その96.思い出、作っちゃった
「現実ってのは原稿通りには進まないものだねえ」
「か、彼女に何を……したの?」
「えっ? ああ、咲かい? 元に戻ってもらっただけさ」
「も、元に……?」
「一々説明しないと駄目かなぁ」
ため息混じりに、面倒そうに構造神は言う。
蔵曾とはまったく正反対な奴だな。
雰囲気から何もかもが、あいつとは合わなそうだ。
「しかしー、双子と一緒にこのままこの世界で過ごす事を選べば僕は原稿をまた拾わせて楽しむ予定だったのに、困ったなー」
「げ、原稿?」
真夜には解らない話だ。
「そう、彼に拾わせてたんだ。あ、君には見せてなかったんだったね。見せてあげればもう少し面白おかしくなったかもしれないのにー」
「そんな事……」
「できなかった? だよねー、君はそういう人な気がした」
ケラケラと笑って、真夜へと近づいてくる構造神。
真夜は後退し、代わりに俺が前へ出る。
「おおっと、そいつぁあいつの力かな?」
「……まあな」
あいつとは――蔵曾で間違いあるまい。
痛みに耐えて俺は握りこぶしを作った。
見た目は弱そうな少年ではあるも、その雰囲気に少年らしさは微塵もない。
油断したら一瞬で首を跳ね飛ばされそうな気がして、ならなかった。
「浩太郎!」
その時、構造神が一歩前へ出ると同時に真夜が叫んだ。
足元のドラム缶を蹴り飛ばし、しかし構造神はそれをまるでスポンジのような柔らかさへと変えてしまい、目の前で弾力あるドラム缶が転がった。
「なっ……!?」
「ふ、ひはっ。無駄だよー」
手を伸ばしてくる、触れちゃいけない気がする――が、真夜はその手を跳ね除けて俺の手を掴んだ。
「逃げるわ!」
「お、おう!」
宮坂さんの手も引いて、その場から離れる。
後ろを見ると、構造神は笑顔を浮かべて肩をすくめていた。
追う気は……ないのか?
入り口まで引き返し、その途中で遭遇したのは土埃。
というより……外?
「おお……!?」
俺達の足は思わず止まってしまった。
天井と壁が吹っ飛んでる。
地面は抉れてここに隕石でも落ちたかのような跡が出来ていた。
何度か衝撃と爆音が響いてきたが、その音を発生させた一つであろう。
「浩太郎」
すると、土埃の中から何かを引きずってやってきたのは――蔵曾だった。
「ぞ、蔵曾……大丈夫か!?」
「大丈夫」
引きずっていたのはここに入った時に遭遇した少女だ。
足の片方が千切れており、そこからは火花が生じていた。
……どうやらこいつは機械らしいな、いや、まあ、そういう奴がいても不思議じゃない。
驚かなくなってしまった自分がいる、慣れというのは怖いもんだ。
「そ、それより……構造神が、現れたぞ!」
「なら私が相手する」
引きずっていた少女をその場で放置して、蔵曾は俺達とすれ違う。
「……真夜」
すれ違い際に、蔵曾は足を止めた。
彼女の名前を、呟いて。
「な、何?」
「やられた?」
「な、なんの、事、かな?」
「おいおい何の話だ?」
二人の会話に最初から置いてかれている、話を把握したい。
「消えかかってる、不安定」
「……消え、かかってる?」
すると、真夜は手を離して、俺を見てゆっくりと笑顔を浮かべた。
「あ、足が……」
宮坂さんは彼女の足を見て、俺も……見てしまった。
消えかかっているその左足。
見たくなかった、その光景。
「マジかよ……」
「さっき、あの子に触れたのが駄目だったみたい。やっぱりあたしも……消えちゃうんだね……」
諦めの色を見せて、辛そうに真夜は笑っていた。
「お、おい……蔵曾! お前なら、なんとかできるだろ!?」
蔵曾は彼女の足へ手を伸ばした。
どうして、何も言わないのか。
その答えは足に触れるところで、解った。
赤く何かがはじけて、蔵曾の手は彼女の足には触れられなかった。
「無理、あの子を倒すか気絶させるかしないと」
よく見れば赤い煙のようなものが真夜の足を包み込んでいる。
水に絵の具でも落としたかのように、じわりじわりとそれは徐々に侵食していき、今も少しずつ左足が消えていっている。
バランスをとれずに、真夜はその場で倒れこんだ。
「じゃあ、あいつを倒そう……!」
「浩太郎はここにいて」
「なんでだよ!」
「戦ったら殺されるから」
それは気持ちいいくらいにきっぱりと言われた。
「……そうかよ」
「そう」
反論できない。
あいつと対峙して既に体が感じ取ってしまっている、戦ったら確実に殺される――と。
「なら蔵曾、お前なら倒せるか?」
「倒せるかもしれない、しかし――」
そこで一度言葉を止めた。
真夜を見て、蔵曾は何かを言おうとはしていた。
ああ。
そういう事か。
俺達は蔵曾が何を言うかなんて、もう把握できていた。
「やあやあ、待っていてくれたのかなー?」
構造神は楽しげな口調でやってきた。
そこで、蔵曾と邂逅。
彼の足は止まり、目を真ん丸くさせて、じっと蔵曾を見ていた。
「その感じ、もしかしてもしかするともしかしたら?」
「久しぶり」
僅かな沈黙。
「……ふひはっ、想像神!」
「多少、見た目は違うけど」
「いやー、見た目なんて意味など無いさ! いつだって肝心なのは中身だよ。うんうん、久しぶりだねぇ!」
旧友との再会っぽい会話ではあるが、二人の浮かべる表情は明らかに笑みに怒気が含まれていた。
「君は随分と弱く卑しく小さくなったなあー」
「貴方は随分と酷く醜く臭くなった」
「えー? 臭いかなー?」
「クズの臭いがする」
今までこうも人への悪口を彼女の口から聞いたであろうか。
否、聞く事など一度も無かった。
二人の間柄は、それほどまでに歪んだもので繋がれているのかも。
「参ったねー。君はいつだってムカつくなー」
「あのガラクタを使って豊中を襲わせたのも貴方の仕業?」
「ふひはっ、大正解ー。あの子ったらさあ、物語無視して双子殺しに来るんだもん、双子を倒すのはやっぱり主人公かヒロインじゃないと。それにしても、あの子いないねー? どうしたんだい? 腹痛かなー?」
わざとらしくあたりを見回して挑発してくる。
挑発には、蔵曾はびくともしないであろうが、俺はさっきから構造神をぶっ飛ばしたくてたまらない。
「ああ、それと、僕からの贈りもの、楽しんでくれた? この茶番、どうかなあ?」
「胸糞悪い最後を用意してくれたようね」
「うん、そう。彼女の消失、君でも止められない。悲劇じゃない? 悲劇だよねえ! 最高じゃない? 最高だよねえ!」
右手に力が入っていた。
後から痛みを感じるくらいに、俺は怒りを隠しきれずにいた。
悔しい事にその怒りをぶつけようとしてもぶつけられない。
「浩太郎……」
不安そうな表情、手は震えを帯びていた。
「力を解いて」
「解いてどうするのさ、宮坂さんの想像の産物を現実にでもするの? いやー君なら出来そうだけど、それであの子は幸せになれるのかなー?」
「さあ。それは私達が考える事ではない」
「いつだって無責任だねえ君は、無垢でもあるけどさあ」
「貴方はいつだって無邪気、そして無意味を好む」
互いの間の空気がものすごい勢いで冷えていくのが解る。
この場から今すぐにでも離れたいものだぜ。
「宮坂さん……」
「は、はいっ……」
「私を作ってくれて、ありがとう」
宮坂さんの双眸からは涙が溢れていた。
「私、消えちゃうけど、きっと貴方の中に戻るだけ。また私を、物語の中で生きさせて」
「うん、うん……」
俺も目頭が熱くなってくる。
しかし、イラつくのは……この様子をニヤニヤと見ている構造神だ。
「浩太郎、あたし、この好きって感情は作られたものかもしれないけど……偽物じゃない」
「ああ、解ってる」
「今までの思い出は、偽物だったけど、浩太郎と過ごしたこの数日間は、本物だよね?」
「本物だ、紛れもなく……本物さ」
徐々に消えていく範囲が広がっていった。
あと数分、いや、数秒?
涙する真夜は、笑顔を浮かべた。
残り少ない時間を――迫る最期を悟って、か。
「いやー、泣いてしまう。僕は辛いよ、こんな最期は」
「だったら解除して」
「けれど、それが見たいがために解除しない。君だってそうだろう? 悲劇の映画、ラストのシーンを見ずに終えるかい? 終えないだろう」
「それとこれとは、違う」
「僕達にとっては似たものさ」
蔵曾は構造神に歩み寄った。
構造神も蔵曾へ歩み寄り、同じ背丈ながらもどうしてか大きく見える。
「少し、黙って」
「黙らせてくれるかい?」
「お望みならば」
赤い光と青い光が放出され、二つの光は接触するたびに周囲へ振動を放っていた。
とりあえずお二方、やりあうなら他所でやってくれ。
「現実って思った以上にファンタジーなのね……」
「ああそうさ、退屈しない」
「あたしもこんな世界で、生きたかった」
「お前がいてくれたらもっと退屈しない日々を送れたよ」
「ありがとう、浩太郎……」
もう腰のあたりまで消えかかっていた。
大きな振動が生じると同時に、構造神が後退し、蔵曾は一度踵を返して俺達の元へとやってきた。
手を伸ばして、体に青い光を送り込むも、手と光は弾かれるのみ。
「駄目……か」
「いつか、あの子が書いてくれるから……読んでね。浩太郎とは違う子と過ごしてるかもしれないけど、嫉妬しないで」
あはっと、最後まで真夜らしさを見せてくれる。
それが、俺には心臓を締め付けられるくらいに……辛かった。
「浩太郎」
消える速度が徐々に早まっている。
「何だ」
全身が既に半透明だ。
「あたし」
真夜は手を伸ばすも、その指先は既に消えていた。
「消えるのは、怖くない」
それでも真夜は俺の頬に手を伸ばして、触れようとしていた。
「浩太郎を好きだっていう感情が、消えるのは……怖い」
俺は真夜の手を握ろうとするも既に実体ではなくなっており、掴むのは空のみ。
「浩太郎」
多分。
多分、最期の言葉になる。
声量が既に絞られ始めていたからだ。
俺は顔を近づけて、耳を傾けた。
「こっち、向いて」
真正面で聞いて欲しいようで、彼女の双眸に視線を合わせる。
その途端に。
真夜は唇に、唇を重ねて、あまりの不意打ちさに俺は瞬き二回。
「思い出、作っちゃった」
「……馬鹿野郎」
互いに笑顔を浮かべて。
真夜は、消えていった。
あと1話で完結の予定です。




