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その80.一、二、散!

 化学実験室の掃除はいつ以来かな。

 今日は何故か真夜と掃除となったがこれも何らかの力が働いたからか?

「今日も襲ってくる、かな……?」

「どうだろーねぇ、昨日は私の力を見せ付けたから、次からは警戒すると思うのよねん。しばらくは襲ってこないかなっ」

「真夜、強かったしな」

「それもこれも浩太郎の血のおかげさっ!」

 傷つけた指先を見ないでっ。

 警戒しちゃうじゃないか!

「いやはははっ、流石に血は求めないよっ、緊急時だけさ!」

「そうしてくれるとありがたいぜ」

 箒を勢いよく振っていた真夜だったが、しばらくしてその動きを止めた。

「浩太郎はさ」

 一度、言葉を止める。

 ……?

 どうしたんだろう。

「その、吸血者とか、吸血鬼とか、そういう世界、知ったわけじゃん?」

「……ああ」

「あたしもそういう世界の住人、なのよね」

「そう、だな」

「やっぱり、あたしの事、怖いかなって」

 そうか。

 怖がられるのを、遠ざかられるのを恐怖しているんだ彼女は。

 普通に考えるな。

 これは彼女と主人公が絡まった物語が進行している、俺ではなく、名前も知らない主人公が絡まるはずの物語が。

 二人はどういう仲だった?

 幼馴染でこの親しい仲、担当の掃除場所に行くってだけで喜んで手伝ってくれる幼馴染――それは俺に何かあったらと見守ってくれているのも兼ねているこいつの優しさ。

 二人の仲とは、たとえ彼女が吸血者であっても簡単に亀裂が入るような仲ではない――と俺は判断した。

「別に?」

 ここで言うのはこういうシチュエーションでは抜群の効果を発揮する台詞が無難なとこであろう。

「真夜は真夜だろ」

「そ、そうかなっ!?」

「そうだよ」

 効果は抜群だ。

 彼女との仲はこうして保っていくのが主人公らしさってとこかな?

 ふふんっ、主人公のモデルをやってるんだ、これくらいは出来ないとな。

 嬉しそうに箒を優しく振りはじめた真夜。

 こういうところ、ものすごく可愛らしい。

「吸血者って皆吸血鬼になりたがってんの?」

「力を欲するような奴らはそうね」

 あたしは――と、真夜は付け加える。

 一度、かすかな沈黙を交えて。

「……やっぱりあたしは人間を餌と思いたくない。吸血者は力が出なくてもね、鉄分の多い食べ物を多く摂取するだけで生きていられるし、人と同じように過ごしていられるの」

「ふうん、じゃあ赤身とかレバーとか良く食うの?」

「もりもり!」

 好物ですと言わんばかりに真夜は親指を立てて満面の笑み。

「それにね、吸血鬼は力だけで何も無いもん。血の味に快感を得て理性を失って人の血を求めるなんて、あたしは無理」

 彼女の事はまだ何も知らない。

 けれど、言う。

「お前らしいな」

 彼女を安心させられる言葉だと思った。

「でへへっ」

 すっげえ嬉しそうな笑顔。

 こっちまで笑顔になっちまうぜ。

 さてそれはいいとしてだ。

 さっきから化学実験室の扉が少しだけ開いている。

 その扉の隙間には瞳が二つ。

 誰が覗いているかは簡単に解るね。

 俺は一度死角へと入ってすたすたと扉へと近づいて開けると、そこには予想通りノアと薫がいた。

「あっ」

「むっ」

 二人は固まって俺を見た。

 俺はにっこりと笑みを浮かべて、二人を見下ろす。

 お前らさ、何をこっそり見てたんだ?

「ノア!」

「う、うん!」

「一、二、散!」

 二人は一瞬で去っていった。

「忍びか!」

 何故にそんなすばやい行動が出来るのか教えてもらいたいな!

「どうしたの?」

「ノアと薫がいてな」

「二人ともどうしたんだろ」

「さあな」

 あらかた俺達がどんな話をしてるのかと観察しにきたんだろ。

 蔵曾に似てきたんじゃねえのかなあいつら。

 掃除も終わったし、帰るとしますか。

 双子は警戒する――ならまたすぐに襲ってくるという行動は取らない――と願いたい。

 さてさて。

 ノアと薫はどこにいったのやら。

 まだ近くにいるかもしれん、探すとするか。

 一緒に帰ろうと待っていてくれてたのかもしれないからな。

「ねえ浩太郎」

「何?」

「よかったら、さ。今日も二人きりで帰らない?」

 真夜からの提案。

 ……これも物語的な流れなのであろう、昨日の件で互いの距離が縮まった――から。

「ほ、ほら、敵は襲ってはこないだろうけど、一応ねっ! こっちも警戒しなきゃ!」

 如何せん女子との交流に疎いと一々思考を巡らせるはめになる。

「……お、おうっ」

 返事を待たせるのも悪い。

 という事で、二人きりでの帰宅。

 ノアと薫はどこにいったのか解らんが近くにいる気がした。

「いやはや、しばらくは二人きりで帰らなきゃいけないかなぁ~」

「そうだな、ノア達を巻き込みたくないしな」

「そうそうっ、そう!」

 頷きすぎだよっ。

 しかしそれより、今日は原稿が一枚も見つからなかった。

 それはこの先、物語は動かないと思っていいのかな? 原稿に書かれた内容が現実になる――まったく、恐ろしい原稿だ。

 だけど、原稿を読めばこれから起こる事が把握できる、それは少し先の未来を知れるのだから、対策を立てるなら原稿を見つけるのが一番だ。

「つーか俺の血が吸血者を吸血鬼にしちまうなんてなあ」

「昔ね、吸血鬼と人間とで子供が出来たの。秘血はその子供の血だったの」

「俺の両親は普通だぞ、いや、待てよ、まさかどっちか吸血鬼……!?」

 すると真夜は首を横に振った。

 安心したよ、原稿のせいで両親のどちらかが吸血鬼とか言われたらショックで今日は家に帰れなかったかも。

「浩太郎、小さい頃に事故にあったの憶えてる?」 

「事故……?」

 ちょっとした事故でさえ遭った経験は無いが。

「憶えて、ないよね」

 原稿によって、そういう過去があったとされていたとしたら、おそらく俺は事故にあったという事になっているな。

「登山中に崖から転落したの、あたしも一緒に落ちたけど、あたしは……吸血者だったから、大丈夫だったわ」

「……俺は?」

「瀕死、だったの」

 彼女は目を伏せて答えた、過去を振り返って、思い出して気持ちが落ち込むほどの――怪我だったと。

 どれほどの大怪我だったのか、原稿の物語的に記憶が無い事になっていて助かったぜ。

「それで、何で俺は生きてる?」

「秘血持ちの子がね、浩太郎に血を飲ませたのよ」

「血を……!? え、ん? 血、血を……?」

 思わず二回聞いてしまった。

 真夜は頷く。

「秘血は吸血者を吸血鬼にするけど、人間には身体能力を向上させる効果もあるの。それで回復力を上昇させたの」

「そりゃあすごい、でもどうしてそれで俺の中に秘血がある事に?」

「そこは、よくは解らないんだけど、おそらく浩太郎の血が、秘血を取り込んで体の血液全てを秘血にして生きながらえようとしたんだと思う」

 普通なら飲むだけで体の血が秘血に変わるなんて考えられない、と付け足した。

「正直、秘血を飲んでも助かるか解らない怪我だったから、考えられるとしたら、それしかない、かな」

 すごいぞ俺の体、やるじゃない。

 いやいや、そう言ってられんよ、うん。

「秘血持ちが新たに生まれて、私は浩太郎を他の吸血者に悟られないように長年見守ってたわ」

「いやあ、それはどうもありがとう」

「いえいえ、ふへへっ!」

 まんざらでもないご様子。

「けど秘血持ちを探す奴らはどこにでもいる、いつか見つかると思ってた。だってそうでしょう? もしも嗅覚に優れた吸血者がいたら、僅かな怪我でも嗅ぎつけてくるんだから」

 小さなため息が、真夜が今まで俺を吸血者から隠すために如何に動いたかを伝えてくれた。

「けどお前は何年も隠せたんだ、それはすごいぜ」

「そうかねっ、ふへへっ!」

 誇らしげに胸を張る真夜は可愛かった。


「浩太郎」


 ああ、そういえば、そうだ。

 聞き覚えのある声、そいつを俺は待ち望んでいたんだ。

「えっ、誰? 知り合い?」

 目の前には猫耳フードをかぶった少女が立っていた。

 ええ、知り合いです。

 その中でも一番に頼もしい知り合い。


「私を差し置いて、何よその子。私とはあそびったのね」


 棒読みで何をいきなり言いやがる。

「なっ! も、もしかして彼女なのっ!?」


「浩太郎とはもうあれやこれやをする仲」


「こ、こここ浩太郎! いつの間にそんな大人に!? ちょっと、ショック!」

「夜の――」

「蔵曾、そろそろ黙らないと拳骨だぞ」

 俺はにっこりと笑って警告してやった。

「調子こきました、すみませんでした」

「よろしい」

 蔵曾はずいっと真夜へと近寄り、じっと見つめはじめた。

「な、何かなっ?」

「ふうん」

 意味ありげに声を漏らす。

 俺を見て、

「この子が?」

 とだけ蔵曾は言った。

「ああ、まあ、そうだな」

 悟られないようにしよう。

 真夜に対しての、俺の中にあるかすかな警戒と疑心を。

「へっ? 何?」

「気にしないでくれ。幼馴染を紹介したいってこいつに話しただけさ」

「そう」

 そこのところは蔵曾も察してくれたようでやりやすい。

「そ、そうなんだ。あ、ども、木崎真夜です、よろしくっ」

 戸惑いつつも、握手を求めると蔵曾は握手に答えた。

「箕狩野蔵曾、ラノベ作家志望。よろしく」

「ラノベ作家?」

「そう」

 いきなりそう言われても戸惑うしかないよな。

「……こんな奴なんだよ」

「すごい! あれでしょ!? お店で売られてる文字ばっかの本書いてる人! いつか本出すの!?」

 印象が漠然としすぎてない!?

「ふふん、出す予定」

 それでも蔵曾は誇らしげだ。

 お前は昔に自分の力を使って売り出したんだよな。

 これからはその力無しの実力でそこまで上り詰めないといけないからな、まだまだ誇るには早いぞ。

「あ、蔵曾に話す事あったんだった、少し待っててくれっ」

 やや不自然だったかもしれんが、それより蔵曾に早く問いたい。

 俺は真夜から離れて、蔵曾電柱の裏へと引き寄せた。

「……どうよ?」

「可愛い」

「いや、違うくて」

 蔵曾は影から真夜を覗いて、

「力が働いている、浩太郎の持っている原稿にも同じ力。街にいくつかその力が生まれていた。第三者による攻撃、かも」

「マジかよ……」

「原稿に書かれた内容を現実にする力、相手は心当たりある」

「よし、倒してこい」

 俺は多分逆にやられて終わりだ。

 間違いない、ああ、間違いないね。

 でも蔵曾があの右腕を貸してくれるのならば話は別だが、それでも戦闘力の低さに自信のある俺が赴くのはなあ。

「居場所が解らない、気配を絶っている。返事が無い、ただの屍のようだ」

 軽くネタを入れてくるんじゃないよ。

「今は彼女と過ごして、様子見して」

「それはいいけど、敵が出てきてさあ……。あいつ強いから安心っちゃあ安心だけどよお……」

「強いならいいじゃない」

「強くなるには俺の血を吸わなきゃならないんだよ」

「吸血鬼?」

 誰もがそう連想するだろうよ。

「吸血者って言って、吸血鬼とは違うらしい。俺の血がその吸血者を吸血鬼にするんだと」

「ふむふむ、そのネタ、いただき」

 メモるなよ。

「一つ、気になる」

「何だ?」

「原稿に書かれた内容を現実にする力の持ち主と、原稿を書いた人は同一か否か」

 ……なるほどな。

 それによってまた少しどうすればいいかってのが変わってくる。

「書き手だけを抑えれば、こちらのいいように現実を操作する事も可能になるかも」

「逆に利用できるチャンスもあるってわけだ」

「そう」

 探す相手が多すぎるな。


「まだ話続くのぉ~?」


 おっと、話が長引くと怪しまれるかな?

「また後で話そうっ」

「私は近くにいるから、安心して」

「ああ、助かるぜ」

 もう抱きしめたいね、神様が味方にいるってのは何よりも頼りになる。

 ……いや、待てよ?

「お前、なんでいつまでもメモ帳とシャーペン握り締めてんの?」

「なんでもない」

 まさか、観察するために近くにいるってんじゃあ無いだろうな?

 けど……こいつが近くにいてくれるのは変わりないのだからいいとするか。

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