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螺旋上の赤  作者: 黒船
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第2章  靴汚れとキーホルダー


ゴシゴシ……


ゴシゴシ……


何してるかって?靴洗ってるんですよ。

身だしなみには殆ど無頓着なんだけど、昔から何故か足元だけは気になるタチである。

色や型とかはどうでも良いんだけど、靴の汚れだけは何か気になるの。

だから、週末になると大体こうしてゴシゴシ。


靴が綺麗だと気分もサッパリ。

部屋の中がメチャメチャでも、白のパーカーが若干黒ずんでいても、足元さえ綺麗なら凄く爽やかな気分になれる。

安上がりで良い……のだろうか?

――まぁ、人にはそれぞれこだわりってのがありますからね。



今日はこれから、前講義で課題として出されたオリジナルの英作文を作成するという大切な任務につく。

その待ち合わせを愛しい花奈と大学内のファミレスでしているのだ。

花奈はとても優秀で頼りになる。きっと手伝ってくれるだろう。

今まで何度お世話になったことか。


そんなことを考えつつ、ゴシゴシしているうちに靴も綺麗に。

爽やかな気分になったところで出かけますか。


(うぅ、最近ますます寒くなってきたなぁ。)


街路樹の銀杏も日を追うごとに色を変えてきている。


キコキコ……


キコキコ……


目的地のファミレスまで、距離としてはそんな遠くない。

愛車で15分程度か。


しかしこの橋……これが中々の曲者である。

水かさが膝くらいしかない川なのに、アーチ状。


(平らで良かったんじゃないのかね……。

 欄干とか付いてて、お洒落感出したかったんだろうけど。)


自転車愛好家としては良い迷惑である。


キコ……


キコ……


(はぁはぁ……ええい、緩やかで長い斜面が憎い!)


キコ……


もう少しで一番上というところで、正面に人影が見えた。


(うん……?あれはもしかして……?)


ヤツだ。

のんびりと川辺を見ながら歩いてきてやがる。

ここで会ったが百年目。

胸ぐら掴んで、文句言ってやらなきゃ。


ペダルに最後の力をのせて、全力で登りきる。


プレイボーイ容疑者はまだこっちに気付いていない。


今だっ!


ガシャン!


自転車を歩道に乗り捨て、猛然とダッシュ。


「ん?」


ガシッ!


自転車が倒れた音に何事かとヤツが正面を向いた。

と、同時にガッチリ胸ぐらを掴んでやった。


ヤツは流石に驚いたのか、口をあけて呆然とこちらを見ている。


(さぁ、復讐の時はきた……!)


……


ぜぇはぁ……

うぐぅ……


(あれ?)


漕ぎ疲れて声が出せない。


(吐きそう。――うっぷ、おぇ……ヤバイ。)


「ちょっと待って」と掴んでいない方の手の平でキス魔プレイボーイにジェスチャーでアピール。


「……待て?ちょっとタンマ?」


はうっ……はうっ……


(あんた……っ。)


まだ駄目のようだ。


「ふぅ……ふぅ……あんた……っ!」


(普段からもっと運動しときゃ良かった……。)


疲れで顔も下を向いたまま。文句も全く進まない。



一言、二言。

吐き出す言葉も地面の小石に言ってる始末。

小石には何の罪もないし、何の用事もない。

私が小石に説教をしている間にヤツは正気に戻ったらしい。


「……大丈夫か?」


(敵に心配されている私って……凄くカッコワルイのでは……。)


「大丈夫だ!」と、今度は手の平をパタパタしてアピール。

このジェスチャーでは相手に意図が伝わっていないようで、ヤツは真顔で首を傾げて考え込んでいる。


(誰か私に最高にイライラしてるって表現する手の動きを教えて下さい。)



トントン、トントン


優しく背中を叩く音。

うん?

何か暖かいモノが背中を優しく叩き、さすってる。

寒空の下、疲れた背中があっという間に満たされていく感覚。


(……何これ。)


やっと呼吸が落ちつき、気付いてみれば天敵に介抱されている私。


「落ち着いたか?じゃあ、俺行くわ。

 ちょっと急いでるんだ。

 あんまり無理するなよ、ここ男でもキツいんだからさ。」


ヤツは私を置いてそのまま歩いて行ってしまう。


(――このまま行かせてなるものか!)


焦って追いかけようとしたその瞬間。


「おわっ!」


ガチャ、ガチャン!


(イテテ……やっちゃった。)


勢いで乗り捨てた自転車に盛大につまづいて転んだ。

ここでギブアップ。

橋の頂上、少し振り返ったヤツの背中を地べたから眺めながら次こそはと、リベンジの誓いを立てる私なのだった。

今日の私カッコワルイ。


花奈との待ち合わせ時間から遅れること15分。


「相変わらずルーズでごめんねぇ……。」


「別に平気だよ。凛ちゃんの事を待つの、嫌いじゃないよ。」


何て良い子なんだろうか。

この寒空の下で待っていてくれて、文句も出ない上にこの笑顔とは恐れ入る。

ファミレス横のくたびれた植え込みに、満開の花が見える様だ。

さっきまでの事が嘘の様。花奈ちゃんマジ天使って感じである。

外は寒いし、さっさとファミレスへ行って暖かい飲み物でも頼みましょうかね。

花奈ちゃんの分も私が奢っちゃおう。

お世話になりますからね。うん。



「あれ?凛ちゃん、アレックスは?」


「え?」


言われてカバンを確認する。

そこにあるはずの物が存在しなかった。

アレックス……たとえカバンが替わっても、小学校からずっとつけている熊のキーホルダー。

即座に浮かぶのは橋の上での出来事。


(あの時か?坂の上で自転車につまずいて転んだ時、紐が千切れて落としちゃったのかも……。)


嫌な思いだけじゃなく、お気に入りのキーホルダーまで落としてたとは……。


「凛ちゃん来るとき何かあったの?」

花奈が心配そうに聞いてきた。


「何にもないよ。でも、途中で落としちゃったかもしれない」


「どうする?今からアレックス探しにいく?」


随分長く外で待たせちゃったし、これ以上花奈に迷惑はかけられない。


「うーん……あそこはあまり人も通らないしなぁ。

 通ったとしてもあんなボロいキーホルダーなんて多分誰も拾わないよね?

 帰りでいいかなぁ……課題も終わらせないとだし。」


「じゃあ、パパッと終わらせちゃおうか。

 外は寒いし、レストランで暖かい飲み物でも飲みながらね。」


助かるなぁ。

持つべきものは優しい友達だね。うん。

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