その8.人生はクソゲーだ。
俺の不安はすぐに的中した。
それは次の授業が始まって数分後の事。
「浩太郎」
左側から囁き。
「……何」
「あのさ、女子に囲まれて、興奮した」
「そう……」
中学時代、薫と同じクラスで席が隣になった時は大変だったんだよね。
薫は集中ってものを知らない。
何かあると誰かに話しかけたり、暇になると消しゴムを使って小さな破片を誰かに投げたり、教科書に落書きしたり、エトセトラ。
特に俺が隣になるともうね。
「俺さ、女性らしくあたしとかわたしとかわたくしとかあてくしとかあたいとかにしたほうがいいのかな。お前はどれが萌える?」
「そのままでいいんじゃない? 男だった頃の薫を思い出すとなんかキモい」
「キモいは無いだろっ」
「じゃあわだすでいいよ」
「何だよその妙な訛り一人称は!」
男の薫を思い出す事で今の薫の魅力に負けまいとしている自分がいるからかもしれない。
「……今のままにするよ、自分の事を俺っていう女って意外と萌えたりする?」
「いいやまったく全然微塵も欠片も1ミクロンも」
「1ミクロン!? なんかめちゃくちゃ少なそう!」
「100万分の1、なのっ」
隣からノアが回答してくれた。
「お前って本当に頭がよくて何でも知ってるな」
「そ、それほどでも……」
「そうかぁ……100万分の1かぁ……」
「まあそう落ち込まないで」
「お前のせいで落ち込んだんだよ!」
「どうもすみません」
しかし薫のせいですっかり先生が黒板に書いていたものを写すの忘れてた。
はっとして黒板を見るも既に消されてしまい、がくりと俺はうな垂れた。
「ノ、ノート……写してるからっ、み、み、見る?」
救いの手は右に。
「悪いな、助かるよ」
ノートを見える位置まで寄せてくれた。
薫が便乗してノートを写しにかかるが、この間の俺達の距離はかなり近い。てか俺が二人に挟まれている状態。
そんでもって、集中されるクラスメイトの視線と殺意。
……転校したい。
「なあなあ、浩太郎。なんでお前ノアさんと薫ちゃんと仲いいの?」
体育の時間になると、クラスメイトの男子生徒数人が俺に話しかけてきた。
ノアさん……ねえ?
まあ確かに? 外見は大人びた雰囲気もあるからさん付けしたくなるのは分かる。
薫は言わずとも、ちゃん付けが似合うちっこいやんちゃな女の子って感じだから、って事を踏まえるのなら納得。
中身を考えるとなあ……。
「えっ、ノアは幼馴染だし」
「マジかよ!」
ざわつく男子諸君、いやはやすみませんねあんな綺麗な幼馴染がいて。
「そう――痛いっ!」
今誰か俺の尻にバレーボールぶつけなかった!?
「薫ちゃんは?」
「中学からの友達――痛いっ!」
また尻にバレーボールをぶつけられた。
「よかったら紹介してくれない? ノアさんや薫ちゃんと遊びたいんだよね」
「俺も」
「俺も俺も!」
俺は二人のマネージャーじゃないんだよなあ。
それにさあ……薫は中身は男だよ。
――とか、言いたい。
ものすごくいいたいけど、言ったら頭の螺子が外れたの? 的なリアクションをされる事間違いなしなので止めておこう。
「お前からさ、俺達が一緒に遊びたいとか、あとアドレス聞きたがってたとか、それだけでもいいから!」
「はあ……」
直接言えばいいのに。
「さらっと言っておいてくれよ。そだ、お前は二人のアドレス知ってんの?」
「知ってるよ」
昨日教えてもらったんでね。
「是非っ」
「俺にもっ」
「俺にも俺にもっ」
その途端に、群がる男子諸君。
この便乗三人衆は何なんだっ!
「いや、あいつらに教えていいか聞かないと……」
「あっ……それもそうだな。じゃあ教えてもいいってなったらすぐにでも!」
どんだけお前らはアドレスを求めてるんだよっ。
結局体育の時間が終わるまでずっと男子らに絡まれて運動してないのに疲れた。
男子諸君は俺にノアと薫についての情報を求めてきて、好きな食べ物は? 好きな映画は? 好みのタイプは? エトセトラ。
……何の会見だよ、全部知らん。
分かった事がある。
この妙な状況を作り出している理由は、薫とノアはいつも女友達に囲まれて男子が入る隙が無かったが、その鉄壁を崩したのが俺であり、俺を通して二人の情報を得ようという事。
あいつらにとっては入学してから“ここ一ヶ月ずっとこうだった”と思い込んでいる。
昨日からクラスが二人のヒロインによって変わったのを知っているのは俺達三人と長波先生だけだ。
それに加えて、クラスメイトは俺達の他に変えられた生徒は誰一人としていないのも把握できた。
こういうのはなんていうんだろう、なんかこう……周りは変化に干渉できない? 的な、ラノベだとそういう現象な気がする。
その日も学生生活をそれなりに満喫できた。
できたけれど……箕狩野蔵曾はいくら探しても姿は見えず、どれだけ満喫してますとアピールしてもこれといった変化も無い。
今日一日、ただ過ごした。それだけだ。
誰かに見られている視線……つっても殺意ばかりで何も感じられない。
こんな生活を送っていればあの猫耳フード少女は満足するのかな。
……分からない、何も。
「ん?」
暫しの時間が過ぎて帰りの時間、靴箱を開くと数十枚の手紙が入っていた。
「お?」
薫が覗く。
「えっ?」
ノアが覗く。
「んん~?」
三人で覗く。
まさか、これはラブレターとかいうやつじゃないだろうか……?
「お、お前にラブレター……だと?」
「ふっ……とうとう俺にモテキが……!」
「はわっ……」
「ふふ……」
ドヤ顔が止まらない。
一通、開いてみる。
『ノアさんに少しでも色目を使ったりいやらしい事をしたりした場合、貴方の五臓六腑と四肢を吹き飛ばします』
……最近のラブレターは一味違うぜ。
「……過激だな」
「ある意味な」
もう一通、開いてみる。
『後ろに気をつけろ、ノア様に少しでも手を出したらお前の○○○をもぎ取って天日干しにして砕く』
おかしいな、心がすごい勢いで冷えてくる。
「刺激的だな」
「ある意味な」
視界がぼやけてるけど俺は構わずにまた一通、希望を抱いて開いてみる。
『薫ちゃんは俺の嫁、エロい目で見るなクソ童貞』
メンタルヘルスケアを受けるべく今日は病院に寄ろうかな……もうやだこの人生。
人生はクソゲーだ。
…………待て、希望は捨てるな。
こんだけあるんだからもしかしたら本当のラブレターもあるんじゃ?
「浩太郎、もういい……読むんじゃない、帰ろう」
「む、無茶しないでっ」
「最後に一通だけでいいから、開かせてっ!」
なんかピンクの花柄で彩られた手紙が気になるんだよ! 気になるの! お願いだよ!
二人は止めるも、俺は構わずそれを取って開いてみる。
『我が左目の疼きは貴様の魂に呼応している、この世に命を宿した時から決まっていた運命、いず――』
「んあぁぁぁぁぁあ!」
最後まで読まずに破った。
「新手のラブレターだったのかも……」
「知るか!」
もはや内容の意味がまったく分からん!
残りの手紙は読まずに捨てよう。
靴を取ると、箱が一つずつ左右に入っていた。
……気になるな。
「それは開けちゃ駄目な気がするぞ」
「う、うん……」
「でも甘い香りがする……」
チョコレート?
なんかそんな香りがするのだ。
「嫌な予感……」
薫とノアは警戒して箱を見つめた。
いざ帰宅をと通りかかる生徒達もなんか俺の持っている箱を見ていた。
その中には手紙や箱を入れた主がいるであろう。
一つ目を空けてみる。
「……『滅』?」
中には小さなスポンジチョコにホワイトチョコで器用にそう書かれているケーキが入っていた。
なんだなんだ? 謎かけか?
考えるよりも見てみるのが早い、さてさてもう一つは……?
「……『殺』」
死のう。
「わ、わあ~……美味しそうだなあ」
「あ、甘くて、い、いい香り、だねっ」
「じゃあお前らが処理しろ」
薫が『滅』で、ノアが『殺』な。
投げつけるように口の中へ入れてやった。
「うっ……」
「ふふ、お味のほうはどうかな?」
ざまあみろ。
「……うっま!」
「すごく、おいしい……」
「……」
くそう……俺が誰かに食わせるのを想定して美味しく作りやがったか……。
その日の帰り道は、誰かに襲われやしないだろうなと不安で仕方がなく、これから下駄箱を覗くのが怖くてたまらなかった。
テンションだけが下がっていく、これからの学校生活……周りは敵だけが増えていきそうだ。
足取りも重くなっちまう、今日は家に帰ってストレス発散すべく思い切りゲームしまくって夜更かししようっと。
明日は休日だから夜更かししても問題ないもんね。
「そうだ、明日さあ。俺達買い物行くんだけど、付き合ってくんね?」
「えっ」