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一級珈琲師神谷の最高傑作  作者: みたらし男子
5/16

バー・ミニッツ襲撃事件4

どーも、みたらしです。


………謎だ…。


少し削った筈なのに、何故か長くなりました、五杯目です。

一体…どうしてなんだろう…(遠い目)


それはさておき改編回もいよいよ大詰めになりました。

「長かったな。やっとかよ」って?

そうなんですよ。やっと人並みの領域に片足突っ込んだみたらしですよ。


それでは、どうぞ。

○●○●○●○●○●○眠れぬ夜の再会●○●○●○●○●○●


●●●紅 一茶●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●


凍えそうな寒空の下、俺は色々と決心を迫られていた。


目の前には不機嫌そうにむっつりと黙って、恨んでいる相手を睨み殺す強く冷たい視線を俺に投げ掛けてくる金髪の怖ーい女の子が立っている。


…………………………………………。


悲しい事に、これから俺はこのとっても怒っていらっしゃるお嬢さんと停戦協定並びに作戦協力を取り付けなければならないのだ。


ふと金髪少女と視線がかち合った。


肌が痛いくらい強い殺気が伝わってくる。


思わず身震いした。



―――――全く、冗談じゃない。



俺は断頭台に登らされる死刑囚の気分を味わった。


女の子はついさっきまでメールを打つのに使っていたスマートフォンをポケットにしまい、拳銃片手にそっぽを向いた。


………はぁ………。


ほんの少しだけではあるが俺は気が楽になった。


………って、安心してる場合じゃねぇ。


話し掛けるなら今しかない。


俺はなけなしの気力を振り絞り、恐怖の体現者に話し掛けた。


「…おい……………」


「(ピクッ)………………」


「……おい………!」


「………………」


…あれ……?全然反応しねぇ………。まさか、聞こえてねぇのか………?


「…おいってば……!」


「あーもうっ!!アンタさっきからうっさいわね!?捕虜なら捕虜らしく縮こまって情けなく死にたくないとか言ってピーピー泣いてなさいよ!?」


「……こんな事してる場合じゃねぇんだよ………っ!!」


「はぁ……?」


「いたたたたたたっ!?おい、バカ!!いてーっつの!!」


お怒りの金髪はゴリリと銃口をこめかみに痛い程押し付けてくる。


その時のこの女の顔を分かりやすく簡単に例えるなら般若の形相である。


威圧感たっぷりだ。


これ、当事者なら大人でも泣くぞ……!?


今のこの女なら口調さえどうにかすれば、マフィアのボスの嫁さんと言っても誰も疑わないだろう。


それも、相当ヤバい方の……。


もうやだ、この女!!マジでおっかねぇー!!



―――――それは、いっそ清々しい程に。



と言うか向こうが言わずとも、いっそこちらから泣いてやりたくなる程に。


もしここから生きて還ったとしても、女性恐怖症になっていないか真面目に心配になってきた。


捕まった直後のちょっとした拷問で身体中が酷く痛むが、今はそんな事に意識を割いてやれる余裕はない。


「………あんた……………」


「……………?」


「…あんたは……Cの関係者か…?」


今俺が言ったCと言うのは上司が任された極秘作戦のコードネームで、アマンダさん曰くその目的は“神谷と言う珈琲師を暗殺する事”らしい。


彼女はそれを阻止すべく、自分の部下である俺に狙撃命令を出した。


それがこの遠距離からの狙撃ミッション。


俺の潜伏場所はCの関係者は勿論の事、アマンダさん以外には誰にも知らせていない。


しかし、俺は金髪の美少女に襲撃を受け、抵抗する暇も無く呆気なく捕まってしまった。


折角敵である俺を捕まえたと言うのにスマートフォンを使ったり俺を睨み付けたりするだけで、決して俺を殺す様な素振りは見せない。


…………ったく………何なんだよ一体……。


初めはそう思っていた。だが。


C作戦を遂行するつもりなら、わざわざ危険分子である俺なんかを生け捕りにしておく必要は無い。


むしろ排除する方が上等手段と言えよう。


だが彼女はそれをしようとしない。


………それは一体何故なのか。


俺の読みが正しければ、この女の子も珈琲師で神谷の仲間だからだ。


そしてもしそれが正しいのなら、この娘はCの関係者である筈が無いのだ。


………………………………………。


……だがもしも彼女が例の作戦の関係者であった暁には、漏れ無く熱々の銃弾を音速(ぶつり)でプレゼントされる事になる。



……さて、どう反応する…?



危険な賭けに、俺は固唾を飲んで彼女の反応を待った。


「……C…?」


少女は俺を睨みながら呟いて、今度は訝しむ様な顔になった。


どうやらこのお嬢さんはCを知らないらしい。


昂る気持ちを押さえて、こちらの情報を提供する。


「!………ああ………。珈琲師一名の暗殺に―――――」


とここで中断を余儀なくされた。


「アンタ、何か知ってるのねっ!?」


「うわ!?ぐっ…!?く、苦しっ…!?」


話の途中でガッと襟首を掴まれて息苦しかったが、アマンダさんを助けられる可能性が出てきたのだから怖がっている暇はない。


―――――だがしかし。


ゆっさゆっさ。


酔って吐きそうになるくらい視界が揺れる。


いや一歩間違えたら首がもげそう。ちょうど某アニメのキャラクターみたいに。


新手の絶叫マシンとかじゃないんだから早急に止めてほしい。


「早く話しなさいっ!!」


や、やばい…これ以上は……し、死ぬ……!


「っ…ぐぇっ…分かった、分かったから…早く…放せ……!」


「アンタに話す事なんて何も無いっ!!」


「字がちげーよ!!」



…………分かってはいる。



アマンダさんを助けるにはこれしか方法は無いと。


………だが俺はこんな奴に頼んでも大丈夫なのかと、かなり不安になってくるのだった。


●●●ビクトリア・Q・モカ●●●●●●●●●●●●●●●●


二回程メールを送った後の返信の文面には「スナイパーは仲間」と言う驚くべき事が書かれていた。


そして今、神谷のメールの通りに事を進めてみてはいるが。


………本当に仲間なのだろうか。


私は少々不安なのでスチェッキンを片手に彼の話す情報を聞いている。


「……んで、ここで俺が見張ってたっつー訳だ……………。まあ………粗方、そんな感じだな……」


黒猫みたいな艶々した黒髪癖っ毛の狙撃手は、敵に拘束されているにしてはやけにすんなりと情報を漏らした。


今は危険性が無さそうなので拘束を外しているが。


………傭兵なのか、それとも忠誠心が薄いのか……。


掴み所の無い、自由気ままな猫の様な男だ。


「…………そうだったのね……」


この狙撃手の話しによると彼のうけた密命は、とある珈琲師(推定神谷)を狙う黒服共を倒す事らしい。


もしこのスナイパーの言う情報が正しければ、私が倒すべき敵は彼等の敵と同一であると言える。


私が存在に気付けなかったスペアのスナイパーライフルを背負った狙撃手の背を追って階段を登っている時、私は彼の素性に探りを入れてみた。


「…アンタって麦酒師なのね」


「……んや…?俺は一応茶師だ。……………まだ三級だけどな」


誰でもカマをかけたと分かる様な質問の仕方だったのだが………。


一級麦酒師の部下なだけにその答えが意外だったので驚いた。


「アンタ…麦酒師の部下なのに茶師なの…?」


「んー………まあ、色々と紆余曲折があってな…///」


ネコ毛の狙撃手は笑い、何故か少し恥ずかしそうに頬をポリポリ掻いて言った。


そんな彼の様子を観察していると「あ゛」と何かを思い出した様に狙撃手は話し始めた。


「……………そう言や、お互い名乗ってなかったよな……。俺は一茶だ。紅 一茶。よろしく」


「………よろしく」


「…えーと……キミ………、名前って何て言うの?」


「名前……?私は……ビクトリアよ」


………あ、しまった…。本名言っちゃった。


後悔と言うのは全然役に立ってくれないくせに後から後から立ってくるので大嫌いである。


「へぇー……ビクトリア……か…。いい名前だな」


「そ、そう…///」


「いい感じにお前の勝ち気さが滲み出てる」


「そ、そう(怒)」


「―――――っづああああああっっ!?」


一茶と名乗った狙撃手はいきなり奇声を上げた。


「お…お前……。いきなり二の腕つねんなよ。いてーだろ……?」


「あら?人の心を傷付けておいてなんて口の利き方してるの?」


「……………お前にだきゃー言われたくねぇ(ボソッ)」


「何か言った?」


「あ゛?空耳か?それなら病院にでもいっ―――――ってぇーっ!?」


「ねぇ………何か言った……?」


「………調子こきました。ごめんなさい…」


「…よろしい」


「けっ……そりゃどーも……」


そうこうしている内に私達は長い階段を登り終え、先程軽い銃撃戦を繰り広げた夜景がよく見える屋上に着くのだった。


○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○


作戦中ではあるがメールが返ってこない。


それによって少しずつ私の中に不安が溜まってきた。


………何か有ったのかしら…?


「うしっ……じゃあ、俺はここで狙撃の準備しとくから」


心配に心を奪われていたので、私は録に反応が出来なかった。


「……あ…うん…」


「……どうかしたのか…?」


「……へっ…!?い、いえ…何も…」


一茶は初対面だと言うのに私の態度に何か感じたのか怪訝そうに眉を潜めると、足早にフェンス近くに駆けて行きライフルのスコープを覗いた。


「……っ!!……おいおいマジかよっ………!?いきなり絶体絶命じゃねーかっ……!?」


一体どう言う状況になっているのか全く分からないがスコープを覗いたまま振り返りもせずに銃を組み立て、私に指示を出してきた。


「ビクトリア………向こうの連中は俺に任せてくれ。キミはもしもの時の為に周辺警護を頼む」


……コクン……。


悔しいが指示は完璧で、頷くしかなかった。


「………分かったわ…」


それを聞いた一茶は狙撃銃を構え直し、そこから無言の時間が訪れた。


途中足元で寝そべって狙撃態勢に入っている彼に訊ねたところ、現在兄貴達は街中を逃走中らしくメールの返信どころではないとの事だ。


しばらく辺りを見渡していると、ガシャッと銃弾を装填する音がした。


彼はいよいよ臨戦態勢に入るようだ。


ああ、このまま兄貴や彼等に何も無く無事に終わってしまえばいいのに……。


それに気が付いたのは、私がそう願っていた時の事だった。


―――――っ……!?


剥き出しになっている鉄骨の下に、三人の黒い人影が見えた。


彼等は、この距離でも分かるまとわりつく様な粘着質の気配を纏っている。


……………これは殺気……なの……?


私達の様な職業をしていると時折向けられる“それ”。


はたまた野生の動物達がよく感じると思われる独特な“狙われている”と言う感覚。


つまりは殺意。


………しかしこれは。



―――――似ている様で、それとはまるで違う。



知っている筈なのに分からない。


身近な様で近くない。


……………何だ…これは…。


強いて形容するならば”歪んだ恋愛感情を向けられている“だろうか。


だが、これが害意である事だけは直感で理解出来る。


そして本能が私に叫んだ。


あいつ等のターゲットは…私達だ…!!


この状況下に置かれれば、恐らく私でなくても青ざめるだろう。


「下方40メートル先、敵三名確認…!!」


「―――――何っ………!?」


「武装は……アサルトライフルAK47およびグレネード類、暗視ゴーグルと判断…。真っ直ぐこちらに向かって来てるわ…!!」


「んだと…!?ったく………こんのくそ忙しい時にっ………!」


一茶は唸る様に言った。


数秒間苛立たしそうに顔に右手をやっていた彼だが、無理やり気分を落ち着けたのか静かに口を開いた。


「はぁ……………。ビクトリア……、よく聞けよ………?俺はここを動く訳にはいかない……。この意味は…分かるな…?」


「…………フンッ、守れなかったら蜂の巣にするわよ…?」


私の言葉に対して、細身のスナイパーはニヤリと自信たっぷりなむかつく顔で言った。


「……はっ……。お前、俺を誰だと思ってんだ?」


「もやしスナイパー」


「………あのさあ…、もう少し気の利いた言葉とかかけらんないの……?それだけでも男の子って結構頑張っちゃうもんだぜ……?」


「あら、悪かったわね」


一茶は「けっ」心底不服そうに私の顔をチラッと見て、前に向き直りスコープを覗いて言った。


「………あ〜あ…ったく………。心配だな〜。こんな女に背中任せんの……」


「………何だかアンタがミッション完遂した後、私、指が滑りそうだわ…?」


「あ゛ー、おっかねぇ…聞かなかった事にしよ………」


「……そうね。それがいいわ」


ふぅ………。


もうそろそろ敵のお出座しなので、お喋りはここまでだ。


私はスチェッキンをホルスターから抜き取り、屋上への唯一の入口の脇にうず高く積まれた鉄パイプの束の陰に隠れた。


白熱した思考を冷たい夜風が冷ましてゆく。


そして耳をすまして集中力を高め、私はその時を待った。


時々立ち止まったりしながら、複数の足音が近付いてくる。


静かに階段を上がって来た敵は暗視ゴーグルを着けて辺りをぐるりと見渡すと、狙撃手のいる方向に向かって歩き始めた。


私も気配を殺してその後を追う。


そして敵が一茶の姿を視認し、三人が彼に向けてライフルを構えようとしたところで私はスチェッキンの引き金を引いた。


―――――狙うは…右肩……!


黄色いノズルフラッシュが眩く瞬き、三発の銃弾は勢いよく飛び出した。


三者三様の呻き声と共に狙い通りの場所に全弾命中。


背後からなので卑怯だと思われがちだが、こちらも命懸けで事にあたっているので仕方がない。


よって、こう言った場合は先制攻撃も必要なのである。


「くそっ…まさか感づかれて………!?」


一人が振り返り私の姿を見るなり、左手でグレネードを投げて来た。


―――――手榴弾っ………!?


一瞬焦ったが、私は兄貴の業を真似をしてそれを空中で撃ち抜き起爆させた。


腕で顔を庇いつつ爆風の影響がある範囲の外に飛ぶ。


スタングレネードだったらしく、爆発の強い光に照された彼等の呆然とした顔を睨み付け一気に距離を詰める。


どうやらまともにフラッシュを喰らったらしくグレネードの持ち主は、立っているのがやっとの状態に見えた。


……チャンス……!


そいつに容赦なく胸に掌底、続いて上段回し蹴りを顎の先に喰らわせ昏倒させる。


それを見て逃げ出そうとする男の一人の足を引っ掛けて転ばし、地面に手をついたところをすかさず太股に銃口を押し付け両足を貫く。


破裂音がこだまし、硝煙と鉄の臭いが辺りに拡がった。


「うっ、うわあああ!?」


男はそのまま、パニックを起こして気絶してしまった。


………三人目は……!?


辺りを見渡しても三人目の姿が見えない。


すると背後から、ざりっと音がした。


―――――後ろっ……!?


振り向くと、そこには怒りに歪んだ顔を向けAK47を構えた三人目の男の姿が有って。


私はいつの間にか後ろに回り込まれていたのだ。


背筋が凍りついた。


―――――しまっ……!?



―――――銃声。



夜によく響く銃声の後、三人目の男は力無くばたりと倒れた。


「………え…?、な…何…?」


今の射撃は、私の銃ではない。


では、誰のものか。


「…………あ゛ー…………良かった……。危なっかしーお嬢さんだよあんたは……。ったく…世話焼かせやがって……」


それはソファに深く腰を下ろしているかの様な奇妙な姿勢でこちらに銃を向けているスナイパー、紅 一茶のものだった。


「……あ…………、アリガト………」


「………けっ…。礼なんかいいから……、さっさとそいつ等を手錠なり縄なりでホールドしとけ。………狙撃を邪魔されたら面倒だからな……」


「……うん」


「……んじゃ、よろしく頼むぜ」


私の返事を聞くなり、狙撃手は銃を構え直しそれ以降しゃべらなくなってしまった。


「……う、…うん………///」


………………………………………。


……………はっ……!?な、何をぼーっとしてんだ私……!?///


何だか自分でも分からない変な自分がいるのに気が付いた。


要約すると“神谷が好きなのにこの紅 一茶という男も気になりだしてしまった”みたいな事を悶々と考えながら縄で括っていく。


途中で目を醒ましたのか、男の一人がギャーギャー騒ぎ始めた。


「いだだだだ!?えっ!?ちょっ、えっ!?な、何これ!?もしかして亀甲しば―――――」


出来る訳ないでしょ!!


―――――バキッ。


心中で突っ込みをいれつつ、五月蝿かったので手っ取り早く腹に正拳突きをして黙らせた。


こんな奴等に構っていてはきりがないのである。


と言うか人生の無駄なのである。


まあ、そんな事は置いておくとして……。


これが釣り橋効果だと私が自覚するのは、また後の話である。


●●●アマンダ・ロマノフ●●●●●●●●●●●●●●●●●


「アマンダっ!!」


「え…?」


彼の叫び声を聞いて振り向くと、6メートルほど離れた先に真っ直ぐ私頭を向いた銃口が見えた。


「あ………」


冷たいものが首筋を舐めた様な感じがした。


強張った身体は身動き一つしてくれない。


私はCの関係者であるから撃たれない。


そう高をくくっていた。


………甘かった…。


そう、甘かったのだ。


―――――知っていたのに…!!


分かっていたのに…!!


奴等の狡猾さを…!!


奴等の冷徹さを…!!


神谷が照準に入っていると言う事は、つまり私も照準に入っているのと同義なのだ。


……そうだ…私は忘れていた…。


罪も無い父を牢獄に入れたのは紛れもない、こいつ等だって事を。


奴等は神谷だけでなく、私も共に消そうと画策していたと言うのか。


―――――口封じか…。


未だに狙撃が無い状況を視る限り、神谷救出作戦の要であった私の部下紅 一茶は……殺されてしまったのかも知れない。


……………どうやら、相手の方が私達よりも数枚上手だったと言うことらしい。


神谷を守ろうとした筈だった。


だが愚図な私は釣り餌として利用され挙げ句の果てには、足手纏いになって悪戯に彼等を危険に巻き込んでしまっただけだった。


ごめんね神谷……。私……っ………、あなたを守れそうにない……。


後悔したってもう遅い。


そして、非情にも引き金は迷わず引かれた。


二つの銃声が轟く。


恐怖に思わず目を瞑った。


………………………………………。


………あ……、あれ…?


しかし、いくら待っても銃弾は私に届く事はなかった。


恐る恐る瞼を開けてみると左肩を撃ち抜かれ、地面に倒れ伏す襲撃者の姿が有った。


…えっ…?えっ……!?


そして私を襲う筈だった銃弾の弾道は大きく反れ、私の直ぐ後ろにあるコンクリートの壁に着弾していた。


神谷も一瞬状況を呑み込めずにいたが「……間に合った…!」と胸を撫で下ろした様子で呟いたので、私も何となく狙撃の指す意味が分かった。


―――――一茶が生きてた―――――!!


私はそれだけで目頭が熱くなった。


だが今は涙を流している場合ではない。


眼前には未だ複数の敵が残っている。


自分達が狙われている事に気付いた男達は、慌てて物陰に滑り込み辺りを見回し始めた。


「狙撃!?くそっ……!!どこから……!?」


敵の一人が叫んだ直後、パーキングに設置された電灯の一つが粉々の硝子片となって散った。


一茶が狙撃で破壊したのだ。


それによって為辺りが暗くなっただけではあるが、それだけでも相手にプレッシャーを与えるのに十分な力が有った。


姿が見えない狙撃に「う、嘘だろ…!?」「くそっ…!!」「どこだっ…!?」等と容易に焦りをうかがわせる台詞を口々に吐いている。


するとそこで、神谷の落ち着きはらった声が聞こえてきた。


「…………さっき彼女を撃とうとしていたし…交渉は決裂だ。…………それに…………恐らくこれでチェックメイトだけど、どうする…?まだやるのかい……?」


彼の方に振り向くと優しい口調と柔和な表情とは裏腹に、冷たい炎の宿った目で睨む様に見ていた。


彼からは向けられたら腰が抜けて動けなくなりそうな程のプレッシャーを感じた。


しばし無言の時間が流れ、その圧力に耐えかねた襲撃者達の一人…リーダーが重々しく口を開いた。


「……作戦は失敗だ…!!撤退するっ……!!」


襲撃者達は苦虫を噛み潰した様な顔をして、気絶した仲間を引き連れて去っていった。


そしてようやく男達の足音が夜明け間近となって薄明かるい街に消え、私達は安堵する事が出来る。


「……ふぅ……どうやら…片が付いたみたいだな…」


「……そうね」


私が相槌を打つと神谷は「あ〜…今回は本当に死ぬかと思った…」と気さくに笑いながら、子供を宥める様な感じで頭を撫でられた。


同じ十八歳にもなって私を子供扱いと言うのは、流石に可笑しい気がして。


「フフッ……。神谷……?私達…もうお子様じゃあないでしょ…?」


「あっ、い、いや、そう言う訳じゃ無くて…///」


何か嫌な事でも思い出したのか、さっと手を後ろに隠す神谷。


ついでに言うと頬も紅くなっている。


………いじってみるか。


「そう……じゃあ、どういう意味かしら?」


顔を近付けて見詰めてみるが。


「え……。いや、それは…個人的と言うか以前に色々と有って……」


神谷もやはり日本人。


肝心な事に関してははぐらかすつもりらしい。


彼と冗談を言い合っていると、不意に吹いた夜風にふわっとコーヒーの様ないい香りが混じっているのに気が付いた。


何だろう…。


徐に振り返ってみると、直ぐ近くの自動販売機の陰に人がいる事が分かった。


嘘っ………!?まさか新手…!?


私はその人影から殺気の様な視線を感じた。


背筋が凍る。


危険を感じた私は神谷に知らせようと彼の方を向き直ろうとした時には事態は急変していた。


「兄貴から離れてっ!!」


叫びにも似た声で言って飛び出してきた人影は、意外にも金髪の少女だった。


彼女は勢いを殺して立ち止まり、怒った様にキッと私を睨んだ。


私は何か彼女が怒るような事をしたのだろうか。


……………えーと………?


先程の登場時の台詞から察するに。


………まさか…神谷と一緒にいた私に嫉妬してるの…?


全くもって誤解なのだが、どう説得したものか。


肘の辺りまで伸びた金色の髪を風にはためかせているその姿は、さながら怒って毛を逆立たせている仔猫だ。


私が説得方法を模索し身動き出来ずにいると、神谷が金髪の少女と私との間に立ち塞がった。


「えっ……?」


彼がとった行動が意外だったのか、金髪の少女が疑問の声を上げたのが聞こえた。


神谷は上を向いて思案でもするかの様に深く息を吸い込み溜め息を一つすると、ゆっくりと口を開いた。


「……モカ。この人は敵でも味方でもない。今回のクライアントに頼まれた護衛対象だよ」


「……………………ふぅん…そう……。それで兄貴………?その女の人とは…ほんっっとーに何も無いのね……?」


彼女が周りに物凄く禍々しい気を発している様に見えるのは、果たして目の錯覚なのだろうか。


思わず知らず腕の肌が粟立つ。


流石の神谷もこれには半歩程度後ずさった。


「なっ……………何も無いよ…」


「(じーっ)」


「…モカ………」


「(じぃーーっ)」


「…………何も無いって……」


「(じいぃーーっっ)」


「……………………はぁ……。じゃあ……モカは、何かあった方がよかったのかい?」


「えっ!?や、違っ!?」


「………さっきも言ったけど大丈夫だよモカ。何も無いから」


「う……うん…」


………あー。完全に手玉に取られちゃってるなー。


率直に私はそう思った。


「……それと…ありがとうモカ。お陰で助かったよ……」


「…………」


「モカ…?」


「……かっ…」


「?」


「………っ…ばかっ……っ……心配させないでよ……ばかぁあっ…!」


「…………」


「死んじゃったらどうしようって…っ……そしたら…かなしくなって………っ!」


彼女は俯き神谷の服に顔を押し付けてそのまま泣き出してしまった。


決して彼に泣き顔を見られまいとするかの様に。


彼は一瞬だけ戸惑いの色を見せたが、彼女のあやし方が分かっているらしく直ぐに優しく抱き締めた。


頭を撫でながら神谷はモカの耳に口を近付けて呟く。


「………モカ…心配かけて……ごめんな…?」


「………………ん……。許す………///でも今度同じ事したら…絶対許さないからね……?///」


顔は見えなかったが、きっと嬉しい様な面白がる様な、そんな顔をしているに違いない。


「…分かったよ……」


そんな目の前のモカと言う少女の事を見ていると、ほんの少しだけ彼女が羨ましく思えた。


「けっ、公衆の面前で抱き合ってんじゃねーよ。吹き飛んじまえリア充共が」


心底鬱陶しそうな声が聞こえて来て、そのいい空気を躊躇い無くぶち壊した。


この声の主は。


「い、一茶………!?」


私の腹心の部下…と言うか同僚の、紅 一茶であった。


抱き合う二人に氷点下の冷たい視線を送っていた彼は私の方を振り返って言った。


「……どーもアマンダさん。怪我が無さそうで……って訳でも無さそうですけどこれだけで済んで良かったです」


ジト目の一茶は私の腕に視線を向けて言った。


「あなたも無事だったのね…?良かった…」


「……“良かった”………………………じゃねーよっ…………!」


「え…?」


「……………あんな恐怖のじゃじゃ馬娘が襲来するのが……、これぽっちもいいこととは思えねーのですが……?(怒)」


「し、襲来………!?」


どう言う事なのかよく分からなかったので訳を訊いてみると、彼はやつれた様子で話し始めた。


「………接近戦が滅茶苦茶強いあんな化物女がスナイパー相手に接近戦で襲いに来るとか…………。どこの悪夢だっつの……!危うく死にかけ…、いや、俺が気付いてないだけで実は何回か死んでるかも…………」


よっぽどモカと言う少女の事が怖かったのか一茶は私と目も合わそうとせずに小刻みに震え、落ち着き無く左手で右腕を擦っていた。


流石に罪悪感が沸いてきたので謝る。


「あの………一茶…なんかごめんなさい…」


「……まあ、今はそんな事よりも…これからどうやっていくかを考えた方が良いでしょうね」


…………………………。


「………………確かに…その通りね……」


今の状況を考慮するに、一茶の言った言葉はやはり正かった。


クライアントを裏切った、否、消されそびれた私がこれからどうするか。


正確には、これから何処に身を置こうかと言う話だが。


私や神谷を狙った傭兵団を雇ったクライアントの本拠地は中国は上海にある。


これから先何年かは中国には行けなくなった。


恐らく神谷も同様に。


ネットが発達しているこのご時世だ、そう簡単にいくとも思えないが。


…どうしたものか……。


そんな事を考えていると、先程のモカと言う少女が私に意外な提案をしてきた。


「あ……あの……アマンダさん…………。行く所が無いなら私達と一緒に行動しません……か…?」


彼女は俯いてはいるがその言葉が私達に向けての言葉だと言うのは分かった。


逃げ切るだけの自信も、方法も、人脈も無いと言うのが正直なところだ。


だが、だからと言って彼女達の迷惑になるのも避けたかった。


そんな私の悩みを見透かしてか、モカを撫でていた神谷が口を開いた。


「先に言っておくけど、俺達はどっちも一級珈琲師だよ」


彼は“だから心配するな”と言いたいのだろう。


………………………。


迷惑をかけるかも知れないが、他に行く場所も無かったので私達は神谷とモカの好意に甘える事にした。


「………じゃあ……、甘えさせて頂く事にするわねモカちゃん。……勿論…………」


「?」


同意を求めて振り向くと一茶と目が合った。


「一茶も一緒に……ね………?」


下から覗き込む様にして頼む。


彼はバッと直ぐ様私から目を反らし、それから気に入らなそうにチッと舌打ちをして言った。


「///……はぁ…。ったく……分かりましたよ…。アンタの行くトコならどこへでも…」


少し不器用ではあったが彼は優しく応えてくれるのだった。


「じゃあ…決まりだな」


返事を聞いた神谷が笑って言った。


その笑顔は、この先待っているであろう困難を片っ端から撃ち破って行けそうな気持ちにさせる。


そんな爽やかで力強いものだった。


いかがですか。


気付いてる人は気付いてると思いますが、元々の文章の最後の辺りは次の(六杯目)に移植しました。

それはつまり「この篇はもうちょい続くよ」ってな事です。

前回の文章では五杯目でこの篇は終わってたけどね。


「はよう、進めんかい!」だって?

そこに関しては「同感」の一言に尽きる。


それでは、また今度。

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