その95.構造神だよー
「あんたが私達を殺せば物語は終わる、あたしたちはみーんな消えちゃう」
「こ、浩太郎は……」
「あいつは違うわ、登場人物じゃない。そして、あんたが好きだった主人公はあいつじゃない、あんたの感情すらも物語のために与えられた偽物の感情」
真夜は覚束ない足取りで後退した。
場の空気がどんどん重くなってくる。
真夜は俺を見て、しかし何も言わず……何か頭の中で廻らせている様子だった。
「浩太郎……」
「真夜、その、な……」
なんでもいい、彼女に何か言葉をかけてやらなければならないと思った。
「あたしって、何?」
「それは……」
けど、言葉がいつまで経っても見つからない。
無い知恵を絞り込んでも、やっぱり、どう考えても、彼女の気持ちを楽にさせてやれる言葉は無かった。
「宮坂さん、あたしは……あんたの想像の産物に過ぎないの?」
「あの、き、木崎さん、は……その、えっと……」
彼女も同様だった。
「ええそうよ、あの子が私達の生みの親ってとこね。自分が想像から生まれたものに過ぎないと知った気分はどう?」
「……」
真夜は、沈黙した。
「僕達は物語を完結させずに生き残りたい。だからさ、お互い協力しようよ」
「こうして物語には付き合ったけど、もういいよね?」
「完結させなければ、それで僕達は生きられる」
「完結の条件は私達を殺す事」
「けど物語が進まないと僕達は消えちゃうんだって」
「つまり、これからこうした物語の進行を私達は続けていけばいい。殺し合いに見せかけた演技をね」
「うるさい! 黙って!」
真夜は怒声をあげた。
その話に乗るという事は、自分の命を繋ぎとめられる。
延命行為と同じだ。
真夜は……どうする?
いや、考えるまでも無いか。
自分の命が掛かってるんだ。
乗らない理由が無い。
「宮坂さん、あたしって、あの、漫画とかで出てくるヒロインみたいなものだったりする?」
「そ、そうです……主人公を好きな、ヒロインで……」
「そっか」
とだけ、彼女は呟いた。
その言葉に何の感情が込められていたかは、解らなかった。
「話、乗ってくれるでしょう?」
咲が問う。
真夜はゆっくりと顔を上げて――右手の掌を広げた。
尖った爪をふんだんに活かすべく、ゆっくりと手を上げる。
「主人公を守るのも、ヒロインの役目よね」
「ち、ちょっと……何を、するつもりなのさっ!?」
「解ってるでしょう?」
「何がよ!? ね、ねえ! 秘血持ち! あんたからも言いなよ! こいつが消えるの嫌でしょ!?」
「ああ……そりゃあ当然……嫌に決まってる」
決して俺のほうを向きはしなかったが、その肩の動作から小さく笑みを零していたと思う。
「あたし達さあ……現実にはいちゃいけないんじゃないかな……」
「違う、違う違う! この世界が私達の現実になったのよ!」
真夜……。
まさか、消える事を望むなんて……。
「そういう、人……ですから」
「こうなるって、解ってた?」
「大体、予測できてました……。あの人は、木崎真夜がもし真実を知ったら全て終わらせて潔く消える事を選ぶだろうなって……」
流石作者だ、何でも知ってやがる。
「あーあ、こうなっちゃうのかあ」
するとその時、凪が声を上げた。
悠長な足取りで咲の元まで近づき、笑みを振り撒いて余裕そうにため息をついた。
「凪……?」
「はいはい、凪ですよー」
おかしい。
雰囲気が……どこか違う気がする。
皆もそれは共感しているようで、しかし状況が状況だったのでどうしたんだいきなりと、思考はクエスチョンマークで埋められていた。
「ああ、ごめん、嘘嘘。凪君はー、とっくの昔に消えちゃいました」
「……は?」
くるりとその場で手を広げて回り、回転を重ねるたびに姿が徐々に変わっていった。
身長はほぼ同じだったが、その青い目に赤い髪、そして街中でよく見るようなラフな格好へ。
「なっ……」
容姿が完全に、変わってしまった。
……まさか。
「はいはいどうも、僕の名前は構造神です。物語を進むのをただ見てるのは面白くなかったので、途中から凪君と入れ替わってたんだよねっ」
満面の笑みで少年――構造神は応えた。
「構造……神?」
「そうだよ、構造神だよー」
こいつが……構造神、か。
想像していたものよりも実に神らしくない。
蔵曾もそうだが。
「おっと、あっちのほうも戦闘音が聞こえなくなってきたね、はやいとこ済まさなきゃ」
何を済ます?
というよりも。
何をするつもりだ?
「な、凪……は?」
「消えました」
「消えた、ですって?」
「うん、僕が凪の役になりたかったから。ごめんね!」
まったく反省の色すら欠けた謝罪の仕方だった。
言下には笑い声を上げてにこにことしており、謝罪というよりもジョークの一つでも飛ばしたかのような言い方だ。
「う、嘘……」
「ほんとだよ」
「嘘を、つくなぁ!」
途端に、咲はナイフの欠片を拾って構造神に飛び掛った。
最後の力を振り絞ったのだろう、所々血が噴出しているも構わずに突っ込んでいった。
構造神はその場を一歩も動かず、笑みを崩さずに右手を差し出して――赤い光を宿した。
「元の構造にお帰り」
その光に触れるや、咲の手が一瞬で消失した。
「えっ、あ、はっ……!? 嘘、う、ああっ!? み、右手、右手が……!」
「カップラーメン美味しかったよ、ごちそうさま!」
「あっ、あの時……から?」
異変は、広がっていった。
「さ、咲の体が……!」
半透明になっていた。
彼女はそれを自覚しているかは定かではないが、両足から徐々に半透明から透明へと変化していっている。
「ばいばい」
手を振る構造神。
絶望に染められた表情で、咲は……消えた。
最後に残ったのは彼女が着ていた服だけだった。
こいつ……。




