バー・ミニッツ襲撃事件
どーも。みたらしです。
ヤバいですね。今年の冬は寒いですね。
今年の冬は松○ 修造さんが日本にいないからですかね?
しゅぞうさ~ん、カムバ〜ック。
それはさておき、また改編しました。
ペースが遅くて申し訳ないです。
時間が余ったら「へー。あの団子、やっと真面目に文を書き始めたか」みたいなツッコミいれながら読んでいって下さい。
それではどうぞ。
○●○●○●○●○●○●○長い夜○●○●○●○●○●○●○
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星の見えない夜空。
もう秋だと言うのに熱を秘めている都会の蟠った空気には、どこか粘着質の不気味な感がある。
有名なスクランブル交差点を進んで行く人々を見れば分かる様に、ここを生活の拠点としている者は皆「明日になど興味は無い」「今が楽しければ、それでいいじゃないか」といった態度だ。
―――――目が、曇っているのか。
恒久の昔から絶え間無く地上を照らす巨大な火炎は、こういった不埒者共を叱ろうと燻っているが、重くのし掛かる紺色の天蓋がそれを許さない。
溜め息混じりに、ステンドグラス風の窓から外を眺めると、いかにも学生といった姿をした少女が、見るからに自分とは何歳も年の離れたスーツの男を連れて、とあるコンクリートの建物に入って行くのが視界の端に映った。
その手には数枚の札。
見間違う筈もない。今もなお世界中で続けられている売春である。
国家どころか警察すらも、これに関しては最早お手上げ状態だ。
いや、それどころか一文化として定着しつつあると言っても過言ではない。
由々しい筈なのに止める手だてがないのだ。
やるせない思いでいっぱいになる。
その建物の外壁に取り付けられた妖しげに瞬くピンクのネオンサインが、都会の夜独特の妖艶な雰囲気を醸し出していた。
―――――欲望の町。
それがここ渋谷と言う町を一番うまく言い表している言葉だろう。
「部長、今日はありがとうございました」
「気にしなくてもいいよ。若い内は失敗する事の方が多いからなぁ。俺も似たようなヘマしたよ。でも、飲んで忘れるのも大人の知恵だよ?」
「自分…実は、お酒飲めないんですよね……あはは」
「それは辛いなぁ。人生の半分を損してるよ。まあ、だからといって無理に飲まなくてもいいと思うけど。今の時代、健康な身体は資本だからね」
「あはは……」
………………………………………。
「でね?折角のデートだったのに彼氏がさぁ、俺割りと怖いのムリ、いやお化け系とかホントダメなんだって!とか言うからさ~、ちょっと幻滅みたいな?」
「あ~。あるある。私も高校頃の付き合ってた先輩がそれで、一気に冷めちゃったよ~」
「え~?それは確かに冷めるわ。普段カッコいいのがそれだと更にね~」
「そうなのよ~。それでね~?……」
………………………………………。
「……………」
………………………………………。
店にかかっている穏やかなBGMが、客の会話を優しく包み込み静寂に溶かしてゆく。
そんな夜の渋谷の路地裏に佇むこの小さいバー、ミニッツに訪れる人は大体二…いや三種類にわけられる。
一つ目は純粋に会話やお酒を楽しみにくる常連客。
何年も通っているなんていう強者もいる。
こちらとしては嬉しい話だ。
二つ目は自分で探し出したか常連客に連れてこられたビギナー。
やがて彼らも常連客となるのだろう。
そして、三つ目は…。
―――――襲撃者である。
突如、見馴れない三名の客がナイフを振りかざし、カウンター目掛けて突進してきた。
半円型のカウンターには他に誰もいない。狙いは確実に私だ。
くっ………!!
後ろに意識をやっていたからぎりぎり反応出来たものの、まさか店内でとは思ってないかった。
―――――完全に油断した。
それでも、時間の流れは止まらない。
一番速く近付いてきた一人目の攻撃を左手で巧く受け流し、その動きを利用して二人目に向けて投げ飛ばす。
店内にグラスやジョッキの破砕音が静寂を破り裂く。
続いて客の悲鳴が店に響く。
二人目が一人目の下敷きになりつつぶつかったテーブルを壊して動かなくなる。
一人目は軽い脳震盪を起こしているにも関わらず、正確に私にナイフを投げた。
三人目に意識を移していた私は反応が遅れてしまった。
―――――っ!!
反射的に上半身を捻ってなんとかかわすも、僅かに左腕を服ごと切り裂かれた。
赤い筋が二の腕に刻まれる。
背後の柱に刃物が音をたてて突き刺さる。
遅れて斬られた衝撃が神経を伝って届いた。
……いっ…!!
幸い皮膚浅く斬られただけで済んだが、やはり痛いものは痛い。
だが、この痛みを感じた瞬間に私の隙は最大のものとなってしまった。
このまま押し切れると思っていた矢先、その時には既に三人目の男が私の頸動脈にナイフを振り下ろしていたのだ。
加速する刃。
追い付かぬ手の動き。
あ……。これは……不味い……かも………。
距離的に考えてかわせないのは、誰が見ても明らかだった。
受け流しが間に合わない。
迎撃も間に合わない。
鈍く光る白刃が、命を断ち切ろうと間近に迫る。
どう足掻いてもまともに喰らう。
ヒヤリと冷たい恐怖が背筋を撫でた。
…これは…死んだ。
ゆったりと流れ行く時間の中で、極限まで加速した私の思考はそう判断し目を閉じた。
―――――銃声。銃声。銃声。
突如音を置き去りにした私の世界に、銃声が三つ轟いた。
………………あ……れ……?
結局、刃が私に届くことはなかった。
時間の加速から解放された私は、恐る恐る瞼を開けた。
そこには倒れる二人の男と、折れたナイフを床に落としてホールドアップされたもう一人の男、床に突き刺さったナイフのブレード。
そしてもう一人、拳銃を右手に構えて立っている男がいた。
彼は優しそうな焦げ茶色の瞳を動かし、その中に私を映して言った。
「助けに来たよ。アマンダ」
バランスを崩したワイングラスが、戦闘の終了を告げる様に音をたてて割れた。
●●●神谷 薫●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
心地好い静寂を食器達の破砕音が破り割く。
―――――っ!!
事があまりに突然だったので、俺は愛銃のガバメントを抜いていた。
俺がここにいる理由は、俺の親代わりにして一級麦酒師でもあるMr.ダニエルの要請を受けたからだ。
その内容は、彼の一人娘アマンダを健康推進同盟過激派、別名アンチアルコールから守ることである。
襲撃者の一人が二人目にぶつかって、そのままテーブルにまで投げ飛ばされる。
全く嬉しくないことに、彼が提供してくれた情報通りテロリスト達は襲来してきた。
事が起きなければ良かったのだが、起きてしまえば仕方がない。
三人いる襲撃者の内二人はアマンダが自力で無力化したようだが、残りの一人が彼女に飛びかかった。
鋭利な刃の切っ先がアマンダの首筋に迫る中、俺のガバメントは冷静かつ正確にナイフのエッジを睨み据えていた。
全てがスローモーションとなった世界の中で、ガバメントの引き金を絞る。
破裂音を響かせながら、三発の銃弾達はナイフのエッジ部分に吸い込まれる様に集まっていき。
一発。
二発。
三発。
音速で飛んでいく三つの鉛の塊は、狙った場所に全弾命中。
薄刃だったのかナイフは三発もの銃撃に耐えきれられず、小気味の良い金属音をさせて呆気なく真っ二つに折れるのだった。
中ほどから分断されたナイフのブレードは、射撃に驚き立ち止まった三人目の襲撃者の足元に突き刺さった。
この時、この店にいる誰もが、もう戦闘は終わったと感じたのは言うまでもない。
だが、これは彼等襲撃者達によるテロの始まり…いや、プロローグに過ぎなかったのだ。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
ダニエルはこんな正確な情報を、一体どこから仕入れたんだ…?
防弾コートのポケットに入っている鋼鉄の手錠を取り出しながら、俺はそんなことを考えていた。
狭い店内の端で銃口を向けられ成す術がない一人と、テーブルの残骸の上で昏倒している二人の襲撃者を拘束するカシャリ、カシャリという金属の無機質な音が帰ってきた静寂を一層際立たせた。
普段から携帯している黒塗りの手錠で件の三人を手頃な柱に拘束し、警察にも連絡を入れる。
今日にも彼等は刑務所の中だろう。
恐らくこれで一件落着…と思いたいところだが、昔から油断大敵という言葉がある。
……………………。
これが囮だった場合も考えられる。
一応、念のためにガバメントをしまう前にセーフティーを外しておく。
通報を終えたのでアマンダに向き直ると、彼女は小さなお口を三角形に開けて茫然と床に刺さるナイフをじっと見詰めていた。
被害者であり新人の一級麦酒師でもあるアマンダには、話を訊かねばなるまい。
「……アマンダ、大丈夫か…?」
目の前で手を振ってみるけれど、見えていないのか全く微動だにしない。
おかしいな。アマンダってこんなだったか………?
今の反応を見るだけでは昔の彼女と重ならなかった。
「あ〜ま〜ん〜だ〜、カムバ〜ック」
アクションがなかった彼女の両肩を掴んでゆっさゆっさと揺さぶってやると、ようやくアマンダの意識がこっちの世界に帰ってきた。
「あ…。あの…。たっ、助けていただき、ありがとうございましたっ」
まるで他人の様に礼儀正しく深々とおじきをしてきた。
あれ………?俺……忘れられているのか……?
これでは初対面と何ら変わりないではないか。
なんだか悲しくなってきた。
「お、おい…。俺だよ……。神谷だ。五年前くらいに、ドイツにいただろ………。覚えてないか?」
「………え?…神谷?」
彼女は俺の台詞に面食らった様に、首を横に傾けてきょとんとしている。
虚空を見つめて「神谷…神谷…」と呟きながら腕組みをしているのを見る限り、どうやら順々に昔の記憶を掘り起こしているようだ。
「ホントに、神谷…?」
よかった。思い当たったようだ。
「ああ」
「…あの……泣き虫だった?」
変なところ思い出すな……。この娘は………。
こういう言われ方をするのは少し恥ずかしいが、これは事実なので一応首肯しておく。
それに、否定したらこの後どうなるか分かるものではない。
「…っ!!……か…、みやぁ…神谷あっ!!」
「え、ちょっ……!?」
俺が自分の知り合いだと分かって安心したのか、突然彼女は泣き出し、抱き付いてきた。
………やれやれ……。
これでは事情聴取も儘ならない。
いやそれ以前に、こんな光景をモカなんかにでも見つかったら大変な訳でして。
何故か襲ってくるからな……モカは……。もしそうなった時はどう対処しようか………。
内心不安は尽きないが、まずはアマンダを泣き止ませる事が先だ。
「………はぁ……。おいおい、これじゃあ昔と逆だぞ…?」
分かってはいたが言ったところで泣き止む筈もなく、綺麗な白い指で俺の服にすがり付き、さらに子どもの様に声をあげて涙を流すだけだった。
………困ったな……。
以前と比べると少し様子が不自然な気もしたが、アマンダも色々な経験をしてきたに違いない。
五年も会ってなかったのだから仕方が無い事ではあるか。
アマンダが今までに経験して感じてきたことが、心のダムとでも言うものに溜まっていたのだろう。
そのダムが昔彼女に見つかった時の俺の様に決壊したのだ。
そんな時、誰かが側にいてくれたならどんなに心強いか。
だから、泣いているアマンダを受け止めてあげよう。
―――――あの時、俺を受け止めてくれた彼女の様に。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
「………これでよし……」
まだ落ち着いていない彼女には悪いが縋り付いたり泣きじゃくるのを半ば無視して、襲撃者のナイフによる腕の裂傷を手当し終えた。
用心するに越した事はない。後日にでも彼女は病院に行った方がいいだろう。
しばらくして、応援要請を受けた警察官達が店内に入ってきた。
ずかずかと真っ先に店に入ってきた壮年の刑事が、切れ味のいい刃物の目でこちらを見つけた。
「神谷さ……ん………?………?」
入ってきて早々事件を見抜く目鷹の目が、「呆れた」とでも言いたげな訝しむ目に変わる。
これは俺の意志ではない。勘違いしてもらっては困る。
と言っても言い訳染みている上に、ほとんど無意味なので。
「……あー…ええと………。被害者に関しては…もう少し、待っててもらえますか……?」
目でアマンダを指して訊ねる。
「…はぁ……。了解ですよ…。後でそこの彼女さんと神谷さんの連絡先とかも訊かなきゃいかんので………。そのつもりで………」
白髪混じりの頭をガシガシと掻きながら刑事は承諾してくれた。
………なんだか、いらん誤解をされた気もするが………。そこには目を瞑る事にする。
「…ありがとうございます…。襲撃犯はそこの柱に仲良く繋がれてます」
「ふぅ…分かりました。……おいお前ら、そこに犬みたいに繋がれてるマルタイ、全員しょっぴけ。現場は崩すなよ?」
「「はい!」」
店内もとい現場に入ってきた警察官達は手慣れた手つきで犯人を連れていき、現場の維持を始めた。
この物騒な事件を聞いて物怖じしないとは、流石は日本の警察である。
「では……、お二方はどうします…?ここにいられては捜査の邪魔になりますので……。神谷さん、彼女さんは移動出来そうですかね?」
ちらとアマンダを見ると、彼女はもう離さないとでも言う様に、ずっと俺を抱き締めたまま泣いていた。
…………………。
どこにここまで泣き続ける要素があったかは分からないが、もう少しかかりそうだった。
「…分かりました………連れていきます」
「んー…出来れば、署の方で話を訊きたいところですが……」
「我々の方は…それでも大丈夫ですが」
俺や他の珈琲師ならびに特殊衛生兵達は、民間の事件等には解決に出来る限り協力はしたいと思っている。
………だが。
「………貴女方特衛の人は現代の仕事人染みた仕事で事件や事故に絡んでる事が結構ありますからねぇ…。署の連中がどう反応するか……」
法律で守られてはいるものの、古参の警察官達からすれば捕まえるべき対象であったもの。
秘密でない分公安よりはいくらかましだが、珈琲師等をどう扱ったらいいか分からないのだ。
「なら、話だけでもします。協力しなければ解決出来る事件も解決しないでしょうし」
「ご協力どうも………。にしても…んー……。では………すぐそこに停めてあるあるパトカーの中で…。おい、佐々木。案内してくれ」
「り、了解です。ええと、神谷さん?」
「はい」
「そちらの女性…お名前は…」
そう言えば話していなかった。すっかり忘れていた。
「今回の事件の被害者ですね。名前は…アマンダ・ロマノフ。階級は一級麦酒師です。国籍は………確かドイツだったと思います」
「ドイツ…っ!?」
危うくメモ帳を落としそうに成る程驚く佐々木と言う警察官。
かなりの頻度で国を跨いで仕事をするので、ドイツ人がいるくらいは普通なのだが……。
……ああ…そうか。
「日本語と英語も難なく話せる筈なので安心していいですよ」
「そ…そうですか……」
自分がある意味で職業病である事を忘れていた。
普通日本国内にいたら他の国の人と全然話さないからな…。
日本人の相変わらずの言語鎖国を痛感した。
「私のプロフィールはまた後程……。……アマンダ…。立てるか……?」
「…………っ……なんとか…………」
彼女は嬉しさと悲しさが混ざった雰囲気があるような、そんな感じだった。
それもあいまって、あと少しだけ、もう少しだけ、彼女をこのままいさせてあげたいと思った。
○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○
こ洒落た店内には似合わぬ女性の嗚咽が微かに耳に届く。
「神谷…ありがとう……。少し…落ち着いたよ……」
手早く警察の取り調べを終え、近くのイタリアンのファミレスに二人して入店してからそろそろ二十分を過ぎるところである。
時刻は午後七時半を過ぎた頃。
一級麦酒師の彼女にとって人生で初めての戦闘だったのだから、ショックを受けても無理はない……のだが、まさか泣き止ませるのに取り調べを終えてから更に二十分もかかるとは、正直思っていなかった。
女性にしては背の高い彼女の頭をテーブル越しにずっと撫で続けてなだめながら、次に言うべき言葉を探していた。
「……俺も最初はこんなものだったよ。……怖かったし。泣きそうにもなった。…だから、少しずつ慣れていけばいい」
「う、うん…///」
アマンダはうるうると涙の溜まった大きなブラウンの垂れ目を俺に向けた。
…………この顔は……男心を擽ると言うか……。
メールくらいはするものの実際に会うのは数年ぶりなので、相変わらず美少女…もとい美人になった彼女に見詰められると流石に緊張してしまう。
お洒落に着飾った彼女ならば、モデルも出来るのではないだろうか。
………………………………………………。
……いや、そんなこと考えている場合じゃなかった。
「………おほん…。…それにしても…いつの間に一級麦酒師なんかに成っていたんだ?」
「……っ…えっへへ〜♪もっと優しくしてくれたらぁ〜、教えてあげてもいいよ〜?」
……全く…。何を言い出すかと思えば………。
頬の泣いたあとが乾ききっていないアマンダは綺麗な宝石の瞳を嬉しそうに細め、上目遣いに俺を見詰めた。
これだ。これこそいつもの調子だ。
彼女のこう言う表情は、少しばかり懐かしい。
昔彼女の屋敷でよく家庭教師の先生に怒られていた幼い頃の俺は、ダニエル家の地下室の隅っこに隠れて一人で泣いていた。
そんな情けない俺を、彼女はあざとく見付けたのが最初の出会いだったか。
―――――どうしたの?
俺は女の子に泣いているのを見られたのが情けなくて、恥ずかしくて、彼女を拒んだ。
普通の人なら怒ると思う台詞も言ったと思うのだが、アマンダはそんなことお構い無しで。
どこに行くでもなく俺のすぐ隣に座り、まるで自分のことの様に悩んで、迷って、泣いてくれた。そして最後に、泣き笑いで俺を励ましてくれた。
―――――神谷…私と一緒に、頑張ろ?
その時に見せた彼女の笑った表情が、太陽の様に眩しかったのを今でも覚えている。
…………………………。
まあ、今回の場合は立場が逆なようだが。
「……はぁ…、まあ、気が向いたらにするよ」
「えぇー!?優しくしてよー!!って言うかそこはもうちょっと粘りなさいよ~。ショック〜…」
話題を華麗にスルーされた彼女は、唇を尖らせて抗議してくる。
こうやって彼女と話していると屋敷で一緒に遊んでいた頃を思い出す。
………………………………………。
その後もアマンダと日常の下らないお喋りをしつつ、店を出て夜の東京を歩いた。
最近のテレビドラマがどうだとか、今年のパリの流行ファッションがどうだとか、一向に話題は尽きない。
チラとこちらを見て、目が合ったら途端に緊張でもしたのか慌てて目を背けるアマンダ。
久し振りに会ったからなのかもしれないが、俺の目には今宵の彼女はとても楽しそうに、そして………。
―――――それと同じくらい、辛く悲しそうにも映った。
俺とアマンダの間をひどく冷たい木枯しが吹き抜けていったのは、果たして偶然だったのだろうか。
……アマンダ…。君に一体、何があったんだ……?
今ここでそれを訊くべきか、俺には分からなかった。
そんな時、背後に俺とアマンダを追う者達が現れたのを俺は知らなかった。
●●●ビクトリア・Q・モカ●●●●●●●●●●●●●●●●
右ジャブ、右ジャブ、左ジャブ。
がすっ、がすがすっ。
「……す…すげぇ……」
「……え…?ちょっと、何あれ………?」
左ジャブ、右ジャブ、左ストレート。
がすがすっ、がすっ。
周りがうるさい。今は放っておいてほしい。
インストラクターやトレーナー達が唖然としながら見詰める中、サンドバックに殺人級の鋭いパンチが浴びせられる。
それも見た目が愛らしい少女によって、だ。
あーイライラする。
今から話すことは、つい一昨日の話だ。
あれはホテル内での出来事だった。
―――――ねえ…キス…して?
こんな事は誰でも分かると思うが、こう言う感じの台詞は結構勇気のいる言葉なのだ。
だが…あの男……!!
この緊張を禁じ得ない台詞を言った後、私が目を瞑って待ってもキスは愚か言葉すらも返ってこなかった。
流石にどうしたのだろうかと思って私は試しに目を開けてみたのだ。
「…………………え…………?兄貴…………?」
彼は………彼はあろうことか呑気に……。そう、呑気に眠っていたのだ……っ!!
右の拳に心なしか力がこもる。
「…女の気持ちを……何だと思ってんのよおおおおぉぉぉぉっ!!」
―――――ドズッ
怒りの叫びと共に放った渾身の右ストレートがスポーツジムに取り付けられているサンドバッグをくの字に曲げ、そのまま天井近くまで上振り上げる。
理不尽過ぎる暴力に、ぎっしぎっしと鎖が戦慄いた。
このまま殴り続ければいつか取れてしまいそうな勢いだった。
「はぁ………はぁ…………。……え…………?」
気が付くと周りにいる人達の視線が一斉に私に集まっていた。
外国人とはいえたった15歳の女の子が乱暴極まりないことをしているのだから、周囲の注目を集めても無理はない。
「……あ…あっはは……ご、ごめんなさぁい…」
サンドバックを殴っていただけで別に悪いことをした訳ではないのだが、謝った方がいい気がしたので謝っておいた。
今の形容し難い出来事もあり流石にサンドバッグを虐める気も萎えたので、手早くシャワーを浴びて帰宅の準備を済ませる。
自販機で買ったスポーツドリンク片手に何気なく窓際まで歩いていくと。
「…ぁ………」
運が良いのか悪いのか、窓からあの男が見知らぬ女と仲睦まじく歩いていくのが目に入った。
……うそ…………。
今の光景を目にして湧き上がった様々な感情達は、私の心に容赦なく訪れた。
―――――無心。
見たくもなかった現実を見せ付けられて、何も考えられなくなる。
―――――混乱。
この光景を見て自分はこれからどうすれば良いのか分からず窓際から動けない。
―――――悲嘆。
彼が他の女といると言うだけで、隣にいるのが私でないだけで悲しい。
―――――興味。
私と彼が男女の関係になった訳ではないが、何故隣の女といるのか気になる。
―――――疑惑。
まさか、から始まる全く根拠の無い疑いが次々と頭を過る。
―――――嫉妬。
私が彼を愛しているが故に、あの女が彼の隣を歩いている事が憎い。
―――――焦燥。
茶髪の女に、彼が盗られてしまう気がした。
―――――絶望。
私と彼が一緒にいられない未来を想像しただけで、涙が頬を伝った。
……………っ………!!
どんどん動悸が激しく、息が苦しくなる。
胸が、張り裂けそうだ。
ぁ………はぁっ…。え………嘘…なんで……?わっ……私……。私っ……は…どう…すれば……いいの……!?
「…ぅ………」
しばらく道を歩く彼等の進路を虚ろな目で追っていた私は、それに気が付いた時思わず叫びそうになってしまった。
神谷達の十数メートル後ろを、闇に紛れる黒服を身に付けた五人の男が彼を追っていたのだ。
―――――まさか、狙われているの!?
もし戦闘になったとしても、彼一人だけだとしたら意図も簡単に切り抜けられるだろう。
……………………。
しかし今回は違うのだ。
実戦ではほとんど素人だと思われる女性と一緒というマイナスの条件がある。
いくら一級珈琲師の神谷と言えど、あの女を守りながらの戦闘はかなり厳しいものがあるだろう。
更に彼は自己犠牲的な戦い方をするのだ。
それはちょうど一昨日私を庇った時の様に。
―――――このままでは間違いなく二人とも殺される。
兄貴を…神谷を守らなくちゃ……!
私は神谷に追い付こうと足を向けた。
……が。
「……………。あ…れ……?」
足が、止まった。
………………………………………。
「………どう…して……?」
………………………………………。
「……………行か…なきゃ……」
何の為に………?
「……神谷を………兄貴を守らなきゃ…」
じゃあ、あの女は………?
「っ………!!」
そこに思考が至った時、私の中に電流が走った。
…………………………。
理由は、なんとなく分かってはいたのだ。
私にとってあの女はどういう存在なのか。
どうしよう………。私…どうしてもムリだよ………。
何故かあの女を守るという考えが露程も起きないのだ。
……私…最低だ……っ!!
あの女さえいなければと、そうならば私は行かなくてもいいのではないかと思っている自分がいる。
―――――自分が嫌いになる。
立ち止まり、動かなければ、彼は私のもとに戻ってくる。そうしたら、またいつもの日常だ。
止めるべき思考が更に加速する。
弱い私にとっては酷く甘く、目も反らしたくなる程利己的な選択肢。
吐き気がする程汚くおぞましい考えがそこにはあった。
違う……。違う違う違うっ……!!そうじゃない……!!
私は悪魔の誘惑を振り払う様に彼の元へ駆け出した。
神谷と同じ真っ黒の防弾コートを手早く羽織る。
染み着いた火薬の臭いが鼻を突き、ほんの一瞬だけ全ての思考が鈍る。
その隙にきゅっと目を瞑り、容易く命を刈り取る力を秘めた闇色の鉄塊に手を伸ばした。
スチェッキン……。私を、悪魔から守って……っ!
―――――ドクン。
ヒンヤリとした鋼の冷徹な温度が私の手を伝って身体中に広がり、白熱した思考を冷却していった。
最早、今の私に迷いなんてものは無い。…………今は、そう願っていたい。
静かに、瞼を開けた。
「…………………………」
鎮まった私の意識の中で東京は、普段の喧騒が嘘のように静寂に満ちていた。
「…………………………」
私は一歩踏み出した。
―――――兄貴を守りたい。
今はそれだけでいい。
愛銃スチェッキンの確かな重みが、心の弱い私を励ましてくれる。
そんな気がした。
……神谷に何かしたら………絶対に許さないっ……!!
愛する男を守る為に、彼女は走る。
異国の少女の姿が夜の街並みに混じって消えた。
冷たい秋の風が応援でもするかの様に、彼女の金色の髪を優しく撫でた。
再び読んでいただきありがとうございます。
改編前から少しは変わったと信じたいです。
長々と話をするのもなんですし、それではまた。