日常の終わり
この章は短くしようと思ったけど、主人公の性格を知るいい機会なのでちょい長めです。
『異世界に興味はありませんか? 簡単なアンケートです。今後の参考にさせていただきますので良ければ答えっていってくださいな』
なんてブラウザが表示されれた。
広臣は自宅にてノートパソコンを使い調べごとをしていた。どう間違えたら政治経済ニュースのページからこんなアンケートページへ飛ばされるというのだ。
こういった政治経済ニュースなどは寝る前に毎日チェックしている。面接でも使えるだろうし知っておいて損することはない。
それよりもう少し読みたい記事があるのだ。広臣はそのアンケートサイトをブラウザバックの戻るボタンを押そうとした。
「いや、最近勉強詰めで退屈になってきたことだし、こんなつまらんアンケートに答えてやろうじゃないか。まったく俺をはぐらかすとはなんて巧妙な罠だ」
広臣は戻るボタンを押さずに留めてアンケートサイトを見ることにした。
しばしば娯楽を封印してきた反動か、このつまらなそうなアンケートもまた一興だと思えた。
しかしそのサイトにはアンケートらしい選択欄もなく、ただ『欲しい能力とか物とか書き込んでください』と書かれて、入力欄があるだけだった。
なるほど、ただの選択欄など質問も限られ、思考回路が狭まるものだ。このアンケートはどれほどの人が答えるのだろうか分からないが、管理者もなかなかまとめるのも大変だろう。
しかし! 手加減はしない。考えつく限りを書き込んでやろう。
そして広臣はキーボードを叩き続けてから様々な試行錯誤を繰り返してから一時間後。
「我ながらなかなかの出来だ。これほどまでに計算されたスキルなどないだろう。この異世界がとんなとこかは分からないが、どんな化物が来ようが苦戦することもないだろうし、どんな状況だろうが覆せるだろう。自分の才能に乾杯だな」
そう自分に自惚れている広臣は自分の才能に恐ろしさを覚えつつ、アンケートの送信ボタンを押そうとして指が止まった。
いや、違うだろうと考えた。ここで送信ボタンを押してしまえばこの中学生が考えたような妄想も真っ青な文が送られるわけである。
別に恥ずかしいわけではない。別に恥ずかしいわけではない!
しかもどうだろう。こんなものがもし叶っても楽しいだろうか。そんなはずがない。
どんな困難もなんだろうと何の苦労もなく乗り越えてしまう能力だ。
これはチートをしてゲームをクリアしているのと変わりないじゃないか。
元々ゲームは試行錯誤して、何度も失敗を繰り返してクリアしてこそ面白いのだろう!
それがなんだ! こんなチートを文面に起こしたようなふざけた文章は!
こんな能力を持ったところで楽しみもなく、人生に絶望してやがて自殺まで自分を追い詰めるとこだろう。
危ないところだったと広臣は息を吐いた。
危ない罠だったと、その文章を消してまた真っ白なアンケート欄になったところで広臣は随分と脱力した。
何をんしていたのだろうと。
今の自分の無様さとは何なのだろう。
受験生として一分一秒がもったいないというのに、このアンケートサイトに飛んてからもう一時間と10分が経とうとしていた。
「寝るか」
そう決めると随分とあっさりとしていた。
さっきまでの自分がアホらしかった。
こんな滑稽なものがあるだろうか。妄想を並べたような文に一時間も悩んでいたのだ。
そうか受験勉強で疲れていたんだな。と解釈してブラウザを消そうと閉じるボタンを押した。もう政治経済ニュースを読む気力も失せていた。
「あれ?」
閉じるボタンを押したつもりだったが、消えていないようだ。
やはり疲れがたまっているのだろう。今日はいつもより一時間多く寝よう。こんなアンケートともおさらばだともう一度しっかりとブラウザを閉じるボタンを押した。
「………………」
もう一度押す。押す。押す。押す。マウスを強めに押してみる。ダブルクリックとかしてみる。
「消えないじゃないかっ! ウイルスサイトだったかのか!? ええい。どうにでもなれ!」
よく見ると、送信するまでブラウザは消えません。と書かれている。
広臣は怒りに任せて思いついたことをアンケート欄に書き込んで送信ボタンを押した。
すると『アンケートにご協力ありがとうございました!』という文面が出てくる。
これでいいだろうと、閉じるボタンを押すとあっさり消えたのを見て広臣は安心してため息をついた。
「なんだったんだ。気分が悪い」
広臣は嫌な汗をかいていたことに気がついてシャワーを浴びることにした。
シャワーを浴びているうちに気分も晴れてきたので、広臣は風呂から出ると水をコップ一杯飲み干すと、すぐにベッドに横になった。
翌朝、いつものように午前6時に目覚める。
いつもより一時間多く寝るつもりだったが、生活リズムがそれを許してくれずに目覚めてしまった。
少し気だるい感じもしたが二度寝しようにも目が覚めてしまって仕方なく体を起こした。
部屋にはベッドと勉強机と本棚と姿鏡しか置いていない。その無機質な部屋を広臣は気に入っていた。床もフローリングのままでカーペットの類は敷いていない。白い壁紙とコントラストを出すために黒に近い茶色のカーテン。
無駄なものの一切ない部屋は生活感こそ感じられないがとても落ち着くのだ。
その部屋の机に置いておいたスマートフォンがメールを受信していたのか小さく光っていた。
どうせ寝ている時間に来たメールなど迷惑メールか、友人からの『この問題おしえてくれ!』みたいなものしか来ない。
どちらもどうせ無視するものだが、一応受信メールを確認した。
『タイトル:異世界にへのアンケートにお答えいただきありがとうございました!』
広臣はスマートフォンをベッドに叩きつけて部屋を出た。
呪われているんだろうか。異世界などに興味はないからやめてほしいものだ。
それになぜあのアンケート主は携帯電話にメールを送ることができたのだろうか。本当にあのサイトはウイルスサイトでいろいろ情報が盗まれてしまったのだろうか。
パソコンなどの機器類には疎いためよくわからないが、妙な寒気を覚えた。
どうせ考えても無駄だと、広臣はキッチンで朝食をつくる。
そろそろ両親と妹が起きてくるだろうからみんなの分の朝食もつくることにする。
凝った料理が作れるわけでもないので、冷蔵庫にあった鮭の切り身を焼いて、味噌汁をつくる。キャベツを刻んでそれぞれ盛り付ける。
自分の分の白米を装っているところで母親が起きてきた。
「おはよう。朝ごはん作っといたから」
「おはよう。ありがとね。明日はお母さんが早起きして朝ごはんつくってあげなきゃね」
「いいよ。俺のほうが朝早いんだからな」
「そう言ってないで。受験生なんだから少しでも楽にさせてあげないとね」
そんなドラマもよろしくな感動的な会話をしていると、あくびをしながら妹がダイニングに来た。
「お母さんと兄ちゃんおはよ。何二人共ドラマごっこでもしてるの? そういうのって二人のどちらか死にそうだよね」
「なんてことを言うんだ妹よ。今家族としての信頼を確かめ合っているんだ。あ、おはよう」
「ん。そだね」
高校一年生の妹はこの時間に起きるということは部活でもあるのだろう。適当な反応の妹は椅子に座り、広臣が白米を装って置いてあげる。
妹が朝食と広臣を交互に見て呟く。
「朝ごはん兄ちゃんがつくったの?」
「そうだが?」
「なんだ、死ぬのは兄ちゃんの方だったか……」
とても失礼なことを言われている気がするが、広臣もゆっくりしている訳にもいかないので妹の隣の椅子に座り一緒に朝食をとる。
朝7時に図書館が開くのだが、受験生や近くの大学生がよく集まる図書館のためすぐいっぱいになってしまうため、早めに行かないと座る席がなくなってしまうのだ。
広臣はすぐに朝食を食べ終えると自室に戻った。
白黒のボーダーのえ上から白のポロシャツをボタンを止めず羽織り、黒のショートパンツを履く。姿鏡で服をチェックし、ワックスで適当に髪に動きをつける。腕時計も忘れずに腕につける。
外出するのにある程度のおしゃれは必須だ。
まわりの目を気にするわけではないが、これは高校男子としての嗜みとして適当な服とボサボサの髪で出歩くわけにはいかない。
身長も平均以上には高く、スリムで小顔。整えられた眉にキリっとした目に筋の通った鼻。運動をしていたため引き締まった身体。
よし、今日もいつも通り100点だ。
鏡の前で一分ほど自分を見つめていたことに気づき、慌てて持ち物を鞄にしまいこんだ。
ベッドに投げつけられていたスマートフォンに気づき、拾う。画面を開くとあのメール。
広臣は何も考えずにメールを削除した。もちろん受信拒否も忘れない。
これで忌々しいものとはお別れだと、気分をよくして部屋を出た。
ダイニングに行くとまだ妹が朝食をとっていた。どれだけ時間をかけるんだと言いたいが、女子のだからしかたないのだろう。
「兄ちゃんいってらっしゃい。車とかに轢かれないように気をつけてね」
「大丈夫だ。兄ちゃんは本気で走ると車より早いから轢かれることはない」
「それなら短距離選手になったらよかったのに」
そうだな。と冗談っぽく相槌をして玄関に向かう。
広臣は陸上の長距離選手だったのだが、短距離が苦手だったわけではない。それどころか同じ陸上部なら短距離でも一番の自信がある。
ただ長距離を選んだのは、短距離より苦手だったから。そして長距離は自分の限界を超えても走り続けることに快感さえ覚えるのだ。
性的な意味ではない。ランナーズハイとでもいうのだろうか、自分が限界を超えようとしているのだ好きなのだ。ただ短距離走はそれが一瞬で終わってしまい、よくわからないのだ。
昔は野球だのサッカーだのやっていたのだが、集団のプレイというのは周りに気を使いすぎて思うように動けないのだ。
上手いからといって勝手な行動もとれず、一人が上手いからといって勝てるわけではない。かと言って負けたのを人のせいにしてしまう自分が嫌いだったからやめたのだ。
そう考えると最近運動不足だ。明日から朝はランニングでもしよう。
玄関に放置されている運動靴もボロボロだが愛着がわいて捨てるに捨てれずにいた。
広臣はこいつもまた履いてやろうと思いながら、最近購入したまだ新しいスニーカーを履いた。
「行ってきます」
小さな声でそう言い、玄関を開ける。
朝日が眩しく、目を細める。今日も快晴だ。
夏らしく蝉が鳴き、朝ながら日が眩しい。北の方向には大きな積乱雲が見える。
まだ一通りの少ない路地を歩く。図書館までは歩いて10分程度だ。
近所のおばさんが道の掃除をしているのに、あいさつをする。
「あら、おはよう。ヒロくんいつも朝早いわね。今日も勉強頑張ってね! あ、ちょっと待ってて」
おばさんはそう言うといそいそと家の中に戻り、ペットボトルにお茶を入れて持ってきた。
「ありがとうございます。いつもお世話になって」
お世辞に近いが広臣はお茶を受け取り、素直に嬉んだ。今頃こんなに近所付き合いのいい高校生もいないだろうと自画自賛。
図書館に歩みを向ける博臣ににこにこと手を振っているおばさんに軽く会釈する。
歩きながら冷たいお茶を飲む。この馬鹿にできない暑さの中飲む冷えたお茶を飲み、今日も頑張ろうと足取りが軽くなった。
開いたばかりの図書館にはまだほとんど人はおらず、広臣はいつも座る窓際の席へ座った。勉強道具を出し、参考書を開く。図書館に置いてある使えそうな本を2冊手元に置いておく。
広臣は静かな空間で黙々と集中していった。
ピロリン。と携帯電話の鳴る音が聞こえて正臣ははっと顔をあげた。
どうやら携帯電話をマナーモードにするのを忘れていたらしい。
携帯電話をポケットからだす。画面をみると勉強を始めてもう三時間以上も経過していたことがわかる。
だいぶ集中できてたなと思い、マナーモードに変えて未読メールを確認する。
『タイトル:異世界にへのアンケートにお答えいただきありがとうございました!』
思い切りむせこんだ。
気づけば周りも多くの人がすでにいたようだ。正臣は気まずそうに小さく喉を鳴らしてスマートフォンを見た。
なぜだ。受信拒否したはずだ。それにしつこい。
軽くパニックになりそうだったが、周りの目も気になるのでまたメールを削除。そしてまた受信拒否。
そうだ。受信拒否設定がしっかり出来ていなかったのだ。
そう言い聞かせて勉強に集中しようとするがまったく集中できる気がしなかった。
どうしようか考えていると、大学生くらいの女性が本を抱えてうろうろ周りを見渡しながら歩いていた。
どうやら席を探しているのだろう。元々図書館は本を読むところだ。勉強をして席を独占するのも悪い。いい機会だと思い、荷物をまとめてその女性に声をかけた。
「席譲りますよ。俺はもう帰るので」
「え、ありがとうございます。でも、友達探してるだけなので大丈夫です」
「……そうでしたか」
どうも締まらない。あのメールのせいだ。
八つ当たり気味にメールに悪態をつく。
もう集中できる気もしないし、昼前でキリもいいので広臣は近くのうどん屋へ向かった。
頼むものは冷やしうどん。天ぷらとおにぎりも取る。あたりでは珍しいセルフうどんなのだがなかなか美味い。
広臣は冷たいうどんの喉越しを感じながらいい具合に腹を満たしていく。
それにしてもだ。あのメールは一体何なのだ。昨日のアンケートのせいでおかしい。
そんなことを考えた時だった。携帯電話がポケットの中で振動した。メールを受信したのだろう。
広臣は体中の血が冷え切ったかと思うほど寒気を感じた。
まさかな。と思いスマートフォンの画面を見る。案の定メールだ。
先ほど確実に受信拒否したのだ。さすがに違うだろう。震える指でメールを開く。
『タイトル:異世界にへのアンケートにお答えいただきありがとうございました!』
バキッと手元で音がした。
右手で持っていた割り箸が折れた音だった。
広臣は気持ちを冷静にするためうどんをすすった。
すべて食べきったところでスマートフォンの画面を見る。
メールを削除。またも受信拒否。そしてメールアドレスを変えた。
もしかしたら友人のイタズラかもしれない。広臣はメールアドレスの変更を両親と妹だけに送った。
中学の連中はまたいつか送ろう。高校の連中は夏休みが終わった頃にまた交換すればいいだけのことだ。緊急の連絡など電話でもしてきたらいいだろう。
すっきりした気持ちになったところで、またメールを受信した。
「え?」
おかしい。メールアドレスを変えた途端にメールなどありえない。
画面を見ると見慣れた『タイトル:異世界にへのアンケートにお答えいただきありがとうございました!』という文字。
今メールアドレスを知っているのは両親と妹だけだ。
さすがに仕事中にメールを遅れるほど両親は暇ではないだろう。
ということは犯人は妹か。
広臣の中で犯人が決定したところで気持ちは落ち着いてきた。
最近勉強詰めで妹の相手もまともにしていなかったからこういうイタズラで気を向けようとしていたのか。そう思うと申し訳ない気持ちになった。
「今日くらいあいつの相手してやるか。まったくかわいい妹め」
■
また図書館で勉強して帰るころには空は朱色に染まっていた。
帰宅すると夕食をつくるいい匂いがする。
「ただいま。あれ、俺のかわいい妹は帰っていないのか?」
キッチンをちらりと見ると母親が一人で夕食の支度をしている。いつもなら妹が夕食ができるのをまだかまだかと見ているのだが。
「おかえり。あの子なら今日から部活の合宿で明日まで帰ってこないわよ。しかも携帯電話持っていくの忘れちゃったみたいなのよ」
「そうなのか。合宿なんて聞いていなかったぞ」
ダイニングテーブルの上には可愛らしいストラップのついた妹のスマートフォンが置かれていた。
どういうことだ。妹の携帯電話がここのあるということはあのメール主は妹ではない。となれば犯人は両親のどちらかになる。
「どうしたの広臣、なんか難しい顔して。あと、お父さん今日は月末で忙しいらしくて帰るの遅くなるらしいからね」
「……なんでもない。それより母さん、最近俺に変なメール送ってたりしないよな?」
「メール? 母さん昨日から携帯電話修理出してるからメール送れないわよ。あ、電話もできないからよろしく!」
「そういうことは早く言え! 緊急なことがあったらどうするんだ」
ともあれ、広臣はますますわからなくなり頭を抱える思いになる。
父親はいってしまえばそこそこ有名な上場企業の役員を務めている。しかも月末の大変な時期にあんなつまらないメールを送る暇などないだろう。
どういった手段でこんなことが行われているのかわからない。何の目的かもわからない。
広臣はまたスマートフォンを取り出して画面を見た。
未読メール6件。
それだけで目眩がした。
『タイトル:異世界にへのアンケートにお答えいただきありがとうございました!』
『タイトル:異世界にへのアンケートにお答えいただきありがとうございました!』
『タイトル:異世界行きたくないんですか??』
『タイトル:なんで無視するんですか?』
『タイトル:異世界へご招待します』
『タイトル:急募! 異世界にへのアンケート答えてくれた方へ』
スマートフォンを床に落とした。
なんだこのメンヘラストーカーは! いたずらにしても悪質すぎる。やはりウイルスにでも感染したのだろう。
「どうしたの広臣。鳩がショットガン食らったような顔して」
「俺は鳩のように無様な顔ではない。それに鳩がショットガン食らったら砕け散るわ」
とてつもない虚脱感に襲われた広臣は自室へと向かうとベッドに倒れこんだ。
もう相手をしていられない!
スマートフォンを乱暴に投げ捨てて横になった。精神的にも疲れていたのか広臣は意識が薄くなっていくのを感じた。
目覚めると日が変わって朝になっていた。
ご飯も食べず、風呂にも入らず寝るなんてとても久しぶりだった。しかし、よく寝たのか気分はいつにもまして心地よさまで感じていた。
それから広臣はスマートフォンを持たずに行動するようにしていた。
そしてさらに次の日。広臣はあんなメールを見ることもなく、有意義な生活が出来ていた。
その夜、久しぶりに政治経済ニュースでも確認するかとノートパソコンを起動した。
そしてその行動に後々後悔することとなる。
新着メール128件。
ノートパソコンに表示されたその数を見て広臣は思わずひっと小さな悲鳴を上げた。
メールを確認すると案の定あの悪魔のようなメール。
思い出したくもないものを思い出して頭を抱える。
なんなのだこのメールは! 早く消してしまおう。
ズラッと並んだ未読メールの数々を見てそういや、と思うことがあった。
メールのタイトルを読んでいつも消していたから本文を読んでいなかったのだ。確認するくらい大丈夫だろうとメールを開く。
別段面白いことも書いていない。迷惑メールでよくあるような『あなたは当選されました!』のような胡散臭い文字面がつらつらと並べられていた。
気になるとこといえば、『さあ、異世界へjamp!!』と書かれたボタンがあることくらいか。
jampではなくjumpだ! と突っ込みたいが、こんなアンケートをつくって嫌がらせをしてくるのだから頭も少しばかりかわいそうな人なのだろう。
くだらん。と広臣がメール画面を閉じようとした時に手元のスマートフォンが振動していた。
メールかと思ってみると、どうやらそうではない。メールではなく電話だった。
そして画面には『女神さま』などというおかしな文字。
「こんな相手、電話帳に登録した覚えはなかったのだが……」
非通知なら無視するとこだが、名前があるということは少なからず知り合いなのだろうと広臣は通話ボタンを押してそれを耳に当てた。
「もしもし。どなたでしょうか」
「なんでメール無視するんですか」
電話口から聞こえる声は、おっとりした女性の声だった。声質やトーンからして年上の女性を連想させる。
しかし、その声からは自分の知り合いの女の子とは違うような気がした。
いや待て。こいつメールと言ったか?
「メール? もしかしてあのようなくだらないメール主はお前か! お前なんだな!? お前だろう! よくも俺を虚仮にするようなことができたな! 俺も子供じゃない今すぐやめて謝るというなら許してやろう! 俺の心に広さにせいぜい感服するんだな!」
今までの溜め込んだものが口から吐き出されるようで広臣はよくこれほどスラスラと言えたなと思う。
電話相手は少し引き気味だったようで、少ししぼんだ様な声で続けた。
「あ、あの。その件なのですが、宏臣様メールはちゃんと確認されましたか?」
「確認したとも。お前の頭の悪さも嫌というほど確認したさ」
「その、ジャンプボタンを押してもらっても構わないでしょうか?」
「何が異世界へジャンプだ。スペルも間違っているし、どうせウイルスソフトか何かをダウンロードさせたいのだろう」
「え、スペル間違えてました? そんなことないです! ウイルスとか難しいことできませんし」
なら何が目的なのだ。と思いノートパソコンの画面を見る。
「とりあえず、とりあえず! そのボタンを押してください! 詳しい説明はそのあとにしますので」
「もしウイルス等だったら警察に通報するからな」
もうどうにでもなれと、マウスカーソルをjumpボタンを合わせる。
そしてクリックしたと思ったときには視界が真っ暗になっていた。