こわいひとにはこわいかも、こわくないひとにはこわくないやん、な実体験
顔
これは、成人後の話
学生時代から、ちょっとマイナーというか、コアというか、『知る人ぞ知る』音楽というのにハマった。
ライブが名古屋で行われると知り、同じくファンである友人と一緒に出かけるようになった。
ある時、大好きなアコースティック系三人組某アーティストが名古屋にやってくると知り、
友人と二人、急いでチケットをとり、出掛けた。
キャパの小さなライブハウスで、全席自由ということもあり、私と友人は最前列のど真ん中という特等席を手に入れた。
やがて、ライブが始まった。
前列とアーティストとは1メートルもない程の近距離。
演奏中のアーティストに手を伸ばせば、触れられるのではないかと思える程、近いのだ。
これはもう、今夜は、最高の気分を味わえると、私たちは確信していた。
しかしライブ終了後、私はグッタリと疲れ果てていた。
センターに立つメインボーカルの右肩あたりに、長い髪の毛を垂らした、青白い女の顔がゆらゆらと
揺れていたのだ、そう、ライブが始まりそして終わるまでの間、ずっと。
真っ黒い髪が、顔が揺れるたびに一緒に揺れる。
おかしなことに、その女の顔には顔がなかった。
いや、ふざけているのではない。
のっぺらぼうを思い起こしてもらえば、良いかと思う。
目の当たりはおちくぼんで、鼻のあたりは持ち上がり、唇はすっとのびてうすい。
頬のあたりから顎にかけてのラインはうりざね型、髪型はワンレングス。
ここまで分かるのに、顔が『ない』。
顔がないのに、何故かその女は、恨みがましい表情をしているのだと伝わってくる。
正直、ライブを楽しむどころではなかった。
視線を外したいのに、どうしてもその背後の女を目はおってしまう。
冷えるというより、凍えるという表現がしっくりくるほど、ガチガチに肉体的にも精神的にも『キタ』。
ライブが終わると、なんの苦行かというくらいグッタリしていた。
ふと、それまで余裕のなかった隣に座っていた友人を見る。
すると、なんか様子がおかしい。
もしやと思って聞いてみる。
彼女は逆に、身体中がカー! と熱くなり、センターの人周辺をどうしても見ることができなかったという。
私も、自分が見たものを話す。
そしてどちらからともなく、「ぎゃ~!」と叫んでいた。
数年後。
件のアーティストがメンバー脱退為、ラストライブを行うとしり、小金を溜めて、東京で行われる1DAYライブに臨んだ。
その時に、思い出した。
右肩につくのは、基本、守護霊とかその人を保護する良い霊だという話を後に聞いた。
それなら、あの顔は、センターのボーカリストにとって良い霊だったということになる。
安心して、ラストライブを楽しもう。
そう思った時、アーティストたちがステージに上がってきた。
ついでに顔も、ついてきていた。
そう。
顔は、彼についてきていた。
さらに巨大化させて。
恨みがましい顔を、ステージいっぱいにして。