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龍×琥オーヴァードライヴ  作者: 南紀和沙
第四章「白石蒼苔」
18/26

白石蒼苔 一

 一晩中馬に揺られていたが、不思議と疲れはなかった。この馬の姿をした妖魅は、乗る者への負担も少ないらしい。

 朝日が、右頬を温め始める。街道を走り、林を抜け、田畑の続く道をひたすらに走る。

「待て。一角(イッカク)、止めてくれ」

 田園の中に、小さな集落が見えてきた。と、夜光(ヤコウ)が一角に馬を止めさせる。

「お師匠様、どうかしましたか?」

「あの村……何か、悪い予感がする」

「俺が見てきましょう」

 玉髄(ギョクズイ)は馬から下りた。

 ありふれた農村だった。この時期は、日の出とともに農作業が始まるはずだ。

 しかし、村の雰囲気はそんなのどかなものではなかった。村のはずれで人々が騒いでいるようだ。

 玉髄は、ふと家の軒先に座る幼子に目を止めた。寂しそうな顔で、膝を抱えている。

「何かあったのか?」

 幼い少女は、一瞬おびえたようにみじろぐ。 

「旅の者だ。警戒しなくていい」

 玉髄はできるかぎり優しく微笑む。その品のある顔に安心したのか、少女は村の外れを指さした。

「あすこに、この村のお墓があるの」

 どうやらそちらで村人たちが騒いでいるらしい。けれども葬式などではなさそうだ。

「墓荒らしでも出たのか」

「うん……お供えだけじゃなくってね、ムクロまで取られたんだって」

 供物や副葬品目当ての盗賊は、そう珍しい話ではない。しかし(むくろ)、すなわち死体まで持ち去られたとなると、まるで屍を喰う妖魅の仕業だ。

「おかーさんのムクロも取られたって……」

 玉髄は眉を寄せた。

「何してるんだい、家にお入り」

 その時、老婆がやってきて少女を屋内にやる。老婆は怪訝そうな目で玉髄を見たが、彼の整った顔立ちに警戒心はすぐに解けたようだ。

「あんた、旅人かい?」

「ああ。墓荒らしが出たそうだな。誰の墓だ?」

(ハク)さんとこの嫁さんだよ。病気でコロッと逝っちまってね。でも埋めて三日も経たずに……もう可愛そうで可愛そうで」

「領主には訴えたのか?」

「訴えたところでどうにもなんないよ……人死にが出てるわけじゃないし」

「だが、墓荒らしは立派な泥棒だ。領主には捕まえる義務があるだろう」

「あんた! 大きな声じゃ言えないけどねぇ」

 老婆はわざとらしく声をひそめ、顔を近づける。

「ここ最近、墓が荒らされるのはよくあることなんだよ。骸まで取ってっちまう。でも領主に訴えたってダメさ。何せ、犯人と領主様が繋がってるらしいんだよぉ」

「何だと!?」

「しー! 声が大きいよ!」

「もっと、話してくれないか」

 玉髄の真剣さに気圧されつつも、老婆は口軽く話してくれた。

「いや、噂なんだけどさぁ……士山(シザン)の西側に変な方士どもが居ついて、領主様に取り入って、死体あさりを黙認させてるらしーのさぁ」

「その噂、どこで聞いた?」

「さぁ誰だったかねぇ。でも、このあたりじゃ皆噂してるさ。士山に近づく奴ぁ、いやしなくなったらしいし。やっぱ英雄の血統ったってさ、子孫になると腐っちまうもんなのかねぇ」

 玉髄は、全身がざわつくのを感じた。一瞬――この血を流しているおのれの体が、忌まわしいものであるかのように錯覚していた。

 青河(セイガ)は、このことを知っているのか。

(いや、さすがの祖母様もそこまで外れてはいないはずだ)

 こんなことが領内で行われ、悪い噂が出ていると知れば、烈火のごとく怒るだろう。

(だが、祖母様は……)

 彼女はよくも悪くも無頓着な性格なのだ。いくら女傑と呼ばれようと、苛烈な武人というだけ。決して統治者として優秀なわけではない。彼女が気にしているのは、戦争の有無と荘園の収穫量くらいだ。領地内で広がる噂は、取り巻きが伝えるものくらいしか聞かないだろう。

(取り巻き連中は、悪い噂は告げねーだろうしな)

 そして、彼女が知らないことは――王都にいる玉髄も知らなかった。そう思うと、腹の底から怒りがわきあがる。

「話してくれたこと、感謝する」

 玉髄は腰の剣を取った。青河の取り巻きから奪ったものだ。柄の端は環状になっており、そこに金色の(よう)――揺れるように作った装飾具がついている。

 玉髄は無造作に、その揺を取った。黄金でできたそれを、老婆に渡す。

「少ないが、これで死者たちを慰めてやってくれ」

「ひ、ひえっ!」

 突然金を渡されて、老婆は枯れ木のような手を震わせた。


「そうか……墓荒らしが」

 ふたたび、三人は馬を走らせていた。その道中、玉髄は見たことをそのまま夜光に告げた。

 玉髄は恥じていた。自分の領地で起こっていることを、まったく知らなかった。

(俺は……俺は虹家当主になる意味を知らなかった)

 騎龍になりたくてなれなかった虚しさを埋めるだけの毎日を過ごしていた。それだけで当主の重責を担ったつもりになって、愚痴を零していた。

 現実は、もっと重いものだったのに。

阿藍(アラン)の、仕業でしょうか」

「そうかもしれない。あやつの術を見ていると、な」

 夜光の答えに、玉髄の表情が沈む。

「我々を襲った人妖……玉髄君は、気付いているか?」

「ええ。奴らには、生気がありません」

「生気がない? 玉髄、どゆこと?」

「気を視てわかったんだけど、あれは生者じゃない。信じられないけど、動く死者なんだ」

「おそらく、死体を加工して術をかけ、動くようにした人形だ」

 馬蹄の音が、ひときわ高く響いた。

「人形……そう言えば、阿藍もアレを『人形。辟邪の力は効かない』と言っていました」

「もとは人だからな。妖魅退治の血は作用しないのだろう」

 無言が三人を支配する。

「玉髄君。士山は本来、虹家の墓だそうだな」

「……はい」

 夜光の言わんとするところを、玉髄は察していた。

 阿藍は、この近隣の墓を荒らしている。ならば、根城とする士山にある墓に手を出していないことがあるだろうか。いや、出しているだろう。

「確かめるか?」

「……はい!」

 玉髄はしっかりとうなずいた。

(何が起こっているのか、俺の目で確かめる!)

 峻嶮な山の頂が、視界に入り始めた。


 士山の南側に到着した。三人は馬から下りる。一角が術を解くと、駿馬は琥符に戻った。

 そのまま玉髄らは、徒歩で士山に入った。

「虹家の墓があるのは、こっちです」

 玉髄の案内で、山を登る。しばらくして塀のようなものが見えてきた。虹家の墓を守る塀だ。

 三人は慎重に、内外の気配を探った。人はいないようだ。

「よし」

 塀を超えるのには苦労しなかった。そのまま墓の入口に向かう。

 入口と言っても、普段は土で埋めてある。死者の棺を納めるときのみ、掘り返して入口を作るのだ。

 しかし――いまそこは、ぽっかり口を開けていた。

「……やられて、いるな」

「中を、確かめます」

「ああ。一角、中を照らせるか?」

「はい」

 一角がまた別の琥符から、小さな炎を呼び出した。松明も何もないのに、空中で揺れる不思議な火だ。

 墓の中は、冷たく重い空気が淀んでいた。天井が低い横道が続く。そこを抜けると、かなりの広さがある室に出た。棺が多数納められている。

 どれもぴったりと蓋が閉じられている。土埃が積もり、開けられた形跡もない。

 そう、それでいいはずだった。

「蓋が開いてる!」

 玉髄が声を上げた。いちばん端に置かれた、まだそう古くない棺。その蓋だけが、横にずれている。

「……失礼、いたします」

 玉髄は棺に向かって拱手し、棺の蓋を完全に開いた。

「……な、い……」

 呆然としたつぶやきが、土壁に吸い込まれる。

 玉髄の中で張り詰めていたものが、切れた。へたり、と床に座り込む。

「ない……父さんが、いない……!」

 棺の縁に手をかけ、うなだれる。表情は誰にも見えないが、声が絶望に沈んでいた。

「何で、何でだ。形見の刀も、玉龍(ぎょくりゅう)もない……!」

 中身がなくなっている棺――それは、玉髄の父、虹玉仙(コウギョクズイ)のものだった。中には亡骸はおろか、ともに埋葬した品までなくなっているようだった。曲刀、玉龍――どちらも、優秀な騎龍であった玉仙が、その命を預けたものだ。

「玉髄……」

「玉髄君、気を確かに持つんだ」

「くそお!」

 二人の琥師の言葉も聞こえぬように、玉髄は床を殴りつけた。

「阿藍、絶対に許さねえ! 一族を侮辱した罪、絶対に償わせてやる!」

 怒りの声が、まるで死者を起こさんがばかりに、墓の中にこだました。

初出:2010年庚寅10月17日

掲載:2016年丙申01月02日

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