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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百二十話 黒ノ縺(もつ)レニ解キノ導

 

 未の四時。屋敷の人間もほとんどが、まだ夢の中にいるような時間に、俺は起きていた。昨日の事が俺に恐怖を植え付けているのか、落ち着いて眠ることはできなかった。

 ゼスに弱点を突かれて、死にかけてしまったこと。当の本人は警師に連れていかれたと聞いたが、それでもゼスには憤慨せずにはいられない。

 一方、気にしていることはもう一つある。ガネさんが頼れることは知っているし、水対応講技の時にマンツーマンで指導されたことは忘れていない。今回はその経験を活かす暇もなく、命の危機にさらされて、そこから助け出された。


「……むかつく」


 バカにするようなことも言ってくるくせに、俺の目が覚めた時にはこれまでになく心配していた。いや、生死が関わると、さすがにそうもなるのか。

 一晩が明けようとし、俺の調子も次第に戻ってきている中、医療室ではゲランさんが頻繁に俺の様子を窺ってくる。


「……ガネに感謝すんだな。これでも早く引き上げられた方だと思うぜ。水中が苦手って聞いてっけど、ちょっとくれー克服しといた方が身のためだぜ」


「まあそうなんだけど……別にガネさんが嫌いなわけじゃないよ。でもなんか、あの何でもできるっていう余裕がなんか……時々失礼なこと言ってくるし」


「時々って、それならてめーも同じだろ。とにかく、礼は言っとけよ」


 俺の脈拍や、体温などを確認し、それらがほぼ正常に戻っているということを俺にも伝えてくる。ゲランさんがそういうのだから、もう大丈夫だろう。


「あんたこそ、ガネさんと結構口喧嘩してるよな。気に入らないの?」


「ああ? そんなわけねーだろ。おもしれーからからかってるだけだ。昔っから俺に対してつんけんしてくんだよ。でもあいつに不満はねーよ」


 ガネさんの態度からして、不満がないのはゲランさんだけかもしれないが、それは口には出さないでおく。そんなものなのか、と俺から聞いたものの、適当に流して話を終える。


「……何で急にそんな話出してきたよ。まだこっちがぶれてんのか」


 ゲランさんは、自分の心臓部を指でトントン、と示して俺に言う。言われるまでもなく、その通りだ。ゼスの話に引っ張られると、あの恐怖が俺を支配する。だから無理やり、あの場にいたガネさんの話に向けさせたり、なるべく関係のないような話を持ち出そうとしていたのだが、ゲランさんには見透かされていた。


「あんなことになったら……そりゃあ……」


「……そうだよなー。まあ、何も焦って水に慣れろとは言わねーし、今は助けてくれる仲間に頼りつつやってみな。危険のないように守るってのも、教育師の仕事だしな。とにかく、今は少しくらい寝た方がいいぜ」


 話して、少しだけ気持ちが落ち着いたらしく、ゲランさんの勧めに従って、布団を被って横になる。誰かがいるという安心感で、俺は自然と眠りについた。





▽ ▲ ▽ ▲


「え? ザイ君、あれから寝なかったんですか?」


 ゲランにザイ君を預けて夜を明かした僕は、初の一時に医療室を訪ねていた。ゲランが言うには、相当不安な状態になっているようで、二時間程前にやっと寝入ったということだった。克服するどころか、トラウマになってしまったのだろう。そんな心理状態では、水対応講技も組むことができない。


「先にケアしてやった方が良さそうだ。自分でどうにかしようとはしてるみてーだけど、無理するだろ。順を踏んで何とかしろ」


「分かりました」


 ここはザイ君に合わせて、講技や座学を増やして組んだ方が良さそうだ。明日からは、やっと本来の屋敷としての動きができそうで、教育師もその準備に追われ始めている。しばらくまともに講技もできなかったが、僕のクラス生たちがどうなっているのか、楽しみ半分、不安半分といったところだ。


「ところで、ザイヴが言ってたんだけどよ。俺ら口喧嘩多いから、気に入らねーんじゃないかって。からかってるだけだって言っといた」


「は? その自覚があるなら、からかわないでほしいですね。僕は気に入りません」


「知ってる知ってる」


「ふざけてるんですか。癪なので帰ります」


 ザイ君が起きる気配もないため、また、起きてみんなが集まれる時間になったら戻って来ようと、その捨て台詞を残して、医療室を後にした。

 そういえば、ザイ君が寝入った時間から考えて、その様子を知っているゲランは、ちゃんと寝ているのだろうか。

 そう気にかけてはみたものの、そんな心配を僕がする必要もないか、と部屋に向かう足を速めた。




▽ ▲ ▽ ▲


 跳ねるように起きて、時間を確認した初の四時。医療室には、変わらずゲランさんしかおらず、その本人は机に伏せる形で仮眠をとっているようだった。軽く揺するが、起きる気配はない。裏切り者のいなくなった今なら大丈夫だろうと、着替えるために一度医療室を出た。

 その途中で、こちらに向かってきていたのであろうラオと鉢合わせると、ラオはかなり心配していたようで、俺が歩いているところを見て、飛びついてきた。


「あああああああああもうほんと良かったああああああ」


「いてててて! ラオ、痛い! お前の心配も分かるけど、着替えに戻りたいから離れて!」


 着替えに行くと言った俺について行く、とラオは来た道を引き返す。今回はいろんな人に迷惑をかけてしまった。このままでは、本当にいけない。ゲランさんの「焦って慣れなくていい」という言葉は、俺の中に引っかかる。この状況で、それでいいわけがない。


「あ、二人ともおはよう! ザイヴ君、調子は?」


 この辺りで見かけるのは珍しいソムさんが、前方から歩いてやってくる。聞くと、話を進めるためにラオに声を掛けにいくところだったという。着替えてすぐに合流することを伝え、俺はなるべく急いで部屋に戻り、その身支度を済ませた。






 医療室に戻ると、ゲランさんは起きていた。ソムさんに俺の行動を聞いたようで、いなくなったことに関しては触れられなかった。場には、ガネさん、ルノさん、オミに、ウィンもいる。これだけ集まっているのならば、穏慈たちも呼ぶべきだと、怪異の名を口にする。揃ったところで、今まとまっていることの話をガネさんから聞いた。


 まず、解決していないことが、三点ある。そして、ゼスの騒動で分かったことが、ホゼの目的が“表と裏の統合化”。それに伴う危険性への考慮がされていないことから、指示を出していたのがホゼだとは考えにくいこと。

 ガネさんや薫が感じている、“別の関与の可能性”について考えている中で、ラオが穏慈に聞いた“怪異の可能性”。しかし、ゼスの協力者はホゼであること。聞けば聞くだけ、頭が痛くなった。


「……言ってることが分からないわけじゃない。でも俺の思考はショート寸前」


「ザイー、もうちょっと頑張ってよ。俺はもう無理だ!」


 話をまとめてくれたガネさんでも、頭を悩ませている。一つに繋がるものが分からず、穏慈にも尋ねてみたものの、唸るだけで次の言葉が出てこない。そんな時に、薫が口を開いた。


『……穏慈、お前、以前不可解なことを言っていたな』


『何? 我はいつも理解した上で喋るぞ』


『そういうことではない。何と言ったか、死んだ者が生きていたとかいう』


 薫の言っている者のことは、よく覚えている。青郡で殺し屋の女と共に絶命し、俺が召聖(しょうせい)と呼ばれる特殊な火で、供養をした男のこと。


「ああ、ヤブですか。彼は真迷いの手掛かりになっただけですので、彼は問題外です」


『そうか、だったらいい。聞かなかったことにしてくれ』


 それから、またしばらく沈黙が流れる。ルノさんが小声で呟きながら、情報を整理しているようだが、それに入っていけるような頭を持ち合わせていない俺は、ルノさんとは別に思考を巡らせるが、やはり止まったままだった。


「あ、そういや小魔のこと言っとかねーとな」


 進展があったのか、ゲランさんの口からは小魔の名が出る。ホゼが豊泉方向に向かっている情報を聞いて以来の報告は受けていないが、すでに机上は片付けられている。


「俺が医療室出て行くときにはもうあの紙? みたいなやつは置いてなかったよね? 何かあったの?」


「それがなあ……小魔が追跡を拒否してくんだよ。だからもういいっって、片付けた」


 ゲランさんが送り込んだ小魔は、ホゼの動向を見張るために追跡をしていた。あれから少し経ったとはいえ、拒否をしているということに疑問を抱く。ゲランさんが使っているといっても、小魔は一種の魔物だ。本能的に、何かを察したのだろうか。


「ついでだから全員聞いとけ。ホゼの動向を追う小魔によれば、“ホゼの気が変わった”らしい。だから嫌がってきたんだけどな。俺にも意味が分かんねーけど、ヒントになんねーか」


「気が変わった? どういうことだよ……」


 この間まではホゼを一番疑って、ホゼが仕組んだことだって言って大騒ぎしていたのに、一転して本当にホゼがやっていることなのかと、ガネさんが疑いだした。いつからガネさんがそう考えていたのかは定かではないが、それをきっかけに考えれば、その分だけホゼとホゼの行動に辻褄が合わなくなってきた。

 ゲランさんが話をしている間も、一人でぶつぶつと考え込んでいたルノさんは、ぱっと顔を上げ俺たちがまた言葉を発さなくなった時、「聞いてくれ」と、話を始めた。


「ガネや穏慈の話から、ホゼと、その身を成す誰かがいるということを仮定した場合だ。仮にホゼAと偽ホゼとしよう」


「Bじゃダメなんですか」


 聞いていた俺も思ったが、気にしないでいようとしたところ、すかさずガネさんからの指摘が入る。ガネさんと睨み合いをしているかのように、ルノさんは数秒目を合わせたまま止まっていた。


「……待て、落ち着け。言いたかったことは分かるだろ、ホゼと偽ホゼだ」


「てめーが落ち着けよ……それで?」


「ああ……ゲランが小魔から受けた“気が変わった”という伝達。ラオガ君が穏慈に聞いた“姿を写せる怪異もいる”という情報。ガネの言う、“別の関与の可能性”。屋敷を裏切った時こそホゼ本人だったが、いつしか偽ホゼが表立って動き、ゼスを手駒にして俺たちを混乱させた。そうすれば、説明がつかないだろうか」


「つかなくはないですが……もし怪異が関与してきているとしても、そんな都合よくホゼに成り代わろうとする怪異がいるんでしょうか……」


「でも、否定もしきれないもんね。一つ目の仮定にしてもいいんじゃない?」


 そんな、狙ったかのような展開があっていいのか。今の段階では何とも言えないが、それでもこうして考えをまとめようとしてくれるルノさんがいるということは、相当大きな力だった。右往左往しているため、一つでも何か仮定が出ると、行動もとりやすくなるものだ。


「じゃあ、もしそうだとして、ホゼが教育師の立場を失ったことと、その偽物が出てきたことは関係あると思う? 屋敷生に手をかけたから、除職になったのよね?」


「どうだろうな」


「もうちょっとくれー考えたらどうなんだよ。あんな流れ作ったんだからよ」


「それなら、もう一ついいですか? ホゼ本人が、本当に統合化を謀っている可能性です。どこからか〈暗黒〉のこと、今の〈暗黒者-デッド-〉の状態を詳しく知り得て、そうしているということもあり得ます。腑に落ちないところはちらほらありますし、あくまでも可能性ですが、ないわけでもありませんよね」


 さすが教育師の話だ。俺たちなんか話を聞くだけで精一杯なのに、と、ウィンとラオと顔を見合わせて苦笑いをする。分かるのは、断定はできない、ということ。

 それは教育師も十分分かっているはずだ。それでも何か引っかかるものがある。ただそれだけの理由で、真剣に顔を見合わせ、考えていた。


「はあ、とにかく、今出た二つの線でいきましょう。次は、また新たな情報を得られたら、ですね」


「ああ、今日はもういいだろう。明日からの講技もある。解散していいぞ」


 ルノさんのその声で、部屋の主であるゲランさんを残して部屋を出て行く。ゲランさんは俺の心因性の症状が起きないかというところを気にして、再度焦るな、と忠告をしてきた。無理はしない、ということだけ伝え、俺たちも教育師の背を追うように、部屋から出た。

 ぞろぞろと歩く教育師たちは、疲労をあらわにするように、腕を伸ばしたり、欠伸をしたりしていた。

 それを見ると、俺たちが関わる問題に巻き込んでいる、という意識が出てきてしまう。周囲の人こそ、俺たちに迷惑しているのかもしれないのに。それにまつわる問題を、こうも真剣に悩み、解決しようと動いてくれているのだ。

 医療室から最後に出てきたガネさんは、そういった疲れの顔色は見せなかった。


「なあ、何度も同じことをここまで話し合う理由って……」


 純粋に気になった俺は、ガネさんにそう尋ねる。その質問に何を思ったのか、ガネさんは普段見せないような、穏やかに軽く笑んで、答えてくれた。


「……人には、見せるべきではない不安というものもあるんですよ。それが、誰のためなのか。それは、紛らわせるべきなのか。もちろん解明のためではあります。ただ、こういう時に何もしないでいるというのも、苦痛な話でしょう?」


「……そうだけど、……そういう、ものか」


「特に、師としての立場であれば、ね」


 ガネさんは、こっそりと教えてくれた。






 医療室を出た後、各々が行動を取り始める一方で、俺たち三人はガネさんに送り届けられる形で自室に戻ろうとしていた。


「ごめんね、協力するって言っておいて、結局何もできなかったね。ガネ教育師も凄く後悔してたみたいですけど」


「何でそういうことをバラしますかね。言わなくていいことですよ」


 歩きながら、先日までの警戒が解かれた雰囲気を感じる。その中で、ウィンとガネさんの話を聞いていると、口元が強張る。無意識に握られた拳が、少しだけ、血流を滞らせた。


「ガネさん、……助けてくれて、ありがとう……」


「え? ……ふ、素直になると、気持ちが悪いですね。無事で、良かったです」


 時折俺をバカにしてくるガネさんだけど、俺たちのために、手を尽くそうとしていることが分かるから。俺は、この人のことを頼るんだと思う。


「でもザイ、水溜槽(プール)に入れなくなってたり水のにおいが嫌になってたりしてるかもね。洗顔すら怖いかな……大丈夫かな……俺が心配……」


「まあ確かに、死ぬ思いしたから……今までの比じゃな……っていうかラオが俺より怖がってんの何なの? 俺のケアして」


 ラオの言葉を聞いていると、不思議と体に入る力が解けていった。


「それを言えるくらいなら兆しはありますけどね。僕が責任をもって僕がケアしますね」


「それはケアになるんだろうな……」


 今回は、さすがに普段の厳しさは出てこないだろう。それはそれで、違和感があるかもしれない。

 


 ─ホゼの協力者を捕らえ、俺たちにはひとまず、日常が戻って来ようとしている。明日からの講技に参加できるように、そして少しでも恐怖を拭えるように、俺はラオを誘って、試合(ゲーム)をすることにしたのだった。



暗界編 了

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