第1章 些細な事
螺旋上の赤
黒船P/鳴風伍長
舞い散る無数の螺旋。
落ちる葉の名は楓。
――気付いたら想い出まで
足の踏み場も無いほどに積もってた。
踏み出せずに蹲る私に
今、風が吹き込んだ……。
序章 些細な事
「はぁっ……。」
大学の自転車置き場に到着したところ。
(ちょっと、寒くなってきたな……。)
秋冷の風が吹く。
吐く息はまだ、白くなる程ではないみたい。
――黄葉も進み、秋近しとも言われなくなった頃。
ふと見上げると、ここの楓の葉も少しだけ赤掛かってきた。
しかし寒い。
秋は寒いのだ。
秋は春と同じ様な立ち位置で、
気温も丁度よさげなフリをしてるから、油断しがち。
(そもそも、最近は秋が短すぎる。
夏が終わったかと思えばすぐ冬の気配が……。)
残暑にやられた私の身体は、僅かな肌寒さにも冬の訪れを感じる程だ。
(そのうち曲がり角で白熊さんとゴッツンなんて事も
あるかもしれない……なんて。)
壱年浪人しちゃったけど、この春大学に受かって今、半年くらい。
進学を口実に我儘言って、1人暮らしを始めてみた。
学校にも慣れてきたし、両親と顔を合わせない暮らしにも慣れた。
――というよりもう飽きてきた。
実家で暮らしていた頃から御飯を作るのは好きじゃないし、
特にこれといった趣味もなく、彼氏もいない。
そんな私じゃ、日々の暮らしにも当然刺激なんて無く……。
思ったよりもずっと早く、1人暮らしに飽き飽きしてきているのだ。
(春になったらサークルとか入ってみよっかなぁ。)
考えながら自転車置き場にマイ自転車を番長止め。
沈んだ気持ちも、ちょっとスッキリ。
ここの自転車置き場は他と比べて、校舎から遠く人気が無い。
だから好き。
校舎前の自転車置き場なんて、難解なパズルの様に自転車が絡まっている。
近くて便利だとは思うけど、とても停める気にはならない。
(さて、行くかな。)
自転車カゴに載せたカバンを取り出そうとしていると、ふいに後ろから声がした。
「君の名前、聞いても良い?」
(――あれ?私以外に誰か居たの!?)
番長止めを見られていたとは露知らず。
ビクッとして慌てて振り返ると、見知らぬ男がこちらを見ていた。
「君の名前、聞いても良いかな?」
(知らない乙女ににこやかに声をかけ、
あまつさえいきなり名前を聞いてくるなんて……ナンパか!?)
不埒な考えを持つと思われる『容疑者』の特徴は以下の通り。
身長180前後 痩せ型 黒いパーカーにジーパン姿。
歳は20歳くらい。
髪型はクシュっとして、ちょっと耳にかかるくらいの長さ。
声は優しく耳触りが良くて、笑顔がちょっと素敵な容疑者だ。
「――『片桐 凛』だけど、貴方は?」
笑顔にほだされてつい名乗っちゃったけど、
人見知り全開でかなり印象が悪かっただろう。
いつもより声もいくらか低くなってたし。
「俺は『神山 有』。哲学科1年」
(同じ学年の学生か……。)
「――私に何か用ですか?」
「いや、別に。」
自称哲学科1年と称する男がにこやかに答えた。
(なに、コイツ……。)
顔は良いけど、感じは悪い。
声も良いけど、感じは悪い。
どう考えても不審者である。
初対面だと思う。
当たり前だけど話す事もなくて。
私は無言のまま視線を逸らし、背中を向けて歩き出した。
ふわっ
何かが両肩を通り過ぎた。
と思ったら
(――え?)
あっ……えっ……ええっ!?
抱き締められていた。
後ろから覆い被さる様に。
(ちょ……っ!)
急な事に動揺した私はジタバタしまくった。
(ほんと……やめなさい……よ!!)
身体も手足も散々動かしたけど、うまく力が入らない。
文句を言おうと顔だけで振り返った。
(――あ。)
至近距離で目が合った。
目線を合わせたまま、どの位経ったんだろう。
おそらく1、2秒。
そんな短い時間に今までの事が走馬灯の様に浮んだ気がした。
だって……
キスされた。
一瞬だった。
その後、すぐに私は釈放された。
神山 有とかいう自称哲学科1年は、
そのまま何事もなかったかの様に歩いて行ってしまった。
(――何?何なの?何だったの!?)
しばらく呆然としていたが、ふと冷静になる。
とんでもない事が起こった事に漸く気付く。
下を向いてパニック状態を落ちつかせるのが精一杯。
頭だけじゃない。
胸の中も、子供が布団の中で暴れてるみたい。
メチャクチャに心音を撒き散らしてる。
きっと顔も紅葉のような色をしていることだろう。
慌てて振り返ったけど、そこにはもう誰も居なかった。
(くそぅ……乙女の唇を何だと思っているのか……!)
どこのどいつか調べ上げてやると心に決めたところで、何気なく腕時計を見た。
(あっ!花奈と1限一緒に行こうって約束してたんだ!)
待ち合わせの学食まで猛ダッシュ!
またヤツに出くわしたら、この勢いでドロップキックじゃ!とか思いつつ。
「花奈ごめん!おまたせ!」
「凛ちゃぁ~ん、遅いよぉ……。」
講義はとっくに始まっていた。
小島 花奈ちゃん。
私と違って、とても凄く女の子らしい女の子。
私も女だけど、雰囲気とか全然違う。
なんていうか…ゆるふわ清楚系?
花奈ちゃんの服装に目をやれば、
白のセーターに紺のロングスカートに茶色のローファー。
とてもオシャレ。雰囲気ふんわり。すごく清楚。超可愛い。
それに比べて私はウニクロのパーカー、ジーンズにスニーカー。
脳内では「部屋着か!」コールが鳴り響く。
(うう、私も少しはオシャレに気を使わないと駄目かなぁ。)
話し方もおっとりしていて柔らかい。
私はどちらかと言うと、どちらかと言うとガサツだ。
どちらかと言うとね、うん。
……女子力の差を見せ付けられた感じだ。
「凛ちゃん酷いよぉ。置いてかれたのかとおもった。」
「ごめんごめん!」
よしよし……。
(あーもう、可愛いなぁ!)
頭を撫でながら、あまりの可愛さに抱き締めた。
「ちょっと、一悶着あってさぁ。」
「一悶着って……朝から何があったの?」
「――――ってな事があったの。」
「え…ええっ!?」
清楚が売りの花奈は目をまん丸に開き、口を押さえたまま。
時が止まったかの如く、硬直している。
「おーい、帰ってこーい……。」
花奈の目の前で手を上下に動かし現世に呼び戻す。
「はっ!凛ちゃん!ここはどこ!?」
「どこの世界に行ってたの……。」
(現実逃避したいのは私の方だって。)
「ねぇ、凛ちゃん。その人は神山君て言ったんだよね?」
「そだけど。それが何か気になるの?」
「その人、多分瑠衣ちゃんの元彼……。」
(瑠衣?……誰だっけ?)
「あ、凛ちゃんは知らないのかな。他学科だし。
私は選択教科で一緒で、ちょっとだけ話を聞いたことがあるんだけど。
瑠衣ちゃんから告白して付き合ってたみたいなんだけどね、
ひと月もしないくらいでフラれたって……。」
何となく人となりが想像出来てきたぞ。
学食のプラスチックコップをギリギリと握りしめる。
「私はそんなに仲良くないんだけど、
少し前に瑠衣ちゃんが友達と騒いでたから覚えてる。
直接話に参加してたわけじゃないから細かくはわからないけど、
『かなり我儘な性格』みたいな事は言ってたかも……。
大学に入ってからまだ半年ちょっとなのに、
結構な人数と付き合っていたみたいだし。」
(あのやろー!チャラ男の分際で乙女の唇を奪うなんて……許せん!)
イライラしてきた!
ギリギリ……
ギリギリ……
更に強くコップを握りしめる。
「凛ちゃん、落ち着こう。
……コップ、割れちゃうからね。」
その日はそれから何もなかった。
ううん。しばらく何もなかった。
同じ大学だけど、学部が違うと意外にも顔を合わせないんだなぁ。
合ったら胸ぐら掴んで文句くらいは言ってやらないと気がすまない。
要はそこそこのプレイボーイ君で、次の彼女でも探してたんだろ。
私がこうしてる間にも、
彼方此方で他の女の子とキャッキャウフフしまくってんだろ。
きっと、あいつにとっては些細な事なんだろ。
あぁぁあ!もう!
イライラするっ!




