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龍×琥オーヴァードライヴ  作者: 南紀和沙
第一章「佩剣衝星」
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佩剣衝星 四

 建国節――今年も、その日がやってきた。

 正月にも劣らぬ、めでたい日だ。誰も彼も、浮かれてそわそわしている。

 街角には美しい燈籠が掛けられ、めでたい紅色の布があちこちに引かれている。火が随所で焚かれ、竹がくべられる。竹は熱せられると弾けて、大きな音を立てる。いわゆる爆竹だ。それが街のあちこちで行われ、火花が散り、破裂音に皆がはしゃぐ。


 王宮でも宴が設けられていた。前庭に宴席が広々と設けられている。大臣、将軍、身分ある武官文官が列席を許され、それぞれの席に座している。

「峰国の守護神と呼ばれた、我が父王が――」

 国王が、高く作られた壇上から祝辞を述べられる。神を祭るときと違い、文言が決まっているわけではない。国王自身が考え、我々に向けられるお言葉だ。

「――今日、この日を迎えることができて、予は嬉しく思う」

 酒の注がれた杯を、かざす。

「建国の女神と、我が祖たる龍の血に感謝を! 人々に幸あらんことを!」

 乾杯が行われ、人々は酒と馳走で心身を満たし、神祇祖霊(じんぎそれい)に感謝する。

 やがて酔いが回ってくると、人々は自分の座を離れて、それぞれ望む場所に固まり始めた。宴席は床に座すようになっているので、それがやりやすい。半ば無礼講だ。

 王もそれを咎める気配はない。この国ではこれが当たり前なのだ。王は壇上で酒を飲み、気になった者を呼び寄せては話をさせている。

「ねーえ、玉髄(ギョクズイ)様。お話いたしません?」

「玉髄様」

「玉髄様ってばぁ!」

 美しく着飾った女たちが、玉髄に群がり始めた。白い肌、ぽってりと塗った口紅、匂やかな指が、男を花芯とした華を創り出す。恋に飢えた男なら、誰もが憧れるであろう光景だ。

 しかし玉髄は違った。心底うざったそうに眉をひそめただけだ。

「よう、玉髄。呑んでるか?」

 剛鋭(ゴウエイ)の声に、玉髄が顔を上げる。女たちもいっせいに剛鋭を振り返る。女たちの目は、剛鋭が遠慮するのを期待している。玉髄は助けを求めるように、迷惑そうな表情を隠さない。

「……先日のことで、話がある。あちらで話そう。ほかの連中も待っている」

 剛鋭は玉髄の方の意を汲んだ。武官同士の話となれば、着飾った女たちに出番はない。女たちはしぶしぶ玉髄から離れていく。花が散るようだった。

 玉髄は剛鋭に従い、別の席に移動する。

「将軍、助かりました」

「よかったのか?」

「いいんです。俺の顔が、家系図にしか見えない連中ですから」

 玉髄の返答に、剛鋭が苦笑する。

 玉髄の実家――虹家は、峰国でも屈指の名門である。史書によれば、初代国王の弟が虹氏の姓を頂き、始祖となったらしい。つまり、建国の時より続く歴史ある家系なのだ。

「お前も騎龍になれればよかったな。その女嫌いは、騎龍向きだ」

「……そうかも、しれませんね」

 騎龍は、結婚しないのが慣例だ。騎龍である剛鋭も、名門出身でいい歳なのだが妻はいない。ほかの騎龍たちもたいていはそうだ。

「ま、呑め。建国七公の子孫がそれじゃ、盛り上がらねぇ」

 剛鋭は玉髄に杯を渡し、酒を注いだ。


「陛下!」

 宴もたけなわ、国王の座す壇の前に、平伏した者がいる。風体からすると方士、それも琥師(こし)の老人だった。

「このめでたき日と王家の繁栄を寿ぎ、この右弟(ウテイ)、陛下に差し上げたいものがございます!」

 老人特有のしゃがれ声で、右弟と名乗った琥師は奏上した。

 何だ何だと、人々の視線が集まる。酒をあおっていた剛鋭が手を止め、玉髄に囁く。

「あのジジイは?」

「たしか、如意派(にょいは)の琥師ですよ」

「如意派?」

「宮廷琥師の最大勢力は、九陽門ですが……それと異なる派閥の琥師もいます。たしか如意派は、規制反対派ですよ」

「なるほど。献上品で陛下のご機嫌を取ろうってか」

 老琥師が合図すると、前庭の門が開いた。琥師の弟子たちだろうか、数名の方士風の若者が何かを()いて入ってくる。

 オオオッと、ざわめきが起こった。

 それは巨大な虎だった。

 否、虎ではない。黄色い体に黒い縞は虎そのものだが、立った姿は大人でも見上げるほど高い。顔には毛が少なく、どこか人間じみている。額には金色の光を放つ割符――琥符(こふ)が貼りついている。

馬腹(バフク)、という妖魅でございます。西部の山中で捕獲し、調教いたしました」

 見た目は虎だが、大人しい。首輪からは三本の鎖が伸びているが、それを持つ手を離しても暴れ出しそうにない。

「でっかー……」

 玉髄は思わず感嘆した。妖魅を操ることにはよい印象を持っていないが、「すごい」と思ったことは素直に認める。それが玉髄の若さだった。

「ケッ、バケモン操って得意になるなんざ、ロクなこたぁねえ」

 剛鋭は苦々しげに吐き捨てた。

「いかがです、陛下?」

 老人琥師が胸を張った。

「それを、予に?」

 壇上の国王が団扇(だんせん)で口元を隠す。見張った目だけが見える。

「このようなものを意のままにしていると知らば、悪しき者も諸外国も、陛下をあなどることはございませんでしょーォ!」

 琥師の得意げな奏上は続く。宴席の一部から、冷ややかな視線を受けているとも知らずに。

 そのとき、琥師の動きが止まった。

「お、おお、オ?」

「……何だ?」

 様子がおかしい。シワだらけの顔に血管が浮かび上がり、目がだんだん虚ろになっていく。そのまま白目を剥いて、老人はばったりと倒れた。

「先生!?」

「どうした!?」

 宴席にどよめきが走る。

「おい、何があった?」

「どうも、病気の発作か何かみたいですね。生きてはいますが……助からないでしょう」

 玉髄は目をこらし、老人の気を視る。濁った老人の気が、かなり弱くなっている。

「チッ、早く運び出せ。これだから琥師は……」

 剛鋭が文句とともに杯に口をつけようとしたとき――。

 突如、馬腹が咆哮した。その声は泣き喚く赤子のようだ。首を左右に振って暴れ出す。鎖を持っていた若者らがまず弾き飛ばされた。そのまま馬腹は、倒れた老人琥師に喰らいつき、丸ごと呑み込んでしまう。

「きゃああああ――ッ!!」

 絹を裂くような女たちの悲鳴が上がる。それが混乱の幕開けだった。高官たちも安全を求めて、我先にと逃げ出す。

「押さえろ! 早く!!」

 警護の近衛兵らが、馬腹の鎖に取り付いた。しかし妖魅の力は人の想像を超えるもの。首を振っただけで兵の体が浮き上がり、次々と弾き飛ばされる。

 押さえる者が途絶えると、馬腹の視線が壇上――国王・晃耀(コウヨウ)に向いた。

「我が君――ッ!」

 玉髄だ。席を蹴って飛び出す。馬腹の尾に取りついた。馬腹は凄まじい力で尾を振り回し、玉髄も左右に引きずられる。

「うおッ!?」

「キャアアッ!」

 ついに引き剥がされ、玉髄は壇上、国王のすぐそばに飛ばされた。

「いつつ……」

「ぎ、玉髄……!」

「我が君、お逃げください!」

 玉髄は晃耀をかばうように立つ。

 晃耀は明らかに震えていた。周囲に控える女官たちも半分気を失ったようになっており、役に立たない。近衛兵たちも、勇ましい者は真っ先に馬腹にやられ、残った者も腰が抜けたようになっている。

(剣はない。やるしかない!)

 帯剣はしていない。玉髄は頭に手をやった。髪をまとめた冠の簪を引き抜く。硬い翡翠でできた簪だ。同時にぐっと奥歯を噛み締める。抜いた簪を、横にくわえた。

 馬腹が、まだこちらを敵と見なしている。うなり、前足で床を掻く。赤子が泣きわめくような声とともに、飛びかかってきた。

「喰らえッ!」

 玉髄は口の簪を抜き、馬腹の爪をかいくぐり、その目に突き刺した。肉が破ける厭な感覚がする。一瞬のことだった。

 玉髄は追い討ちをかけるように、馬腹の顔に唾を吐きかけた。唾液には血が混じっている。そう、玉髄は口の中の肉を噛み、みずから出血させたのだ。それを簪に塗りつけ、馬腹を迎撃した。

 馬腹が苦悶の叫びを上げた。顔を引っかきむしりながらのけぞる。

「俺の血に抗えるバケモノはいねぇ!」

 玉髄の血――それが、彼の「辟邪(へきじゃ)」という称号のもと。彼の血には、生まれながらにして「邪を()ける」力がある。虹家の血統は皆そうらしい。その血を塗った、同じく魔除けの宝玉・翡翠の簪だ。もはや馬腹は、致死量の毒を打たれたようなものだった。

「おい、剣を貸せ! 我が君を非難させろ!」

 馬腹は顔を引っかくように悶えている。そのあいだに、玉髄は近衛兵や女官らを叱咤する。腰抜けの近衛兵から剣をなかば奪い取り、構えようとして――。

「玉髄、うしろ!」

 馬腹の体が、ぐるりと半回転した。長い尾が、玉髄を襲う。払おうとした右腕に絡みつき、そのまま壇上から引きずり落とす。そのまま凄まじい力で引き上げられた。

「うおっ……ちょッ!」

 受身を取るひまもなく、玉髄は庭の石像に叩きつけられた。獅子を模した像が砕ける。そのまま尾からは解放され、床に落下する。玉髄の右腕に激痛が走った。

「う……っく――」

 玉髄は息を詰まらせた。全身が痛む。腕が動かせない。骨が外れたか折れたか。

 赤ん坊の鳴き声がする。馬腹が、玉髄に狙いを定めている。

(動けない……!)

 誰か助けてくれ――そう思ったとき。

「来い! 我が龍よ!」

 低い雷撃のような声が、あたりに響き渡った。紅い光がほとばしり、馬腹の体が何かに引きずり倒される。

(シュ)将軍!」

 剛鋭の龍が、現出していた。鱗も眼も血紅色をした龍が、馬腹を押さえ込んでいる。馬腹よりはるかに大きな蛇体が、馬腹に巻きつき、文字通りねじ伏せている。

「玉髄、生きてるか!?」

「お、かげさまで……痛ッ」

「動かすな、折れてるぞ」

 動けぬ馬腹の横をすり抜け、剛鋭が玉髄の様子を見る。命だけは大丈夫そうだと見て、剛鋭は馬腹に向き直った。

「噛み殺してやりてぇが、血で王宮を穢すのももったいねえ!」

 剛鋭の獅子吼(ししく)が、宴席を貫く。

「陛下! こいつを灰も残さず焼き殺しますが、かまいませんねッ!?」

「我が君、お赦しを! でなければ、朱将軍は掟破りとなってしまいます!」

 腕と胴の痛みをこらえ、玉髄は叫んだ。

 騎龍は、その龍を現出させる場所や条件が厳しく制限されている。王宮内などもってのほかだ。しかしいまは火急のとき。王の赦しがあれば、咎めを逃れられる。

「ゆ……赦す。そいつ、早く何とかしてぇ!」

 晃耀は両手で頭を抱え、おばけを怖がる子供のように怒鳴った。

 剛鋭がニヤリと笑い、そして片手を高く掲げた。龍がそれに応え、もがく馬腹を抱き込んだまま、空に昇る。

「玉髄」

「はい」

 玉髄は全神経を眼に集中させた。霊気の大きさから二頭の高さを見定める。記憶の中にある剛鋭の龍のクセと照合させる。そして龍が十分な高さまで昇ったとき――。

「十分です、将軍!」

「ようし!」

 剛鋭が掲げた手首を回す。

 龍が一気に馬腹から離れた。馬腹は空中で回転しながら放り出される。

「残骸も残さず、吹き飛べやぁッ!!」

 剛鋭の咆哮が、龍のそれと重なった。

 真紅の霊気が龍を取り巻き、瞬時に彈に変わる。馬腹に殺到する。上から下から左右から、肉を弾き飛ばし焼き尽くす。高さを十分に取っているので、残り火も燃え尽きて、大気の中に消える。

 空中で燃え尽き、その火も消える光景。

 狼煙より不思議な火花が、空を焦がした。

初出:2010年庚寅10月17日

掲載:2015年乙未11月27日

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