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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百十七話 黒ノ見セル負ノ色

 

 〈暗黒者-デッド-〉の命を脅かす奴は、すべて排除する。それが、その存在を主とする我らが持つ、統一された志。目の前にいる、ゼス=ミュシーという名の裏切り者。主が守ろうとするこの屋敷のためにも、我らは戦う。


『先日は世話になったな』


「……へえ、お前らの方が先に来るなんてな」


 そうは言いながらも、どこか予想はしていたというような余裕を見せている。目的から何から憶測すら浮かんでこないが、どうやらこいつは、主の存在のことを知り、この世のことを知り、行動をしているらしい。


『……一つ聞かせてもらおう。お前が屋敷を裏切る形になってまでそうする意図はなんだ』


「はっ、てめーらが言えたことかよ。どういう存在か……オレは知ってる。よくもまあ()()()ここにいられるよな」


『貴様……怪異を愚弄するか』


 薫が腹を立てるのも分からなくはないが、それよりも、このゼスという若者。言い方からも、我らがここには棲めない存在であることも、存在自体も、まるですべて把握しているようだ。

 主との契約がない限りは、来ることはできても、自由に動き回ることができるほどの時間はない。陰のように人体に乗り移ることで可能にすることができる怪異も存在するが、それは稀な例。しかし、これらを知る人間はほぼいない。強いても〈暗黒者-デッド-〉くらいしかいないはずだ。


『薫、こいつ……』


「何も知らずに狙ってるなんて、低能の奴らと一緒にされちゃあ困るんだよ。無理やり存在してるくせに偉そうに。本当はてめーらが何で〈暗黒〉に生きているかなんて分からねーくせに。この世界の影を務めてるなんて勝手だとは思わねーのか?」


 こいつは、〈暗黒〉のことを知っている。きっと、ザイヴやラオガよりも。ホゼの協力者であれば、そのホゼから話を聞いていることも考えられるが─一人の人間の話をここまで信じ、そのために動くともなると、話は違ってくる。


『生意気を言ってくれるではないか、人間が!』


『薫、待て。おかしいだろう。時間を稼いでいる間もそうだったが、こいつは逃げるだけで武器も持っていない。端から、()()()()()()()()()()としていたのかもしれんぞ』


「穏慈くん! すみません、待たせました!」


 そこに、ガネとオミが走ってやってきて、二人はいつでも動けるように構えをとった。


「彼らは?」


『すでに逃げている。頼れる者がいる場所に行ったはずだ。行先は見当がつくだろう』


「……有難うございます。で、ゼス君。まずはその目的、答えてください」


「あんたも同じことを聞くのかよ。……一つ答えてやるとすれば、オレは一人でここまで行動したわけじゃねえ。向こうのことは協力者(ホゼ)に聞いただけだ。オレは間違ったことはしてねえ。こんなとこで話す必要もねえし、帰らせてもらうぜ」


「待ちなさい。君は……」


 我はそこで、ガネの言葉に驚いた。あるきっかけから、ガネはずっとそのことを考えていたらしい。今、ゼスの言葉から確信に近づいたと、そう言った。「向こうのこと」という、その言葉で。


「……さあ。オレは一つ答えるとすればって言ったぜ。じゃあな」


 ゼスは、そう吐き捨てるように言って去った。




▽ ▲ ▽ ▲


 医療室に逃げてきた俺たちは、魔封じの正体を調べるゲランさんの様子を観察しながら、少し離れたベッドに腰を掛ける形で、差し障りのない程度の話をしていた。ただ、ゼスの話題にならないわけもなく、ウィンの表情は曇っていってしまった。

 そんな時だ。ゲランさんが、机から離れて俺たちの前に来た。


「分かったぜ。こいつは麻痺薬の一種だ。その中でも強力な代物で、失薬(パラリジ)っつー感覚麻痺を起こす薬を対魔用に加工したもんみてーだぜ。何でこんなもん、あいつが持ってんだ? 違法ものだぜ?」


 怪異への効果が大きかった理由も、納得がいく。ただ、ゲランさんが言うように、管理外での薬物の加工は違法だ。そんな違法薬を、彼はどこで手に入れたのだろうか。

 謎は深まるばかりだった。


「自分で手に入れたってより、誰かにもらった可能性が高いな。でも命取る気なら毒薬の方がいいよな」


「あんたってそういうとこエグいよな……。触ったウィンは大丈夫なのか?」


「効果は切れてるし、部屋に充満してた分も外気に触れて蒸発してる。本当は行かねー方がいいんだけどよ。ま、結果オーライってことで」


 結構重要なところで適当を言っている医療師はさておき、ラオやウィンに影響はないようで安心した。

 話はゼスのことに戻るが、あれから屋敷内で騒ぎが起きているにしては静かで、医療室にいる限り状況が読みにくい。気になって出てみようとするが、ゲランさんとラオの二人から、同時に「どこに行くんだ」と止められ、身動きも取れずに二人の帰りを待つことしかできなかった。

 そんな俺の不安をよそに、ガネさんとオミは何事もないように戻ってきた。戦ったような様子はない。ついでに、穏慈と薫も戻ってきたが、どこか落ち着いていないような感じだ。


「とりあえず、大事にはなりませんでしたよ。重要な収穫もありましたが、それはまあ追々、情報が揃ってから全員を集めてお話します。しかし、これはただの暴挙ではありませんね」


「ガネ教育師、ゼスは……どうしたんですか?」


「あ、ウィンさんすみません、怖い思いをしたでしょう? 今は殺しを目的にはしていなかったみたいで、割とすぐに去って行きましたよ」


 ガネさんは何か掴みかけているようで、それを匂わせるような言い方をしたが、俺からそれを追求することはできなかった。ガネさんは、必要なことは必ず知らせてくる。しかし先送りにしているということは、ガネさんの中では、まだ決定的要素が欠けているということだろう。とにかく、その時を待つしかない。


「オミ、調子は?」


「私は大丈夫だ。すまんな、気にさせてしまったか。ガネからの話はすぐに聞かされるだろう。真の部分には、確実に迫っていっている。少年も、もしかしたら気付くかもしれないな」


「え? 俺も気付ける……?」


「とりあえず、もう遅い時間です。今日はこのまま、医療室で眠っても問題ないでしょう? 諦めたわけではなさそうですからね」


 このまま部屋には帰せない。ガネさんはそう言いたいようだ。確かに、ゼスは引いただけであってまだうろつく可能性はある。そんな中、俺たちだけで部屋に戻るのも心配、というわけだ。


「だったらどっちか残れよ。医療室とはいえ、交代で見張っててやんねーとあぶねーと思うぜ」


「……ガネは動けた方がいいだろう。私が残る」


 自らゲランさんのいる場所に留まることはしないだろうと思ったが、ガネさんが屋敷内を自由に歩けた方がいいということには賛成で、オミが残ることになった。現在の屋敷は、ルノさんが仕切ってガネさんがそれを援助している状態だ。そのルノさんが見当たらないということは、まだ何か、やることがあってのことなのだろう。


「明日の朝には僕もここに戻ります。君たちは、間違っても勝手にどこかに行かないでくださいね」


「分かってるよ」


『我々は、また向こうに戻ろう。目につきやすいようだからな』


『怪異の存在が、まさか邪魔になることが出てくるとはな。不安ではあるが仕方ない。いいな、すぐに呼べよ』


「それも分かってるって。さっきは助かったよ、ありがとう」


 穏慈と薫も、また姿を消す。ゼスが潜む中、怪異がうろついているということは、俺たちの居場所を知らせているようなもの。そして、俺たちから離れていれば、俺たちの孤立が分かってしまうこと。マイナスになり兼ねない状態に、怪異はどうすることもできないようだった。

 俺たち三人は、ガネさんとゲランさんの厚意に甘え、備えられたベッドやソファでそれぞれ体を休めた。そんな体は、緊張からかくたくただ。こんな毎日、そろそろ終わってほしい。そう願いながら、意識は闇の中に入った。






 翌、初の一時。俺としては早めの起床になったが、ラオはすでに目を覚ましていて、俺が起きたことに気が付くと、「おはよう」と声を掛けてきた。眠い目をこすりながらそれに返し、視界がはっきりとすると、ウィンがまだ眠っている姿が目に入った。


「少年も起きたのか」


「あ、オミ。ってことはゲランさんは寝てんのか」


「そうだな。あそこの机に座ったまま寝ている。お前たちも大変だな」


「本当にね。ザイ、ちゃんと眠れた?」


「……そこそこかな。ウィンは……まあ、慣れない中にいるんだもんな」


 起きる気配のないウィンを目に、そう思う。気が張っていると、なかなか眠れないものだが、そんな日が続いてしまうと、どうしても疲れは出てしまうものだ。ウィンが起きるまでは、静かに過ごした方が良いだろう。

 そう思った矢先、昨夜医療室から離れたガネさんが、医療室に入って来た。扉が開く音も最小限に、俺たちが寝ているかもしれないということを考慮して、足音もほとんど立てないようにしていた。


「なんだ。二人は起きていたんですね。おはようございます」


「おはよう。……今はどんな感じ?」


「特別変わったことはなさそうでしたよ。ウィンさんが起きたら、一度部屋まで送ります。着替えもしたいでしょうし、面倒ですが一人一人部屋を回って行きましょう」





 それから間もなく、ウィンは自然と目を覚ました。オミがウィンを気遣い、調子も悪くなさそうだと、ガネさんが言った通り、俺たちは一度自室に戻るために医療室を出た。

 ガネさんと、オミも一緒に各部屋を回っていくことになった。


「有難うございました」


 まずウィンを部屋に送り届け、中から施錠されたことを確認すると、オミは俺に、ガネさんはラオについて、それぞれ部屋まで行くことになった。とはいっても、互いに部屋はそれほど離れていないため、ほとんど一緒に歩いていた。


「ラオ、後で部屋に行く」


「待って、それなら俺がザイの方に行く。部屋にいることが確実なら、迷わず行けるし」


「……まあ、それくらいならいいでしょう。ただ、周囲には気を付けてくださいね」


 別れ際にその話をし、組み合わせの通りに部屋までたどり着く。オミに礼を言うと、「気をつけろよ」と心配してくれるオミに、申し訳ない気持ちになる。ここまでして俺たちを守ろうとしてくれる屋敷に対して、俺が返せるものがあるだろうかと。そう考えてしまうくらいには、迷惑をかけているはずだ。


「ありがとう、オミも気を付けて」


 俺が扉を閉め、施錠をすると、それを確認できたというように、オミの足音は遠ざかっていった。

 ラオが来るまでの間に、シャワーを浴びて着替えを済ませなければ。俺は足早にシャワールームに向かった。






「ザイ、開けてー」


 ちょうど着替えも済ませたところで、ラオは部屋にやって来た。すぐに解錠し、部屋に招き入れる。また施錠をし、落ち着かない心情を抱えながら、並んで座った。


「ゼスって何で、ホゼの言うままに俺たちを狙ってて、それでどうしようとしてんのかな」


「……全く分からないよね。今回は俺もお前も標的なわけだから、俺が絶対庇うってのも通用しなくて困ってるんだよね。鍵をしているとはいえ、ウィンを一人にしておくのも心もとないし」


「だよなあ。屋敷生の部屋にも内通あればいいのにね。そしたら連絡とれるのに」


「本当だな……ん? ねえザイ、あれ」


 ラオが指さすのは、扉の下。僅かな隙間から、あるものが入って来ていた。何だろう、と軽い気持ちでそれを拾うと、そこには文字が書かれていた。


 ─出てこなければ、女の部屋を壊す。怪異を呼んだ時も……ただでは済まない。


 ゼスが寄越したものだろう。俺たちを脅すのに必要な女─ウィンのことだ。無視をすれば、ウィンが危険な目に遭ってしまう。


「ラオ、これ!」


「……! ザイ、解化して対応しよう。大きいから振り回せないけど、ガードにはなる。慎重に開けて」


 目的のために手段すら選ばない、恐ろしい奴だ。ウィンが標的になるくらいなら、俺たちが出た方が良いと、武具を片手に、扉を僅かに開けた瞬間だ。

 その隙間に手をかけ、勢いよく扉を開けたかと思えば、その手に持つ鈍器を振り下ろしてきた。


「!! ザイ!」


「わっ!」


 鋼槍で弾かれた鈍器を持つ手と逆のそれは、一瞬でラオの腹に勢いよく入っていった。その衝撃に耐え兼ねたラオは、腹を押さえてかがむ。そして、ゼスはすぐに鈍器を戻してくる。“出て来い”と言ってきておいて、部屋から出す気はないらしい。これを狙って今襲い掛かってきているというのであれば、本当に嫌な奴だ。


「そんなでけーの振り回すなよな!」


「!」


 一度は躱したものの、俺の足を払ったゼスは、俺が倒れたのを見て、瞬時に俺を目がけて鈍器を振り下す。

 ラオは俺を庇うために鋼槍でゼスを突いたが、柄を取られてしまい、そのまま鈍器で横に殴り飛ばされてしまうのをこの目で見る。ラオは意識を投げ出したようで、床に伏せてしまった。


「ラオ!」


「人を気にしてる場合かよ!」


「ゔっ……! げほっ」


 蹴りやすい位置にいたのが災いし、俺の体がくの字に曲がるような衝撃が腹部に与えられる。それに次ぎ、頭部への痛みが走った。









 どれくらい経ったのか分からない。俺は頭の痛みで目を覚ました。


「痛って……」


 俺もあの場で殴られた。しかし、今は周囲の景色が明らかに違う場所にいる。ここに、ラオはいないようだ。

 ぼーっとした意識が徐々に戻り、今の状況を考えていると、目の前に歩み寄ってくる男の姿をぼんやりと捉えた。


「よう、気分はどうだ?」


 頭を打ったからか、体が少し怠い。何が「気分はどうだ」だ、本人が一番分かっているだろう。そして、連れてこられたこの場所。このにおい。俺も利用したことがある、知っている場所だ。


「まあどうでもいいか。ちょーっといたずらするからさあ……死なねえように頑張れよ」


「……は……?」


 そうだ、この、俺が苦手なにおい。俺がもたれて座っている後ろにあるもの。それが分かった途端、ゼスが言っている意味はすぐに理解ができた。


「てめーの弱点くらい、オレは知ってんだよ」


「やめっ……!」


 ゼスは容赦なく、俺の体を突き飛ばした。今更ながら、足に鍛錬に使う重りが付いていることに気付く。背中からその中に打ち付けられ、大きな水しぶきを上げる。俺が水中に入ってしまったことは、言うまでもない。力が入らない上に重りがある。そんなものがなくても、ゼスの言う通り俺の弱点であることに変わりはない。


(死なないように、なんて、ふざけたこと言いやがって……っ)


「抵抗力もねーのか。つまんねえ」


 息を止めていられる時間も、あとどれだけ続くかわからない。これは、さすがにだめかもしれない。

 諦めさえ抱く俺の体は、徐々に、確実に、底に下りていっていた。



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