その93.蔵曾、信じてるぜ。
「じゃあ――」
蔵曾が別方向へ足を進めようとしたその時――
「止まってください」
いつの間に。
本当に、いつの間にか、目の前には少女が立っていた。
俺たちは遅れて身構えた――その瞬間に、風圧が俺の尻を地面につかせた。
「うぉっ!?」
女性が立っていた場所には既に誰もいない。
奥にあるドラム缶が音を立てており、何が起きたのか一瞬解らなかったが風圧からして蔵曾のいた場所に何かが起きたのは理解した。
蔵曾のほうを見てみると、彼女は目の前にいた女性と組み合っていた。
「ぞ、蔵曾……!?」
「問題ない」
「対象を決定、排除に回ります」
ごく普通の、制服を着た少女。
どこにでもいるような少女。
それなのに、どうして右手を挙げるやその手はチェンソーになる?
「浩太郎」
「な、なんだ!?」
「この子は私が相手する、彼女と行って」
「わ、解った!」
蔵曾のすごいところ。
それは、チェンソーが頭部めがけて振り下ろされているのに、軽く手を遭わせて青い光を発光させるや、人差し指にそれを宿らせてチェンソーの刃を止めていた。
流石想像神だと、褒め称えるしかない。
「あの子、すごいわね……」
「ああ、本当にな」
俺は腰を上げて、少女が俺達へ牙を向けやしないかと警戒しながら真夜の元へと歩み寄った。
……あの少女は俺達に用は無いらしい。
見向きもせず、蔵曾だけを真っ直ぐに見ていた。
「蔵曾、先行ってるぞ! 必ずついてこいよ!」
「問題ない」
「対象への火力増加」
すると少女の左腕は振りあがるや、まるで……ロケットランチャー? のような形になって蔵曾へと発砲。
目の前で大きな爆発、俺と真夜は吹き飛ばされて結果的に奥へと進む形になった。
「ぞ、蔵曾!」
周りには煙が立ち込めていた。
蔵曾がいたであろう場所は大きなクレーターを生み出しており、蔵曾の安否が気になるも――その独特な猫耳フードの人影は健在していた。
親指を立てているのが見える。
相変わらずデタラメだなお前は……。
「大丈夫そうだ……」
このままでは巻き込まれかねない、早いとこ行くとしよう。
「行こう!」
「ええ!」
奥へと進むほどに漆黒が根付いていた。
このまま進んだらいつしか真っ暗になるのではないだろうか。
奥はドラム缶が壁として聳え立っており、これは意図的にそうしたと感じられた。
壁一面ドラム缶でビッシリという光景は異様すぎる。
「やあやあ」
「来た来た」
一番奥側にはピラミッド状に積み重なったドラム缶。
その頂点に双子はいた。
宮坂さんは椅子に縛り付けられており、双子はドラム缶をゆさゆさと揺らし、宮坂さんの慌てふためく様子を見て笑っていた。
その様子だけ見ると、無垢な悪戯好きの子供、なんだけどな。
「んー、あっちも始まったみたいだし、こっちも始めちゃう? 弟よ」
「そうだね、こっちも早速やっちゃおうか姉さん」
同時に懐からナイフを取り出し、軽い跳躍で降りてくる。
「私に敵うと思ってるの? 浩太郎にも傷一つつかせはしないわ」
「どうだろうねえ?」
「どうかしらねえ?」
双子は顔を見合わせて口元をにんまりと緩めた。
何を企んでいる?
一度双子は真夜に破れている、再戦を申し出ようとも前と変わらぬのならば結果も同じだ。
何か罠が仕掛けてあるのかもしれない。
その警戒は怠らず、真夜は俺の盾になるような位置についた。
「見たところ罠は、なさそうね……」
「ああ、でも絶対に何か企んでる」
敵のペースにならないようにはしたいが、宮坂さんが人質としているために状況はこのまま膠着せざるを得ない。
後方からは何度か激しい音が聞こえる、蔵曾は戦闘中のようだが今回ばかりは苦戦するほどの相手なのか? 直ぐに終わるとふんでいたのだが。
あの少女がもしかしたら構造神なのか?
それならば、納得だ。
「うわー、すっごい戦いしてるのねぇ。ここまで響いてくるわ」
「あの人と出会えたのは僥倖だね姉さん、協力者も与えてくれたし」
「ええ、あの子ったらすごいわねえ。両手がどんな武器にも変化するんですもの」
双子の会話から……さっきの少女が協力者、と俺の間違いが正された。
どこかには構造神がいる。
奴は、どこだ?
「さあて、こちらには人質がいるわけだけど」
「狙いは浩太郎の秘血ね?」
「「そうだよ」」
人質を取られているとなると、下手には動けない。
隙を突くとして、ならばそれは無力に近い俺より真夜がやるしかなく、加えて俺を守るという役割もある。
彼女には負担しか掛けていないな俺という存在は。
「うーん、匂う匂う、血の香りがするわぁ」
「彼の指から漂ってくるよ姉さん!」
「吸うしかないわね弟よ」
血の匂いだけは嗅ぎとるのが得意と聞いていたが流石だ、ほんの小さな傷なのに的確にどこからなのかも嗅ぎ取ってやがる。
「でもどうするつもり? あたしに勝てる策でもあるの?」
「まあねメス豚」
「あるねメス豚」
「誰がメス豚よ!」
「「お前だよ~ん」」
このやり取り、以前にもあったなあ。
「今回は違うわよぉ。あの人からこぉんな力を貰ったんだからっ」
すると……双子の持つナイフがぐにゃりと変化した。
「なっ……!?」
変幻自在のナイフ、まるで意思を持っているかのように動いたのだ。
見る見るうちに刃が伸びて、蛇のような動き。
軽く振るや、真夜は俺を抱えて後退した。
一瞬すぎて、反応できない……。
「大丈夫!?」
「ああ、俺は大丈夫だっ! けど真夜、お前……血が」
「軽く切っただけ! 大丈夫!」
頬から血が垂れていた。
秘血を得て強力な力を得た彼女が反応できないほどの速度、双子の持つ武器は恐ろしいものに変わったのが解る。
「どうどう? すごいでしょう?」
「姉さんのナイフもすっごいけど、僕のナイフもすっごいんだからっ!」
次は弟か……。
ナイフを構えると、刃が赤く光りだした。
「えいっ!」
軽く振るや、その赤い光は刃から飛び出し、瞬時に拡散して地面をえぐっていった。
標的は俺達だ――真夜は俺を抱きかかえて真上へ跳躍、壁を蹴って近くのドラム缶へと着地した。
「……一体、なんなの?」
「あははん、これがあれば秘血がなくても十分に戦えそうっ!」
「そうだね姉さん! すっごいよこれ!」
互いにナイフを見合って楽しげにしていた。
「そして、だけど」
「このナイフであの子を切りつけたら、どうなっちゃうかな?」
「……汚い奴ら」
ナイフの威力を見せびらかして、いつでも人質は殺せると強調している。
「彼の血と交換」
直ぐにでも交渉すべきだが、不安なのは本当に人質を返してくれるかという事だ。
それに俺の血といっても、彼女達に身を委ねる時点で俺の血と交換ではなく、俺の命と交換なのではないか。
「ほらほら、早く選択してー?」
ナイフが宮坂さんへと伸びていった。
宮坂さんは青ざめて俺達へ助けを求める視線を向けていた、恐怖で言葉すら出ないらしい。
弟は俺達にナイフを向けて、いつでも対応できるといった様子だ。
下手な動きはできないな……。
変化が起きすぎた物語、まさか作者が人質になるとはね。もはや作者本人も結末は解らないだろうな。
「解った、今そっちに行くよ」
「浩太郎! 駄目よそれじゃあ!」
「宮坂さんを犠牲には出来ない」
ここは従うのが一番だ。
それと、少しばかり気になる事がある。
あいつなら、ちゃんとやってくれているはず……信じてるぜ、蔵曾。
「はーいそれじゃあメス豚は動かないでねー?」
「さあ僕のところにおいでー」
足を進めて、真夜には微笑を浮かべておいた。
安心していい、そういう微笑だ。
「やはり秘血持ちはいい匂いがするね姉さん!」
「そうね弟よ、二人で全部飲み干しちゃいましょう?」
「それより宮坂さんを解放してくれないか? もういいだろ?」
「ああ、そうだね、僕達は優しいからちゃんと解放してあげるんだっ」
「ええそうよ、私達は優しいのよ」
それはどうも。
どうせ解放の仕方はろくなもんじゃないんだろうな。
双子はどうしたかというと、
「ほうら受け取って!」
ドラム缶を思い切りナイフで吹き飛ばした。
そうだと思った。
宙に舞う宮坂さんを、真夜に取りに行かせる、そうしてこちらはより安全にという魂胆であろう。
「くっ! 浩太郎!」
真夜は宮坂さんを抱きかかえて、ドラム缶を弾いていくも着地した場所は離れてしまっていた。
計画通りといった様子で双子は顔を見合わせる。
「それじゃあ、いただきますか姉さん!」
「そうね、いっぱい吸っちゃおう! 弟よ!」
ああこいつら。
最高に油断している。
真夜はすぐにこれない。
散らばったドラム缶が障害物と化している、これも計算済みであろう。
首筋へ噛み付いて血を吸うには数秒程度、もう真夜は間に合わない――それは確定されている。
「「いっただっきまーす!」」
「浩太郎ぉぉぉぉぉぉお!」
蔵曾、信じてるぜ。
信じてるって言ってもさ、都合よくお前が来る事じゃねえ。
俺の右腕、こういう時はちゃんと与えてくれてるんだろう?
あの、力をよ。
「うぉぉぉぉぉぉぉお!」
拳を握った。
右腕に力を込めた。
この一瞬に賭けよう。
俺は右腕を地面へと向けて、思い切り拳を振り下ろした。
「はっ!? な、何だ!?」
感じる。
振り下ろされると同時に、拳は銀に包まれ、それは肘へ肩へと登っていく。
「何をす――」
地面に拳が突き刺さった。
本来は硬い地面であろうが、まるで粘土のようにめり込み、亀裂が入り、閃光が放たれ、双子の足元が盛り上がる。
「る――!?」
爆音が周囲を包み込んだ。




