第6章 ALEX
「――あ、あ~……。
何かそんなこともあったような気がする……うろ覚えだけど。
上履きに名前とか書いた気もする……名前は忘れてたけど。」
「アレだけ堂々と人様の上履きに捻じ曲がった字を書いたのに、
その書いた名前を忘れてたのか……。」
「今の今まで上履きに名前を書いたこと自体忘れてたけどね……。
上履き洗ったのとか何となく覚えてる。
そっか、あのときの名無し君かぁ。」
「その名で呼ぶのはやめてくださいお願いします。」
私が名前を覚えて居なかった事が相当ショックだったのか。
ヤツはしばらくの間俯いて、ブツブツと何かつぶやいていた。
客観的に見るとアブナいヤツみたいだ。
「やっぱりなぁ……。
――でも、あの時、ちゃんとしときゃ……。」
とかなんとか。
その姿が見た目より幼く見えて、可愛かった。
危うく頭を撫でてあげたい衝動に駆られ、誘惑に負けそうになる。
そんな誘惑を断ち切ろうと川のほうへ目をやると、薄い雲の切れ目から月明かりが射したその先に、キラリと光るものがあった。
「あーっ!あそこ、あそこ見て!
ほら、アレックスだ!」
やっとみつけた!
「あん?」
「ほら!あそこにアレックスが引っかかってる!」
「おぉ本当だ。あの馬ヅラ、懐かしいな。」
「熊!馬じゃなくて熊だよ!
――って、ほら早くしないと流される!さぁ行くのだ!」
風にそよぐ葦の葉に、ギリギリだけどアレックスの手が引っかかっていた。
でも、ユラユラして今にも流れてしまいそう。
急かさなきゃ。
「ワシはアレックスじゃ~。このままでは流されてしまう~。
助けでぐれ~、助けでぐれ~。」
ちょっとしゃがれた声で、アレックスの気持ちを代弁する。
「何やってんだよ……ったく。」
心底呆れました、って感じの表情を浮かべながら、有はバシャバシャと川の中へ入っていく。
「おわ、危ねぇ。この辺、底がぬかるんでやがる。」
ズブズブ……
バシャバシャ……
「助けでぐれ~、助けでぐれ~。はやぐしてくれ~。
――ほら、アレックスも早くしろって言ってるじゃん!がんばれ!
素早く動くのだ!」
「無茶言うなぁ。
この辺の川底、結構ぬかるんでるから中々進めないんだよ。
それと念の為言っておくが、あの落し物は俺のじゃなくてお前のだからな……。」
有がこっちを恨めしそうに見つめながら、アレックスを指差し苛立っている。
私はごめんねと舌を出して反省する仕草を見せる。
「はぁ……仕方ねぇ。
――た方が負けってヤツだな。」
有は呆れた様に何事か呟き、再度アレックスの救出に向かう。
――よし、無事に回収できたみたい。
有が手に人形を持って、手を振ってる。
「すまないねぇ、すまないねぇ。」
私はしゃがれた声で感謝した。
心なしか有の手の振りが遅くなった気がした。
「ほらこれ。
――はぁ~、さむっ!流石にキツかったな。」
有が河原まで戻ってきた。
「ありがとね……本当にさ。」
ジーンズの半分くらいまでびしょ濡れになっていたし、
靴なんて泥濘にハマったらしく泥だらけだった。
「まぁ、いいってことよ。
忘れられていたとはいえ、恩があるからな。」
前髪を掻き上げながら歩いていく。
数歩先へ進んだところで振り返り、
「さ、帰るか。
こんなとこにいつまでもビショビショで居たら、風邪ひいちまう。」
「――ねえ、ちょっと家に寄ってかない?
ここからそんな遠くないからさ。」
不本意だけど、このまま返すわけにはいかないし。
「――は?……はぁ!?」
有は驚いた顔をして、オドオドしている様子だったが、
暫くしてから小さく頷いた。




