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暗黒と少年  作者: みんとす。
第一章 出逢イノ章
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第十一話 黒ノ休暇ノ再来


 一夜が過ぎた朝。ベッドでぐっすりと眠っている少年を横に、見守るように居座る怪異は壁にもたれるように立っていた。

 爆発に巻き込まれた時に受けた肩部の傷を、衣服の上から軽く押さえる。怪異の身であるために、人よりも傷の治りは比べ物にならないくらい早い。しかし、痛みとは別の意味で、その顔は僅かに歪んでいた。

よって既に痛みを感人にここまでされたことに、多少の腹が立つ。そこに、ラオガが部屋を訪ねてきた。


「よ。ザイは……まだ寝てんだな」


『あぁ、そのようだ』


 少年が肩に受けた大きな傷には、騒動が落ち着いた後でラオガによって処置がなされていた。シャツの肩口から覗く白色に、じわりと赤が滲んでいる。その少年は、友人の声にも反応はなく、普段通りの寝息を立てている。


『人には深い傷だろう、仕方ない』


「そうだね……ところでさ、穏慈。ちょっといい?」


 ラオガは穏慈を部屋の外に呼び出し、扉のすぐ近くで向き合う。前置きは惜しいと、すぐに真剣な顔で本題に入った。








(……痛い……)


 刺された肩と、打ち付けた背中の、頭にまで響く程の痛みに耐えられずに目を開ける。悪夢を見ていたかのような気分で、寝覚めはそれほど良くはない。体を休めるためにと眠ったものの、目が覚めるほどの痛烈さには抗えない。

 部屋の外から、誰かの話し声が小さく聞こえてくる。こんな場所で誰が話しているのか、何となく気になりドアを少し開けて伺う。少し向こうから、内容までは聞こえない程度に聞き覚えのある二人分の話し声が聞こえてきた。

 声を辿ると、すぐそこの通路の角で話をしているラオと穏慈を確認する。何やら真剣な話をしてるようで、声をかけにくい雰囲気だった。どうしたものかと考えた結果、俺の事情を知るもう一人のもとへ、足が赴くままに向かった。






「ガネさーん……」


 教育師を探すなら、その役職を担う者が集まることができる部屋が有望だ。俺の手は、教育師室のドアをそろりと開けている。俺はすぐに、その特徴的な身なりで彼を見つけた。一方のガネさんも、俺の声でこちらに気づいていた。


「ザイ君、怪我の具合はどうですか?」


 通路は冷えるからと、その部屋の中に設けられた休憩室のような小部屋に誘導してくれた。そこに備えられた椅子に座るよう促され、遠慮なく腰を下ろす。その向かいに、ガネさんも座った。


「痛くて起きたんだけど、何とか動くみたいだから平気。……あいつどうなった?」


「彼は指名手配犯として扱われることになりました。今回のことは間違いなく処罰が下ります。クラスの担当は変わりますよ」


「そっか……」


 この際、クラスの担当がどうなるかなんてどうでも良いことだった。あれほど簡単に屋敷を裏切って、姿を眩ませた男のことは許せない。


「あ、……そういえば」


 ホゼと穏慈が衝突していた時のことを思い出していると、その時にガネさんが言った言葉も、一緒に浮かび上がってくる。


「……何か聞きたいことでも?」


 俺のその様子を見抜いたのか、単純に俺が分かりやすいだけなのか。しかし、俺の事情を簡単に見破った前科がある。あまり隠し事はしない方が懸命のようだ。

 気にならないと言えば嘘になる。〈暗黒〉に関することを、純粋にガネさんがどこまで知っていて俺に協力しているのか。


「……穏慈がまだ何も言わないってのもあるけど、向こうのこと、どこまで知ってんの」


「あの時も気になってましたよね。……良いですよ、知っていることは話しましょう」




......


 ─〈暗黒〉。


 それは、この世に存在するすべての怪異が生まれた場所。そして、人が住む世界を圧倒する場所。存在してはいけないが、存在しなければならない場所。それは全て、人の世界の為。

 〈暗黒〉は、一言で言えば裏であり、且つ怪異のみが生きる世界。怪異が存在するために必要な要素が、そこには全て揃っている。


 一に暗様。暗く、視界がはっきりしない場所。怪異にとって、それは大切なこと。妖気が集まりやすい環境にあり、多くの怪異はこの深い黒を好んで棲息する。その中には、穏慈の様に人間界へ渡ることができる者も多く存在する。

 二に妖気。妖しく不気味で、負に近い空気と圧力。これに関しては、必要な怪異もいれば不必要な怪異もいるが、これを食にする怪異は数知れないという。

 そして三に、色素と能力の層。これは、血の色と能力に関係し、ある意味では、〈暗黒〉で最も必要な要素。これがなければ、怪異はいずれ消滅し、均衡が崩れてしまう。


 その均衡を保っているのは、人間界と〈暗黒〉を固く結ぶ繋。一般的には目視できないものだというが、それが寸断されてしまえば両世界とも存続が危ぶまれるという。



......


「僕が聞いたのはこの程度ですね。恐らく、ホゼのようなことをすれば大問題でしょう。万が一の可能性ですが、こちらを()()()()()こともできるかもしれませんし」


 つまり、どちらかが壊れてしまえば双方とも先はない。そういうことだろう。その関連性は思う以上に強く、離れるに離れられないもののようだ。


「表裏一体、それが今あるこのアーバンアングランドの姿なんでしょうね」


 しっくりくるように纏めてはいるが、俺の予想以上のことを吟から聞き出していたということに、脅威を感じざるを得なかった。


「では、ザイ君。今度は僕からあなたに提案します」


「へっ? 何?」


「穏慈くんが気付いたんですが、鎌が置いてあった場所に残っていたものがありました」


 それは、俺が思った通り。ホゼはこうなることを少なからず分かっていて用意していた、俺たちへの宣戦布告だった。


「……そうなんだ」


「彼は、必ずまた来ます。僕はこれに乗るしかないと思います」


 横長に伸びた口元。くっと口角だけが上がり、企むような顔で俺を真っ正面から見る。その顔は勝機があってのものなのか、はたまた選択肢を潰しているのか。


「何だよその顔……」


「ザイ君の賛成を待ってるんですよ」


「……端から乗らせる気しかないだろ」


「そうとも言います」


 やはり計算高く、人の心理を掴んでいるのか。有無を言わせないとはこのことかと察する。もちろん、乗らない理由はないわけだが、この人のペースで事が運んでいくのを見たために、少しだけ抵抗を見せたくなった。


「……俺に利益あんの?」


「そう来ますか。その件に関しての利益は約束できませんが、あなたの戦闘能力の向上には僕が貢献できますよ。事情も知っているわけなので」


「でもクラスは?」


「それは話をつけられますよ。ホゼの後任は僕と馴染みある教育師になることが決まったので」


「それなら、まあ……」


 どう頑張っても、あの冷静な頭を相手に口で敵う気がしない。ガネさんがそう言うのであれば、俺も必要以上に緊張することもなくなるだろう。ついでに言えば、応用クラスに上がるということを素直に喜びたい。


「あれでも、ホゼは君の講技を高く評価していましたし。応用で丁度良いんじゃないですか?」


「……講技を、ね」


「そういえば、昨日の鎌持ってますか? 持ち運びを考えて、首にかけられるよう手を加えてあげます」


 身につけていれば失くす心配がないことは事実。実際に手のひらに収まる今の姿の鎌は、ポケットに入れていると落としかねない。その提案を受けて鎌を手渡すと、「少し待っていてください」と言って、小部屋から出て行った。俺は静かな個室で、天井を眺めた。









「ふーん。じゃあ穏慈は薫を知ってるんだ」


『あぁ。昔からの仲だ』


 人がいないことを確認した上で、この時間をつかって聞きたかったことを色々と聞いた。俺を引っ張った怪異のことや、穏慈自身のこと、〈暗黒〉のことを。そんな裏の世界があった上で成り立っていた世界だということを知ったものの、実感するのは難しいことだった。


「……はあぁ、難しいなぁ。……そういえば結構時間経ったけど、ザイまだ寝てんのかな。ちょっと覗いてみるか……」


 未だ物音も立たない室内に、やはり眠ったままなのかと思いつつも部屋のドアを開けると、ベッドどころか、部屋自体がもぬけの殻になっていた。


「あれ!? ザイいない!」


『何?』


 いつの間に、と変なところでザイに感心を寄せる。大怪我をしているこの状況で人目につくようなことをするとは思えず、何となくガネさんと一緒なのではと考えた俺たちは、共に教育師室に向かった。







「はい、どうぞ」


「おー、そういう飾りみたい。ありがとう」


 さほど時間も経たずに、ガネさんは紐がかかった鎌を持って戻ってきた。首から下げた鎌は、重々しくありながらも軽かった。


「その傷も見ましょうか」


「あ、うん」


 ガネさんはすでに替えの包帯と薬を手に持っていて、もちろん断るつもりもなかったが、断らせない、といった状態だった。

 肩を出すために袖を引き、腕を曲げていると、誰かが訪ねてきたことを知らせるように、教育師室の扉が開いた音が聞こえた。


「ガネ教育師いますかー!」


 同時に、ラオの声が個室にまで届いてきた。その声を受けて、はいはい、と応じたガネさんは、小部屋のドアから顔を覗かせて誘導した。


「良かったガネ教育師といたかー!」


「わあ、ラオだー」


 自分でもここまで塩対応にするつもりはなかったが、思いの外感情がどこかへ行ってしまった。


『いつの間に起きた、気づかんかったぞ』


 その言葉のおかげで、ラオが慌ててここへ来た理由が分かった。二人で話し込んでいたから、邪魔になるといけないと思っての行動が、心配をかけたらしい。


「はっ、もしかして凄い? 褒めてる?」


『……いや、よく考えてみろ。そんなわけがない』


「は!?」


「包帯換えるので早く上脱いでください」


 納得できないやり取りはそのままに、俺は渋々シャツを脱ぐ。もともと筋肉質な方ではないことが、俺に負い目を感じさせる。あまり人前で脱ぎたくないのが本音だが、こればかりは仕方がない。


「思い切り刺されておいて、これだけしっかり動く程度には筋肉あるみたいですけど、細身ですよね」


「それは俺も思うよ」


 そんな言葉は右から左に受け流す。今何か言ったかと、表情なくラオを見ると、遠い目の苦笑いを返された。

 ガネさんが血の滲みた包帯を外し、さらに濃く血が広がるガーゼを慎重に剥がすと、あの痛々しい傷痕が露わになる。


「……一応出血は何とか落ち着いたみたいですし、全治ひと月弱程度でしょうね。傷は残るかもしれませんよ」


 新しいガーゼをあて、包帯をぐるぐると肩から腕へと巻いていく。床に落ちている赤に侵食された包帯が自然と視界に入り、ぴりっと背中を伝う感覚に、目を向けることすら躊躇ってしまう。それが言わずもがな、怪我の深さを語っている。


「ごめんな、守ってやれなくて」


 怪我をしたのは俺なのに、俺以上にラオの方が落ち込んでいた。ラオのせいで怪我をしたわけでもないのに、悔しそうな表情が焼きつけられる。


「いや、俺も、もっと気をつければ良かったんだよ。思えば無謀なことしたし」


「まあ、確かにあの行動は驚きましたね。……はい、終わりましたよ。服着てください」


 綺麗に巻かれた真っ白な包帯は、電光に当てられて眩しくも見える。動きも悪くなく、不便にはならなさそうだ。


「この真っ白な包帯はどれくらい汚れて捨てられるんだろうか……」


「ザイ、気をしっかり」


 ラオは、凄く真剣な声で俺の肩に手を添えた。怪我をさせた相手が相手で、落ち着かないのも無理はない。

 今まさに捨てられようとしている包帯は、何重にも袋で包まれていた。


『ところでザイヴ』


「んっ、何?」


『そろそろ戻る。ちょっと来い』


 穏慈が俺だけに言えるように、二人から距離を取ったところで、必要な時には呼び出してくれと小声で言った。


「そういえば、あの時は呼んだら俺があっちに行ったんだったな。俺がお前をこっちに呼べるってわけだ」


『ああ。まあ、大したやり方がないからいつでも呼べるだろう。危険があれば遠慮などするな』


「分かった分かった、今後無理矢理行き来しなくて良いだけ気は楽だよ」


『気にしているのか? 強制して悪かったな』


 穏慈はふんと鼻を鳴らすと、消えるように〈暗黒〉に戻って行った。その様子を見ると、行き来できる怪異もいる、と言っていたことが蘇ってくる。契約をするかしないかと選択する際にも、命を脅かされる危険性を示唆された。いずれ、良くない怪異が紛れ込むこともあるかもしれない。

 そう考えると、幸先は不安だ。


「屋敷には常に僕たちがいますので、こちらも遠慮なく頼ってくださいね」


「……うん」


「それに、この長期休暇もあと少しです。この怪我で体が鈍らないように、リハビリ頑張ってください」


「俺がリハビリ付き合うから。頑張ろう」


「程々によろしく」


 こうして俺は、無事に穏慈との契約を済ませることができた。実感自体は全く沸かないが、怪異が身近に在るようになった。これが、今最大の変化だ。


「あ、ラオ君。もうこの距離感なら教育師呼びは寧ろやめてください」


「えっ、嘘、逆に? えっ?」


 意表を突かれたかのようなラオの反応は、少しだけ面白かった。しばらくの間は、久しくも思える休息の日々を送ることができそうだ。そう思うことが、また一つの日常の変化なのかもしれない。


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