その94.言ってしまった。
土埃が周囲に充満し、近くにあったドラム缶は全てが壁の上部へと突き刺さっていた。
それほどの一撃だった。
ならばその間近にいた人物はどうなっただろう。
俺はというと、都合よく無傷であり、蔵曾の力っていうのは素晴らしいもんだなと関心していたり。
「ふう……」
目の前にできたのは小さなクレーター。
双子はどこに行ったかな?
「こ、浩太郎ー!」
「二人とも無事か?」
「ぶ、無事!」
強化されている真夜ならばあの拳による爆発が起きても宮坂さんを守ってくれると信じてたぜ。
そんでもってよ、蔵曾。
お前がちゃんと俺の右腕に力を宿らせてくれてるってのも、信じてた。
「そ、その腕は何っ!?」
「えっと……企業秘密」
「企業が絡んでるの!?」
まあ、うん、うーん?
絡んではいないが、説明は難しいなあ……。
「ちょっとした一身上の都合があってだな」
宮坂さんはあたりをきょろきょろを見回して、
「ふ、双子はどうなりました……?」
まだ警戒心を怠ってはいけないな、あいつら……きっとまだ生きてる。
「解らん、吹っ飛ばされてどっかにいるとは思うけど」
身構えておく。
この拳がある限り、今の俺はそれなりにやれるぜ。
ただ地面を殴るのみだけど。
「あの、このまま逃げませんかっ!?」
宮坂さんの様子に、違和感を感じるのは気のせいか……?
「いいえ駄目よ、今あの双子を倒しておかなければ、また次があるわ」
「最低でもあの武器は壊しておく必要はあるな」
あの武器は脅威だ、あまりにも武器としてはその普通の範囲を超えてしまっている。
俺達がこうして無事なのは奇跡と言ってもいいくらいだ。
思い切り武器の性能を発揮して、殺しに掛かってこられたらどうなっていた事やら。
「まだ近くにいるわね……」
「あ、あのっ、双子だってきっと悪気はなかったでしょうし、穏便に……」
「あたしは穏便に済ますつもりは微塵もないわ!」
真夜の迫力に宮坂さんは思わずたじろいで後退。
そりゃあ吸血化した真夜の迫力といったら距離をおきたくなるくらいのもので怖いよなあ。
「出てきなさい!」
辺りはドラム缶やら瓦礫やらが散らばっており、このどこかに双子がいる。
潜んでいるのか、それとも俺の不意打ち攻撃でダメージを負って動けずにいるのか。
カチャッと、瓦礫が崩れる音がする。
音がしたほうを見ると、その方向にあった奥のドラム缶が微かに動いていた。
ドラム缶の影から手が伸び、ゆっくりと双子の片割れが顔を出した。
「う、くっ……」
立ち上がろうとするもよろめいて方膝をつく。
ダメージはちゃんと負っている、大という文字を先端につけていいくらいに。
「ナ、ナイフ……」
手にはナイフが握られていない、吹っ飛ばされた時に手を離してしまったのかな。
「あらら、武器も無いようね」
指の骨を鳴らして、一歩一歩じっくりと近づいていく。
周りからもう一人が飛び出してくるといった様子は無く、真夜の気配感知の力は向上している、よほどの事が無い限り不意打ちなどこの状況では生じない。
「このメス豚がぁあ!」
ドラム缶を蹴って、真夜に飛ばすもそれは攻撃にも入らない。
彼女のツメがドラム缶を弾いてそのまま前進する――が、真夜が見ていたのは弾き飛ばしたドラム缶だった。
「流石姉さん!」
「作戦成功よ弟よ!」
ドラム缶の中から、ナイフの刃が飛び出し――
「うぐっ!」
「真夜!」
彼女の肩を深く切りつけた。
更にドラム缶から姉の咲が飛び出し、ナイフの刃を振り下ろす。
俺は――何も考えずに飛び出していた。
ああくそ、俺は身も心も強くねえ、飛び出したところで痛い目に遭うのは目に見えてるのに。
後先は考えるほうだけど、あまり面倒な事は考えないほうがいいな。
「うおおおお!」
それに。
この右腕ならやれるはず!
問題はうねるナイフの刃に飛び込むのだから俺の体が何箇所か切りつけられるであろうが、考えている暇も無い。
先ずは右足がナイフの刃に触れ、左肩へと続き、頬を切りつけ、真夜へと振り下ろされる刃へ左手をさしだした。
「ぐうう……!」
痛ってえ……!
貫通してやがる、俺の手の甲をよ。
「こ、浩太郎……!」
「大丈夫、か?」
「だ、大丈夫……!」
互いに次は何をすべきか、言葉に出さずとも理解し合っていた。
「ちっ! 邪魔をしやがって!」
「姉さん、もう一つのナイフを使って!」
どうやら凪のナイフは咲が所持していたようだ、左手に持ったそのナイフを俺達へ向けてくる。
ナイフを抜くなら勢いが大事だ。
ゆっくりと抜くのは流石に痛すぎる、思い切り……ああ、俺は思い切り抜いた。
「いっつうぅ……」
激痛を堪能。
「さあ、二人まとめて――」
ナイフが光を帯びる。
俺は彼女の方向へ向けて思い切り拳を振るう。
「死になさ――」
悪いな。
こっちのほうが攻撃の速度は速いようだぜ。
拳を振るえばどうにかなる――蔵曾から託されたこの力がそう俺に教えてくれていた。
相手がどんな攻撃をしようが、この拳は近距離ではなく、中距離もやれる――頭の中のイメージが教えてくれている。
俺の拳から放たれたのは、青い閃光だった。
同時に、ナイフからは赤い光が発せられてこちらへと放たれるも、閃光のほうが届くのは早かった。
「うっ、ぎぃぃぃぁあああ!」
ナイフが閃光によって、炸裂。
彼女の左手にナイフの刃が突き刺さって身悶えた。
「姉さん!」
……何とかなった。
これで相手は無力と化した、後はもはや物語の結末までゆっくりと待つだけだ。
結末を迎えたら、どうなるか……は解らんが。
「いてて……」
「ありがとう、浩太郎」
「まったく、デンジャラスな日常だぜ」
ええ、本当に――と、彼女は微笑むもすぐに咲のほうを向いて睨みをきかせた。
ゆっくりと近づく、動けずにいる咲は青ざめ、右手に持っていたナイフはまだ無事なのに気づいて振るおうとするも、左手が機能しないと振り辛いもので、動作は遅い。
一瞬で距離を詰め、真夜はその鋭い爪を見せつけた。
「詰みよ」
「ひ、ひはっ……」
「姉さん!」
凪が彼女の元へと近づこうとするも、真夜は爪を咲の首に突きつけた。
近づくなという、警告だ。
「い、いいのかぃ?」
「何が?」
「お前に言ったんじゃねえ……あいつよ」
その視線の先にいたのは、宮坂さんだった。
「宮、坂……さん?」
「えと、その……」
狼狽して、視線が落ち着いていない。
「このままだと、完結しちゃうよ?」
「完結……? 何を言ってんの?」
「あはっ、気づいてないんだっ! 気づいてないんだこいつ!」
咲は大きく口を開けて笑った。
まさか。
まさか、だと思うが、彼女……“物語”に気づいている?
「私もあんたも、凪も、あの子に作られただけの存在なのよ!」
「……混乱しているようね」
「混乱なんかしてない、僕達はそういう存在だ」
凪が、視線を落として言う。
それは実に悲しそうで、彼は顔を上げようとはしなかった。
「何、を……そ、そういう存在って、なんなのよ。ねえ、浩太郎……」
「あ……」
どう言っていいのか解らず、俺は言葉を見失っていた。
宮坂さんは何か言いたげで、でも何も言えず。
「頭の中にある記憶は全部あの子が作ったものだよ!」
「そんなの、ありえない!」
「違和感はずっと感じてたはずよ」
沈黙が漂う。
真夜は後ずさりして、震えた声で言う。
「あ、あたしは……浩太郎を幼い頃からずっと守ってきた」
「嘘」
「あ、あたしは、この街に住む秘血を守る吸血者」
「嘘」
「あ、あたしは、木崎真夜」
「嘘」
「あたしは……」
「私達は、宮坂加奈子が書いた物語の登場人物。完結すれば消えるだけの存在」
咲は、はっきりと言った。
言ってしまった。




