血塗られた始まり(ブラッディ・ゼロ):怪しげな男5
どーも、自分好みの曲を聴いて執筆する今日この頃。
みたらしです。
音楽を聴くと右脳が刺激されて創作活動がしやすくなるって聞いたので試してみてます。
効果はまだ分かりませんけどね。
それはそうと、話をどうぞ。
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昔の、何も知らなかったあの頃の俺は”赤坂 勇”と言う英雄的な兵士の様に、皆んなを悪い奴らから守る為に戦うのが”夢”だった。
ーーーーー俺にとって彼の存在は正義の象徴だった。
昔憧れていたヒーローの名前を反芻していると、そんな事もあったなと少し感傷的な気分になる。
…………………………。
名前以外の情報が一切開示されていない以上、この男の言う事を鵜呑みにするのはかなり危険が大きい。
だが、奴のいずれそれが明かされる日がくるかの如き言い方が妙に引っかかった。
………何か……あるのだろうか………?
思考を巡らせていく内に、何か嫌な感じがしてきた。
当たり前だった日常が瓦礫と化して崩れていく恐ろしい感覚。
そして、この事に足を突っ込めばもう二度と元居た場所には戻れないだろうと言う酷く漠然とした予感がした。
「おっと、いけない…!もう時間だ………!」
腕時計を見て男が唐突に身を翻し、近くの細道へと走り出した。
考え事が仇となり一拍程反応が遅れてしまった。
慌ててその後を追うが足の速さでは向こうが上の様で追いつけそうにない。
みるみる内に距離を引き離される。
「待ちやがれっ……!」
逃げ去ろうとする男に対し遅蒔きながらも足元に向けて威嚇射撃を行う。
男の足の数十センチ横でアスファルトが小さく爆ぜた。
だが男は俺を不敵に笑いながら一瞥するだけで、そんな事にはお構いなしといった風に防弾コートを靡かせて走っていく。
あの男に止まる気配など微塵も感じられない。
……………不味い、撒かれる………!
ここで逃せば何か良からぬ事が起こるに違いない。
何も根拠のない動物的な直感であった。
………だがだからこそその予感が恐ろしい。
あの男をここで逃すまいと後を追おうとしたが、まだ通話中だったらしいスマホのスピーカー越しに神谷から引き止められた。
普段は声を荒らげない神谷もこの時ばかりは焦っていたのか強い口調だった。
『一茶!聞け!!』
「何だよ!?」
胸ポケットから聞こえてくる声がもどかしく、スマホを掴み取るなり噛みつく様な返事を神谷に浴びせかける。
神谷は俺の声に驚いた風も無く宥める意味で一つ咳払いをした後、静かに落ち着き払った声で次の命令を言い放った。
『…………いいかい一茶…………その男を追うのは駄目だ』
……………。
………………………………………は…?
先を急ぐ意識とは裏腹に、動力を失った車の様に足が動きを止める。
この男は……一体………何を言っているんだ……………?
一瞬電話越しに聞こえた言葉の意味が理解出来なかった。
二の句が次げず掠れた声が微かに喉から漏れる。
こんな緊急時に悠長な事を言っている神谷に憤りを感じざるを得ない。
出来る事なら今すぐにでも何故追わせないのかと言って神谷の胸倉を掴み上げたい。
現在あの男の一番近くに居るのは間違いなく俺の筈だ。効率的に考えれば俺が追うのが筋だろう。
それに兵士を動かす場合は兵士の命よりも大局を見て行動をさせなければならない。
だが俺には彼からの指令がその真逆の様に思われた。
神谷ともあろう男が合理性を欠く考えをするなんて事が果たしてあるのだろうか。
………否、そんな筈はない。
何か理由がある筈だ。必ず。
そうでなければこんな命令をする筈が無い。
ならばそんな先を見通せる神谷が何故”追うな“と言ったのだろう。
思慮の浅い俺には全く持って理解できなかった。
「……………何………でだ…………?」
『…その場にいない俺には分からないけど、君のその慌てようを見る限り相当な強敵なのは伝わってきた……。危険なのは……君が一番分かるだろう?』
自分の耳が信じられなかった。
何を馬鹿な事を………!?
一級珈琲師ともあろう神谷が”兵士の覚悟”を侮辱する様な事を口にする日が来ようとは。
あの”赤坂”を名乗る男に関しても神谷は音声を聞いていただけだ。
それだけで分かる程相手も行動をしていない。
だがこれだけは言える。
「………あの男は普通じゃない……。だから、ここで逃したらやべーんだ……。お前も分かってんだろ………?」
『……そうだな………』
こいつ………っ!?
憤りを堪えて伝えてみるが無遠慮に琴線に触れる様な素っ気無い態度で相槌を打つだけだった。
裏にあるであろう大規模組織の存在や奴自身の正体、その計り知れない実力も含めて全く不明な相手なのだから素人に毛が生えた程度の実力の俺が侮れる訳がない。
ただそうであったとしても、今は直接接触をされた俺が奴については一番よく分かる筈だ。
本来命を張って危険を回避させる為に組織されるものが軍隊で、そもそも特殊衛生兵に入隊する段階で俺も来るであろうその時の覚悟はできている。
そのもしもの時を覚悟した上で奴を追わせに行かせろと言っているのだ。
………………………………………。
……………いや、誰よりも覚悟が大きい神谷に限って本心では無い………筈だ……。
そして何よりも俺があの男を追うのを止める理由が知りたい。
例え事情があってそれが言えなかったとしても”訳がある”とたったその一言が欲しかった。
「神谷……てめえ………今は命惜しんでる場合じゃねーんだぞ………?何か訳があるんだろ………?」
『…………………』
神谷は黙り込んだ。
「……………黙ってねえで何とか言えよ………!?」
『……………………』
俺の問い掛けに彼は終始口を閉ざしたままだった。
……………。
…………………………。
神谷の態度が癇に障る。
無性に腹立たしくなった。
今この場での神谷との議論は時間の無駄以外の何物でもない。
何よりこれ以上この話を続けても埒が明かないと思えた。
光る板を地面に叩きつけようとする既のところで左手を止める。
子供っぽいのが嫌いな子供の様に辛うじて停止する。
………………。
俺は頭が悪いから。
俺の視点は低いから。
強張った手を口元に近付け、訳の分からない事ばかり抜かす上司にこれからとる行動を怒鳴り告げる。
「ちっ………!俺は追う……!いいな!?」
『待て!いっーーーーー(ブツッ)』
返事など待たない。
待つ気など露ほどもありはしない。
乱暴に通話を切りそのまま走り出す。
脇目も振らず、目の前の敵を追いかけて。
本作戦の総指揮を任されている神谷には悪いが、指令室から現場の全てが見えるものではないと言うのが俺の意見だった。
いや………それ以前に神谷の考えが全く読めなかった俺からしたら彼は反発する対象でしかなくなっていた。
道に敷き詰められたタイルを踏み砕く勢いで大地を強く蹴る。
こんな事で気が晴れるとも思わない。
だが俺の様な小物はこうでもしなければやっていけないのも事実だった。
俺はむしゃくしゃしていた。
上からの命令を素直に聞けない自分が。
追跡禁止の理由を話そうとしない神谷が。
何よりもこの任務の最中に現れたあの男が。
「気に食わねぇ………!」
噛み砕く様に。
吐き出す様に。
俺は不機嫌を呟いた。
………くそ……。
先ほど選び取った自分の行動がこの場において正しいと感じる俺がいる。
それと同時に己の取った行動が間違いだったと後悔をしている自分もいる。
いつも大局を見ているあの男が下した判断なのだからきっと正しいのだろうと思う。
だがこれだけは、”覚悟”だけは譲ってはいけないと思った。
……………。
…………………………。
小さな穴の空いた黒いコートが、触れる物全てを切断するカミソリの様に鋭く風を切り裂く。
……………。
あの男はきっとこの先で待っているのだろう。
俺が迷い込むのを。
いかがでしたでしょうか。
もう少しで改編回も終われそう。
やったー!
それもあってかキチガイテンションのみたらしですが、気にしないでやってください。
それでは、また次回。