1-2:異世界は詰みかけている
そんなことを考えているうちに憂鬱な気持ちが晴れてきた広臣は足取りも軽くなる。
文字が読めなくても言葉が通じるから宿など日が暮れるまでには見つかるだろう。
別に人に聞いても良かったが、街をある程度探索するついでということで自力で探していたのもある。
そしてわかったのはこの街は大きいが、あまり裕福な人が住むようなところではないということだ。
やはりまだこの世界について詳しくはわからないのだが、どうやら裕福な人もいるようで、このあたりにはとてもその割合は少ないのだう。たまにだが遠目に立派な屋敷もあるにはある。その屋敷はとても立派なもので、やはりそういう貴族といった人種もいるのだろう。
今のストーカーもそうだが、ここはあまり治安が良くないのかもしれない。一般的な街の水準がどうなのかもわからないが、少なくともここは良いとは言えないだろう。
それにもっと良いところなら魔法も見られるかもしれない。
魔女とかいるのだろうか。魔法使いとか、もしかしたらあのゴウセルも魔法を使えたのかもしれない。
(魔法使い……)
そういや、と広臣は思い出す。
――コツン。
足元に転がってきたのは石ころだった。
後ろを向くとあのストーカー。もう姿を隠す気もないのか何も存じませんというかのように当たり前のように立っている。
そう。このストーカーの姿は魔法使いそのものだ。
もしかしたら、と思うのだが、広臣は諦めるようにまた歩き出す。
こんなストーカーやしかも石を投げてくるような危険なやつに話しかける気など起きない。
「いてっ!」
次は石が背中に命中した。そんな本気で投げたわけではなかったようでそこまで痛くはなかったが、その言葉は反射みたいなもの。
イライラくるものはあるが、もうこうなったら無視だと反応はしない。
それから数回石ころが足元に転がってきたが、気にしないようにしていると後ろから袖を掴まれる。そして聞いたことのない女性の声。女性というよりかは女の子といったまだ若々しい声。
「なんで無視するの」
広臣はチラリとその声主を見るが、その姿格好を確認するとため息をついて軽く手を振り払ってまた歩き出す。こいつ女だったのかと思いながら無視を続ける。
「ちょっと! ねえ。なんで無視なの。耳ついてますー?」
ペチペチと肩を叩きながらその魔女っ子はしつこくついてくる。
ここまで無視されてもついてくるのもなかなかの精神力である。
「ねえねえ、お兄さん。逆ナンされて緊張してる? なんで無視なのよー。話くらい聞いてくれてもいいじゃない。ねえ。……もしかして本当に耳聞こえないのかな。でも肩も叩いてるし。よし、こうなったら。この人痴漢――」
「やかましい! なんなんだお前は鬱陶しい! 捨て猫かお前は!」
「あ、反応してくれた!」
ついに我慢できなくなった広臣だったが、反応してくれたのが嬉しかったのかその魔女っ子は気にした様子もなく笑顔になる。
長い帽子のせいでよくわからないが身長は160cmないくらいだろう。
上目遣いのその顔は少し幼さも残っているが、広臣も思わず息を呑むほど整っていた。
「な、なんなんださっきから」
少し気圧されたように広臣が尋ねると魔女っ子は相変わらず笑顔のままで答える。
「お強そうなお兄さんに話がね。こっちから話しかけるのも恥ずかしいから後ろでずっとアピールしてたのに! 紳士なら男から話しかけるのもだよ」
「ストーカーに話しかけるバカなどおらん。それに俺は忙しいんだ。もう放っておいてくれ」
「少しだから! 少しだけ話聞いてよ」
「嫌だ。またいつか会ったときにでもしてくれ」
「お願いだってば。すごい魔法とか見せるから!」
「なんでも話すがいい! ちょうど暇してたところだ」
「えっ」
■
魔法などと甘い言葉に釣られる広臣は、その魔女っ子に場所を変えようと言われてついていった。
「こんな小洒落たカフェもあるんだな」
「うん。わたしの最近のお気に入りの店だよ」
連れられてきたのはアンティーク感のあふれるカフェだった。外見では気付かなかったが、中はよく掃除されていて清潔にされている。
しかし古めかしい木造の作りは良い雰囲気を出していた。
広臣はコーヒーを頼み、向かいに座る魔女っ子はオレンジジュースとサンドイッチを美味しそうに食べている。
黒のブーツに黒いマントに黒いローブに黒い帽子。全体的に黒い魔女っ子だが、よく見るとその下は普通のシャツに、短パンのジーンズだったのを見て広臣は残念に思ったのは口に出さなかった。
黒い髪は肩くらいまで伸ばしており、整った顔は大人の女性というよりは幼さを残した可愛らしさがある。
年齢は広臣と同じくらいか少し下だろうか。
「あ、自己紹介がまだだったね。わたしはセナ。魔法使いとかやってるよ。もちろん奢りだからもっと頼んでも大丈夫だよ」
「俺は広臣だ。俺も男だから女の子に奢られるほど落ちぶれてはいない。先程そこそこ稼いだところだからな」
そう良い、ポケットから袋を取り出そうとする。
「あれ?」
広臣は血の気が引いてくるのが焦りを増加させていた。
セナはクエスチョンマークを浮かべたように不思議そうにその姿を見ている。
「な、無い……」
「どうしたの?」
「お金を取られたかもしれない」
ズボンや胸のポケットを全てひっくり返すように確認したが何もない。あるとすればスマートフォンくらい。
もしかしたら落としたのかもしれない。しかし落としたとしても今更取りに行っても遅いだろう。歩き回ったせいもあってどこに落としたかも予想すらできない。
「ま、まあここはわたしが奢るからいいよ。このあたりはスリとか多いから気をつけてね。だからそんな青ざめないで。いくら無くしたの?」
「74万センス……」
「探しに行こう! まだ諦めちゃダメだよ!」
金額を聞いてセナが焦ったように立ち上がった。
「いや、もう遅いって」
興奮した様子のセナをなんとか落ち着けてコーヒーを飲む。こんなにコーヒーが苦く感じたのは初めてだろう。
お金を無くすというのは予想以上に辛いものがある。しかも手に入れてすぐに一文無しだ。
「大丈夫?」
あらかさまに落ち込んだ広臣を心配そうに覗き込むセナ。
「大丈夫じゃないが大丈夫だ」
「う、うん? 金額は大きかったみたいだけど、また稼げばいいって!」
「そうだな。また稼げばいいか」
これ以上心配されるのも逆に申し訳なくなってきた広臣は外見だけでももう大丈夫だと繕う。
「ところで話とは何なんだ?」
「そのことなんだけどさ。ヒロオミ君てアデアル出身だったりする? それにあの腕相撲のときたまたま見ちゃってすごい力だったけど何の魔法使ってたの?」
「アデアル? いや、違うが。あと俺は魔法など使っていない」
アデアルとはどこかの町か国などの地名だろう。そしてその答えにセナはわかりやすく困ったような顔になる。
「そっか違うのかあ。黒髪黒目なんてアデアルくらいにしかいないからそうじゃないかと思ったんだけどなあ」
そんなことをつぶやくように言うとその表情は嘘のように消えていた。
なんだったのか聞きたい衝動に駆られるがそんな追求するのも野暮だろう。
「ヒロオミ君魔法使ってなくてあの力なんてどういうトリックなのさ。びっくりしたよ」
「トリックと言ってもなあ。魔法も使えないし自分の力だ」
「魔法なしであれってすごいね……」
そしてセナは考えるような仕草をとる。
「ちょっと頼みごとがあるんだけど」
「まて。その頼みごととやらの前にいくつか聞きたいことがあるんだが。というか俺はこの街に来たばかりで知らないことしかないからたくさん聞きたいことがある」
「いいよ。でも後でちゃんと頼みごとも聞いてね」
広臣は無言で頷く。頼みごとを聞くだけだ。聞くだけだから実行する必要もない。それよりかは先にこちらの話を聞いてもらったほうが有益だろう。
広臣はオレンジジュースを飲むセナに質問を選びながら聞いていった。
セナも不思議そうな顔をしたり、「君はどこの田舎で住んでたの?」といろいろと豊かな表情を見せながらも、嫌な顔せずに質問に答えてくれた。
話をまとめるとこうだ。
この国はレイアス王国。そして今いるのがレイアス最東の街グレスティアというそうだ。王国というのは驚いたが、異世界ならありえるのだろう。
そしてゴウセルがゴールドランクがなんたらと言っていたのだが、それはどうやら戦闘系ギルドが与えるランクとこことだった。下からジンク、ブロンズ、アイアン、シルバー、ゴールド、プラチナ、マスターランクと分けられているらしい。
そのランクも別に強さを表しているわけではないらしいが、それなりのクエストや数をこなさないとランクは上がらないことから上のランクほど強い人が多いくなるのは当たり前のようだ。
そしてそのギルドというのも大きく生産系ギルドと戦闘系ギルドに分かれていて、その中でもまたいくつか細かい分類がある。
また、この国には騎士や兵士も多く、それは国に仕えるものとして働き、ギルドにいるものはその報酬をもらうことによって働く。
ギルドにいるものより騎士や兵士の方が質は高く、騎士でありながらギルドに登録しているものも多いようだ。
セナは魔法使いよろしくな格好だが、魔法使いはどうやら貴重は存在のようだ。その数は100人に一人程度のようで、その中でも魔法を自在に操り、強力な力を持つ者はひと握り。
一般人も少しは魔力を持っているが魔法は使えなかったり、本当に簡単なものに限られるようだ。
セナは魔法使いらしく、しかもなかなか高位の魔法使いらしくすごい人に声をかけらたのかもしれないと広臣は密かに心強く思った。
そして広臣が一番聞いておきたかったこと。
魔王軍のことである。
この世界を8割も侵略しているということはそうとうやばいんじゃないのか。
しかも元々9割以上が人間の土地だったのだが、たった10年でこのざまだ。
人類やる気出せよと思うが、魔王軍は相当本気で攻めて来ているらしい。それにしてもたった10年で世界の8割となると、単純計算で2年と半年で残りの人間は駆逐されてしまうだろう。
残りの国はあと3つしかないようで、現在いるレイアス王国、他にはエイド共和国、グレイフィア連邦国家。グレイフィア連邦国家に至ってはもう魔王軍が侵略途中で他の国に移民が増えているとか。
他の国々はもう悲惨なことに侵略済み。
魔王率いる軍というのは、魔物や魔族が主なもであり、その中でも個体数の少ない魔族というのはとても強力な力を持っており、普通の人間ではまず束になってかかろうと勝てないらしい。
この話ならもうこの国も近いうちに侵略されてしまうのだろう。
そこで広臣が思ったのが、そんなにやばい状況なのになんでこの街の人間はこんなに脳天気にしているのだろうと。
その回答は本当に情けないもので、この街の人間はもう滅びるなら最後に楽しんどこうという考えの人が多いらしい。
他にも絶望してふてくされるように閉じこもってしまうものや、酒を飲んで忘れようとするものもいるようだ。
「なんて情けない連中だ」
その広臣の言葉は至極まっとうなもので、セナも「そうだよ。本当に、本当に情けないよ」と暗い顔をして同意した。
国民がそんな考えだと勝てるものも勝てないだろう。
こんな異世界は嫌だと広臣は頭を抱える思いだった。
それからいくつか適当に質問をして広臣は知りたいことはだいたい理解した。そして最後の質問。
「これで最後だ。ノウスフィアスという神殿を知らないか? 場所でいい」
「ノウスフィアスってあそこね。今の魔王軍の本拠地だよ。場所はこの大陸の西のほうだけど、魔王軍のど真ん中だね」
「えっ? 魔王……」
希望を裂かれた思いだ。この世界がどうなろうと知ったこっちゃないが、しかし魔王がいては元の世界にも帰れない。こんなことがあるだろうか。
知らない世界に連れてこられて、帰りたいなら魔王を倒さないといけない。しかも人間滅びそうというおまけ付き。
もう頭を抱えるどころか膝をついて小一時間ほどこの世の理不尽に対して愚痴でも言いたかったが、それもバカらしくなる。広臣はこの世界の奴らのように情けない生き方などしたくなかった。
恥ずかしい。この気持ちだ。生きるのに絶望して諦めるなどそんな無様な生き方などしない。
「ねえ。もうわたしの頼み聞いてくれるかな?」
「あ、ああ。いいだろう」
気持ちを整理する時間も欲しかったが、とりあえず今は別のことを考えたかった。
「一緒にクエストに行ってほしいの。あっ、でも簡単なクエストだよ。魔法の練習がしたくてね。その時に魔法を見せることにするよ」
「クエストか。簡単なものならまあ、いいだろう。それに優秀な魔法使いが仲間なんだ。心強いよ」
セナは恥ずかしそうに笑いながら頭をかく。
「大船に乗った気持ちでいなさい! 見ててくれるだけでいいから」
「あ、でも俺そのギルドに登録してないが大丈夫なのか?」
「パーティーの一人が登録してるなら大丈夫だよ」
そうしてセナとクエストに行くことになったのだが、気づくともう日が傾いてきていたのでその件はまた明日ということになった。
空が赤く染まりはじめ、広臣は腕時計を確認するともう6時だった。どうやら腕時計とこちらの時間は大差ないのかもしれない。大まかな時間がわかるのでラッキーだと思う。
そして広臣はセナにコーヒーを奢ってもらうかたちとなって、次はこちらが奢らせてもらうと約束をした。
ちなみにコーヒの値段は250センス、オレンジジュースは200センス、サンドイッチは400センスとこの値段が一般の値段かわからないが、金銭感覚として1センス1円と考えても多少の誤差はあるだろうが、まあ大丈夫だろう。
「じゃあ、明日の昼頃にこのカフェの前に集合ね」
そう言うとセナは颯爽と去っていってしまった。
なんにせよこの世界で知り合いができるということはとても心強いことだ。
贅沢を言うと、一晩でも泊めていただけたらもう完璧なのだがそこまで贅沢を言うのもお門違いだろう。
もう野宿するしかない広臣だが、こんな治安の悪いところで一晩を過ごしてもいいのだろうかと不安だった。
夕方のこの街は酒場や雰囲気が危なそうな店が多いせいか、柄の悪い連中が増えてきていた。
本当にこのあたりは治安が悪いかもしれない。こんなところで寝てしまっていたら気づいたら奴隷として売り飛ばされてしましそうだ。
どうしたのもかと途方にくれていると、3人の男が1人の女性を囲むように立っているのが見えた。紙袋を抱えるように持っている女性は困ったような表情なのだが、まわりの男はまた悪そうな笑だった。
ただのナンパのような雰囲気ではなく無理やり誘うような光景に、広臣はやはり治安悪いなと思うばかりである。
それに他の通行人はそんな光景は当たり前であるかのように素通りしている。
広臣もいつもならこんなものを見ても案の定スルーするのだが、今日は違った。
今やあの力があるのだ。相手が男3人だろうが負けることなどないだろう。
それにその女性は見とれるほどの美人だった。
セナのような可愛らしさのあるものではなく、美人という言葉が似合うだろう。その女性は白いワンピースで白い肌。栗色の髪は腰辺りまで伸びていて、ガラス細工のように繊細な印象を受ける。
彼女は男らに触れられるたびに嫌そうな困ったような表情をして放っておけなかった。
「お前たちひとりの女性に寄ってたかって恥ずかしくないのか。そういうのは物語冒頭でコテンパンにされるのは定石の雑魚キャラみたいだぞ」
どうせ殴られても今ならたいしたダメージなど受けないだろうとタカをくくって出る。今回だけサンドバッグとなってやろう。こちらが殴れば本当に死にかねない。
煽りに苛立ちを見せるように男たちは広臣を睨む。
喧嘩などほとんど経験のない広臣はその視線だけでも内心ビビってしまうが、この美人さんを助けるためだと一歩も引かない。
びっくりしたようにぱちくりと広臣を見つめる女性はどうしていいのかとわたふたしている。
「なんだてめえ。やろうってか」
「男3人でナンパしてるような男気の欠片もないような奴らなど相手にするだけ無駄だ」
煽りに青筋を立てる男は今にも殴りかかる勢いだった。
「てんめえっ!」
男は大きく振りかぶり、広臣に拳を叩き込むが、警戒しているのもあり簡単にガードした。
「いてっ」
腕でガードしたのだが、じんじんとガードした腕が痛むのを感じた。もちろんほとんどダメージがないのだが、予想外の痛みに広臣は一瞬呆然とした。
その隙を突いてもうひとりの男が広臣の脇腹にボディーブローをくりこむ。
まともなガードもせず、攻撃をくらう広臣は息を吐き、痛みに脇腹を抑えて膝をつく。
予想外だった。あの攻撃力があるのに防御力がこんなにも低いとは思わなかった。RPGでいうステータスを攻撃力に全部つぎ込み、他は初期ステータスのような。しかしその考えはあながし間違いではないのかもしれない。
しかしそうなるとこの状況はとてもまずい。
男3人に喧嘩で勝てるほど広臣は喧嘩慣れなどしていない。
「ま、まて! すまん人違いだったようだ。やだなあ。知らん人にそんなこという訳無いだろう」
「てめえこの状況でそんな適当なことよく言えたな」
広臣はすでに戦意喪失状態。男たちは怒りとそんな広臣に呆れ状態。
「もういい。はやくどこか行け。そしたら見逃してやるよ」
「なんと慈悲深い。勇者も真っ青だな」
「うるせえっ! 消えろ」
また青筋をたてて怒鳴る男達に、はははと苦笑いしながら広臣は離れる。
まったく情けないが、世の中そんなうまくいかない。いや、自分の能力がこんなものだとは思わなかった。
心の中で俺が本気で殴ったらお前たちは瞬殺だと雑魚キャラのような言い訳をつらつらと並べて去ろうとする。
痛む脇腹を抑えながらふと先ほどの男たちの中を見ると、女性と目があった。
それは悲しみがにじみ出るような、希望が打ち砕かれたような複雑な瞳だったのだが、それが広臣の心を深くえぐった。
(何をしているんだ俺は……)
これであの女性を放っておいて本当に良いのだろうか。これからあの女性はどうなってしまうのか。あんなことやこんなことをされてもう生きていく希望も失って自ら死を選ぶかも知れない。
そんな思いが頭を巡り、離れない。
「ええいっ! もうどうにでもなれ! サンドバッグだ俺は!」
そう言い聞かせて広臣は先ほどの男達に歩みを戻すのだった。
■
気が付くと地面で横になっていた。
広臣はあの男達にサンドバッグにされたのだったのだが、気が付くと痛みもなく地面に倒れていたのだ。なぜ痛みも何もないのかぼーっと考えていたがよくわからない。
頭が冴えてきたところで頭に柔らかい感触があるのを覚え、視線を上げると先ほどの美人さんが心配そうに覗き込んでいた。
膝枕をしていることに気づき、広臣は勢いよく飛び起きた。
「起きましたか。さきほどは本当にありがとうございました」
そういって微笑む彼女に思わずドキッとくる広臣は恥ずかしそうに頭をかいた。
ユノアと名乗った彼女はそれから何度も頭を下げてお礼を言う。広臣はいてもたってもいられない思いになる。
一度腰を抜かせて逃げていった男になんとこんな態度が取れるのだろうか。しかもあの男達を倒したわけでもなく一方的に袋叩きにされたというのに。
あの男達は興ざめだというようにもうどこかへ行ってしまったようで、広臣はユノアが道の端に寄せて起きるまで膝枕をしてたのこと。恥ずかしく広臣は顔を赤らめた。
「助けるつもりだったのだが、格好の悪いところを見せてしまったな」
こんなもの笑いものだ。助けようとしてボコボコにされるなど、しかも啖呵をきってこの有様だ。
宏臣の恥ずかしそうに苦笑いする姿を見てユノアはきょとんとした顔で首をかしげた。
「かっこよかったですよ」
「ああもっと貶してくれ……。男としての威厳も何も消えてしまう」
「とてもかっこよかったですよ。こういう時に助けて頂いたのは初めてでしたので、とても感動しました」
「え、かっこいいだ?」
聞き間違えかと思ったがどうやら本当にそんなことを言っているのかと広臣は目をぱちくりとさせた。
それは本心のようで、ユノアが女神のように見えた。