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螺旋上の赤  作者: 黒船
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第7章  教えて

ゴシゴシ……


ゴシゴシ……


何してるかって?靴洗ってるんですよ。

身だしなみには殆ど無頓着なんだけど、昔から何故か足元だけは気になるタチである。

色や型とかはどうでも良いんだけど、靴の汚れだけは何か気になるの。


「凛、寒い!入れてくれ!」


ゴシゴシ……。

靴が綺麗だと気分もサッパリするよね。

部屋の中がメチャメチャでも、白のパーカーが若干黒ずんでいても、足元さえ綺麗なら凄く爽やかな気分になれる。


「なぁ、頼むから開けてくれ!寒いって、ホントに!」


ゴシゴシ……

泥ってなかなか落ちないんだよね。


アパートのドアの外で裸足の有が私に助けを求めている。

周りを気にしながら、小声で叫ぶという器用な真似をして。

でも、そんなことよりもこっちの方が気になって仕方ない。



「まだ時間かかりそうだから、もうちょっと我慢してよ。」


いくらある程度素性が分かったとはいえ、乙女の部屋にそう易々と男を入れるわけにはいかない。

信用出来るかと言われれば、出来ない要因ばかりが思い浮かぶし。


(でもコンクリに裸足はさすがに可哀想かな?あんまり騒がれても面倒くさいし。)


あまりにかわいそうだと思ったので、ドアの隙間からサンダルをポイっと。


「あのさ、自分で洗うから大丈夫だって。」


いそいそとサンダルを履きながら、有の控えめな訴えは続いている。


「そうもいかないでしょ!」


主に私の精神衛生上ね。

あと有の物理的な衛生上でも。



ゴシゴシ……


ゴシゴシ……


川の泥濘で真っ黒になってしまった、有の靴をお風呂場で洗ってるのだ。


ゴシゴシ……


ゴシゴシ……


「ちょっと、凛。」


ゴシゴシ……コンコン


ゴシゴシ……コンコン


ドアを軽くノックする音が混じる。


「凛、これ以上は流石に風邪ひいちまうよ……。」


濡れたジーンズにサンダルで、秋の夜空の下は流石に無理か。


(仕方ないなぁ。)


ガチャッ。


「玄関までよしっ!」


「――ふぅ~、助かった。」


「玄関までだよっ!タオル持ってくるから、それそこに敷いて座ってて。」


「分かってるよ。

 ――勢いは昔のままだなぁ。」



ゴシゴシ……


ゴシゴシ……


「ねえ、あんたさ。

 大学であんまり良い噂聞かないよ?

 ――女関係とか、さ。」


「うん?あぁ……まぁそうだろうな。」


冷えた足をさすりながら、何でも無いかの様に有が答えた。


「元カノの瑠依ちゃんだっけ。

 すっごい我儘で最悪だったって言ってたよ?」


「ま、そうかもな……。」


私とは目を合わせず不愛想に答えた。


少ししか話をしていないけれど、凛には有が我儘を人に押し付ける様な人間とは思えなかった。


「あんた、彼女に髪型とか仕草とか強要したの?」


ゴシゴシ……


ゴシゴシ……


有は答えない。


(ま、いいけどね。)


ふと冷静になると、まるで息子の恋話をむさぼる母ちゃんの様なことしてるな。

ちょっと恥ずかしくなってきた。


(よしっと……あとは乾かすだけ!)


ドライヤーを取り出して、有の靴を乾かし始める。


(アレックスも乾かさなきゃ。)


アレックスの額の茶色い髪が気持ちよさそうになびいている。


この間、両者無言である。

割とおしゃべりだと自負している私には、この空気は耐え切れない。


「じゃあ、質問を変えます!どんな髪型が好きなの?

 ほら、強要するくらいだからよっぽど好きな髪型があるんでしょ?」


有は相変わらず私とは目を合わせず、仏頂面をしている。


(うーん、ちょっと意地悪な言い方だったかな?)


でも気になる。

なんでだろ。

普段は他人の好みなんて詮索しようとも思わないのに。


ブオー……


ドライヤーの音だけが鳴り響く。

このどんよりとした空気の中、アレックスだけが温風に吹かれて気持ちよさそうにバカンスを楽しんでいた。


「――はい、出来たよ。」


玄関の有に靴を手渡す。

有は立ち上がって、靴を受け取った。


こうして近くで見ると思ったより慎重高いんだな……。

20cm以上は差があると思う。


「好きな髪型はショートボブだ。」


有が急に口を開いた。

そして、私の髪に触れ、横の髪をそっと耳にかけた。


ドクン


締め付けられたように、胸が苦しくなる。


「変わらないね。こうすると、あの時のままだ。」


見上げると、至近距離で目が合った。

あの日、あの駐輪場での出来事が脳裏をよぎる。


ドクン


ドクン



「じゃあ、帰るわ。

 バイトの面接合否の電話が来ることになってるんだ。

 昼間、凛と話す時間を諦めてまで行ってきたから、逃すわけにもいかないし。

 靴、ありがとな。そんじゃ、また。」


バタン。



有は帰って行った。


(――いやいや、おいおい。空気読めって。

 ドキドキした私が馬鹿みたい……って、何を考えてたんだ私は!?)


でも。


(ショートボブって私が小学校の時にしてた髪型だ……。)


あいつ、まさか今までの彼女に私の髪型真似させようと?


そんな訳ないか……自意識過剰かっての。


ドライヤーの風に吹かれたまま放置されていたせいで、イカしたソフトモヒカンに決まってしまったアレックスを見つめ。


(ねえ、教えてアレックス

私、どうしたら良いの?)


随分伸ばしてきた髪をいじりながら、物思いに耽る。


(まだ、ショートボブ似合うかな……。)

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