その9.真面目に考えたのならネーミングセンスは絶望的だな
休日はいつも何をして過ごしますか、という質問がきたとする。
俺は考えるまでもなく一日中ごろごろして怠け者を極めようとしていましたと答えるね。
今日も怠け者を極めようとしたのだが、何故か俺はいつも学校で薫と待ち合わせする場所に立っている。
時刻は朝の十時を過ぎたあたり、休日のこんな時間に外にいるのはいつ以来だろうか。かなり久しぶりで思いだせん。
「よっ!」
「待った?」
「いいや、全然」
十分くらい待ったけどここはそんな素振りは見せないでおく。
「こ、浩太郎君……お、おはようっ」
ノアは律儀にもお辞儀をしてきた。
何だ? ノアの奴、今日はまた一段と緊張してやがる。
「ど、どう、かなっ?」
「どうって?」
「私服姿だろ、察してやれよ。これだから浩太郎は~」
疎くてどうもすみませんね。
ノアの服装は青を基調としたワンピースに白の薄いカーディガンを重ね着していた。
街中でよく見る女性の服装――だけどノアが着ると一味違う。
「ク、クローゼットに、何故かこれしか無くて……」
蔵曾の仕業か?
何の意図があるのかさっぱりだ。
「……いいんじゃない?」
「俺は男物の服しかなかったぜ」
薫のはTシャツにジーパン、サイズが合ってないのか、ジーパンは裾を捲り上げていて、しかしそれもファッションとして十分。似合っている。
二人のファッションと比べると俺のは安い服屋で買ったものを選んだだけ。
しもむらファッション舐めんな。しもむらは安くて何気にいいものばかり揃ってるんだぜ。
「服が欲しいんだ! 女物!」
「そう……」
だと思った。
俺は服に金はかけないタイプである、なので二人の後ろをついて回って相槌を打つ係になりそうだ。
「買い物かあ……」
正直めんどい。
「箕狩野蔵曾がひょっこり現れるかも!」
「そうだといいっすね」
向かったのは街でも人気のデパート、その三階は様々な店が入っている形式なので多くの服と、店ごとに違うファッションを選択できる――との事。
デパートのご説明はお隣を歩くノアさんが歩きながらしてくれました。
「おお~! スカート! ワンピース!」
「タ、タイツも必要、かもっ」
「黒タイツ! 見ろよ浩太郎! 黒タイツ!」
「はあ……」
「ブラジャー!」
「……うん」
見せられると非常に困る。
「パンツ!」
「……はい」
盛り上がってる中、俺は無表情で突っ立っているだけ。
下着コーナーの中心に立つ俺は、学校の時よりも酷く孤独感を抱いている。
「萌える? 萌える?」
薫はピンクのワンピースを自分の体に当てて見せてくる。
後ろでノアが小さな拍手をしており、ノアも抱いているであろう言葉を俺は口に出す。
「似合ってるよ。萌える萌える」
「いえーい!」
ノアとハイタッチ。
お二人とも、テンション高いね。
もう蔵曾の事なんて頭にないだろ。
「いやあ買った買ったぁ。女の子が買い物したがるのわかるわ~」
もうすっかり女の子だね薫は。
「わ、私も買えてよかったっ」
「俺はやっと飲み物を飲めてよかった」
既に時刻は昼の十二時を過ぎており、俺達はデパート内のレストランで昼食を摂る事になった。
「悪い悪い、お礼に昼飯奢るよ」
「わ、私も奢るっ」
「それは嬉しいな」
ならお言葉に甘えてハンバーグとチョコレートパフェを頂くとしよう。
「俺達のせいでお前が学校で苦労してるのもあるしさ」
「こ、浩太郎君……ご、ごめんなさい……」
「気にするなよ、どうせ俺なんか……ははっ……学校で縮こまってゴミのように過ごしてます」
「お、落ち込むなって! 俺もあいつらに言っておくから!」
「わ、私も!」
クラスメイトや君達を慕う生徒とはかなり親しくなったようで何よりです。
「腐った魚のような死人みたいで廃人っぽい目で過ごすから大丈夫さ……こんな奴がお前らといたら虐げられて当然だよな、生きててごめんなさい……」
「俺はお前を一番の友達だと思ってるから絶対に見捨てないし守ってやる! 虐げさせてたまるか!」
「私も守るっ!」
「ちょっと元気が湧いてきた、ありがとう」
持つべきものは友達だな。
それと、ノアとは今までずっと話をしてなかったけど、こうして話してみると良い奴だ。
やっぱりって付け加えておく。うん、やっぱり良い奴。
昔と……変わらず、いい奴だ。
それを俺は、どうしてか鬱陶しくなって距離を取ってしまって、話もしなくなってしまった。
きっとあの頃の自分はひどく面倒な性格だったのだ。
ハンバーグが来たところで話は途切れられ、俺達はハンバーグをほおばった。
……美味い。
――おごりだと思うともっと美味い。
「うめえ!」
「つーか薫は言葉遣いが前のままだから違和感まるだしだよなあ」
「逆に個性としては活きるんじゃね?」
「……それもそうだな」
親指を立てて肯定。
しかし、こうして話が出来る機会は逃さないでおきたい。
ノアに言うべき事を言っておかなくちゃな。
「なあ、ノア」
「ん? ど、どうかしたです?」
「今までさあ、悪かったな」
噛まないように、言下に水を口へ。
「えっ? な、何がっ!?」
「長い間、お互いの距離が離れ続けてたと思うんだ。いつしか俺は避けてた形になってた」
「べ、別に私は……」
「高校じゃあ同じクラスだってのに無視する形になっちまってさ」
「い、いいのっ。わ、私は暗い性格だし前は背が小さくて髪もぼさぼさで根暗っぽくて自分でも引くくらいで、浩太郎君が避けるの、当然だと思ったから……」
珍しく喋るなお前。
卑下しているのか俺をフォローしてくれているのか――両方? うん、両方だな。
「それが今や学校でも騒がれるほどの美人だもんな。避けるにも避けられん」
何よりあの俺宛の手紙が人気を証明してくれている。
薫のファンからのもあったが、捨てる前にざっと見た感じはノア様~と必ずその名前が書かれてたし、ノア様ファンクラブ会長とやらからも手紙が来ていたので学校での人気は俺が感じている以上に高いだろう。
「そ、そう?」
「ああ、そうだ。ノアはもっと自信を持ったほうがいい」
いつもおどおどとしてるのはよくない、今後のためにも引っ込み思案な性格は直すべきだ。
「わ、分かった……が、頑張ってみるっ」
あと一言目で躓くのも直したほうがいいかなあ。
「お前のほうは最近の学校生活、どう? 俺と違って楽しいだろ?」
「しょ、正直に言うと……楽しい」
羨ましい。
「誰かと話すのって、意外と……いいかもっ。でもっ……」
「でも?」
「こ、こ、こ、ここっ!」
「お前はにわとりか!?」
そこへ薫がツッコミをして戻ってきて、ノアは完全に言葉を飲み込んでしまったらしく縮こまった。
「でも、の続きは?」
「えっと、あのっ、こ、こりが!」
「「こり?」」
俺と薫は首を傾げた。
「か、肩こりっが、ちょっとっ」
「……あ~なるほど」
そういう事かい。
「巨乳になったおかげで肩こりが酷いと? 貧乳の俺には悩めない悩み事だねえ」
薫……その笑顔とても怖い。
「えっ、あっ! いえ、その、ち、違うですっ」
「何が違うんだこの野郎!」
両手でノアの胸を鷲づかみして揉み始める薫。
この光景、俺には刺激的過ぎて直視できん。眼福ものではあるけど道徳的に。
「薫も女らしくなったよなあ」
「そ、そうか?」
なんかよく見てみると化粧もしてるし、髪も手入れしてるっぽい。所謂女子力ってのが高くなっている。
服装は男物だけど今日は女物の服も買ったんだ、これから更に女子力がアップしそうだね。
「ま、まあ~女になっちまったなら女らしく今は生きるしかねーしなあ」
「俺も女にされてれば何か変わったかな」
「どうだろうねえ」
「か、かわいくなってた、かも?」
そんな話を長い時間、俺達は既に蔵曾を忘れて話をしていた。
ようやくして、あいつの存在を思い出して俺はあたりを見回した。
「蔵曾、現れる気配も無いな」
唐突に薫は話を変えて――今の話は無かった事にしようという暗黙の了解に乗っておく。
「わ、私も何度か探してみたけど、見つからなかった」
「今日はメモしに来ないのかな」
といっても今日の主な目的は買い物で蔵曾は釣れたらいいなくらいだったがね。
「その、き、気になったのっ」
ノアは食事を終えて、口を拭いてから再び口を開いた。
「何が?」
「箕狩野蔵曾って……」
「ああ、あいつの名前か」
「逆から読むと」
「「……?」」
俺と薫は一瞬、クエスチョンマークを頭に浮かべて、とりあえず脳内でみかのうぞうそ、と思い浮かべた。
「逆から……」
「そう……ぞう」
「の……かみ」
そうぞうのかみ?
「そ、想像の神……になる、んだけど、ぐ、偶然?」
はは、いやいやまさかそんな。
もしそれを意識して自分で名乗ったのならちょっと寒いってレベルになる。
「真面目に考えたのならネーミングセンスは絶望的だな」
「まったくだ」
「ま、まあ……」
三人で苦笑い。
「なんだと」
するとどこからか怒気を感じさせる声が聞こえてきた。