第百十六話 黒ノ魔封ト反乱ノ定メ
『おい、何を調べておる』
「こないだの魔封じみたいなやつだよ。あれ、俺にも少し効いてたからさ。ヒントになるようなものが見つかれば、俺たちも警戒できるだろ?」
俺は、先日閉じ込められた場所に来ていた。扉はガネさんと穏慈が壊したために、修理中になっている。立ち入り禁止ではあるだろうが、禁止との表記はないため、こっそりと部屋の中に入っていた。もしもの時を考えて、薫には扉の前で部屋の外を見てもらい、俺は調べを進めている。
あの時は少し暗かったこともあり、室内の備品についてはほとんど分からなかったが、思ったよりも多くのものが置いてあるところだったようだ。見た通り、備品庫や武器庫といった部屋のような、そんな場所だ。
「んー、あの空気を充満させたものがあればいいんだけど……なかなかうまく見つからないな」
「探しものは何ですか!」
「うわっ!? び、びっくりした、ウィンか……」
「驚きすぎだよ。薫さん、周りを凄く警戒してるね。聞いたけど、手がかりを探しているんでしょ? 手伝うよ」
薫が警戒を前面に出している、というのは、きっと先日の件のせい。俺は全く気にしていないが、プライドの高そうな怪異だし、そうなるのも仕方がない。
「……あれ? ウィン講技には行かなかったの?」
「だってこんな状況だもん。応用生はともかく、基本生は全員お休みだよ。で、何を探したらいいの?」
「そういうことなら……ある確証はないんだけど、ここには魔封じが充満していた。その元になったものがないか、探してくれる?」
「分かった、探し物は得意だから任せて」
思えば、鎌を探していた時にも、そこにあった置き手紙を見つけたのはウィンだった。協力してもらえば少しは探しやすくなるだろう。そう考え、俺はウィンと一緒に、あてもないものを探し続けた。
少し時間が経って、また、ウィンが俺を呼ぶ。その方に行ってみると、部屋の隅に、不審に親指ほどの大きさに固まった、粉物と思われるものが落ちていた。
部屋の中にあるにしては、合わないと見えるもの。少しは関係性を疑ってもいいだろう。
「ウィン、ありがとう。一応これ持って行ってみるよ」
「お役に立てて良かった。ねえ、一つだけ聞かせてほしいんだけど。ラオは、今回のことをどう見てる?」
「え?」
俺はその粉物を回収し、ウィンにその質問の意図を問う。ウィンは、ホゼの動きや、今回のゼスの動きなど、その面から少し不審感を抱いているらしい。屋敷内において、このような事態は必ず罰せられることであり、ホゼはそれを知らないはずもなく、師としても有能だった。
「……確かに不気味だよな。ホゼって良い教育師だったしな」
「うん。今でも信じられなくて。ザイを手にかけようとしたり、ソム教育師を殺そうとしたりしたなんて」
ウィンのその言葉は、的を射ているような気さえする。それを言うならば、俺でも、屋敷の教育師がこのような事態を招いたという事実を認めたくはない。つい最近までは平穏な日々だったのに、それが一転して、命を脅かされることになっていることは、目を瞑っていたいものだ。
「俺も分かんないんだ。でも、もうすぐ動くと思う。それが味方か敵かすら、俺にも判断しかねるけど」
そう、はっきり分かることが少なくて、俺も、どうしたらいいか分からないんだ。
▽ ▲ ▽ ▲
ラオが部屋にいなかったため、俺は医療室に足を運んだ。中では一人で机に向かうゲランさんの姿がある。机の上には、以前ホゼを追跡した時に使っていた小魔を操っていた、特殊な紙が置かれていて、状況を一瞬で理解できた。同時に、気が散らないようにと、静かに中に入り、落ち着いた頃合いを見て話かけようと思っていたが、ゲランさんはそんな俺に、堂々と入ってこいと言った。
「どうだ、何か進展あったか?」
「こっちは何も。ラオと薫が見当たらなかったから、あいつらは何かしてんじゃない? ゲランさんの方は?」
そう尋ねると、ゲランさんはにやりと笑んで、「来い」と言って俺と穏慈を近くに寄せ、とんとん、と机上を人差し指で叩く。
「ホゼは今、豊泉の方向に向かっているらしい」
「豊泉って……確か崚泉に行く途中にある……」
「ああ。目的は定かじゃねーが、一人だ。そろそろガネも戻ってくるだろうし、このことはみんなに知らせて、どうするか練るぞ」
「分かった」
「あ、ザイもいた。ちょうど良かった」
医療室の扉を開けて入って来たのは、ラオと薫、そしてウィンだった。事の成り行きをある程度話すと、ラオは俺とゲランさんに、見つけたという粉物を出してきた。粉物と言っても、大粒になるほど固まっていて、普通ではない何かを漂わせていた。
「ほー、面白れーもん持ってきたな」
『薫、どこにいるかと思えばそんなことを』
『私もただでは済まさんさ。プライドくらいある』
『お前は高すぎるんだ』
ゲランさんがじっくりと粉を見ている間に、講技を終えたらしいガネさんと、後ろから顔を出すソムさんが同時に入って来た。「お待たせしました」と、いつものように自然に。
「そうだ、ルノタードは本部と連絡を取っている。オミも待ってたら来るだろうが……今しがた得たものを、共有しようじゃねーか」
─あれを見つけられるとは、予想していなかった。まさかもう一度あの場に踏み入るとは。賢い奴らが多いようだ。結構なレア物なんだけどな。
息を潜めて、暗がりの部屋にその身を沈める男は、少年たちの行動に感心さえしていた。しかし、その手に握られる、次の行動。それは、男による策なのか、指示のもとの策なのか。男にしか知り得ないそれは、時機に少年たちに襲い掛かろうとしていた。
「へえ、よく見つけましたね」
ガネさんは、ラオの持ってきたものを興味津々に見て言った。親指ほどの大きさの粒は、怪しさだけは十分だ。これを調べて出処をつかめれば、大きな情報になる可能性が高い。自分が閉じ込められた場所に自分から赴いて調べるなんて、ラオの行動には感心させられる。
「任せろ、こういうのを調べるのは俺が専門だ。後はホゼの件だけどよ、また豊泉の方に向かっているようだが、目的までは検討もつかない。どうするか……放っておくなら俺は小魔に追跡を託す」
目を向ける対象が分散していて軽いパニックを起こしかける。ホゼの行動によって何かあった時にどうなるか。それを想像すれば、悪いものしか浮かんでこない。
しかし、そこで教育師が出した結論は、「今は屋敷が優先だ」ということ。反論があるわけではない。今はそれが、俺たちには必要なことくらいは分かっている。だからこそ、別の面で不安があることが、否めないだけだ。
「ともかく、その調査はゲランに任せます。僕たちは引き続きゼス君の抑圧に向かいますよ。……あと、言おうと思ってたことがあるんです。確かにホゼは危険ですが、何か、ここ最近はもっと別のものが関与しているように思えてきているんです。以前は自身を筆頭に、数人連れて屋敷に襲い掛かって来たのに。ゼス君一人にこちらを任せて、ホゼが豊泉方向に向かっているというのも引っかかります。彼の考えを全く読めないので、確証はありませんけどね」
「……そう言われたら、ゼス君は目的を果たすために単独で行動しているような感じよね」
ガネさんの的確な思考回路と結論付けは、俺も頼りにする部分がある。そんなガネさんの冷静な思考で、その考えに至ったのであろう。それを聞いた俺だったが、納得しながらも、鵜呑みにはできなかった。
不安な面持ちでいると、ラオが黙ったまま俺とウィンを見て、少し微笑んだ。「きっと大丈夫」、そう言っているように。
「ただ、今目の前に迫ってんのはゼス=ミュシーだ。ホゼのことは小魔に任せて、お前らはお前らの身を守れ。いいな?」
「了解」
『……話はまとまったな。ザイヴ、我と薫がいると奴も動きを見せにくいかもしれんし、かえって危険になることも考えられる。必要な時に呼べ、すぐに来る』
「……そっか、なるほど。ゼスを捕まえないといけないもんね。分かった」
穏慈と薫の配慮もあり、ラオとウィンと、三人で、医療室を後にすることにした。結局、その話し合いの時間内に、ルノさんもオミも姿を見せることはなく、ゲランさんが後々話をしておくということになり、場は解散となった。
そのまま部屋に戻る際、「一人にならない状態でなるべく部屋にいるように」とガネさんから忠告を受けた。きっと、今は屋敷生全体にそれを言っているのだろう。通路を歩くも、人が出歩いている気配が殆ど無い。
「協力するって言ったのは私だけど、いざとなると何もできないような気もするものなんだね。ザイたちって凄いんだ」
「そうでもないよな、ラオ」
「え? ……まあ、俺だって怖くないわけないな。けど今回は、ウィンの力も必要だ。頼りにしてるよ」
そう言われた時のウィンは、目を輝かせていた。そもそも、俺たちを支えたいという気持ちはずっと変わっていないのだ。やっとラオが頼りにしてくれたよ、と、俺に耳打ちしてきた。よほど嬉しかったのだろう。俺たちに対して優しすぎるラオが、こうしてウィンを連れてくれていることに、ウィンは頬を染めて笑顔になっていた。
「……何の話してんの? 俺も入れろー」
「ラオには内緒。俺とウィンの話だもんねー」
「ねー」
ウィンがひっそりと言って来た言葉を、ラオに言い直す必要もないだろう。焦らしを交えると、ラオは気にして俺に口を割らせようとしてきた。
「教えろよ」
「ウィンがいいって言ったらな!」
「言っちゃだめ」
ウィンもその様子を面白がって、俺に乗る形で話を盛り上げていく。ラオは俺の背中から覆い被さるように乗りかかり、俺はその重さに耐えながら一歩一歩先に進んでいた。
「そうだ、一人になるなってんなら、俺らはこのまま三人でいようか。しばらくそんな時間なかったし」
「そうだね。きっかけはともかく、三人でいた方が安心だね。ところで、ザイはいつまでラオを抱えて歩くの?」
「や、そろそろ……落とす……」
「ザイも力ついたね。もう華奢とか言われないんじゃない?」
「言ってたのラオだけどな!」
俺から離れながら「そうだっけ」なんてとぼけるラオの肩を思い切り殴ってやると、当然、走る痛みを訴えてくる。何でもないような話をしながらラオの案に乗り、俺たちは明日まではラオの部屋にいようということになった。
それから数時間が経った時。部屋で三人、話をしながら落ち着いて過ごしていたが、部屋の外である音を聞いた。一言で言えば、爆発音のような音。気にしないでおこうとも思ったが、さすがに爆発音ともあると何事かと気になる。
ウィンは中において、俺とラオの二人で、そっと扉を開け、通路を見た。部屋からは見えないところで起きたようで、外に出ようとしたが。
「ザイ待って! 行っちゃダメだ!」
力強く俺の腕を引いて部屋に戻し、扉の鍵をしっかりと閉めた。ラオの顔は、真剣そのものだ。おそらく、俺が気付かなかったものに目が行ったのだろうが、俺を引き留めるラオは焦り一色だった。
「なっ、何、どうしたの?」
「……ゼスがいる」
部屋の奥の方でそれを聞いたウィンも、居ても立っても居られないといわんばかりに近寄ってきた。近くにゼスがいる。屋敷生の部屋の付近で音を発したということは、やはり誘い出すためだろう。出て行っていたら、きっと、ゼスの思いのままだ。
「音は結構大きかったし、ガネさんたちも気付いたはずだ。出るべきじゃない。もし扉を蹴破られでもしたら、俺の後ろに回れ。いいね?」
ラオの真っ直ぐな目に、俺もウィンも反論をすることができなかった。緊迫した部屋で、俺たちはひたすら静かに、部屋の外の音を聞いていた。足音だけは聞こえるが、爆発音は聞こえない。緊張感だけで、心臓がどうかなりそうだ。
「……どうにかこの部屋から出られないの?」
「隠し通路なんてないからね。あの時、ザイを誘い出すためとはいえまず俺を狙ったってことは、あいつの狙いは自ずと分かるよね。ウィンを使えば俺たちを引きずり出せるし、ザイや俺を狙えば狙い通り。となると、俺たちがすることは一つ、だろ。ザイ」
その言葉を聞いて、頷く。ここにいるより、教育師のもとに避難した方が安全だ。そのために“必要な時”、まさに今がその時だ。
すぐに来る、という言葉通り、呼ぶと反射のように瞬時に目の前に現れた。
『何だこの状況は。薫まで呼んでいるということは……』
事の状況を話し、怪異の力を借りて外に出る作戦を練った。作戦と言っても、この二人が壁にさえなって、教育師をここに呼んでくれば、何とかなると思う。
『任せろ。お前たちは我らが守ってやる』
『あいつには、しっかりと返してやらんと気がすまん。タイミングを間違えるなよ』
二人はすぐに部屋の外に走り、ゼスを視界に捕らえたようで、動きまわる音が聞こえた。
ラオの誘導で俺たちは部屋から出て、医療室に向かう。そこにいたゲランさんに事情を話すと、ガネさんとオミが音を聞きつけて医療室を離れたらしい。
音がした方向を考えて、俺たちの部屋の方を探すと、予測をつけて向かったという。それなら、すぐにあの場を見つけるだろう。
「うまく逃げてきたんだな。しばらくここにいろ、あいつらが戻ってくるまでは絶対だ」
「うん」
怪異と教育師が並ぶのであれば、きっと大丈夫だ。何とか回避にはなっただろう。けれど、ゼスが言った言葉は忘れていない。
─次は逃げないし逃さない
つまり、あいつは行動を始めたということだ。
「でも、俺たちも逃げてはいられない。ガネさんたちが戻ってきたら、俺たちも動く」
「……止めはしねぇよ。でも戻るまでは、約束だ」
いつもよりも真剣味のあるゲランさんは、固くそう言う。俺たちが頷いたのを見て、例の粒の正体を探るべく、再度机に向かった。