分かった」


「まだ一日しか経ってないけど、落ち着いてはいるもんね。事を荒げないためにも、それが良さそうだな」


 俺たちに戻って来たこの日常は、果たしていつまで保つだろうか。俺たちの持つ力は、いつまで屋敷に隠せるだろうか。一度は応用生の前で鎌が解化してしまったものの、今のところ追及されていないため、まだしばらくはこの状態が続いてほしいと、心底思った。


「明日は講技を組んであるので、いつも通りの時間に広間に来てくださいね」


「そういえば、そういう講技とか座学の情報って、どうやってみんな知ってんの? 俺いっつもラオに聞いてたから」


「今更ですか!? 座学で使う部屋と、教育師室の前に貼り出してありますよ! ラオ君甘やかさないでください!」


「すみませんつい!」


 何故か俺ではなく、ラオの額がガネさんの拳の餌食になる。ぐりぐりと押し当てられる拳の痛そうなこと。俺も何度か受けたことがあるが、傍から見るとこんな感じなのか、と、妙に痛々しさを感じてしまっていた。


 この日は、そのまま各々自室に戻り、早めの時間から体を休めた。


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