その89.豊中は考える。
ここ数日、ノアは豊中と二人きりで食事する事が多かった。
彼女はかすかな疑問を抱くも、豊中が口へ運んでくるから揚げがその思考を鈍らせた。
本当に、美味しい。
下味はどうやってるのかな、表面はカリカリなのに中はジューシー、いつか機会があったら料理を教えてもらいたい――といったように、思考が逸れてしまう。
(豊中さんは優しい)
ノアも彼女と一緒にいて好意を持ってくれる人がいるというのは、嬉しくてたまらなかった。
今まで、変化させられるまで誰かと一緒に昼食などという学校生活は先ずありえなかった。
一人で登校して、一人で昼食、一人で下校し、休日は一人で過ごす。
それがいつしか自分の人生では当たり前なのだと、ノアは思っていた。
ある日目が覚めて、自分の外見が長身の美少女になってから――蔵曾に変化させられてから、その日から変わったのだ。
最初は戸惑いもあった。
どうしていいかも解らなかった。
クラスメイトが自分と一緒に過ごそうと慕ってくれている、そんな学校生活には流石に人付き合いの慣れないノアには疲れを抱かせた。
今ではようやく慣れてきた、一人一人の会話もちゃんと聞いて答えられるようにもなった。
前よりは口篭る事も少なくなった。
これからはもっと歩み寄ってみよう。
あの人に――と、思った時に現れた木崎真夜。
(どうしてだろう、浩太郎君と一緒に彼女がいると、何だか変な気分になる)
ノアは、それが何なのか、疑問に思っていた。
「あの、き、聞いていい?」
「なんでも聞いてくださいノア様」
様よりさんのほうがいいなあと思っていたりする。
「こ、浩太郎君と、真夜さんが一緒にいると、少し……変な気持ちになるの」
「変な気持ち?」
「えっと……その、よ、よく解らないけど……」
ふむ。
豊中は一言声を漏らした。
「その変な気持ちとは、どちらに向けられてるのです?」
「ど、どちらに、というと?」
「浩太郎を見たらその変な気持ちとやらは強くなります?」
「ど、どちらにというより、両方いると……」
「なるほど」
ノアのために豊中は真剣に考える。
「二人が一緒にいるとその変な気持ちというのは強くなる……これはおそらく……」
「おそらく?」
豊中は躊躇していた。
明らかに、言いたくはなさそうに眉を八の字にして歪めていた。
「とりあえずこちらを……」
「あ、うん」
から揚げを頂くノア。
やっぱりから揚げは――とまた、思考が変な方向へと転換されるが何とか思いとどまり、豊中を見つめる。
「嫉妬、かもしれません」
「嫉妬?」
「そうです」
「嫉妬……?」
「いえ、やはり違うかもしれません」
「嫉妬…………」
「やっぱり違います、ええ、違います!」
頬が熱くなっていた。
「ああ、でもその赤くなったお顔! 可愛い!」
豊中は徐々に赤くなる彼女を見て、やはり言わなければよかったと後悔しつつもノアの可愛らしい一面を眺めるのを優先した。
そんな時に便利なのが、から揚げである。
毎晩下味をつけて一日冷蔵庫で寝かせた隠し味ありの豊中特製から揚げ。
高校には何となく人間の生活を知るために、そして少しは蔵曾のアドバイスをしてやろうと思ったが故に彼女は通っていた。
退屈な日々だった、それはものすごく退屈。
何故か?
何故かというと、彼女は天使とはいえ、戦いを好む天使だったからだ。
戦いの無い日々は、腕のなまりを酷く実感させる。
鍛練は行ってはいる、だが退屈すぎる日々が、戦いの無さ過ぎるどうしようも無い日々が彼女のやる気をごっそりとそぎ落としていた。
この世の中だ、戦いは無いのは当然。
ならばせめてそれに変わる何かを、夢中になれる何かを――豊中は願っていた。
戦いすら忘れさせてくれるような何か――がある日、彼女の前を横切ったのだ。
その最初の出会い。
たった数秒の出会い。
一瞬だけ目が合ったあの日。
しばらく動けずにいたあの日。
夢中になれるものを、彼女は見つけた。
即座に取り巻きへと混ざり、一時間で上月ノアという人物を調べ上げ、その日の夜からから揚げ作りも始めた。
今ではから揚げに関してだけはプロ顔負けの味となった。
一つ彼女の口へと運んでやった。
「落ち着いてください」
「あ、う、うんっ……」
あまりにも綺麗で、あまりにも可愛い。
彼女こそ天使にふさわしい。
自分はどちらかというと悪魔だ。
それを自覚している。
「なーんであいつなのかしらねぇ……」
「え、な、何!?」
「あ、いえ、なんでもございません」
にっこりと笑顔を浮かべた。
ノアは浩太郎を失えばさぞかし悲しむであろう。
そうしないようにするのが彼女のためになる。
豊中はノアを落ち着かせるべくから揚げを口へとひょいひょい運んでやり、思考は別の事を考えていた。
現状、浩太郎は非常に悪い状況に追いやられている。
敵は少なくとも三人、双子と原稿を操っている人物。
原稿を書いている人物はシロ、今は原稿を書いている様子も無く木崎真夜を遠くから観察するばかり。
ここまではいい。
ここ数日は動きがない。
おそらくあの原稿は現状がそうなるようにする台本のようなもの、しかし台本は台本。
些細なアドリブならまだしも大きなアドリブによる変化は対応できていないと思われる。
原稿を操っている人物がまた新たに原稿を書き、その通りに事を運ぼうとしているとして、大きなアドリブを生じさせるにはやはり原稿には無い登場人物が介入して物語をぶち壊すのがいい。
だがそれは一つの問題も生じさせる。
原稿の内容どおりにならないというのは、この先何が起きるか解らないという不安も出てくる。
だから今、それぞれ思うのは――次は何が起きる? だ。
作者である宮坂の予想も、当たるとは限らない。
私もそろそろ積極的に、やるとしよう。
なんて、豊中は考える。
「ささ、お茶をどうぞ」
「あ、ありがとうっ」
浩太郎が与えてくれた二人だけの昼食。
とても気分がいい、少しは浩太郎の願いを聞き入れてやろう――と、豊中は動き出した。
その88は特に書き直しの連続。
なんというか、自分の文章力の酷さを改めてしみじみと感じて反省。また数回ほど書き直すと思います。




