第百六話 黒ノ未知ト既知ノ境
俺の鎌と、ラオの鋼槍、さらにウィンの玉石までもが光り出す。それを見たガントは、目を見開いて驚いていた。もちろんそれは、ガントに限ったことではない。しかし、俺たちの力、もとい、〈暗黒〉のことを知らないガントに、今起きている目の前のことを理解することは難しいだろう。
「何だ……それ……」
俺が驚いたのは、ウィンの自然魔も反応しているということに対してだ。これまで、俺とラオや、武具同士がそうなったことはあるが、〈暗黒〉と直接関わりのないウィンの力が入ってくることは、欠片も考えていないことだったのだから。
「ウィン、何で……」
「わ、分かんない……。でも自然の力が強まってる……」
ウィン自身にも理解ができないそれは、引き続き輝きを放ち、武具を包んでいた。その武具を片手に、ラオはぐっと手に力を込めてガントを睨み付けた。
「ねえラオ、……抑えて」
「分かってる。でも、止めんなよ。俺本気だからな」
ラオが本気だというのは、言われなくても分かるほど殺気立つその気と、表情が語っている。それは、俺たちの知らない顔。そして俺の鎌は、その気の高まりが安易には抑えられないということを証明している。
「はっ、前とは違うってか。殺すってんならやってみな!」
「てめえは人の話を聞くってこと覚えろ!」
俺とウィンは、どうするべきだろうか。いや、兄弟の問題は、ルデとシンマの時と同様に、どうしようもないのかもしれない。あの二人の中に入ることで、ラオが傷ついてしまうかもしれないと、思った。
「ザイ……どうしよう……」
「俺も頭と体が同じラインに立ってないよ……ぐちゃぐちゃだ……」
殺さない努力はしているのだろうが、ガントに斬りかかるラオを見ていると、止めたくて仕方がない。でも、足を動かすことは、できなかった。
俺の横では、ウィンが玉石を両手で包み込んでいた。鎌と玉石は、未だ輝き、それはゆらゆらと動き始めた。もちろん、鋼槍も例外ではない。
ガントとラオは、俺たちが近くにいることに構わず、恐らくお互いが本気だ。これまでに見たことのないラオの細い目が怖くて、直視することはできなかった。
「ラオ……っ」
胸元の玉石を握りしめながら、その行く末を静かに見守ろうとしているウィンの手元は、相変わらず輝きを保っている。俺の鎌も、同様だった。
同様、とはいったものの、ウィンのそれが共鳴を意味するものという断言はできない。
「っはぁ!」
「ぐっ!」
ウィンの玉石に気を取られている一瞬で、ラオの手は見えることなく、ガントの腹を思いきり殴っていた。鋼槍は左手に握られていて、ラオは律儀に、俺との約束を守ってくれていた。殴られたガントは、打ち所が悪かったのか、床に伏せて悶えている。
「ラオ聞いて! ウィンの石が光ったままなんだ!」
「……ウィンの?」
くるりと振り返ったラオの目は、やはり瞬間的に俺の背筋を思わず伸ばさせる。その目が、心を通して見ているのは、ガントだろう。
「……あ、あのさ……」
俺が言葉を続けられずにいることに気付いたのか、はっと我に返ったらしいラオは、今度は俺たちをしっかり見て、ウィンに近寄った。
「見せて。……ウィンのは自然魔だから、この場の空気の流れにも反応したのかもしれないね。ガントしか見えてなかった、ごめん」
「ううん、無理ないよ。でも、善処するって言葉、守ってくれてるの分かるから」
誰しもが、弱点なりトラウマなりをもっているものだ。そんな対象が目の前に、面白半分で現れればそれは本人にとって何とも言えない苦痛となるだろう。友人が助けを求めるならば、俺は迷わず力を貸せる。
「……結構しつこいんだけど、ガントを追い出すの……手伝ってくれ」
「……もちろん」
「私も手伝うよ」
ラオの少し穏やかさを取り戻した顔を見て、俺もウィンも安心した。ラオの力に添うべく、ラオが向ける視線の先に目をやる。その男は殴られた腹を抑えながら立っていて、なおも動じない。むしろ大歓迎だと言わんばかりに、嫌な笑みを浮かべていた。
「やってくれんじゃねーの。ラオガ、てめぇもあんな目できたんだな……」
「もう、終わらせる……警師のところに帰してやるよ」
そして、ウィンの玉石の光は、周囲に広がっていき、しばらく場を包んだ。
△ ▼ △ ▼
会議室にて、ホゼのことなどを本部員に伝えた後、俺は通常仕事を行う自室で溜まった仕事を片付けていた。屋敷で怪しい動きをしているやつの報告は、ある程度届いている。そこから絞れないかと、その報告書を捜索していた。
「本部長、やっぱりまた屋敷に行くんですか」
「あぁ。今回のことは本部も協力しないと埒が明かない。屋敷がひとつ墜ちれば、存在意義が台無しだ」
「……書類は拝見しました。解決に専念して、屋敷を守りましょう」
本部員は、本当に良い仕事をする。俺の急な報告書類にも順応し、職務を全うしてくれるから、俺も安心して行動することができている。
ある程度の仕事が片付いたら、すぐにでも屋敷に行こう。
屋敷には有能な教育師が揃っていることだ。早ければ、真相に行き着こうとしていてもおかしくはない。
そうなれば、屋敷は裏切り者の処罰に取りかかるはずで、また面倒な争いが起きることも想定できる。
「片付けないといけない仕事は全部済ませる。全部持って来てくれ」
「はい」
報告書を見るも、特別目立った動きをしているような記述はない。この報告書だって、教育師の偏見で送られてきているものもあるため、判別は難しい。しかし、その中でもホゼと関わりのあった者を取り挙げるだけでも、限られてくるはずだ。そう考えた俺はひとり、様々な思考を巡らせながら一枚一枚の書類に目を通す。
そのうちに、員の者がいくつか追加書類を持ってきた。
△ ▼ △ ▼
「五人を集めた方が早いです。一ヶ所に呼びましょう」
絞りこんだ五人を直接調べた方が早い。そう結論づけた僕は、さっそく呼び出すために、教育師二人には内部通信を掛ける。口を割るかどうかは確証がないが、裏切りがあるなら、早急に特定するべく動かなければ。これ以上自由に泳がせておくわけにもいかない。
「……よし、屋敷生の三人には担当教育師に連絡をつけてやる。早い方がいいのは違いない」
ゲランの協力も交え、僕たちは空いている座学室に来るように指示を出す。疑いのある屋敷生を呼び出したいという旨を担当教育師に知らせると、案外すぐに行動に移してくれたというのは助かった。
あまりぞろぞろと行くのも気が引けるということで、僕一人で、五人を呼び出した座学室に足を運んだ。
しばらくして、その五人はある程度同時に目の前に現れた。
その顔触れを確認し、緊張感漂う中、口を開く。
「すみませんが、単刀直入に言って、皆さんは屋敷を裏切っている可能性があると疑われています。その上で話を聞いてください」
無意味に時間を取る必要もないため、呼び出した主な理由を断って、事情をすべて話した。その対応から、教育師はひとまずこの場を去らせても問題はないと判断し、屋敷生の三人を残した。
じっと立っていると集中力も切れてしまいやすいことを配慮し、話をしやすいように椅子に座るよう促すと、屋敷生たちは全員僕の言葉に従って、恐る恐る座った。
「君たちが知ってることなど、あるのならすべて吐いてもらいます。いいですね」
「……そういうことなら、分かりました。協力します」
「ありがとうございます。早速ですけれど、ここ最近で異変を感じたことはありませんか?」
その投げかけに対して、三人は顔を見合わせながら考えていた。そこまで考え込まなければ分からないのであれば、この質問は後回しでもいいかもしれない。そう考え、僕は質問を“気になること”に変えた。
すると、ホゼの動きに不信感を抱き、何が目的なのか、どうして屋敷を敵に回したのかと、一人の男─エスカ=ドリーという細身の屋敷生─が尋ねてきた。ザイ君たちのことに触れない程度に省きながら、分かっている中で必要な点を伝えると、その男は顔をしかめて俯いた。
その横で、少し筋肉質な男─僕のもつ応用クラスの一人、ジェック=マグ─も、以前ホゼが連れていたヤブと泰のことを気にして聞いてきたが、あの二人はもういない。それが彼らを安心させたのか、少しだけ表情の硬さが無くなった。
しかし、残る一人の、両耳にピアスをはめている男─僕のクラスではない応用生、ゼス=ミュシー─は、二人に比べて挙動不審で、落ち着きがない。
「何か、ありますか?」
追い詰める言い方をする必要はないと、様子を気にかけながら尋ねるが、「何でもない」とだけ返され、ほとんど口を利いてはくれなかった。
どこか、心を読まれないようにしているのではないかと、僕に思わせた。完全に思い込むのは、今の時点では危険だが、屋敷生の中では、今のところの話を聞く限り、最も怪しいという判断に至ったのは、最後に話しかけた男だった。
今、僕の目的は、屋敷を裏切っている者、加えホゼに協力している者がいないかどうかを突き止めること。
今からある程度の話は聞いていかないといけない。屋敷生には申し訳ないが、しばらくこの時間に付き合うよう頼むと、それに対しては三人とも快い返事をした。
「まず、全てではなくともホゼがこちらの行動を分かっているような動きがありました。これは他の者にも聞いているんですが、君たちの知恵も借りても良いですか?」
多少のハッタリを入れつつ、三人の様子の変化がないかを観察するために尋ねる。特に表情が変わる者はいないが──
「……どこかで見てる、とかですか……? 教育師もたくさん死んだんですよね……? それ以上は、よく分からないです」
「小魔ってやつ使ってたりするんじゃないでしょうか……おれもよく知らないですけど」
「それもあるだろうけど、勘が良いってのもあるんじゃねーッスか? あの人基本クラス持ってたけど頭キレるし」
一人の男の、一瞬の含みある態度を見逃すほど勿体無いことはない。この質問だけで、僕の中では少し絞り込むことができていた。
しかし、それからもいくつかホゼに関わる質問を投げかけたが、しっかり収拾がついているとはいえなかった。
「おれは本当に知らないですよ! 毎日講技にも出てるし、常に友だちといるし……」
「何度も聞きました。では、一つはっきりと、隠さず答えてください。ここ最近で、書庫に行った人は?」
「俺はよく行きますよ……ガネ教育師の講技について行かないといけないし、ザイヴにも指摘されたし」
ジェック君の言い分には、納得ができた。以前の講技の中で、ザイ君に剣の振り方について一部気になると名を挙げられていたのは、僕もよく覚えている。
「他には?」
「……オレもそういう意味でなら使ったッスよ」
また、この男は他人に乗るような回答だ。僕の中では怪しさだけが募っていく。ここから先は一人ずつ話を聞くべきだと考え、書庫には全く行かないと言うエスカ君は、友人から聞いてもらえれば確実だと自信をもって言っていたため、この場は帰した。ジェック君とゼス君に対し、二人の距離をある程度とってから、順に話を聞いた。
「勉強熱心なんですね? どんな本を読んでいたんです?」
その質問は、両者全く変えることなく投げかけた。二人とも、自分が知りたいことを知るためだと、書庫を利用するにはもっともな理由で返してきた。この回答だけでは、何とも判断できない。
「ではしばらく、書庫の出入りは全面的に禁止にします。書庫はオミが使いますので、協力してください」
「……分かりました」
「は……っ了解ー」
オミが使用するかは分からない。しかし、ホゼが暴れたおかげで壊れている本棚もあり、使用を制限する理由にはなる。
「時間を取らせましたね、ありがとうございました。戻っていいですよ」
そう言うと、二人とも素直に座学室を出て行った。ただ、気になったのは、僕の投げかけに対する答えだけではない。
「……誰も傷付かなければいいんですけど……ね」
鋭く長細い形の、彼の目。そして、最初の問いに答えた、あの直前の僅かな口角の動き。確信をもてないからといって、このまま放置することはできない。何か手を打たなければ。
そう考えると、自然と、ルノの早い帰りを期待していた。
─ある男は、陰で笑う。人が追い始めるその姿を知る上で。その足をくじかせてやろうと。
灰色を身に纏う男は考える。一人の策による、場の崩壊を阻止するために。
そして、特殊な武具をもつ少年と、自然を司る少女は、一人の来訪者による友人の崩壊を阻止するために、その手を力を発揮し始める。