その92.死んだかも
二人と別れて俺達は学校を出た。
人気の無い場所へとりあえず行くとする。
「ここらでいいか……」
あたりを見て、誰もいないのを確認。
親指の面を歯で軽く切って出血させる。
普段こんな事やり慣れてないから中々時間が掛かったがな。
漫画みたくすんなりと切れないじゃないか! 騙されたぜ!
しかもちょっと深く切っちまったし!
「ほら、真夜……」
「あ、うん……」
「おふっ」
……?
何か最後変な声聞こえなかった?
真夜も俺と同じ反応をしてクエスチョンマークを浮かべてやがる。
「……蔵曾?」
「私です」
多分隣に立ってるのは飲食店、その裏口のゴミ箱の陰に蔵曾はいた。
「おお、よかった、お前がいてくれると安心だ!」
「何かあった?」
「宮坂さんが双子に拉致されてさ……」
「そう」
ひょいっと顔を出してきてやっと近づいてきてくれた。
「私も手伝う」
「ああ、助かるよ」
「で、でも……大丈夫なの!?」
見た目は華奢な少女、心配するのも無理はない。
「大丈夫だ。多分この世界で一番強いから」
「え、えぇ!?」
「うん、一番強い」
少しは謙遜しろ。
「浩太郎、ちょっと」
すると蔵曾は俺の腕を引いてきた。
真夜には聞かれたくない話でもあるのか?
まあいい、少し真夜とは離れるとしよう。
引かれている間、大丈夫だという合図を送るべく彼女へ視線を送り、視線は交差した。
安心させるべく笑顔を浮かべたのが効果的だったようだ。
真夜は小さく頷いてその場から動かないでくれた。
「思ったより、今回は……深刻」
「……というと?」
蔵曾が淡々とした口調の中でかすかに沈黙を置くのは珍しい。
そのかすかな沈黙が何を意味するのか、言葉を待つも俺は深刻さが身にしみていた。
「豊中、会った?」
「いいや、今日は休みらしくて会ってないけど」
「そう……」
それから小さく、蔵曾は「やはり」と声を漏らしていた。
何がやはりなのか。
問いたいところ。
「浩太郎」
「何だ」
一つ一つの言葉に重みを感じた。
しばらくは蔵曾をいじったり、冗談を言うような雰囲気とはおさらばな気がする。
「豊中、消えた」
えっと。
えっ?
なんだって?
一瞬、頭の中には大きなクエスチョンマークが浮かんで俺を取り乱させた。
なんて言ったらいい?
よく解らないが、えっと、えっ?
「昨日街で爆発事故があった」
「……あ、うん、ああ……あった」
「豊中は街へ向かっていた。他の使いがそれを確認している」
ほかにも仲間がいるなら是非紹介して欲しいがそれは今はいいとして。
「おそらく双子と、その裏にいる構造神について動いていた」
「……それで?」
「爆発以降、豊中は存在の気配を消失させた」
「それって……」
「死んだかも」
本当に……。
本当なの?
「構造神にやられた可能性、高い。双子は報告によればナイフを使う、爆発物は無縁」
「おいおいマジか……?」
「シリアス回突入」
シリアス回も何もな……。
「でもまだ確定ではないんだよな……?」
「何とも言えない」
……まあ待ちたまえ。
あの人がそう簡単に死ぬわけがない、そうさ、ノアを求めてそのうちひょっこり出てくるに違いない。
信じてるぜ、豊中さん。
「生きてるさ」
「そうだと嬉しい」
「ああ、生きてる」
しかし正直なところ、不安は膨れ上がっている。
豊中さんがいかに頼りになる人物かを再確認できた、彼女がいるだけで大きな壁があっても簡単に崩せるような安心感が今は無い。
その代わりに蔵曾という最も安心できる存在はいるものの、不安は根付いてしまっている。
「浩太郎ー」
真夜が急かすように声を掛けてくる。
ああ、早く行かないとなっ。
「今行くよっ」
そんでもって、彼女に血を与えてやらなきゃな。
そわそわ急かしてきたのは俺の血を見て欲が湧いたんじゃないのかな真夜よ。
「じゃあ、吸うよ?」
「おう、吸ってくれ」
このやり取りは他人に聞かれたらものすごく誤解を招きそうである。
「おおふ」
蔵曾、そんなに見つめるなよ。
ぱくっと真夜は俺の指を咥えた。
柔らかい唇の感触、心臓がそれに反応して少しずつ強く脈動していく。
真夜の髪は徐々に白髪へと変化。
爪が尖っていき、蔵曾はその変化を楽しんでいるのか口元が緩んで小さな拍手をしていた。
「ふう、さあ……双子を見つけましょうかぁ!」
赤い双眸は活気で溢れており、真夜はあたりをぐるりと一周見回すや西側を見て脚を止めた。
「気配はあっちからね……!」
「よし……向かおう!」
「じゃあお姫様だっこしたげる!」
「えっ」
あ、うん、いや、そのな……? 確かに移動手段としては君が俺を抱きかかえていくのがいいだろうけど。
「蔵曾はどうするんだっ?」
「私は問題無い、是非お姫様だっこされて」
お前はよほど俺が彼女にお姫様抱っこされる姿を拝みたいようだな。
「急ぐわ!」
ひょいっと俺を抱きかかえて真夜は壁から壁を伝って建物の屋上まで一瞬で登りきった。
蔵曾はついてきているかと見てみるとすぐ隣にいたからこれまた驚きだ。
「……貴方、何者?」
そりゃあ聞きたくなるよな。
「ただのラノベ作家志望の女の子」
嘘つけ。
「むむっ! 嘘をついてる気がするわ!」
「うん、嘘ついてるよこいつ」
「やはり!」
こんな会話をしながらも、建物から建物へと飛びうつって、隣を見ると平然と並行する蔵曾。
「秘密」
「秘密にしなくちゃいけないくらいすごい奴だったりするの?」
「そう」
「ほほー」
蔵曾の正体を知りたいようだが、うーん、知っても信じるかねえ?
それにしてもずっとお姫様だっこされているのは少々恥ずかしくてたまらない。
空は橙色に染まり始めており、下を見れば人々があふれ出している。
誰かに見らるかもしれないという可能性――それよりも宮坂さんを優先しているので今は構わない状況だが、俺が女性にお姫様抱っこされている姿を誰かに見られるかもしれないという可能性はため息をつかざるを得ない。
こうしてお姫様抱っこされているともうなんていうか、情けなくもなってくるぜ……。
俺にも建物を容易く飛び移れるような力があればなぁ……。
蔵曾、今からでも遅くないからくれよ。
「近いわね」
「うん、止まったほうがいい」
ここは街から出る付近の、工場やビルが多い一帯だ。
ビルの屋上からあたりを眺めるのはいいけどね、目の前は五階建ての高さなわけでものすごく怖い。
二人は見慣れていると言わんばかりに平然と見回してるけど。
「工場のほうね」
「おそらく使われていない工場」
「行きましょう!」
そのまま落下。
たまひゅんってやつ――加えてジェットコースターの急速落下、風圧で目が開けられんっ!
ビルの壁を蹴って目指すは工場近くの建物にといった感じのようだ。
スタンッと、あまりにも軽い着地音は二人分。
そして建物から地面へともう一度軽い落下でようやく安心できる地面に俺は両足をつけられた。
「はあ……」
「あっ、ごめんっ! 急いでたから! 大丈夫!?」
「ああ、大丈夫だ」
周辺は人気がまったく無い。
こげ茶に染まった工場、結構大きいな。
でも使われなくなってから一体何年経っているのか、窓は所々が壊れていて、入り口の扉も錆びだらけだった。
敷地内は特に何も設けていないので入れはするが、立ち入り禁止という看板が落ちているので立ち入っちゃ駄目なんだろうがこちらも事情があるのでその看板は見なかった事にする。
工場の周りは閑散としていた。
言葉を付け足すならば、不気味なほどに……だ。
建物が少なく見渡せる場所ではあるが人影はまだ見当たらない。
逆に、工場へ行くには相手に見つかるのは覚悟しなければならないという事でもある。
「こうなったら堂々と行くしかないな」
「ええ、そうね。行きましょう!」
別に声を張り上げてまで堂々としなくてもいいんじゃないかな。
蔵曾は右手を上げて小さくおーっ! と賛同。
「その前に、血をもっと……むぎゅー」
彼女の頬をつまんで唇を縦に伸ばすとした。
「駄目だよ! 十分だろ、行くぞっ」
「ぐぬぬっ!」
「ぐぬぬっ!」
どうして蔵曾も悔しそうにしてるの?
二人を前に突き出して工場へ向かうとした。
まったくこいつらときたら……緊張感もまったくないな。
工場の扉は錆びの具合からうまく開くか不安だったが秘血を得た真夜は何の苦労も無く扉を開けて、開けるどころか破壊してしまった。
片手で重そうな扉を持っており、舌を出しててへっと言いたげ。
こういう仕草は本来ならば可愛らしいと思うところなのだろうが、片手で重量感ある扉を軽々と持った威圧感ある姿の女性には残念ながら苦笑いしか出てこない。
「結界、張っておく。逃がさないように」
「つーか相手は逃げるつもりもないんじゃね?」
「そうだけど」
「入るわ……後に続いて」
「ああ、気をつけてなっ」
思ったよりも薄暗い。
窓が割れていたりしていたから少しは明るいかと思ったが、人工的に作られた遮蔽物が邪魔していた。
積み重なったいくつもの木材やドラム缶が薄暗さを演出し、ようやく二人とも緊張感というものを滲み出していた。
「感じる、奥にいるわ……!」
「四人」
「四人って事は……」
双子と宮坂さんと、構造神……だよな。
うおお……緊張してくるっ。
足手まといになったらどうしよう……。
「私は別行動を取って、人質の回収を狙うとする」
「それはいい案だな」
「その間、あたしが双子をひきつける」
二人とも事前に作戦は決めていたようだ。
「問題は、仲間を連れてくるのを想定している事」
「……双子はあたしに仲間がいないと解ってるはずなのに、待ち構えてる人数が増えてるものね」
「じゃあどうするんだ?」
「本来は、豊中を連れて三方向から仕掛けるつもりだった」
豊中さんがいない今、その作戦も実行できず……か。
しかもかといって時間を引き延ばせるほどの余裕も無い。
ここはもう勢いで乗り込んで目の前の敵を兎に角ぶっ飛ばす――単純な作戦が二人の瞳に宿っていた。
「ま、あたしはこの状態なら双子に負けはしないわ! だから浩太郎! もっと血を頂戴! むぢゅー!」
「それで十分だろっ」
真夜の頬を再び掴んで阻止。
血を吸いすぎて理性が保てなくなるのは困る。




