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暗黒と少年  作者: みんとす。
第四章 拓(ヒラキ)ノ章
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第百三話 黒ノ恨ミシ血縁

 

「俺は……てめぇを許せねぇ。何でここにいんだよ」


 その、いつもとは全く違うラオの口調には驚かざるを得ない。表情は見えないけれど、ラオが、確実に目の前の相手に対する敵意をもっていることは分かる。ガネさんは、黙ってそれを聞いていた。


「つれねーな。折角再会したのに」


 一目瞭然の険悪さだ。ラオの握られる拳に、血管が浮き出、震える程の力が入っている。肩も震え、その気すらもただならないものだった。


「ラオ、大丈夫……?」


「……無理。ごめん、ザイ。屋敷に来る前……」


 そっとラオに声をかけると、何とも言えない声が返ってきた。

 ラオの言う“屋敷に来る前”。あの頃のことは、よく覚えている。ラオの体につく傷が絶えず、「転んだ」といういかにも子どもらしい理由を、何度も述べられいたことも。

 そういえば、都市分裂の事件の話をルノさんがした時に、ラオは「嫌な思い出の始まり」と言っていたことを、何となく思い出した。


 と、そこまで考えた時。ガネさんが口を開いた。


「まさか……兄弟、ですか?」


「え!?」


 言われてみれば、目の色や髪の感じ、眉の形など、少し似ている。俺たちをじっと見て鼻で笑い、その問いに、そいつはさらりと答えた。


「あぁそうだ。オレはガント=ビス。こいつの兄だ。もう何年も会ってねぇなぁ」


 それはそれで、今のラオは何年も会っていない兄に対する態度とは思えない。次いで出るラオの言葉で、更に頭が混乱した。


「ふざけんな。誰が会いたかったかよ。俺はあの時、……二度と目の前に現れるなっててめぇに言ったはずだ! その目だって、首元だって、間違いなく刺してやった! 殺すつもりでやった奴が、何で今になってのうのうと出てきやがった!」


「えっ!? ラオ、それ、本当なの……? だってそれ、殺人未遂……」


「自分を……母さんを守るにはそうするしかなかった! それくらい……深刻な虐待を受けてたんだよ!」


 ラオの口から放たれたのは、ガントと名乗るラオの兄から虐待を受けていたということ。それから解放されるために、ガントを刺し殺そうとしたということ。今のラオでは、考えもできないようなことだった。それに、ラオのあの時の傷の正体。それは、当時の俺が想像もしないものだった。


「正当防衛とやらで、裁かれる対象にはならなかったんだよな。反面オレのことは明るみに出ちまったわけだし」


「虐待って……何でそんなこと」


「憂さ晴らしだよ。都市分裂の事件前に仲良かったダチは巻き込まれて死んじまったし。オレの思い通りにならねーことだらけだったからな」


 悪びれる様子もなく、ただその事実を受け入れて開き直っている。ラオや自身の親を傷つけていたことを、何とも思っていないような、そんな感じだった。


「……そういえばラオガ。耳の穴、まだ治ってねーのか?」


 冷たい笑みで、ラオに近づく。それに対して、ラオは身構えた。その腕を振り上げて拳を振るうが、その腕はガントに捕まれた。空いた手がラオの横髪を引っ張り上げ、左耳が露わになる。そこには、ずっとつけられている灰色の被せものがある。俺も毎日のように見ているものだ。


「いっ……! 離せ!」


「はーん、まだなわけね。つーか治んねーか、結構でかかったもんなぁ」


「っこの、くそやろ……!!」


 何の気なしに見ていたが、その下には深い傷が隠れていたのだ。その事実を知った上でその被せものを見ると、あの杭の傷よりも、何倍も痛々しく感じた。

 いつもと違って、怒りのあまりか顔が歪んでいるラオを、これ以上見ていられなかった。


「離せよ!」


 ガントとラオの間に入り、ラオを庇う。すると、自然とラオを掴んでいた手は離れ、俺を冷たい目で見下ろしていた。それで屈する俺ではないが、この時、俺はラオに言われていたことなど忘れていた。


「ザイっ……来んなって言っ……!」


 言い終わらないうちに、俺はガントに思いきり殴られ、ラオの方に倒れた。運悪く目の下を殴られたため、骨が盛り上がったように重く痛み、目を開けることも難しかった。


「ザイ!」


「ザイ君!」


 ガントの様子を窺っていたのだろうが、離れて見ていたガネさんも、慌てて俺たちの横に来た。痛みのせいで擦りたくもなるが、ラオは触らないようにと俺の手を避けさせた。


「っ……痛ぇえ……っ」


「大丈夫!? 目、目は? 開く!?」


 鈍い感じがする。痛む部位は熱を持ち、衝撃で腫れていることを、状態の見えない俺にも知らせてくる。

 こんな暴力を、ラオは毎日受けていたんだろうか。何とか目を開こうとするが、涙目で視界ははっきりとしなかった。自分では上げているつもりの瞼も、あまり上がってはいないようだ。


「……ラオガのダチ? へえ、今まで知らねーでいたのかよ」


「黙れ、絶対許さねぇからな!」


 痛みを堪えながら何とか体勢を持ち直し、次第に涙が止まったものの、ラオは相変わらず俺の心配をしている。

 その顔は先程までとは違って、いつもの、優しい顔だった。


「ザイ、何で出てきたんだよ。分かってたから注意しといたのに……」


「見てられなくて……。ごめん」


 ラオが俺やウィンに過保護なのは。ラオ自身が年上から痛い思いをさせられていたからかと、納得する。傷付かせたくないから、ラオはいつまでも優しいのだろう。


「そうやって人を傷つけて、楽しいですか」


「あ?」


 俺の状態が落ち着いたのを見たガネさんが、俺たちを庇うように前に立っていた。口出しをしないでいたガネさんだったが、この人もまた、人から受ける暴力に傷ついて罪を負った人だ。きっと、この状況が気に入らないに違いない。


「人を傷つけて憂さ晴らしですか? 虫酸が走りますね。人は道具でも人形でもない。平気で人が人を傷つけることに……何とも思わないんですか」


「何、お前にオレの何が分かるんだ?」


「何で僕がお前の境遇に共感しないといけないんですか? お前のことを分かろうなんて塵ほども思いません。でも、人を傷つけたってどうにもなりません。いい大人になっても厭わないのであれば、それは勝手では済まされない問題です」


 ホゼがそうであるように。身勝手な都合で、武力をもって制圧、操縦しようとする者。そんなやり方で人を傷つけたら、それだけ自分に返ってくるもの。その自覚があるのかないのか分からないけれど、ガントの行動は許されない。


「ガネさん、もういい。……ガント、今は忠告だけする。今すぐ屋敷を出て行け」


 それでも、この場を荒げないようにと、ラオは身を引くために、俺の背中を押して歩いた。ガネさんも、それに続く。


「そう焦るなよ……。こうした再会、楽しもうじゃねぇの」


 ラオの言葉を無視したその答えに、俺は、並みならぬ恐怖を見たような、そんな感じがした。



 戻るついでに頬の手当をしようと医療室に向かいながら、ガネさんはラオを酷く心配していた。勿論俺もそうだけど、同じような痛みを知っているガネさんは、放っておけなかったんだろう。

 ラオが深呼吸をして、俺に笑いかける。それが無理矢理なものだってことは、分からないわけがない。


「まだ痛む?」


「凄く鈍い音しましたからね……どうです?」


「釣り上がった感じはあるけど、大丈夫。それより、ラオ……」


「あいつは、自分中心に生きてた。まさかここに来るなんて、俺もびっくりしたよ」


 さっきの狂気は感じられない顔。どうしても、それに甘えそうになる。未だ屋敷内にいるガント=ビスは、きっと、またラオの前に現れるはず。その時、ラオはどうするのだろうか。






 そんな話をしているうちに、医療室に着いた。扉を開けて中を確認するとノームさんも起きていて、ウィンがその横にいた。ウィンの循環を使って、癒している最中だろう。


「ちょうどいいとこに来たな。ノームが起きたばっかだ。……つかその頬、赤えのどうしたよ」


「あーいや……何でもない、ちょっとしくじっちゃって」


 近くに来いと言われ、ゲランさんに具合を見てもらい、「しばらく冷やせ」と言ってしっかりと冷却されたタオルを手渡された。じんわりと鈍い部分に当てると、程よい冷たさが気持ち良い。


「嬢ちゃん、終わったか」


「はい、良いです」


 ウィンのそれが終わり、オミとノームさんの身に起きたことを、それぞれ聞くために俺たちは二人の方に注目する。


「よし、じゃあルノタードとソム以外揃ってんな。話を……」


「お、ちょうど良かったみたいだ。話を聞こうか」


 本当に良いタイミングで、ルノさんとソムさんが二人で医療室に戻って来た。ソムさんは、屋敷長に事の流れをある程度話し、オミに起きたことが分かるかもしれないと、書庫を少し探っていたという。特別なものは何も出てこず、戻ろうとしたところでルノさんと合流し、そのままここに来たという半日ほどの流れを聞いた。


「なるほど。ありがとうございました。取りあえず二人の話を聞きましょうか」


 内部の動きや、ホゼの動き。それによる被害を受けた二人。彼らは、それを語り始める。



 ......


 ザイヴに一人になりたいからと、〈暗黒〉に戻るよう促され、たまにはと我は素直に戻って来ている。こうして見ると、この闇の世は妙味に乏しい。あまり空いてもいない腹を満たすために、妖気の渦を喰いに行った。体内に妖気を取り入れているうちに、少し前に(ダン)が死んだことを、やはり不審に思えて仕方がなくなった。すぐに吟に尋ねようと行動に移し、見つけて聞いてみると。


『確カニ、不自然ナ死ニカタダガ……灘ハ殺サレタワケデハナイ……』


『……寿命だった、と? あの裂かれた体は不自然にも程がある。それに、顔擬や秀蛾も見当たらぬ。深火もだ』


 あれから少し〈暗黒〉を離れただけなのに、こうも見当たらなくなるとは。やり取りをしている薫と吟は、変わらずすぐに見つけることができるものなのに、他の怪異に至ってはその姿すら捉えにくくなっていた。


『何モ、オキヌトヨイガ……』


 こんな時に、ザイヴたちは何かしらの問題に直面している。いつもいつも、タイミングが悪いことこの上ない。


『全く……次から次へと……』


 しかし、この事態。ただでは済まぬ気がしてならん。少なくとも、我はそう思う。



 ......


「あの時……ホゼはいきなり斬りかかってきたの。とてもじゃないけど、避けきれなかった。大きな渦のような、そんな感じの」


 ノームさんが見たもの。それを聞いたゲランさんは、すぐに何を示すか分かったようだった。以前、ホゼが屋敷を襲撃した時にゲランさんが警戒していた、厄介な能力ちからだと言う。それがまさか、教育師を一気に殺してしまうほどのものだったとは、目の前で見たことがないだけに想像しかできないが、恐ろしい。


「でも、私だけでも戻れて良かった」


「うん……残念だったけど。ノームが無事で、ほんとに良かった」


 ソムさんは、戻ってくることのできたノームさんの、申し訳程度に笑った顔を見て、涙を浮かべていた。何度も、「良かった」と言葉を繰り返している。


「も〜泣かないでよソムちゃん。それより、ホゼって本当にどういうつもりなの?」


「まだ分かりません。ただ、青精珀を狙いにいった事実からして、どういう手を用いてもおかしくはありませんね」


「大量虐殺とかにならないといいけどな……。あいつ……ガントだって、もしかしたら……」


 そう言うラオの目は、不安と怒りに表れていた。ラオは今ホゼどころではないだろう。まずはガントを何とかしなければならない。もちろん、俺はラオに加担するつもりではある。ラオの様子からして、ガントのことに関わると暴走しかねないだろう。ラオが理性を失わないように、今回は俺がラオを助けなければならない。


「な、内部の動きのこともあるから……。一回落ち着いてよ、ラオ……」


 俺を見るラオの目は、どこか俺を見ていないようにも思える。きっと、頭と心がいっぱいいっぱいになっているのだろう。ラオの額を数回叩いても、ぼーっとする目は変わらない。思い切って目元で思い切り手を叩いた。


「わっ!」


「おい、俺の声聞こえてる? 落ち着けって言ってんの」


 改めて俺の目を映した澄んだ緑色の目は、先程まで忘れられていた瞬きで何度か見え隠れする。ラオの意識がはっきりと戻って来てから、もう一度、同じことをラオに言った。


「……ごめん。そうだな、色んなことが起きてるんだから……うまく立ち回らないとね」


 外部からの訪れと、内部からの音擦れ。荒くねじ曲がる環境は、俺たちの心を惑わし、揺らそうとする。

 掛け合わさったそれぞれの行動が俺たちにもたらそうとしているものは、きっと、ただでは解決に導いてはくれないだろう。


 ラオが落ち着いたところで、今度はオミの話を聞くことにした。



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