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異世界は手遅れだ!  作者: ゆーじ
もう手遅れ!
9/21

3-1:魔法が使えない魔法使い

「で、助っ人とは?」


 広臣はセナに向かってそう言った。

 場所は前に来たカフェの一つのテーブル。

 先に来ていたセナはオレンジジュースを飲みながら視線を外してはぐらかすように言う。



「えっと……。ほら、キスケさん……?」


「本当にお前はどうしようもないな! 無能という言葉がぴったり過ぎて逆に心配するわ」


「うわあああああああああああああああっ! ヒロオミが今日も酷い!」



 泣き喚くセナを無視する。セナの隣にはキスケの姿がある。

 どうせ助っ人が見つからなかったからキスケを呼んだのだろう。しかもキスケは昨日の時点で戦力通告を出しておいたのになぜ連れてくる。



「随分と賑やかなパーティーだな」


 そう言ったのはエマ。相変わらずの澄んだ声と存在感は健在だ。

 今は騎士としての姿ではなく身軽な服装で、片手には愛刀なのか、細かな装飾がなされている鞘に剣がしまわれている。


 これをパーティーと呼んでもいいのか微妙なところだったが、この際気にしないでおこう。


「恥ずかしながら一応俺の仲間だ……」


「恥ずかしながらって何よっ! ヒロオミだって一緒にいるとけっこう恥ずかしいんだから!」


「まて、それは聞き捨てならん。俺のどこが恥ずかいいんだ」


「なんかナルシストっぽいとことかよ」


「ああ、否定はせん。その程度恥ずかしくなんかない」



 て、そんなことはどうでもいいんだ。今はエマを紹介するために連れてきたというのにその本人をいつまでもほったらかしにしておくことはできない。


「俺が連れてきた助っ人だ。ほら自己紹介」



 立ったままの広臣とエマは場所を変えるようにエマを前に出す。


「どうも。今日お世話になるエマ・キャヴァンディッシュだ。エマと呼んでくれ。よろしく頼む」


 そう言って深々と頭を下げたエマを見て、セナは目をぱちくりとさせた。どうやら状況がよくわかっていないらしい。


「え? エマ・キャヴァンディッシュてあの……。本物?」


「エマでいい。それとたぶんその、本物だ」


 エマが戸惑ったようにそう言うと、セナは机から身を乗り出した。


「本物じゃん! どうしたのよ!? ヒロオミ知り合いだったの!? もしかしてエマさんが助っ人!?」


 興奮しきったセナはわたふたとよくわからない表情で理解が追いついていなといった感じになっている。

 広臣は知らないが、エマはとんでもない有名人である。最年少でその副騎士団長という地位につき、美しく恐ろしい程のその強さは誰しもの憧れの的であった。


 興奮の冷め切らないセナを放っておいて広臣はエマにテーブルで座る2人のことを簡単に説明して席に着いた。

 興奮するセナに対してキスケは相変わらずの無表情で、静かにエマを見ていた。


 顎に手をつき、エマを観察するように見るキスケは真剣そのもの。

 広臣はキスケの力量を見図っているような様子に、こんな生き物を斬れないといえど、腐っても剣士なのかと少し感心する。

 視線を感じているのかエマはどうしていいのかとそわそわしている。


 しばしの時間が経ち、キスケはゆっくりと口を開けた。


「87、58、88か………」


 口を開いたかと思うとセクハラ発言をかっ飛ばすキスケに、エマは無言で剣を抜こうとする。

 広臣は慌ててそれを止めながらキスケに言う。


「お、おい! 確かにエロい体してると思うが、そういうセクハラ発言はなしだ!」


「どうやら貴様らは死にたいようだなあっ!」


 顔を赤らめて鬼の形相で睨むエマを押さえ込むのに3分ほど消費し、セナも落ち着いたところでやっと本題に入ることができた。





              ■





「ふっ!」


 短い吐息がきれるのと同時に、猪がエマの一撃で沈んだ。


 場所は昨日の街の離れの畑。広臣たちが苦戦を強いられた猪はあっという間に片付けられてしまった。

 エマ以外の3人は思わず声を合わせて感嘆の声をあげた。


 1回剣を振るっただけでわかる。そのまったく無駄のない動にと力強さ、しかし繊細で美しいそれは、よほどの鍛錬なしではできない動きだ。

 エマの金髪がなびく。その姿はため息が出るほど可憐で、絵に描いたような美しさだった。


 広臣はエマを見ながらセナに言う。


「どこぞのコスプレとは次元が違ったようだ」


「なんだい。文句があるなら聞こうじゃないか」


 セナは土の付いた顔を向けて睨むように言ってくる。

 今日も先陣を切って猪に立ち向かったセナは、またも魔法の不発により簡単に返り討ちにされていた。なぜ魔法が使えないのに使おうとするのか謎である。


 ちなみに広臣はどうやら魔法が使えないらしい。これはエマから聞いたことで、広臣からは全くと言っていいほど魔力が感知できないらしい。


 魔力というものは生物ならほんの少しは持っているものらしいのだが、その定義に当てはめるのなら広臣は生物と認定されないことになってしまう。これは異世界から来たから仕方のないことなのだろう。



 といっても、それを聞いて落ち込まない訳はなかった。

 異世界に来て、魔法のある世界というのに魔法が使えないなんて手のひら返しもいいとこだ。



 でも使えないのなら使えないでいい。もともと使えなかったものが使えないからといってむきなる気も落ち込むこともないだろう。



「セナも別に無理に魔法にこだわる必要なんてないんじゃないか? 使えないなら使えないで他のことを伸ばすとかあるだろう」


 何気ない質問だった。

 しかしその質問はセナにはどういう意味と捉えたのかは広臣にはわからなかったが、あまり言わない方がよかったのかもしれない。


 泣きじゃくるところや笑顔だったり、表情豊かなセナだが、この時は広臣も見たことのない何とも説明しがたい表情だった。それは苦悩か、悲しみか、懺悔か、いろいろなものが混じっている気がして、理解はできない。

 それでも広臣はその質問に少なからず後悔した。



「最初から使えないなら……。いや気づいたら――」


「――おい。終わったぞ」



 セナが何かを言おうとしたところでエマが声をかけてきた。剣を鞘にしまい、乱れた髪を整えながらエマは息をついた。

 広臣はセナを見やるが先ほどの表情などウソだったかのように消えていて、なんだったのかと思う。


「エマちゃん凄かったよ! 可愛かった!」


「か、かわいい……。そんなことない」


 セナの言葉に相変わらず素直にならず、顔を赤らめて否定する彼女を見ていると広臣は、まあいいかと深くは考えないことにした。

 誰にも深く聞かれたくないことの1つや2つくらいあるだろう。それがどういうものでどこから来るものなのかはわからないが、それほど大事なことならこちらから聞くものではない。



「それにしても。すばらいしいですね」


 そう言ったのはキスケ。彼の言葉だと、どういう意味での発言か読み取るのが難しい。セクハラ関連なのか、それとも普通の感想なのか。


 たぶん後者だろうと、広臣は返す。


「キスケは生き物が斬れないだとか意味不明な枷があるが、本来は普通の剣士なのだろう? その目から見ても凄いものなのか」


「ええ。あのエマさんの動きからして、手も足も出ないと思います。揺れるたわわな胸が恐らく一番の天敵……」



 おっと、こいつに真面目に話を降るのはダメのようだ。

 頭の中に煩悩しかない剣士など剣士のイメージが崩れるからやめていただきたい。


「ヒロオミさんは人を見る目があるんですな。観察眼といいますか」


「それはエロい意味か?」


「いえ、普通の意味です。その人の本質を見るといいますか、ただセナさんも僕もですが、簡単に見放されてしまいましてね。パーティーに入れてもらうことなんてないんですよ。でもヒロオミさんはセナさんがただ魔法が使えないだけじゃないことにうっすら気づいてますしね」



「そんなことは……」



 キスケはそう言うが、広臣からすればただの偶然だった。

 今セナとキスケがパーティーとしているのも、その能力を把握しているわけでも、見極めているわけでもない。

 しかも、今日セナがキスケを連れてこなかったらパーティーにすら入っていなかっただろう。



「買いかぶり過ぎだ」


 当たり前のようにそう言う。反してキスケは変化の少ない表情だが、笑うように言う。


「それなら今日僕を追い返すこともできましたよ。セナさんのクエストに付き合う必要もないですし」


「本当に偶然だよ。ただな、放っておけないだろ。魔法も使えないのに無茶して、こっちが心配して精神的に悪い。それとお前は確かに戦闘において正直使い物にならないが、まあ信用できると思っている。会って日にちも経たないが、そう思っただけだ」



「優しいですね。そんなことを言われたのは初めてですよ。惚れちゃいそうです」



「や、やめてくれ」


 そんなやりとりだったが、広臣は少しキスケのことがわかってきた気がした。どんなものかとは説明はできないが、ただそのキスケの立ち振る舞いは剣士のそれだ。変態だが、真面目なのだろう。



 今はそのような評価で終わる。広臣自身、別に人のことを把握するのが得意なわけではない。細かい性格などわかるわけがない。考えていることが理解できるわけもない。



 ただ、人の表情ばかり気にして、同調するような人間はどうも苦手だった。それこそ何を考えているかわからない。

 個性も何もない。ただ人に合わせて行動するだけ。そういうふうになりたくなかったから広臣は人の表情など気にしないで発言する。


 そのこともあって元の世界では随分と自分のことを嫌っていた奴もいた。

 今となってはもうどうでもいいことなのだが。



 セナとはもうクエストなど一緒に行かんと言っていたが、先ほどのこともあって気になる。もう少しばかり面倒を見てやろうと思いつつ、随分と仲良くなったエマとセナに言う。



「じゃあ、今日は帰ろうか。ちょくちょくクエスト取っていくからついてきたいならついてこい。あ、エマは半強制な」



 セナは驚いたようにしていたが、嬉しそうに跳ね回っていた。

 それに反してエマは反抗的な目。


「何を言っている。ちょっとしたお願いは終わりだ」


「お前こそ何を言っている。誰がちょっとしたお願いが1つだと言ったんだ」


「そ、そんな……」



 がっくしと肩を落としたエマは、「悪魔だ」とつぶやいていた。





              ■





 魔法使いとは、己の魔力を消費し、スペルを唱えることで魔法を具現化する力のある者のことである。魔力を消費すればだれでも魔法がつかえるかと言われれば否だ。


 魔法の行使には、魔力を消費することによって、神や聖霊の力を具現化することができる。しかしそれには膨大な魔力や精密な魔力コントロール、そして質や頭の中でそのさまざまな構成を構築できる頭脳が必要になる。



 よって魔法を使えるものは生まれつきの才能やキャパシティに大きく左右されることになる。魔法使いというステージに立つことは生まれた時から決まっている。

 そして、そこからは鍛錬やそれぞれのキャパシティを伸ばすことによって優劣は明白としていく。


 そしてこの世界の大半はセンスティアという女神を奉る宗教で、通貨の単位となっている。この女神が人間に魔法という神聖な能力をこの世界に授けたらしい。



 魔力はもちろん全ての人間が持っている。それを何かしら、簡単なものでも具現化するまでできる者は8割を越える。

 そして魔法使い、魔道士としてそれを独占的に名乗れるのはほんの1割にも満たない。


 それほどシビアな世界なのだ。

 広臣には魔法は使えない。

 そして世の中の2割の人間もまともに魔法は使えない。

 そしてあの少女、セナにも魔法は使えない。


 そこにはとても大きなアドバンテージが生まれる。

 広臣にはわからない。この世界で魔法が使えないということはどういうことなのか。別に使えなくても普通に生活はできるはずだし、差別的な扱いを受けるわけでもないだろう。



「さっぱりだ」


 誰にも聞こえない大きさでつぶやく。あれから、セナは何ともないように何時も通りだ。だが広臣は心の中のどこかでむず痒いしこりを感じていた。

 魔法使いがそんなに誇れるようなものなのか。


 そして魔法使いだけではない。ここには騎士という存在もある。

 騎士とは特別な力を持った人間を指すのではなく、ただの役職だ。ただその役職は誰しもの憧れ。


 簡単になれるものでもなく、高い教養と魔法のコントロールに武術の才も必要となる。

 学校と呼ばれる施設が存在しないため、いわゆる家庭教師と呼ばれるものや、熟と言われるものに通えるものは裕福な家庭しかありえない。


 教養のない一般人にとってはよほど独学で努力しない限り、そのボーダーすら超えることはままならない。

 しかしそれを考慮しても、この世界の学力水準は低いと感じた。50万近くのライバルと競争するのが大学受験だ。その中で生き抜いてきた宏臣にとって、ライバルもなしにただ勉強しているだけの奴にはどんな英才教育だろうが負ける気はなかった。


 ただ、それは勉学の話であり、『戦力』としての強さとはまた別だった。



 そして、その騎士を目の前にして広臣はその力を感じずにはいられなかった。

 場所は騎士の訓練場。広臣が拠点をおく街、グレスティアの隣町にこの訓練場はある。広臣はその訓練場の端に置かれたベンチに腰掛けていた。


 広臣はその騎士の訓練を見学しているのだが、伝わって来るのは熱気に身震いするほどの覇気。本物の戦士というものはここまで人を圧倒できるのかと気持ちが高ぶる。



 猪の件からもう一週間も経過した。あれから何度かキスケに頼み、採取系のクエストを数回こなしていた。キスケは採取系ならとても心強く、ここら一帯の地理を把握していて、危険な植物やモンスターの縄張りまで詳しく知っていた。


 彼はシルバーランクらしいのだが、採取クエストもランクが上がるにつれて危険度は増す。欲しい素材がある場所に強力な魔物が生息しているからだ。


 キスケは広臣とセナにでもできる簡単な採取クエストを選んでくれて、付き添ってくれていた。



 エマは騎士という立場から、なかなか参加はできないが、ちょっとしたお願いということで騎士の訓練の見学をできないかと頼んだ。


 一般には公開されていないが、副騎士団長という立場の彼女の一言で簡単に見学できることとなった。



 騎士の訓練を見るのは、ただの好奇心だけではなくてその戦力はどんなものかと確認しておきたい気持ちもあったからだ。



「どうだ?」


 そう言ってきたのは、汗をタオルで拭うエマ。

 広臣が座るベンチの隣に腰掛けて彼女はタオルを自分の首にかけた。


「すごいんじゃないか?」


「なんだその曖昧な感想は。騎士の訓練をこんなに間近で見れる機会なんてそうそうないぞ」


「俺、この世界にまだ疎いんだよなあ」


「………?」


 広臣のつぶやきにエマは首をかしげる。

 エマ曰く、騎士一人の能力として一般的な強さと比較すると、最低でもシルバーランク以上の強さは必要となるらしい。

 その中でも大半はゴールドランク並みの強さを誇るようで、この戦力は他国と比べても目を張るらしい。


 さすがにプラチナランクからは激的に少なくなって、その線引きはひとつの大きな壁らしい。

 魔族はとても強力で、騎士が5人がかりでやっと倒せるくらいらしく、しかし魔族でも個体差はある。強力な個体はここの騎士が束になっても勝てない相手もいるらしい。


 それほど魔族は強く、一度攻められてしまえば小さな町などすぐに破壊される。



「ところで、エマはギルドに所属してるのか?」


「ああ、騎士に入る前はよく行っていたな。今となってはほんのたまにだがな。忙しくてなかなか行けんからなあ。それに昔のパーティーも解散してしまって行こうにも行けないんだ」


「へえ。ランクは?」


「マスターランクだ」


「マスターランク!? 最高ランクは確かこの国にも10人もいないと聞いていたんだが……」


 マスターランクとは驚いた。いや、予想できていなかったわけではないのだが、最高ランクとは。

 副騎士団長というのはつまりこの国の実質の二番手の実力者。マスターランクでもなにもおかしくはないのだが、やはりそのトップレベルの実力はそのくらいの称号は当たり前なのだろうか。


 ならやはり、近々この街で起こるであろう戦争は彼女の力が一番の鍵となるのだろう。しかし、個人の力などたかがしれているのではないか。



「たとえばだが、エマはここにいる騎士と戦って、何人まで勝てるんだ?」


「全員だ」


「いや、冗談とかはいいのだが」


 広臣は別にそんな冗談を求めているわけではないと、エマを見やるがその表情はいたって真面目。

 エマ自身も本気でそう言ったのかムッとした顔で広臣に言う。


「嘘ではない。確かにここにいる騎士は一人一人とても優秀だ。だが私はその騎士のナンバー2なんだ。別に力を過信しているわけでも侮っているわけでもない。それくらいできなくてどうする」



 さも、当たり前のように語るエマに広臣はついにわからなくなった。そんなの1人の人間にできることを超えているだろう。

 1人で100人を相手して勝てるなどそんなものもう人間ではない。兵器だ。


 それが本当なら、この世界の戦力をあらためなくてはならない。広臣は魔法があるとはいえ、その威力を目の当たりにはしたことはない。

 個人の力など強くても、たかだしれているだろうと思っていた。


 そうだ。とエマは言った。


「セナのことなんだが、広臣はセナとの付き合いは長いのか?」


「いや、まだ出会って10日くらいか。どうしたんだ?」


 言いにくそうに、頬を掻きながらエマは眉を八の字にさせる。


「セナは魔法が使えないと聞いてな。でも、魔法を唱えたときに魔力を感じたんだ。でも発動寸前でなぜか霧散しているようだったんだ。あんな状態のものは見たことがなくてな……」



「そうなのか。俺はセナがただ魔法を使えないことだけしか知らない。原因なんて俺にはさっぱりだ」


 考えてもわからないと、広臣は肩をすくめる。エマにもその原因はわからないらしい。

 しかし、1つわかったのは、セナには魔力がある。しかも発動できるくらいの。何か魔法が使えない原因があるというのだろうか。

 広臣に何ができるかはわからないが、最近そのことは気になっていた。



「では私は訓練にもどる。いつまでもサボっていては示しが付かないのでな」


 エマは立ち上がりそう言った。

 広臣は軽く返事をすると、エマは早々と訓練に戻った。


 確かにエマは相当な実力者なのだろう。訓練を見ても素人目でそれが分かる。


 しかしそうは言っても1人の人間なのだ。そんなことがあってもいいのか。

 いや、でも街を破壊できるほどの魔族と立ち向かえるほどなのならありえる話ではあるのか。


 広臣は答えのないことの想像を膨らませていると、エマとは違う誰かが隣に腰掛けたことに気がついた。

 名前は、ローグ・ヘイスティング。

 ほっそりとした体型で、メガネをかけている彼は、知的な印象を受ける伊達男だ。この騎士団の指揮官を務めているようだ。


「やあ、ヒロオミ君。騎士の訓練はどうだい」


「それが、よくわからなくなってしまいましてね。ところでローグさんは訓練に参加しなくていいんですか?」


「僕は戦闘が苦手でね。騎士になれたのも奇跡的なのさ。僕は考えるのが仕事みたいなものだから、今後の魔族との戦いについての作戦を考えなくちゃいけないんだ」


 自嘲気味に言うローグは、確 かに戦闘向きのようには見えない。


「今度の戦争、勝機はあるんですか?」


 広臣は言う。それに対してローグはやれやれとため息をつく。


「そうなんだよねえ。勝てそうと聞かれたら、勝てると言わないといけないんだよ。僕らは騎士だ。人々の安全を第一にしないといけない。ただ、敵の戦力が未知数なうえ、こちらは十分と言える戦力は整っていないんだ。こんなことは言っちゃいけないんだけど、確実に勝てるとは言えないね」



 どこか思いつめたように言うローグは、どこか遠い目をした。思いプレッシャーなのだろう。敵の情報も確実でないのに、今ある不十分な戦力で勝たないといけない。


 でもね。とローグは続けた。


「今回ばかりは、あのエマ団長がいるんだ。勝てなくとも負けることはありえないと思うよ」


 この騎士団を率いるのはエマだ。だから『団長』なのだろう。


「そんなに彼女のことを信頼してるんですね」


「当たり前だとも。団長はたった1人で万という数の魔物を倒せる実力があるんだ。そこらの魔族も、太刀打ちできないだろうね」


「万……」


 おいおい、単位がおかしくないか。広臣はもうそれが普通ではないことに疑問を持たざる負えなかった。


「エマは本当にそんな化物じみた力をもっているんですか?」


「そうだね。彼女もそうだし、騎士団の中にはたまにいるんだ。1人で戦況を変えてしまえる力を持った者がね」



 広臣は読み違えていた。これは単なる戦略が物を言う戦争ではない。

 ここの力まで考慮しなくてはならない、そしてそのレベルの力を持った敵もいるとても均衡がとれないアンバランスな戦場なのだ。


 それなら、真っ向から勝負するのはもっと荒唐無稽ではないのか。この戦力を発揮できる状況を作り上げるのが課題だろう。



「他には、エマのような存在はいないんですか?」


「いないよ。あのレベルはねえ、この街の実力者の中に該当するような人はいなかったね」



 それもそうだろう。そのような兵器レベルの人間がそうそういてたまるか。

 ローグは困ったように肩をすくめる。


「それとやっぱり人員がいないのが辛いね。この街の戦闘ギルド員はこの戦争に参加してくれるのやら。どこかね、諦めたような空気を感じるんだ。仕方ないんだけどね」



 ローグの悩みは尽きないのだろう。このような不利な戦況でどうにかしろと言われても、不安要素が多すぎて決行できない。


 敵も未知数。味方も限られている。


 広臣はまだこの世界の知識には疎い。これはローグが考えることで、自分には考えれることはない。

 こんな本当にゲームのような適当な設定の世界を恨んでやりたい。何が突然変異したらそのような人間兵器が誕生するんだ。滅茶苦茶すぎる。



 もう知らんと投げ出したいところだったが、広臣は冷静に尋ねる。


「これ以上戦力を増強できないんですか? あまりにも配属が適当すぎる気がするんですが」


「無理だろうね。上の頭の固い老人を動かすのは難しい。いたるところで戦争が起きてるからここに戦力は裂けないよ」


 なるほど。もう国自体がジリ貧ということか。

 広臣は自分が一般と比べると賢いと思っている。どころか、正直できないことはないとまで思っている。挫折などしたことはない。なんでもそつなくこなせるのが自分だ、と。


 しかしこの状況ではもうどうしようもなかった。これは挫折などではない。元々クリア条件のないゲームをやらされているのと同じだ。

 クリア条件がないのなら考えても無駄。それに自分には情報が少なすぎて、そもそもゲームのルールすら把握できていないのち同じだ。


 ここ最近は本を読みあさり、クエストで街一帯の地理もだいたい把握していた。だが少なすぎる。


 答えのないことを考えてもしようがない。わかるようになってから考えたらいい。広臣はそう言い聞かす。



 そこで、ローグが思い出したように言った。


「そうだ。ヒロオミ君が団長に勝ったという話は本当なのかい? いまこの騎士団の中でちょっとした噂になっていてね」


 ローグはどうやら、一般人である広臣にこんな血なまぐさい話を続けて不安にさせるのは良くないと思ったのだろう。

 ただ、ローグは興味があるようで少し目を輝かせている。

 広臣は別に勝負という勝負をしたわけではない。簡単なゲームだから勝ててのだ。真っ向から勝負していたら瞬殺されるだろう。



「まあ簡単なゲームですけどね。正直運が良かっただけです」


「ずいぶん謙虚だね。ゲームがどうであれ、団長に勝てたことなんて自慢できるよ。あれでも実力は本物だからね」


「別に謙虚に振舞っているわけではないですよ。たぶん……次やったら絶対負けると思いますし」



 当たり前のようにそう言う。これは本当のことだ。あの時はエマが広臣の事を測りそこねたから勝てたわけであって、そもそももっと警戒していれば勝てる要素はなかっただろう。



「それでも、ここの連中は君に興味を持っていたよ。最初来た時なんて団長が男を連れてきただので大騒ぎでね。頼りがいのなさそうだの、弱そうだのと言われていたよ」


「その不届きものを連れてきてください。しばきますんで」



 なぜこの世界に来て、最初の評価がこれほどまでに悪いのか。

 確かにここの奴らは、戦士としての形をしていない広臣を弱そうだとか思うのだろう。別に強いとは思っていないが、これでも運動には自信があるし、体つきも悪くはない。


 まあ、それで油断してくれるならこちらもやりやすい。


「まあ、また見学に来たいときはいつでも来てくれ。ヒロオミ君はどうやらそうとう頭の回転が速いようだ。建設的な話ができそうだよ。それじゃあ、僕は戻るよ」



 ローグは立ち上がり、手を振って訓練場から去っていた。これからまた会議でもあるのだろうか。

 そして、この会話でどこに建設的な会話ができると思う要素があったのか。


 さて、と広臣は立ち上がった。

 今日は、ユノアとの約束がある。見たいものも見れたから帰るかと、エマに別れの言葉だけ告げて広臣は訓練場を後にした。

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