表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
114/172

第百十三話 黒ノ掛カル封

 

「青郡に行くのも慣れたもんだね」


『こうも移動に使われたら、覚えるだろう』


「半分以下の時間で着くからな」


 青郡に行くたびに穏慈を頼っていたことで、その速さで早々と青郡にたどり着くことができた。屋敷を離れる機会が増えたことで、以前のホゼたちの襲撃ともいえるような行為を防ぐこともでき、青郡の姿は復興に力が入っていて、大分元の姿を取り戻してきていた。その青郡の変わり方に、心底嬉しさを抱え、それを心の片隅に寄せた俺は、本来の目的を確認するために青精珀の前まで来ていた。


「穏慈、これ……」


 ホゼが無理矢理壊した部分にかかったはずの保護は、すでになかった。闇晴ノ神石が姿を消したことも、これに関係していたのだろうか。


『……見る限り、異変はこれ以外に見られない。他にあるとすれば……あいつを頼るしかないだろう』


「それ、オレのこと?」


 後ろから、俺たちに多くの面で協力してくれている男が現れた。穏慈が言う“あいつ”は、言うまでもなくギカのこと。突然声を掛けられて、驚かなかったわけではない。ただ、これから探すという手間が省けたことは素直に感謝した。


「ギカ、ちょうど良かった」


「ババがお前らを見かけたって言うから、もしかしてって思ってさ。で? 今度は何?」


 大まかな事情を伝え、青精珀の様子について尋ねる。その点に関しては、特に問題はないとの答えが返って来て、まずは一安心だ。


「お前らが言うように、確かに欠けたとこの保護は解けてるから、オレもちょうど良かったよ。お前の力を利用したい」


「もちろん」


 ギカの言おうとしていることは、俺も必要だと思っていること。

 穏慈の賛成もあり、俺はもう一度保護をかけようと手を伸ばした。どういう原理で俺がこんなことをできるのかは……〈暗黒者-デッド-〉だから、ということ以外、正直分からない。

 そして、ホゼが持ち帰った欠片をどう扱っているのか。大元を保護できれば、欠片の方にも作用する可能性もある。それで守られるのであれば、アクションがあったことにも気付くはずで、相手の妨げにもなる。


「……? あ、あれ……?」


 青精珀に触れ、以前同様の膜のようなものが張られたところで手を引こうとするが、違和感。全く離れる気配を見せなかった。


『おい、どうした』


「……離れない」


 どういうわけか、縫い付けられたようにピクリとも動かなくなってしまった。少し待ってみるが、やはり状況は変わらない。焦りを感じ始め、無理やりにでも離れようとすると、青精珀が俺を捕らえたまま強い光を放った。それは、俺の視界を奪う程の強さで、思わず瞼を閉じる。闇晴ノ神石の光にも似たそれは、俺に熱を感じさせた。


「いっ……!」


『ちっ』


 穏慈が怪異の姿に戻り、大きな体で俺の体を覆う。軽く俺の腕に噛みつくと、俺の手を縛っていた力はふと緩んだ。なおも引き抜こうとしていた俺はというと、隙間のできた穏慈の口から腕が抜け、その胴体に倒れこんだ。

 そんな穏慈は、俺に何もないことが分かると、青精珀の方に目をやり、じっと眺めていた。


「ごめん穏慈、助かっ」


『ザイヴ、屋敷に戻って〈暗黒むこう〉に行くぞ。もしかしたら、今のことがきっかけで何か変化があるかもしれん』


「えっ!?」


「……なあ、一つ聞いても良いか? お前らこのためだけに来たの? ご足労なことだな」


「ほんとにな」


 早々に目的を果たし、また新たな収穫のようなものを得た俺たちは、屋敷に戻ることになった。

 ギカがそう言うのも無理はないくらい、あっという間に用件は済んでしまった。

 そんなこんな、少しの可能性を信じて屋敷に戻る。


 ─しかしその先で、既に俺たちの敵が動き始めていた。






 屋敷に戻って来た俺たちは、まず俺たちが青郡に行ったことを知っているゲランさんとガネさんに話をしようと、二人を探した。

 医療室にいるかと思ったが、姿が見当たらない。きっと捜索を進めているのだろう。宛もなく、悠長ともとれるように歩いて探すが、早めに知らせて俺たちも屋敷の動きに手を貸さなければならない。


「ところでさ、〈暗黒〉を確認したわけじゃないのに、何でその可能性があるって思ったんだ?」


『ああいう、繋がりのあるものがあれば何となく察するさ。我の息も長い。今回はあくまでも可能性だがな』


「ふうん、そっか。便利なもんだな怪異も」


『そうでもないぞ』


 そう話す俺たちの周りはやけに静かで、不気味ささえも感じるほどだ。他の屋敷生たちは、教育師たちは、どうしているのだろうか。


「あ! ……あれ、早かったですね」


 思ったように見つからないものだと思っていたところ、少し息が上がっている様子のガネさんと鉢合わせることができた。余裕なくも、俺たちの帰還を前にして足を止めてくれたその運に甘え、立ち話にはなるが、青郡での粗方のことをガネさんの耳に届ける。


「この短時間で一瞬でも大変な目に遭ったんですね。〈暗黒〉の方にはすぐに行くんですか?」


「そのつもりだったんだけど……ラオは?」


 一応、同じ立場にいるラオには事情を説明しておきたいところだが、ガネさんの表情はその一瞬で、険しい顔に変わり黙ってしまった。


「ガネさん?」


「……それが、あの二人には僕と手分けして屋敷生の部屋一体の捜索をしてもらっていたんですが、見当たらなくなってしまって。どこで何をしているのか、分からないんです」


 屋敷は意外と広い。屋敷に住む屋敷生の部屋だって、結構な数がある。しかしガネさん含め三人で行動しているのであれば、その心配も分からなくはない。


「それから、同時に……容疑のある一人の姿も見えないんです。何もなければいいんですけど……」


「え? でも、話ではもう一人疑ってる奴がいるって」


「その子は友人と自室にいて、友人と、ラクラス教育師からも裏付けを取れています。僕の中では、奴は黒確定ですね。それが分かって、慌てて探し回っていたところです」


 先程息が上がっていたのはそのせいか、と納得する。それと同時に、俺の体の血の気が引いた。

 裏切りの容疑者とラオたち。同じタイミングで見当たらないということは、有り得ない話ではない。しかし、()()()()()というのが不安を煽る。

 一方で、薫がいるということへの安心感からか、半々の気持ちはあった。ラオが、一人で行動しているわけではないだろう。ただ、そう考える俺の横で、穏慈の顔が途端殺気立ち、俺の安心はかき消された。


『探した方が良いな。薫の妖気を辿れそうだが……()()()()()


「! 本当ですか」


『……何かあったに違いないだろう。ラオガの臭いもある。安心しろ、すぐ追える』


 薫の妖気が薄い、その言葉は一層不安を掻き立てる。穏慈の言う通り、何かあったというのであれば、〈暗黒〉に行っている場合ではない。


「穏慈、行こう! ガネさんも来てほしい!」


「言われなくても行きますよ。急いでください!」







 ─頭がガンガンと、重く脈打って、一言でいえば気持ちが悪い。

 ぼんやりとした意識の中、痛みを感じた俺は、頭を押さえて起き上がった。どうやら、意識がなかったらしい。

 周囲は薄暗く、近くに薫が見当たらない。周囲を見渡すために頭を動かすが、ぐらついてしまって手で顔を覆う。落ち着いてから再び顔を上げると、倉庫のような一室にいることに気が付いた。


「薫……?」


『何だ。いるぞ』


 声がした方にゆっくりと振り向くと、壁にもたれる形で座っている薫が目に入った。いつもの偉そうな感じは見られない。俺が起きるのを待っていた、という風でもないようだ。


「良かった……大丈夫か?」


『不覚にも、変な臭いのせいで意識がなくなってしまっていたようだ。そのせいだろうな、起きた時は怪異の体になっていた』


「臭い? そういえば俺も……」


『恐らく、魔封じだ……私の力が制御されている。人の姿をとることもやっとだったからな。お陰で行き来もできんわ』


「……今の状態から考えて、こんなことしそうなのは……黒、ってとこだな」


 耳にはしている、二人の容疑者。そのどちらかではあるだろう。俺たちを今の状態に陥れた本人が、俺たちを確認するためにやってくるはず。答えは、俺たちの目に入ってくる人物が、語ってくれるだろう。

 薫が弱っている状態では、俺も無闇に行動できない。この部屋が屋敷のどこにあたる場所なのか、それだけでも確認するために、扉を開けに行こうと体を起こしたところ、重いスライド式の扉を開けて、一人の男が入ってくる。


「よー金髪くん。そっちの奴も起きてるか」


 裏切り者として、黒を付けられている人物。顔は薄暗くはっきりしないものの、その特徴は茶髪で、垂れ目。吊り眉に、輪のピアスを複数着用している。これだけの情報があれば、報告もできるだろう。


「……何の目的で、こんなことしてんだよ」


「今はどうでもいいだろ。まだうまく動けないはずだ、ここでじっとしてろよ。あとでゆっくり殺してやる」


「!!」


 一気に悪寒が走った。力がありそうだとか、殺り手だとかいう理由じゃない。ただ単純に、その鋭く歪な言葉に、俺は只ならない恐怖を感じた。


『ふざけるなよ。貴様には聞きたいこともある、話を聞いてもらおうか』


「……立場分かってんのか?」


『生憎私は、これほどで死ぬような珠ではない。貴様の知る真迷いとこの()のことだ。吐け』


 薫がそれを言うと、ゼスは思った以上の反応を見せた。それを問われると思わなかった、というような。そんな、驚愕の表情だった。


「はあー参ったね。さすが教育師共は機転がいいな。そこまで知ってるのか。あー、だからあの赤髪の奴が書庫にいたのかなるほどな」


 赤髪の、というと、オミのことだろう。オミを襲ったのもこの男で間違いないようだ。

 薫の問いかけに教える気は毛頭ない、そう言いたげな口ぶりで、俺も立ち上がり、抵抗の意を示す。正直、はったりだ。今の状態で、まともに動けないことは俺が一番分かる。


「何、やる気?」


「……はっ。どういう意図があったにせよ、気を失わせて閉じ込めるなんて卑怯な真似する奴には負ける気はしないね」


 先程の言い方からして、今は俺たちに直接手を下すつもりはないらしいが、それでも挑発くらいしておかないと気が済まない。今の俺一人で何とかなるようなものでもないが、ザイたちが戻ってきて、俺がいないことに気付けば探すはず。

 ザイがここに来ること自体避けたいが、あいつは来る奴だ。もちろん、穏慈も一緒だろうし、薫のことを嗅ぎつけてここの特定だって簡単にしてくるはず。


「言うね、お前。だったら……そうだな」


「!?」


『貴様!』


 扉をスライドさせて、再びその部屋を閉じる。さすがに止めようとはしたけれど、間に合わなかった。加え、施錠の音が聞こえてきた。薫は動けそうにない今、この扉を壊すのはさすがに俺では無理があるだろう。


「そこで聞いとけよ。ここに来る奴らがどうなるかを」


 扉の向こうで聞こえた、明らかに楽しんでいるような口調に、不快感を覚える。それは、俺が最も想像したくないことだ。心がざわついて、冷静さすら失いそうになる。


「おい、ふざけんな! ザイを殺しでもしてみろ、俺が、お前を殺すぞ!!」


「あー怖いねー。そんなに大事か。お前の過保護さも結構なもんだな」


「……そんなことまで知ってんのかよ」


「楽しみにしてるよ」


 いよいよ腹が立ってきたが、足音で少し離れていったことを確認し、薫の様子を窺った。

 立ち上がろうとする素振りすら見せない薫は、やはりそれなりに辛いのだろう。しかし、このままじっと待っているわけにもいかない。


『私や穏慈の力を知っていて、このようなことをしたのだろうな……くそ、人間が……!』


「薫、頼む、俺たちが罠になってんだ! ここにザイたちが来たら、絶対やばい、出るの手伝え! 全力じゃなくていい、俺が合わせる!」


 鋼槍を解化させ、力の入らない手で可能な限り握る。無理をしているからか、少し気分が悪い。


『……そうか、それは私としても良い気はせん。いいだろう。その代わり、貴様の鋼槍、いつもの十倍は力を出せ』


「はは、言ったの俺だけど、結構な無茶言うね」


 〈暗黒者-デッド-〉の俺が、薫と同じ状況にいて何もないわけがない。明らかに、鋼槍から伝わる力はいつもより少ない。きっとその魔封じで、抑えられているのだろう。

 それでも、やらなければならない。そう、扉を壊そうとした時だった。外で、俺を呼ぶ声が、バタつく足音と共に微かに聞こえてきた。







「ここ!?」


『間違いない』


 鍵までかかっている。やはり、裏切り者がこんなことをしたのだろう。とりあえず、まずはラオたちを出す必要がある。薫が弱っているなら尚の事、こんな閉鎖空間に長時間籠もることは良くない。


「ラオ聞こえる!?」


 扉を大きく叩きながら、中にいるであろうラオに呼びかける。穏慈の言った通り、この中にいるようで、ラオの声で返事が聞こえてきた。


「聞こえるよ!」


「良かった、まだ無事!?」


「俺は何とか。薫はあんまり動けないみたいだけど、俺と薫で何とか扉壊すから離れて! 鍵はあいつが持ってんだ!」


 中からラオの応答があって、安心した。ラオ自身にこの頑丈そうな扉を壊そうとする元気はあるようだ。ただ、鍵をかけて閉じ込めているだけなんて……他に策があるようにも思える。俺が安心感を取り戻した横で、穏慈はまだ気にかけているようだった。


『薫、動けんのか』


「あ、ああ……魔封じか何かのせいだって、薫が。あと、本当に狙ってるのはザイだよ。俺はいいから、お前はここにいない方がいい!」


『それで妖気が薄かったのか。人間め、何をしてくれる……!』


 魔封じを用意して仕掛けるほどとは、どれほど用意周到なのだろうか。裏切り者も、いろいろ調べまわっていたらしい。つまり、穏慈のことも分かっているということだ。


「俺の心配より、今はラオだろ! ガネさんもいるし、扉はこっちで……」


 俺たち以外にない足音が、遠くから、徐々に一定の間隔で聞こえてくる。それに気付いた俺は、声を抑えて音のする方向をじっと見た。その前に立つガネさんは、すでに戦闘態勢だ。


「騒がしいと思ったら、思ったより来るの早かったな。出遅れちまったか。待ってたぜ……」


「やっぱりお前でしたね。──ゼス=ミュシー」


「最初っから疑ってきたくせに、振り回してボロを誘うなんて、性格わりーよな、あんた」


 不気味とも思える声。そしてそいつは、ガネさんたちから聞いた通り。とても(いびつ)な笑みで、俺たちを見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ