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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百二十一話 黒ノ緩ニ和ノ常(つね)

日常編

 

 最近は、屋敷の機能が全くと言ってよいほど停止しているが、様々な問題を抱えながらどうにか乗り越えて、少し前までの日常が戻って来ようとしていた。

 少年たちが、〈暗黒者-デッド-〉であるという自覚を持っていることを除いて。

 青郡も〈暗黒〉も、一時の安定を取り戻している今。教育師資格を剥奪された男に協力していたとされる屋敷生が、警師に引き取られたことで、講技の再開と屋敷内の壊れた設備の修復が成されようとしている。少年たちとその教育師たちは、互いにこの何事もない時間を、有効に使おうとした行動をとり始める。

 そして、騒動が収まった後、留守にしていた屋敷長も、本部から帰還した。





「集まってもらったのは、言うまでもなく、本部で得たものの報告じゃ」


 屋敷長から直々に招集を掛けられた僕たち教育師は、教育師室に揃っていた。揃う、とはいっても、残念ながらホゼを食い止めるべく屋敷外で対応し、亡くなった教育師たちは除く。それでも、残った教育師の数に余裕はあり、講技や座学、クラスはしっかりと回る体制が保たれている。亡くなった方たちへの冥福を祈り、以前よりも減ってしまった数の教育師は、屋敷長の話を真剣に聞いていた。


「まずは、本部ではこの地に秘められたことの解明、屋敷としての今後への対処に追われている。ホゼの協力者がゼス=ミュシーであるということも、警師から報告を受けて処罰を考えておるところじゃ。しかし、私が思うような情報はなく、このまま現状を見守りながら先の予測を立てていくことになった」


 本部には屋敷よりも情報があるだろう、という理由で屋敷を離れた屋敷長だったが、思ったほどの収穫はなかったようで、ばつの悪そうな顔を見せていた。誰が悪いわけでもないが、本部でも手に負えない、という事実に少々落胆する。

 屋敷長の隣に立つ本部長、ルノも、アーバンアングランドの件に関しては、そこまで進展することはないだろうと付け足していた。そうだとすると、僕やオミが見た、あの書物の一文。あれは一体どういう根拠を持って、誰が記載したものなのか。解決どころか、また一つ、分からないことが増えてしまった。


「まあ、本部とはいえ皆神様というわけでもない。できることに限りはあるからな。俺は引き続き、この屋敷で警戒・管理にあたるつもりだから、直接力になれる。今は、もとの屋敷の姿に戻すことを最優先に、屋敷生たちに不安を与えるようなことはしないでくれ。俺からは以上だ」


 屋敷長から付け加えることもなく、場は解散の声がかけられ、部屋を出て行く教育師たち。僕の隣で話を聞いていたソムも、ため息を吐きながら部屋を出て行こうとした。

 それを呼び止め、僕にも声を掛けてきたのは、屋敷長だった。僕たちとルノを除く教育師が全員部屋から去ったのを確認すると、屋敷長はその口を開いた。


「……君たちが、何を知っているのか。話せる範囲でいい、教えてくれんか」


「……()()、とは?」


 屋敷長が何を見聞きし、僕たちにそれを尋ねるのか。〈暗黒〉の件か、ホゼの件か。軽はずみに口は開くことができず、そう聞き返すと、「ホゼ元教育師のことだ」と答えを受けた。そのことであれば、今得ている情報を提供しても、彼らには差し障りがないだろうと、知っている限りのことを伝えた。

 “真迷い”が何らかの形で今のホゼに関わっていること、様々な状況からゼスを動かしていたのがホゼである可能性が若干薄れてきていることの二点は、詳しく伝える。ゼスの協力の意図については、〈暗黒〉が関わってくることで、表面的にしか話せなかった。

 いつか、すべてを公にしたとき、屋敷長はそれをどう捉え、彼らをどう見るのか。純粋に気になりながらも、彼の意思を尊重し、ここでは口を閉ざした。


「……なるほどのう。個人的に私が調べ、知る分に差し障りはないじゃろう。その情報を手掛かりに、私は私で調査させてもらうが?」


「それは構いませんよ。健闘を祈ります」


 一人の人間が、〈暗黒〉のことを知ろうとすることはそう容易なことではない。そして、それを可能にする手立ては、かなり限られている。屋敷長独自の調査で知られることはほぼないだろう。


「引き留めて悪かったのう。君たちも、十分休養を取りなさい」


「屋敷長も、お疲れ様でした」


 丁寧に頭を下げるソムと共に、足早に部屋を後にする。解散後の、静かな通路。教育師室からは距離を取り、周囲に誰もいないことを確認した。


「……ソム、ちょっと」


「ん?」


「今日の朝ノームと会った時、ソムから今起きていることを教えてもらったって聞いた。ウィンさんに関わる分、知っていてもいいとは思うけど、口外しないことは?」


 そう、ザイ君の回復が見られて一夜後の今朝。本来であれば講技が行われるはずだったが、屋敷長が戻って来たことで招集がかけられるという話が来たため、急遽中止になっていた。本格的な再開は翌日となったのだが、それを知ったすぐ後くらいに、珍しいことにノームから部屋を訪ねてきた。そして聞いた話が、その内容だった。「自分も協力はするけれど、もっと大勢の協力があった方がいいのでは」という相談で。


「うん、言ったよ。ノームは約束守ってくれるし。ていうか、怒られるのかと思った」


「別に怒る理由はないだろ。ただ、ノームは今の状態だとまた危険に晒されそうだという危機感をもっていた。それで、僕からも口止めはしておいたけど、屋敷長も何か勘づき始めているようだし……とにかく、彼らが普通にいられる場は僕たちが提供しないといけない。適度な距離を作った方がいいかもしれない」


「……うん。ザイヴ君たちに関わりすぎてるし、何かあるのかもって屋敷生に悟られたら面倒だもんね。分かった」


 二人に口止めされたノームが口外するとは思いたくないが、屋敷長すら疑ってきている現状だ。ソムには、時々ノームとコンタクトを取ってもらった方かもしれないと考えながら、ソムとその話でまとまり、翌日の準備に取り掛かった。





▽ ▲ ▽ ▲


「んんーーーーー! 今日休みになって良かったー」


 上半身だけ起こし、腕を上げて体を伸ばす。初の五時、数時間前に今日が急遽休みになったことで二度寝を満喫し、若干寝すぎたかもしれないと感じながら、ベッドを出た。

 穏慈や薫も、しばらく休息を取れそうだということもあって、〈暗黒〉に戻っている。たまには、そういう騒動とは離れた日々がなければ、俺としても息が詰まる──といっても、本当に詰まりかけてはいたのだが。

 部屋の外からは、屋敷生が歩いているのか、話し声も聞こえてくる。昨日の件は思い出したくもないが、それを夢だと思わせてくれるような日常が目の前にあるという期待で、部屋の扉を開けた。


「あ! ザイちゃん!」


「……げ、ユラ」


 偶然通りかかったのだろうが、俺のことを唯一そう呼ぶ応用生、ユラ=マークが、俺に気付いて駆け寄ってくる。講技でグループを組んだ際、ユラからの誘いがあってそこに入ったが、お調子者のようで、俺の話はほとんど聞いていない様子。


「その呼び方やめろって……」


「何、寝起き? いっつもどんだけ寝てんの?」


 全く変わらない男は、全く俺の話を聞いていない。以前呼び方を否定した時も、同じような感じで流され、結局その呼び方が定着してしまっている。その呼び方は肯定する気にはなれない。


「いや、お前もう一回言うよ。その呼び方やめろ」


「今日休みになって良かったなー! 休みじゃなかったら寝坊だぜ!」


 いつか必ず訂正させてやる、と思いながら、諦めて俺はその扉を静かに閉じた。外からは俺を呼ぶ声も聞こえてくるが、話を聞かない男のことなど、知ったことではない。俺も同様に無視を決め込み、シャワーを浴びてから着替えを済ませ、ラオの部屋に行くために再度扉を開ける。

 そこには待ち構えるようにして、未だにユラが立っていた。


「うっわ! あれから何分経ったと思ってんだよ! 何でまだいんの!」


「え、だって無視するから」


「お前は俺の話を聞かない癖に、聞かれなかったらそんなことすんのかよめんどくせえ!」


 自分のことは棚に上げる、とは能く言ったもので、ユラは部屋を施錠して歩き出す俺についてきた。これでも同じ応用生、関わりがあっても良いとは思うが、明らかに偶然出くわしたのに、俺から離れる気配を見せなかった。


「何でついてくんの」


「だって、グループ組んだのはいいけどさ、ザイちゃんほとんど来ねーんだもん。ちょっと親睦深めようぜ!」


「……その呼び方を変えたら考える」


 足は着実にラオの部屋に向かっている。その足音は俺のみに留まらず、俺の行先すら知らないはずのユラは、ひたすら俺に話しかけてきていた。俺は半分以上のそれを聞き流していたが、折れる気配が全くなく、そろそろしつこさを感じ始めているところだ。


「なあ、用事あって歩いてたんじゃないの?」


「なかったわけじゃないけど、また今度でいいし! ねえねえそれより、ザイちゃんどこに行くの?」


「やっと聞くのかよ。ていうかもう着いたからどっか行って」


 俺の部室から、そこまで距離のないラオの部屋には、あっという間にたどり着いた。手振りもつけてユラを払うと、「えー」と不服そうに言いながら、その歩みを止めてくれた。


「酷いなー。ま、用事まで邪魔するつもりないし、またな!」


 諦めが良いのか悪いのか分からない。“しつこい男”の見本のような奴だと、そう思わざるを得なかった。

 当然のように扉を開けると、中ではラオが静かに本を読んでいた。勝手に入った俺に気付くと本を閉じ、招き入れてくれる。道中にあったことを話すと、ラオは鼻で笑った。


「あいつのお調子者っぷりは今に始まったことじゃないんだけどね。全然話せてないザイのこと、気にかけてくれてんだよ、多分」


「俺の呼び方を改めさせてくれよ。俺としては苦手な部類の人間になってるよ」


「ほとんど関わりないのに? まあ、ユラからしてみればきっかけ作りなんだろうし、許容し」


「ない」


 俺の即答に、ラオはまた笑う。どこが面白いのかは、俺には皆目見当がつかない。肩が震えるラオの背を、拳で一発殴ってやる。それに対して痛みを訴えながらも、悪びれる様子はなく、軽く謝るだけに留まった。


「で? ザイの用事は何?」


「あー……いや、別に……。そうだ、ラオはもう何か食べた?」


 特別用事があったわけでもない俺は、今日はまだ食事をとっていないことを思い出し、ラオを誘って食堂に向かった。






 食堂は、以前通りの活気が戻りつつあり、屋敷生や教育師の話声が飛び交っている。席が空いていることを確認し、食堂担当のトールに食べたいものを伝える。それぞれが頼んだものを受け取り、席に座ったところ、付近を通りかかる人が目に入る。


「あ、ガネさんだ」


 その横には、見慣れない教育師がいる。何やら話し込んでいるようで、直接声をかけることはできなかった。こちらには気付いていないのか、ガネさんはそのまま食堂を去って行った。


「……今の人、誰?」


「ん? ガネさんと一緒にいた人? ラクラス教育師だよ。時々合同講技してたみたいだし、その時に俺たちのクラスも見てくれてたんだって。俺もあんまり面識はないけどね」


 どうやら応用クラス担当の教育師で、ガネさんも度々関わることのある人物のようだ。応用クラスを任されるということはそれなりの腕を持っているはずだ。仕事上とはいえ、ガネさんが普通に話をしているところを見て、何となく、気になった。


 その人物と直接対面する時が迫っていたことを、俺はまだ知らないでいた。




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