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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百九話 黒ノ色ガ示ス解放

 

 流血の色とそれの意味。穏慈の口から聞く前に、ウィンが弾かれるように触れなかったことを見た時点で、何となく予想ができていた。しかし、予想はできていても、事実として受け止めたくはない。

 唖然としてその血を眺めている中、ラオは怒りを前面に剥き出し、実の兄に鋼槍を向けて、何度も屋敷から出て行けと怒鳴り散らしていたが、それに応じてくれる男ではなかった。

 ラオに「手を出すな」と言われ、俺もウィンもその言葉の通りにその場から動かないようにしているが、ラオ一人が前に立っていることに、俺がじっとしていられるわけもない。しかし、それを止めるのは、俺が喚んだ怪異だった。


『あの魔族の時と相違なく。我々は入っていくべきではない』


 俺の傷の具合を見ながら、俺がラオのもとに行かないように、監視しているような目を向けた。それに反抗しようとも思わない。ラオがこれ以上傷つかず、ガントが屋敷を出て行ってくれるなら、俺はここで見守る他ない。


「はあっ、はぁ……」


「ちっ、てめ……んでそんな必死になってんだよ……!」


 しかし、見る限りラオの体はすでにぼろぼろで、息も上がり見ていて苦しくなる。“殺さない”と約束したからか、動きを抑制しているようにも見える。しかし、その目は殺意そのもので、いつそのタガが外れてもおかしくはないだろう。

 一方のガントも、思う通りにならないためか、ラオに対して苛立ちを感じているようで、ナイフを振る手をほとんど止めない。

 その腕には、先程ラオが鋼槍で貫いてできた大きな傷があるにも関わらず、その血を振りまきながら、ひたすらに。


「ラオ、もう……」


 そんな二人の攻防は、徐々に見るに堪えなくなってきて、俺の体は動かずとも、口だけはラオに向かって言葉を発していた。


「……俺は、こいつを……絶対に屋敷に入れたくなかったんだ、こんな戦い、俺だって嫌だよ……!」


「今更言うかぁ?」


「てめぇに分かるかよ! 自分勝手で、犠牲をなんとも思わねーやつに、今俺がどれだけ苦しいか、分かるわけねーよ!」


 ラオの言葉からは、悔しさ、怒り、迷い、多くの感情が読み取れる。ラオの動きも、先程と比べてブレてきていた。恐らく、自分の中での葛藤が表れたもの。

 思う以上の騒ぎになってしまっていることで、他の屋敷生が遠巻きにこちらの様子を見ていたり、この状態を目にして逃げていったりと、周囲にとってもあまりよくはない現状に陥っている。

 この場の危機的状況からも、きっと教育師に報告がいっているはず。しばらくしたら、駆けつけてくるだろう。


「頼むから、出て行けよ!!」


「苦しいなら尚更だぁ。甘いぜ、ラオガ」


「ガントさん聞いて!」


「あ?」


 そこに口で入っていったのは、隣で立つウィンだった。手が震えている、今の二人の修羅場のような場に入っていくのには、相当な勇気というものが必要なはずだ。その恐怖にも似た緊張を打ち破って、ウィンは歩みを一歩進めた。


「ガントさんは、ラオを死なせたいの? 苦しめたいから、こんなことをするの!?」


「……あぁ。苦しんで足掻いてもらわなきゃあ、オレだけ苦しんで終わるなんて許さねーよ」


「ラオを傷つけて失って、得るものがあるの!? あの事件で失くしたものは何だったの!?」


 それを聞いたガントの目は、ウィンを捉えて見開いた。震えながらに届いた言葉は、同じ過ちの繰り返し、というものを示唆するもの。事件で友人を失くして、何か崩壊したものがあったのだろう。だからこそ、思い通りにならない世が受け入れられず。その結果、ガントは家族から離され、そのやり方しか分からないままに、ここまで来てしまった。

 それはあまりにも悲しい経緯で、誰か正せる者が現れていたら、こうはならなかったのかもしれないと考えると、不憫に思える。


「私だって、光郡で育った一人だよ。事件と、ラオを傷つけて憂さ晴らしなんて、無意味で虚しいだけだよ!!」


 ウィンの言葉を聞いていたガントに、離れていても分かる隙ができた。その隙に、ラオは確実に槍を彼の首を捉える。鋭いさばきと、不安な眼。感情の制御が、正常に働いていないのだろう。


「だから……んだよ……。てめえだけダチと一緒にいやがって……! ラオガじゃねえ、てめえの周りがてめえを失って苦しめばいいだろーが! それとも、その逆がいいかあ!!?」


 制御ができていないのはガントも同様で、ウィンの言葉でスイッチが入ったように、荒げた声で狂ったように口を裂いて叫んだ。

 それは、ラオに対する嫉妬。自分の立場の後悔、虚無。混ざり合う負の感情が、ガントを駆り立てていたことに他ならない。


『……生きるものは皆何かを抱え、それを全うして生ける。お前が弱かっただけの話だ。手を引け、それ以上我らが世の主に手を出せば、黙ってはおらんぞ』


「主……? どーいうことだよ」


 穏慈が不意に漏らしたその言葉に、当然ガントは引っかかった。ナイフを持ったその手は、すでに力なく下がっていて、利き手と逆の手でラオに掴みかかろうとするも、ラオはそれを避けてガントを思い切り蹴った。

 それに次ぐように、ウィンの自然魔の強い光が再度武具に纏わりついてくる。


アーバンアングランド(この世)を直接的に支えているのは、この二人だ』


 その言葉は、ガントには届くも意味までは分かるはずもない。何を言っているんだ、と言わんばかりに不審な顔を見せる。しかし、その異様にも似た武具の姿に、足を一歩一歩引いていった。


「……てめーの言い分は分かった。でもな、俺だって、俺の周りを傷付けたてめーを許せねぇよ」


 ただ、ガントだけではない。俺たちだって、自分の負担を一人で背負うことになるのが怖いだけ。重いものは抱えられないと、決めつけているだけだ。


「……あっそ。で? どうしようってんだ!?」


「ウィン下がって!!」


 ガントは立っているウィンを目掛けて、下ろしたナイフを投げ飛ばそうとする。すぐにウィンを庇いに動くが、ラオも一瞬で鋼槍を使ってナイフを払い落とし、そのまま手を貫いた。


「! ラオ、槍を抜いて!」


 その手からは当然、衝撃に比例した血液が流れ出る。ナイフを手放し、堪えたのか、ガントはその場に座り込んだ。ウィンの言葉に沿い、鋼槍の刃をガントから引き抜くと、そのまま鋼槍を封化させた。


「二度と屋敷に来るな。今度こそ、これで終わりにしろ。そうすれば、お互い様ってことで納得してやる」


 傷つけあって、自分にできた傷は、拭えない。そして、傷つけた痕も、また然り。それがどのような相手であれ、まして血縁であれば、尚更だ。

 ガントがラオを見上げるようにして顔を上げ、諦めていないのか口角を上げたところに、後方から足音と声が聞こえてくる。それは複数の教育師のもので、俺たちが怪我をしていることを確認すると、すぐにガントに寄って行った。


「屋敷訪問者、および屋敷生の怪我を確認。訪問者は直ちに立ち去りなさい!」


 そう言う教育師の声は聞こえていたのか、どうなのかは分からない。ふらふらと立ち上がろうとするガントの手は、真っ赤に染まっていた。それに対して、ラオはどこか悲しそうな顔で、ガント足の立つまでその腕を支えていた。


「許せないことに変わりはねぇ。だからせめて、俺が目を瞑れる間に、出て行け」


 教育師に囲まれながら、ガントはそれ以上の抵抗をせず玄関方面へ向かった。それを追うように、教育師もその姿を小さくしていく。

 残ったラオの手には、ガントの血がついていた。



『……良いのか』


「……屋敷から出てくれたんだ。だからって、何度も言うけどあいつを許すことはない。今は、それだけでいいんだ。いつか更生してくれたら、それが一番いいと思う」


 ガントが滴らせながら行った通路を眺めながら、体の至るところからの出血が認められるラオは細々と言う。その身が気にかかり、俺もウィンもラオに駆け寄った。


「ラオ、怪我の手当て……わっ!」


「ラオ!」


 しかし、俺たちの目の前で、ラオの体は傾いた。ウィンが咄嗟に手を出していたが、抱えきれないだろうと、俺も受け止める。それをさらに補うように、穏慈がラオの体を支えた。

 ラオにとって、相当なストレスになってしまったことは、本人に聞くまでもないだろう。少し心配になりながら、ラオを医療室に運んだ。







 医療室に着き、すぐにラオの怪我を見てもらうためにベッドに寝かせ、ゲランさんの手で手当てを施してもらっている間、俺はウィンと並んでラオを見守る。穏慈は、そんな俺たちの横で腕を組んで立っていた。


「あとは少し休めば大丈夫だろ」


 ゲランさんの言葉に安堵しながらも、精神的なダメージを受けたに違いなく、その点弱らないのかと心配になった。


「まあ、安心しろって。そんなヤワな奴じゃねぇだろ。ところでよ、ザイヴ。それ……血か?」


「え? あ……」


 そうだ、自分の傷のことなどすでに頭から飛んでいたが、俺の傷口から浮き出るようにある透明色の血液は、ゲランさんのことも驚かせた。


「ザイ、体は何ともないの?」


「うん、特に……。でも、ごめん、気分悪くなってない?」


「ちょっとびっくりしたけど、大丈夫だよ」


 穏慈曰く、俺の血液ということに変わりはないため、ウィンの自然魔で循環を整えれば治りも早まるだろうと、ウィンの力を少しだけ借りることにした。俺自身は初めて自然魔を受けるが、何とも言えない不思議な感じが身を包んだ。その後、ゲランさんの手により、消毒薬の塗布などの物理的な処置を受けた。


「さすがに俺もそんなの見たことねーな……」


『……時間がない』


「時間だと?」


『ザイヴには簡単に言ったが、この色は覚醒の副反応の一つだ。ラオガの方にはまだ見られんが、近々起こり得るだろう』


 その言葉が聞こえたのか、目をゆっくりと開いたラオは、頭を押さえながら起き上がり、俺を見た。それに気付いた俺も、ラオに視線を合わせる。

 お互い、〈暗黒者-デッド-〉の片割れで、もともと一つの存在のものが、俺たちに分裂してある。そのために、俺たち二人の協力が必要になった時だってあった。

 そして、どちらかが命を落とせば、この存在は生きている方の元に溶け込み、一つの力としてその者につく。それも、穏慈の口から聞いたことだ。言うだけであれば簡単だが、それに関して、俺たちは恐怖を抱いている。

 ─一方の死は、その存在の消滅に近いものという見解を持ったから。


「ザイ、死んじゃだめだからな」


「そのまま返すよ。それより、具合は……?」


「大丈夫。あいつのことでショックを受け続けてても意味ないから。本題に戻らないといけないし、ザイのことも気になるしね」


 すっかり調子は切り替わっているようで、殺伐とした雰囲気は綺麗さっぱりなくなっていた。俺たちに向ける表情は、いつも通りだ。


「……あの顔のラオ怖かったから怒らないでね」


「えっ、ウィン引かないで。怒らない」


「ちょっと興味あんだけど。詳しく」


『そんな余裕もなかろう。現状は』


 それもそうだと、俺たちが別件で動いていた間にあったことを、ゲランさんはひとつひとつ話してくれた。それに対応している教育師たちも多く、屋敷長も現在ルノさんが戻っている本部に向かったという。

 そういうことであれば、これから俺たちができることは絞られてくる。


『……手が空いているのであれば、我々に力を貸してくれんか』


「もちろん」


 俺もラオも、〈暗黒〉のことを気にしていないはずもなく、裏切り者の捜索はガネさんたちに任せて、俺たちはその異変を確認するために、意識を闇に投じることにした。



 ......


 ─〈暗黒〉の空気が、やはりどこかおかしい。見た目はいつも通り、反して、怪異たちの姿が見えない。穏慈はザイヴに喚ばれてしまって、今はいない。先程までは、いろいろと知恵を出していたものだ。


『……闇雲ではあるが、探してみるか』


 何もせずして、気付けば多くの怪異が死しているなどという場は、さすがに私も見たくはない。これもあのホゼという人間の愚かさからの結果なのか。できることならば、動ける私や穏慈で、解決の糸口だけでも掴みたいものだ。

 つくづく人間は分からぬが──それは怪異にも言えることやも知れぬ。



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