その78.大丈夫だ、ただのA○フィールドさ
日が暮れ始めている。
……どうしてこうなった。
そう言わざるを得ない状況だ。
あれから真夜は俺を抱きかかえて建物の屋上へ跳躍し、まるでスパイダーマンのように建物から建物へと飛び移って、とある空きビルへと入って身を隠している。
ここは緊急時に使う真夜の隠れ家らしい。
「に、逃げ切れた……のかな?」
「ええ、逃げ切れたわ」
真夜は窓から外を覗いて、小さく頷き、次に俺を見て笑顔を浮かべた。
三時のおやつを待ち望んでいた子供のような、笑顔を。
「浩太郎」
呟く。
俺の名前を。
いつもとは違って、低い声で。
「あのね」
寄り添う。
心臓の鼓動が刺激された、彼女の顔が――近いのだ。
この状況……よろしくないのではと俺は考える。
「血を、吸わせて、ハァハァ、くんかくんか」
指先から滴る俺の血を見て、嗅ぎ始めた。
「うん、我慢できない!」
予想できていたが、彼女は飛び掛ってきた。
今度は首筋を狙って牙を立てて、襲ってきた、のだっ。
「うぉお!?」
反射的に、思いっきり俺は――
「ふぎゃっ!」
真夜の頬に平手打ちをかました。
「もう一発!」
「ふぎゃっ!?」
親にもぶたれた事無いような、驚愕を顔に浮かべる真夜。
「えいしゃっ!」
俺は構わず平手打ちから往復ビンタへ移行した。
「あぶっ!」
「どりゃあ!」
どうか目を覚ましてくれ、じゃないと俺はお前に延々と往復ビンタをかますはめになる。
「いだぁい!」
あっ――髪が、短くなっていってる。
「どうだ!?」
「……ありがとう、助かったわ。ものすごく頬が痛いけど」
「すまなんだ」
両頬を押さえて真夜は目を伏せがちにして、口を開いた。
「浩太郎の血をほんの少しでも吸うと、吸血鬼の力が覚醒するのだけど、やっぱり理性が……ね」
「ただの変態だった」
ちょっと引き気味に表情を歪ませた。
「そんな引かないでっ!」
「お、おう……」
「浩太郎との間に見えない壁があるっ!」
「大丈夫だ、ただのA○フィールドさ」
「新世紀的なやつ!?」
そんな話はさてお気だ。
「それより、あの双子は?」
「近くにはいないわ。浩太郎の血のおかげでまだ少し感知能力が高まってるから、解るの」
俺の血って便利だね……。
今日のところは、蔵曾のアパートには行けそうにないな。
「あの双子――姉の咲と弟の凪は秘血持ちを探しててね、多分どこかで浩太郎の血を見つけたんだと思う」
「俺の血を……?」
「最近怪我したりしなかった? 咲凪は血の匂いだけは嗅ぎとるのが得意なのよね」
最近……あっ――と俺は、中指を見た。
最初に見つけた原稿を拾う時、怪我をしたんだ。
まさか、この傷が?
この、小さな傷で?
「これ、匂い消し、傷口に塗って」
ポケットから出してきたのは白いクリーム状のものが入った小瓶、見た目は完全に軟膏。
「後は香り葉も持っておいて」
近くの瓦礫から、箱を取り出して中を開けると、普通の葉っぱにしか見えないが、彼女はいくつか俺に渡してきた。
それより何故そんなものがここにあるのか、問う前に彼女は「ここ隠れ家なの」と補足してきた。
なるほど、そのような場所もちゃんと用意しているのか。
物語らしいや。
さて。
完全に原稿が現実になっており、現在現代ファンタジー的な世界が繰り広げられているわけだが、早くどうにかしないと物語的に、俺はまた双子に襲われる展開とか迎えるのではないだろうか。
早く蔵曾に会わなければ、あいつが何かしたか、若しくは何かした奴をあいつが知っているか、知らなくてもあいつがなんとかしてくれる、他力本願万歳。
「今日は街は避けて通って、家に帰りましょ」
「えっ、ちょっと寄りたいところが……」
「そんな事言ってられないでしょっ!」
「はぁ……すいません」
蔵曾は携帯電話も持ってない、パソコンはあるけどまだうまくは使えずにいるんだったかな。
あいつとの連絡手段が、豊中さんを通してもらうくらいしかない。
ちゃんと現状を教えてくれていればいいんだけどなあ。
それに豊中さん、今日助けに来てくれなかったなあ。
頼むよ、ほんとに。
「浩太郎、何かあったらすぐに連絡してね。それとも一緒に寝てあげよっか?」
「だ、大丈夫だよ!」
彼女と家が近いのもあって安心感が心を落ち着かせてくれていた。
何かあったら真夜が飛んでくる――この思考、どこか既知の感覚があった。




