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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百十二話 黒ノ絡ミシ青ノ留メ

 

 穏慈たちに連れられて来た場所は、どう表現すればいいだろうか。確かに〈暗黒〉ではあるのに、違った雰囲気が満ち、その空間だけ分離しているかの如く、別物として成り立つ空間のように思えた。

 というのも、話を進めた通り、俺たちは〈暗黒〉を正常に保たせるための──いつか聞いた、『いずれ、切り離すものだ』という表裏の二世界の繋を断つ、その目的のための場所にいる。

 そして、〈暗黒〉が繋を断てる状態に回復した先には、俺たちに課せられた役割を果たす時が待っている。


「ここを切っても、俺たちが帰れなくなることはない、だよな」


『あぁ。間違いのないことだ。そうだな穏慈』


『心配ない』


 自信しか感じさせない怪異の会話から、多少の安心感は保てている。

 それに伴い、冷静に思考が働く余裕をもてるようになっていた。もしも、「そもそも行き来が必要ない」なんて取ってつけたような理由が、離さなければならないという、必至の理由になったとしたらと考える。

 理解はしていても、この手に託されている世界の存続に、例えようのない重圧を感じている。少しでもその重荷が取れるのであれば、と。全く、都合よく考えたくなる。


「……ザイ?」


「もっといい方法があるんじゃないかって……、また怖くなった」


 これほどの緊張を抱える者は、生きている者の中でどれほどいるだろうか。きっと、数える必要もないほどいないかもしれない。

 今は、繋を断てる状態を作るための武具、しかし、これは繋を断つための武具でもある。それを、俺たちは契約のために手にし、多くの場面で使ってきた。これほど尖る刃が鋭く感じたことはない。


『……ザイヴ、今はそう追い込むな』


「あ、そうだよな。考えすぎ……たかも」


「多分、俺も繋を断つって時が来たら怖いと思うけど、とにかく今は先を考えている場合じゃない。魔石も探さないといけないんだから」


 穏慈とラオのフォローで、俺が()、目の前にしているモノを直視する。先を見ることも確かに大切だけれども、今は、今を見る他ない。


「うん、そうだよな。……よし」


 以前にも行ったことのある、共鳴。それは、難しいことではない。二人で武具の能力を合わせ、力を元に戻そうとすることができれば、あとは武具が答えてくれる。鎌と鋼槍が交えるように持ち、ぐっと力を入れて柄を握る。

 身構える暇もなく、二つの武具は白く発光し、眩しさで瞼を下ろした。瞼の裏が赤く見える。そして脳裏には、俺たちが探しているものの姿も浮かび上がって来ていた。

 ─闇晴ノ神石。それは、輝きを保ったままだ。共鳴の輝きが落ち着き、瞼を上げると、青を交えた光が、一か所に集中していた。


「もしかして、これ……」


「ラオ、ずっとここにあったのかもしれない」


『闇晴ノ神石……間違いない』


 幸いなことに、その魔石は俺たちの目の前で姿を見せた。穏慈も薫も、意表を突かれた顔をしていて、その一方で実態を確認できたことに安堵していた。


『だとすれば、今回のお前たちの仕事はもはや簡単だろう。その状態で、断て!』


 穏慈のその言葉は、俺たちが武具を振り上げる合図となった。息を合わせ、揃った軌道で特殊な空間を断つ。いや、空を裂くと言った方が的確かもしれない。“斬る”という感覚は、全くないのだから。歪を塞いだ時と同じ色をもつ鎌は、鋼槍は、その周囲を照らした。その光は、闇晴ノ神石に力を授けるように、静かに溶け込んでいった。

 そして、僅か一瞬の間。青白い光は、〈暗黒〉すべてを照らすかのように、遠くまで伸びて、花火のように一瞬で消えていった。





......


 裏切り者の動きを掴み切れずにいる教育師たちは、警戒を高めることを目的とし、狙われる可能性のある者を一度医療室に集めた。

 やっと落ち着いた頃、本部長の策を確認するべく輪を作るように床に座った。


「ザイヴ君とラオガ君はこの状態だが、奴らが狙うとしたらこの二人だ。もしかしたら、君も加わってくる可能性もある。用心するに越したことはない」


 ルノの目は、狙われるだろう二人の友人の女性に向く。ルノの言葉が直接伝わった彼女は、きゅっと顔を硬めてしまっていた。そして、その自然魔の力を伸ばそうと励んでいるノームさんも、今この場に来てもらっている。そのウィンさんの表情を見て、緩い表情は緊迫した面持ちに変化した。


「ソムちゃんに話を聞いたときはびっくりしたわ……ホゼさんにも理由はあったんだろうけど、いくらなんでもね」


「……そうだな。ま、今はホゼよりも、裏切り者の動きが目立ち始めているんだ、そう急いでホゼの居場所を探さなくてもいーだろうな。な? 本部長さんよ」


「ああ……警戒は解けないがな。ただ、今までひっそりとしていた者が急に目立っているんだ。ゲランの言い分に反論はない。で? ガネが絞った奴は?」


「さぁ、全員に書庫には近づかないように言っているし、オミからは何も聞きませんね」


 どういう意図があってのことかはっきりとしないことも理由の一つだが、証拠がないことには、追い出したり処罰を下したりすることもできない。口を割らせるのが早いが、軽々しく応じるとは思えない。

 とにもかくにも、僕が今挙げているゼス君とエスカ君に対しては、警戒しておく必要がある。うまく誘導して、ボロを出してくれればこちらとしてもやりやすいが、迂闊に近づくと、それだけで蓋をされてしまいかねない。駆け引きが重要となってくるはずだ。


「ガネが書庫に来た時に、ゼス=ミュシーが来たくらいだろう。あれからは、私も書庫には行っていないからな。ただ、施錠はしてきている。もし書庫の利用があれば、鍵の持ち出しが確認できるはずだ」


「なるほど。そういうことなら、僕たちは引き続き捜索にあたりましょうか」


 絞った二人の内、どちらかが黒だと僕は認識している。いや、僕の中では、ほぼ断定ができている。しかし、決め手となるものがないため、未だ泳いでいる状態だ。すでに数日間続いているこの状況は、僕たち屋敷側からすれば、正直な話、良くはない。

 この曖昧な時に動き始めたら、僕たちの行動にも遅れが出る。


「捜索の間は、私たちはなるべくここにいた方がいい?」


「いや。ただ、この状態の二人を守ってやる存在が必要だ。すでに数日間この状態だろう。向こうで何をしているのかは分からないが、ゲラン一人じゃ怖い」


「俺ぁ医療担当だぞ。莫刀(イノーマスナイフ)だってあるぜ」


「戦のできる医療担当ですか。流行りませんよそんなタグ」


「とにかく、ゲランに任せきりにするのも良くない。事情はどうあれ、怪異のうろつく場所にいる彼らは危険なことをしている。万が一の時は必ず報告をしろ。手が空いた者で、教育師や屋敷生たちと共に裏切り者を固める。行動をうまく制御してやれ。じっくりやることだ」


 ルノの言うことには納得がいく。事実、彼らは長い時間眠ったままだ。これまで、こんなに眠っていることもなかっただろう。それを確認して、少々の不安こそ持ったが、誰かが必ず見ておく、という指示と、裏切り者の特定に向けての行動をとることの決定で、自身に任せられる動きを全うできそうだ。

 その場にいる者たちで、まず僕が医療室に残ることを決定し、ある程度の役割を決めてから、屋敷中に散らばって行った。





 ─全く、奴らのあの察し力には驚かされてばかりだ。現に、動きにくい状態に着々と追い込まれている。おそらく、すでに裏切り者の正体は特にあのガネ教育師にはほぼ断定までされているはずだ。だからこそ、こんな地味な追い込みをしてきているのだろうから。

 指示を出しているのは高確率で、あの本部長だ。一度本部に戻っていた期間が好機(チャンス)だったが、たったの三日で戻って来た。そしてもう一つ、ガネ教育師の機転でほとんど策を進められずにいる。初めに動きを封じた方が動きやすいだろうか。

 

 この判断で、オレの立場は更に変化していく。あの青郡でのこと以降、ホゼからの連絡もない。まさか、死んだということもないだろう。


 ─いずれにせよ、オレが請けた仕事は変わらない。






 ......


『……ソウカ、神石ハソコニアッタノダナ』


 無事に仕事を終え、吟の元で報告をする。闇晴ノ神石に与えた影響がどのようなものかは、見た通り。それが、〈暗黒〉を安定させてくれることを願う。


『魔石の光は伝わって行ったはずだが、吟。どうだ』


『アア……在処ガワカッタコトデ……私モ、把握ガシヤスクナッタ。キット……キット、正常ヲ取リ戻シタハズダ……』


 吟は僅かに微笑みを見せた。もとが不思議で揺らめく存在である吟のその表情に、どこか儚さを感じる。その傍にいる秀蛾や顔擬の姿は、先程とほとんど変わった様子はない。ただ、悪くなっている様子もない。吟の言葉の通り、怪異たちに起こる現象が食い止められれば、俺たちの行動にも意味がある。

 しかし、青郡にある青精珀のことも気がかりだ。ホゼが砕き、欠けてしまったあの部分に掛けた保護は、まだ保たれているのだろうか。あれのせいでこちら側に影響があったとするならば、青精珀にも手を加えた方が、解決には近づくだろう。


「秀蛾……どう? 大丈夫?」


『ひいは、いまは、だいじょうぶだよ……でっど、ありがとう。らくになった、きがする』


 秀蛾が言うには、崩れていく感覚はすでになくなったという。他の怪異もそうだといいが、今はどの怪異も伏せていることだろう。穏慈や薫が平気であることが、不自然にさえ思えてしまう。


『タダ……神石ハ暴走スルコトモアリ得ル……ソチラニアルトイウ魔石ハ、今以上ニ損壊サセヌヨウ……頼ム』


「じゃあ、青郡に行って確認しないと。ギカに聞くのが早いだろうし、すぐに何とかなるなら、その場で解決する。吟、ありがとう」


『私モ……礼ヲ言ウ……。ヒトツダケ、忠告ダ。オ前ノ血……モハヤ、歯止メハ効カヌ』


「え? 血……手当てしてもらってるから見えないのに……」


『オ前カラ感ジ取レル気ハ、以前よりも増大シテイル……私ニハ、ワカル』


 吟の言う、“覚悟”。何度も言うように、俺が抱える最終目的だ。怪異と共にいる時間も、俺が()()()()いられる時間も、確実に減ってきている。それを吟に言われるということは、目を逸らすことの許されない現実が、間違いなく迫っているということ。緊張感を再度もつ俺を横に、ラオは何と声を掛けようかと悩んでいるのか、口元に手を当てて、俺から目を逸らした。


『……ザイヴ、ラオガ。青郡に行くぞ』


「え? あ、ああ……。ザイ、行こう」


 ラオがやっと放った言葉は、アーバンアングランドへ帰るための一言。それを聞いた秀蛾は、俺たちに『しんじてるよ』と残し、顔を伏せた。体力的にも消耗しただろう、その言葉に、俺たちは何も返すことはなかった。

 関わったことで抱える、“助けたい”という気持ち。それは間違いなく、俺自身のもの。今回の〈暗黒〉での役目を果たした俺たちは、アーバンアングランドに戻った。



 ......


 〈暗黒〉から戻って来た俺たちを出迎えたのは、ゲランさんとガネさんだった。状況が分からないまま話を聞くと、どうやら俺たちは、約二日間眠り続けていたようで、屋敷内にも動きがあったようだ。ルノさんが屋敷に戻って来た代わりに、屋敷長は不在。そして、裏切り者の目星がつきかけていること。そして、アーバンアングランドに待つ先のこと。ガネさんの口から多くの情報を聞かされたが、冷静に聞くには少々難しい話ばかりだった。


『凄まじい情報量だな』


「俺、頭保つかな……ていうかアーバンアングランドが闇にって……何の予言だよ」


「まあ鵜呑みにはしませんが、君たちの存在はどうしても大きいようですね。それより、そちらは解決したんですか?」


 そう尋ねるガネさんに、穏慈が事の事情を話す。それを聞き入れたガネさんは、俺たちのこれからの行動を指示してくれた。俺と穏慈が青郡へ、ラオと薫は屋敷内で教育師に手を貸して欲しいというもの。


「今、僕たちは裏切り者のボロを誘えないかと徐々に追い詰めていっています。手を分け、ラオ君にはそれを頼みたいんです。〈暗黒者-デッド-〉が固まっていると、敵の目もつきやすくなります。誘い出すことを考えればそれでいいですが、ウィンさんへの危険も否めません。それで対応を頼めますか?」


「ガネ、いつもより余裕ねーな」


「余計な一言、限りなく邪魔です。出て行ってください」


「……ここ俺の管理室なんだけど。お前も不安ってわけだ」


「ふざけないでくだ……触るな!!」


 ガネさんのその態度は、いつものことだと言えばそうだが、普段通りではない。ゲランさんが悪戯に背中を叩くが、それをあしらう姿にも、乱暴さが窺える。ゲランさんが相手だから、ということを差し引いても、ガネさんらしいとは言えなかった。


「はいはい。じゃ、よろしく頼むぞ。ラオガ、さっそく良いか」


「じゃあザイ、気を付けて」


「分かった。ラオもね」


 そんな状態を目にしながらも、俺たちは、俺たちが任されたことを全うしなければならない。青郡の方を任される俺は、すぐにでも青郡に向かおうと、穏慈に声を掛けた。


『そういうわけだ。薫、頼むぞ』


『お前の方もな』


 穏慈がいるため、早いうちに戻って来ることはできるだろうが、裏切り者の動きは俺もかなり気になるところだ。教育師に任せきりになることも申し訳ない。可能な限り早く戻って来ることを伝え、すぐに部屋を医療室を後にした。




▽ ▲ ▽ ▲


 ザイと穏慈が、青精珀の状態を確認するために青郡に向かった。青郡の方で何かあっても、穏慈がいるし何とかなるだろう。 問題は屋敷側だ。人の動きを読み切れていない今、油断は大敵。しかし、〈暗黒〉でひと騒動あった後で、そうずっと気を張り続けられるわけもなく、集中力も少し削がれてきていた。


「薫、どうだ?」


『確かに落ち着かんな。しかし話から標的は把握した。私が察知する限り、内一人は黒で間違いないだろう。聞いた策の通り、ボロを誘うのが手っ取り早いだろうな』


 ガネさんとゲランさんの話では、疑いのかかっている者をマークし、追い詰める。あわよくば、知っている情報を聞き出そうという。俺たちがいない間に、思ったよりも多くのことが明るみになったようで、その仕事ぶりに尊敬を覚えている。


「んー……でも慎重にいけよ」


『無論だ』


 穏慈が目立ちやすいが、何だかんだで薫の鼻も利く。むしろ、嗅覚は薫が勝るらしい。

 とにかく、少しでも確定づけるものを出せれば良い。その後のことは、教育師に任せても良いだろう。


『ラオガ、……臭うぞ』


「え? 俺? 失礼な」


『ああ!? 何の話だ。後ろだ……』


 薫の突拍子もない発言に、適当に返した俺も悪いかもしれない。しかし、薫にとって最大の武器である嗅覚を用いた判断は、紛らわしい言葉そのものだ。


「うっ……!?」


『ちっ、何……!』


 気持ち悪い臭いがする。鼻につく、痛いほどの臭い。加えて、重く鈍い痛感が、後頭部に響いている。倒れた拍子に体を打つが、庇う余裕はない。直後、見えたその男の姿はぼんやりとした視界が捉えたものの、曖昧な情報しか入って来ない。俺の意識は、そのまましばらく失せた。




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